日本の味
「次にメフィストフェレス、君は何と言うか・・・『居て当然の存在』みたいな雰囲気がある」
「なによそれ、なんか褒められてる気がしないんだけど」
エドの評価にメフィは僅かに口をとがらせたがエドは軽く笑いながら静希に視線を移す
その笑みに何が含まれているのかメフィ達は理解できなかった
「僕達人間は空気を吸わなくては生きていけない、悪魔や他の存在がどうかは知らないけどね」
「それがどうしたのよ」
突然変わった話の内容にメフィは眉をひそめる
信頼の話からなぜ空気の話になったのか、理解に苦しむといった表情だ
「空気は僕達にとってなくてはならない存在だ、でも僕達はそれを見ることはできない、そこにあるということは理解できる、でも普段生活していて『空気がここにある』と実感するようなことは少ない」
なにがいいたいのかオルビアはここまで聞いてようやく理解した
それはオルビアがかつて人間であったからでもある
空気という存在がいかに重要かを理解しているからである
「君とシズキは、本当に人と空気のような関係を持っていると思う、居て当たり前でありながら、居なくちゃ困る、意識しなくてもそこにある、普通の信頼関係とは一つか二つほど次元の違う関係だと思うよ」
褒めているのかどうかわからないような言葉にメフィは首をかしげるのだが普通より次元が違うという単語に機嫌を良くしたのかふふんと笑みを浮かべながらふわふわと宙を舞いテレビに興味を移していった
「お上手ですね」
「何のことやら」
オルビアの言葉にエドは軽く笑みを浮かべ近くにいる人外達に目を向ける
その中で唯一自分が評価しなかったあのリスの奇形種、フィアのことが気になったのだ
「なぁヴァル、僕もフィアのように使い魔を持つことは可能なのかい?」
同じ悪魔の契約者として使い魔がいないことが気になるのか、邪薙の頭の上でいつの間にか寝息を立てているフィアを見て自分の悪魔に問いを投げかける
ヴァラファールはというと、その疑問に対しあまり興味は持っていなかったのだろうが邪薙の上にいるフィアを軽く眺めてため息をつく
「あぁ可能だ、悪魔であるならほとんどがその術式を扱える・・・だが使い魔など持ってどうする?彼奴のような奇形種でも探すというのか?」
フィアが能力を使えるのは使い魔だからではなく奇形種であるが故である
そのため普通の動物を使い魔にしたところで自分に従順なペットが一匹出来上がるだけである
そう考えると使い魔を作るというのにあまり利益は無いようにも思える
「いやいや、なんというか気になったんだよ、そうか、できるのか」
一体何を考えているというのか、それは不明だが何か彼には考えがあるようだった
そうこう話しているうちに時刻は夕方から夜へと変わり静希の家の食卓にはいくつもの料理が並んでいた
エドが箸を使えないことを考慮してスプーンとフォークも用意したが彼はかたくなに箸を使うことにしていた
「とりあえずある食材でそれなりに作った、まぁ食ってくれ」
「おぉ、それでは・・・っとこれはなんだい?やたら粘ついているが」
エドはなにから手を出そうかと悩んでいると近くにあった納豆に目を付けた
箸でぐるぐる回せば回すほどに糸を引く謎の豆に興味津々の様子だった
「それは納豆だ、食えるかどうかはさておき、日本の伝統的な食べ物だよ」
「ほほう、では一口・・・・・・ん・・・んむぐ!?」
一つつまんで口の中に放り込み、噛んだ途端に広がる独特の香りと粘つきとなんともいえない食感
エドはたまらず茶を口に含んで一気にそれを飲み干した
「ううぉう・・・すごい食べ物だ・・・こんなものが伝統なのか・・・」
「はっはっは、食べ慣れると美味いもんだけど、さすがに初めては無理だったか?」
「そ、そうだね、これからは食べられない物と聞かれたら迷わず『ナットウ』と答えることにするよ」
予想よりも強烈な味だったのに対しエドの食への好奇心はまだ失われていないようで次々に料理を口にしていく
普通の家庭の食卓にも並ぶような普通の料理だがどれもこれも彼にとっては新鮮だったようで美味い美味いと繰り返しながら満足そうに箸を進めていた
その様子を見て安心したのか静希と明利も食事を楽しみ始める
「おぉぉぉぉうう・・・こ、これは一体・・・ものすごくすっぱいが・・・」
「そりゃ梅干しだ、そんなにすっぱいか?」
などなど、エドが食べた事のない食べ物に手を出して悶絶したのも数回、その様子を見てヴァラファールが失笑すること数回、初めての日本の食卓はほのぼのとした空気の中終了することになる
「本当に送らなくていいのか?」
「あぁ、あとはホテルに戻るだけだからね、いざとなれば最強の護衛もいる」
食事を終え静希の家から帰ろうとするエドは笑いながら自分の身体の中に入ったヴァラファールを指さして笑う
彼が悪魔の能力者である以上危険は多い、だが彼の契約する悪魔は強力だ、誰かが干渉したところで返り討ちが関の山だろう
「それじゃあシズキ、また今度、今日は楽しかったよ」
「こちらこそ、ありがとうエド、プレゼントは有効に使わせてもらう、次は納豆は出さないようにするよ」
「はっはっは、そうしてくれると有り難いな」
軽口を言いあいながら握手した後、エドは自分の宿泊するホテルへと戻ることになった
明利は静希に送られ、その日は家に帰ることになる
突然の契約者の来訪、少しだけ驚いたが静希にはとてもうれしい一日だった




