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J/53  作者: 池金啓太
十話「壁と屋上と晩夏のある日」

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晩夏の晩餐

長い時間をかけてまずは石の壁を石の床に変換した後、その次に今度は石を土に変換する作業に入っていた


だがさすがに構造変換には極度に高い集中が必要となる為か何度にも分けて変換作業を行っていた


三倍以上の時間をかけた結果広大な石の床は全てただの土へと変換された


映像を撮影した時は昼だったのにすでに夕方、それだけのお仕事をやらせていたのだと再確認して静希は本当に申し訳ない気分になる


「鏡花姉さん!お疲れ様っす!」


「お疲れ様です!午後茶どうぞ!」


「お疲れ様です!タオルどうぞ!」


さっそくと三下演技に熱の入る中に冗談交じりに雪奈まで参加する


もはやこの幼馴染三人組はどこに行きつこうとしているのか鏡花も明利もまったくわからなかった


「あーあー!ったくもうどっかの誰かが暗殺なんかされかけたせいでこっちはとんだとばっちりよ!この埋め合わせはしてもらうわよ?」


「それに関しては安心しろ、今の俺には中身のたっぷり詰まった『財布』がいる、回らない寿司だろうが高級レストランだろうが好きなだけ食ってもいいぞ」


その言葉に恐らく静希の言う『財布』と言うのが今回の元凶であるテオドールなのだろうなと推測する


その推測は正しい


テオドールは城島の選別した特殊部隊の人間により厳重に拘束されている


何重にも含んだ監視と警戒によって身動きもできない状態で彼はいま静希に絶対服従の身となっているのだ


命を狙ったんだからこのくらい安いもんだろ?とは拘束した際に静希が放った言葉でもある


事情を知った鏡花は心底テオドールに同情する


どんな理由があったにせよ静希を敵に回してしまうとは


今回の事件、間違いなく被害者は静希だ、命を狙われて危険に晒されたのも静希だ


だが何故だろう、静希にまったく同情の気持ちはわかないにもかかわらず、テオドールが気の毒に思えてしまうのは


「ほほう、ならば今回の立役者の私もたらふく食わせてもらおうじゃないか、回らない寿司などいいんじゃないか?」


「あー・・・その節は本当にありがとうございます」


城島がニヤニヤと近付いてきたことで静希は軽く頭を下げる


今回ダムの実習をねじ込んでくれたのはほかでもない城島だ


本来ならば他の班に回すべきところだったのを急遽調整、もとい無理を言って静希達の実習に変えてもらったのだ


しかもこのダムの周囲数キロの人払いをしてくれたのも城島の気遣いでもある


悪魔の力を見せないためと言うのもあるがここまでの厳重な警備を用意できたのも偏に城島のおかげでもある


城島がいなければ今回の映像撮影もなにもできなかっただろう


「せんせー!俺オオトロ!オオトロ食いたいっす!」


「私うに食べたいです!あといくらとえんがわ!」


流れに乗っかって自分も旨いものが食べたいと前衛二人が騒ぎ出す


回らない寿司などなかなか食べられるものではない、こういう時にでも乗っておかなければチャンスはいつ訪れるか分からないのだ


「ならばこちらは本ズワイカニと・・・そうだな、ボタンエビを所望する」


「わ、私はアナゴとかサーモンとかで」


後衛二人もこの流れに乗っておこうということで次々と自分の食べたいネタを言い始める


もはや今日の夕食は決まったようなものだった


よしよしと静希に負けず劣らずの邪悪な笑みを浮かべてどこかに電話をかけようと携帯を取り出す


「そうと決まれば今日はテオドールのおごりでたらふく食うぞ、いい店を用意しておくからな」


素早くどこかへ連絡をつけてまずは囚われの身のテオドールを逃げられないように厳重に拘束しながら連れてくることにする


静希達は善は急げと即座に身支度を整えてその場から去っていく


その後、自分の財布の中身どころか貯金まで使って静希達に大量の高級寿司をおごるはめになったテオドール


なにを隠そうメフィへの供物であるケーキやら人外達へのご褒美である甘露も全てテオドールの懐からの出費になっていた


この人が静希を暗殺しようとしたのかと一班の人間は興味深げに見ていた


陽太は何も考えず、明利は僅かに警戒と敵意を向け、鏡花は心底同情していた


「さあどんどん食おう、全部こいつのおごりだ」


城島は上機嫌になりながら酒こそ飲んでいないものの次々と高級なネタを注文していく


陽太と雪奈も同じく自分の食べたいネタを、明利は少し遠慮しながら、熊田は堂々と、そして静希は邪笑を浮かべながら喜々として注文をしていく


その場にいるテオドールも半ばやけになったのか、それともせっかく日本に来たのだから食べなくては損だとでも思ったのかいくつも注文をしていた


「それにしてもあんた運がないな、なんでわざわざ静希を殺そうとしたのさ」


「まったくね、こいつを敵に回すなんてナンセンスよ、どれくらいの報酬だったの?」


事情をほとんど知らない陽太と鏡花がトロを口に含んでいるテオドールに質問するとテオドールは指を五本立てる


「五?五十万円?」


「日本円に直せば大体五百万だ、人一人、特に学生を暗殺する仕事としては破格だった」


それは政府の方から支払われるはずの正当報酬だろうか、それとも口止め料を含めた金額だろうか


どちらにせよ確かに高いような気もする


だがこれは逆に言えば静希の命の値段だ


静希は今五百万積んでも殺す価値のある命であるということになる


だがその返答に陽太は興味なさそうに追加の注文をして鏡花は本当に同情を向け始めた


「五百万ぽっちでこいつを敵に回したのね・・・そりゃご愁傷様だわ」


「なんだと?ならお前はどれくらい出せばこいつの敵に回る?」


ただの小娘がなにをわかったようなことをとテオドールは憤るが鏡花はその程度のことでは持論は崩さない


特にこの件に関しては自分の実体験に基づいた判断が可能だからだ


「こいつを敵にするなら数十億はくれないと割に合わないわね、こいつを敵に回したらいろんな人間を同時に敵に回すんだもの、そもそもこいつは本気になったら人間一人で相手できるような奴じゃないし」


ウニを口に放り込みながら鏡花は表情を緩める


上級なネタは口に入れ味わっただけで笑みがこぼれるというものだ、周りの生徒も同じような反応をしている


「だが確かに不思議な能力ではあったが、それほど強い能力ではないのではないか?現に俺はこうして生きている」


少しでも静希の情報を得ようとしているのかテオドールは喰らいつくが鏡花は軽く嘲笑してオオトロを口の中に含む


「逆よ、あんたが生きてるのがいい証拠、どうせ静希の事だから殺さないように手を抜いたんでしょ?」


「あぁ、そりゃそうだろ、情報を引き出して元を断たなきゃいけないんだから、生かしておくのは当然だ、いろいろ役に立ってもらうつもりだしな」


平然と答えながら静希はお茶を飲みながらおおきく息をつく


静希が本気になったら


それはつまり相手を敵と認識し、全力で殺すという事を前提にした場合だ


静希の殺人に対しての手段は多岐にわたる


殺すことを躊躇わないのであればテオドールも最初の一手で殺すことができただろう


それができない状況であったからこそ苦戦はする、面倒も起こす


攻撃手段は多いのにその威力が高いか低いかの二極化されるのが静希の能力の欠点でもあった


そして何より静希を敵に回すということは彼の傍にいる悪魔や神格と言った人外達を同時に敵に回すことになる


悪魔だけでも手に負えないというのに神格や霊装、奇形種まで加わってはもうどうしようもない


ただの能力者どころかエルフでさえ太刀打ちできないだろう


そんな相手を敵に回すなど仮に何十億積まれようとお断りしたいところである


「ま、五十嵐を敵に回して廃人にならなかっただけ有り難いと思うことだな、どこかの身の程知らずのように」


「あはは、あの時のことはもういいじゃないですか」


静希は笑っているがテオドールは戦慄していた


今こうしてまるで普通の学生のように笑っている目の前の少年


ただの子供のように思えるのにあの時出した声はまるで異質のものだった


少なくとも十五そこらの子供が出す声ではない


そして時折自分に向けられる恐ろしく冷たい目


一体この少年は何者なのだろうかと本気で考えてしまう


「すいません!オオトロとアワビ、あとホタテにエビ追加で」


「あ、私アナゴと今日のおすすめのイカ!それに茶碗蒸しください!」


「・・・お前ら少しは遠慮と言うものを知らないのか・・・?!」


本当に貯金がなくなるかもしれないと思いながらテオドールはもう二度とこいつらに関わりたくないと思った


それは本当に本心からの想いだった


静希の波乱万丈の夏休みは残り一週間程度で終わることとなる


長いようで短い夏休み


面倒にも巻き込まれ、訓練もこなし、一つ大きくなった静希達は二学期に向けてゆっくりと過ごしていく


諸事情により予約投稿


そしてこれにて十話は終了です


これからもお楽しみいただければ幸いです

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