事前索敵
食事を終えてさっそく作業に取り掛かるために静希達は車に乗り込んで準備を進めていた
「先生も来るんですか?」
「生徒が運転するんだ、監督役は必要だろう?」
相変わらず助手席に座りながら城島は腕組をしながらあくびをする
監督するような態度には見えないが万が一のときには城島の能力に頼ることになるだろう
何せ彼女の能力があれば車ごと宙に浮かせることだって容易なのだから
「明利、種の準備はいいか?」
「大丈夫、できる限り同じ速度で走ってくれると楽かも」
明利の指示に了解しましたと相槌を打ちながらエンジンをかけて全員いることを確認してからゆっくりと発車する
これから静希達は自分達の担当する拘置所までの道に明利の索敵用の種を蒔く作業を行う
行きと帰り、道の両側に種を蒔くために結構時間がかかってしまう
ムラがないように気をつけながら明利は窓から種を外に蒔き続け、鏡花と陽太は周囲に気になるところがないか注意を向け続け、静希はなるべく等速になるように注意しながら運転していた
「そういえば明利、どうやって全体的に索敵するの?結局種は足りないんでしょ?」
種をまき続けている明利に地図と実際の地形を比べ続けている鏡花が何とはなしに声をかけた
全く何も話さずにずっとこのままを続けるというのは流石に辛かったのだろう
「えっと、今回持ってきたのは蔓植物なの、これだけ木がたくさんあれば伸ばす枝や幹には困らないから、それで索敵範囲を引き延ばすの」
「あぁ・・・なるほど、数だけじゃなくて単体の大きさ・・・というか広さでカバーしてるわけね」
種単体では索敵範囲はせいぜい数mだが、生き物として育った蔓ならばその植物の範囲だけで数m、索敵範囲は十m程度にまで及ぶだろう
点ではなく線で索敵範囲を伸ばす策という訳である
明利が珍しく誇らしげに笑う中、鏡花はさりげなく明利の投げた種を見てみた
落下して地面に着地する瞬間に根が生え、近くにあった木々にものすごい勢いで蔓を伸ばしている
その蔓は一つではなく幾重にも枝分かれし周囲の木々に次々と巻きついていく
元より豊饒な土地なのだろう、栄養価には困っていないようでどんどん成長している
明利の能力というのもあるのだろうが、ある種ホラーのような映像だ、高速再生している成長の様子でももう少し穏やかに成長する
いつも思うが明利の能力は成長という域を越えているような気がするのだ
「ところで幹原、その草は有害性は無いのか?もしあるなら終了時に撤去しなくてはならないが」
「平気です、毒性はなく、蜂や蟻などが好む個体を持ってきました、それにこれだけ急成長させるとあまり長くは生きられません、たぶん一週間も持たずに枯れてしまうと思います」
明利の成長能力は超常現象などではなくしっかりとした理論の上で成り立っている
成長するための細胞分裂や栄養を吸収する能力を強化することでこの急成長は行われている
だがその土壌にある栄養価は有限、いくら根を伸ばし栄養を吸い上げると言っても限度がある
特に明利はあまり長時間必要としない植物の成長は根の部分をある程度までしか成長させずに上層の茎や葉の部分だけを成長させる
こうすることで栄養価のない土壌に残された植物は自然に枯れていく
植物の好きな明利としてはあまり気持ちの良い手法ではないが、自分の行う索敵のせいでその場にあった生態を乱すわけにはいかないのだ
特に山や森という植物の大量に存在する空間では注意が必要だ
生き物や植物が一つ一つ密接に関わり合って生きている一個の生き物といってもいい存在である
例えば一つの植物が大量に発生した場合、それを餌にする害虫が増え、それを餌にする鳥が増え、増えた鳥のせいで木の実が食い荒らされたり植物に害を与えたり、というふうに連鎖的に影響を及ぼす
もちろん人の手だけではなく自然発生的にそういうことが起きることは稀にあることであるが、だからと言って人為的に起こしていいはずもない
そのことを重々理解しているため、明利は苦肉の策をとっているのだ
しばらく走行を続けていると分かれ道が見えてくる、左右に逸れるように伸びた道にはそれぞれ違う行き先が記されている
静希達のルートは左、ふもとへと向かう道でもう一つは山を越えてさらに向こうに行く道だ
「どうする?今のうちに配置しちゃうか?」
「どうせ対向車線だし、帰りにやっちゃいましょうよ、一応頭には入れとくわ」
分かれ道を無視しそのまま進むと徐々に車内から見える外の景色が変わってくる
山の中は木々に囲まれ強烈な緑の匂いが漂っているのに対し、ふもとに近づくにつれ徐々にその匂いが薄れていく
完全に山道から抜けたところで明利は種を蒔くのを一時的にやめる
元より山の中でしかこういった種を蒔いての索敵はできない、町に種をまくという方法もないわけではないがあまり得策とは言えないのだ
何より清掃員などが除去してしまう可能性だってある
町に入った以上、視界はある程度開けているのだから自らの目と耳で索敵を行わなければならないのだ
約一時間半掛けて到着した拘置所、以前行った事のある刑務所と違い大きな門などもなく、普通の建物といった様相だった
普通の建物といっても周囲にあったようなビルなどとは違う、三階建てでそれなりの広さがあるために施設であることは理解できる
しかも窓枠すべてに鉄格子がはまっていればこれが何か危険を伴っている建物であることは瞬時に分かることだった
「はい到着・・・どうだった?何か気になるところあったか?」
拘置所の駐車場に車を止めて後ろにいる三人の方を向くと三人とも地図を眺めて妙に悩んでいた
「気になるところって言われてもね・・・ここまで普通の道だとどう気をつけていいものか・・・」
「周りはずっと木ばっかりだったしな・・・特に変わったところもなかったし」
周囲に注意を向けていた陽太と鏡花はそれほど気になるところはないようだった
それもそうだろう、静希達が通ったのは一般道、これで変なところがあったらそれはそれで困る
「明利はどうだ?索敵とかしてなんか気になるところは?」
「んん・・・あんまりないかも・・・木と木の距離も普通だったし・・・それほど変なところは無いよ」
まだ片側とはいえ明利もそれほど気になるところは無かったようだ
索敵すること自体に意味があるとはいえここまでなにもないと逆に何かあるのではないかと勘繰ってしまう
「先生から見てどうでしたか?」
「ん?ただの道としか言えんな、少なくとも事前に何か準備をした様子はなかったと思うぞ」
城島の観察眼はそれなり以上のものがある、それでもなにもないと言われると流石に本当になにもないと思えてしまう
少なくとも外に注意を向けていた四人全員がなにもないと言っているのだ、あの道の片側には何もなかったと考えていいだろう
「んじゃ戻るか・・・ムラがあったら言えよ、すぐ止めるから」
静希はまた車を操って山道へと引き返していく
帰りは山の山頂方面に向かって種をまき続け、唯一見つけたわかれ道の数十m付近まで索敵範囲を広げることになった
そして行きにかかったよりも少しだけ時間をかけ、ムラがあるところを修正しながら戻ってくるとすでに夕方
日は傾き始め、山の中にいるのもあってか辺りは暗くなり始めている
宿の駐車場に停車し、エンジンを止めると明利の顔には疲労の色が濃いのがうかがえる
他の全員は大したことはないが、安全運転を心掛けたとはいえ長時間の乗車は明利にとってつらいものだろう
「さて諸君、帰り道で何か気になったところは?」
改まって聞くのだが全員の反応はいまいちである
それぞれ地図とその場所の記憶をたどっているのだが大したものがあるとは思えない
「一応、あの分かれ道のところは注意しておいた方がいいと思うけど・・・他は・・・」
「ただの山道、はっきり言って視界も悪いし明利だよりになるな」
「う・・・うん、頑張るよ」
陽太の期待を込めた言葉に精いっぱいの笑顔を見せるのだが、乗り物酔いという事もあってその笑みは弱弱しい
もう少しだけ乗り物に強ければ何とかなるのだが、こればかりは体質だ、どうしようもない
「お前達の今日の行動はこれで終わりか?時間には余裕があるが」
現在時刻は十六時半を回ったところだ、夕食の時間にはまだ余裕がある
とはいえまた一往復するだけの時間的余裕はない
行動するにはひどく中途半端な時間となってしまった
「どうする?他になんかやりたいことあるか?」
「特になし、とりあえず明利を休ませてあげたいわね」
「同感だ、顔色ひでえぞ」
二人に心配される明利の顔色はお世辞にも良いとは言えない
無理もない、今日は朝から電車に車、移動ばかりだ
明日からも移動しっぱなしの一日とはいえ初日からあまりに飛ばし過ぎては明利が持たない
今日はここらで切り上げて明日の為に身体を休めておくのが先決だろう
「んじゃ、今日はここらで休むか」
「そうね、各自自由行動、十九時十分前には部屋で待機すること・・・っていうことでいいですか?」
「分かった、一応車の鍵は預かる、しっかり体を休めておけ」
エンジンを切って城島に鍵を渡し全員で車から降りて大きく伸びをする
山道に出たのは久しぶりだったが案外身体が覚えているものだ
それほど苦もなく運転することができた
後はもう少し運転しながらでも周囲に気を配ることができればよいのだが、残念ながら静希にはそれほどの運転技術は無い
精々安全運転で事故を起こさない程度の腕前しかないのだ
「とりあえず明利、軽く飲みものでも飲んどけ、戻さないようにな」
「うん・・・ありがと」
運転技術の有無にかかわらずこの乗り物酔いばかりはどうしようもない
明日からが不安だと思いながら静希達はとりあえずあてがわれた部屋へと戻って行った
誤字報告をいただいたので複数まとめて投稿
これでカウントは4になります
読み返すとたくさんの誤字が見つかるというあたり本当に誤字が多いのだなと辟易してしまいます
できる限り減らしたいとも思うのですが、如何せんうまくいきませんね
そんな作品ではありますがこれからもお楽しみいただければ幸いです




