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J/53  作者: 池金啓太
十話「壁と屋上と晩夏のある日」

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多数決と選択

職員室は何人かの職員が書類仕事をしながら過ごしている、しかもクーラーが完備されていて外とは一変快適な空間が作り出されている


その一角に電話しながら書類とにらめっこしている城島を見つける


この夏休みだというのに彼女は仕事で忙しいようだった


「あぁそうだ・・・向こうは何と?・・・そうか・・・あぁ・・・いや、だが・・・」


何やら携帯の向こうの相手と話しこんでいるようで静希達が来た事に気が付いていないようだった


重要案件なのだろうかいくつもの書類を確認しながら会話するその声は僅かに焦りのようなものが含まれているように思える


「そっちが忙しいのはわかってる、だが放ってもおけないだろう・・・あぁ・・・ん・・・いや今ちょうど来たところだ」


城島が静希達が来たことに気付いたのか視線を僅かにこちらに向けたまま電話の向こう側の相手に対し相槌を打っている


何の話をしているのだろうかと静希達が首をかしげていると城島は大きなため息をついて電話を切った


「すいません、邪魔でしたか?」


「・・・いや、むしろ好都合だ、とりあえず場所を変えよう」


自分達が電話の邪魔をしたのではないかとも思ったのだが城島は額に手を当てた状態で何やら悩んでいる様子だった


書類をひとしきりまとめて以前にも利用した多目的室へと場所を変えて椅子に背を預けながらいくつかのファイルを用意していく


「それで今回の実習内容を教えてくれますか?早めに対策もしておきたいんですけど」


全員がその場に着席した時点で班長の鏡花が話を切り出すのだが城島の表情はあまり上機嫌とは言えない、だが不機嫌と言うわけでもない、純粋に悩んでいるような表情だ


「そうだな・・・今回の実習・・・お前達にはダムの解体を行ってもらう予定だった」


「・・・だった?」


全員の元に配られた書類には確かにダムの解体作業と書かれている


昭和に計画が立てられ利用される予定だったが、予算の関係上基礎処理を終えた状態で建設が破棄されそのままの状態で破棄されたダムの解体作業


現在その場所には水は無く、ただ壁があるだけとなっている


管理設備などの設置などがされないまま放置されており、今までは何の問題もなかったのだが近年、完全に施工を終えていなかった為か老朽化によって強度が落ちてきている


よって業者などによって解体が命じられたと書かれている


なるほど、業者に任せて余計な工事費をかけるくらいなら能力者に依頼して適度に片付けてもらった方が楽になるということだろう


だが城島の語尾に付けた『だった』という単語が引っかかる


「さっきの電話が何か関係してるんですか?」


「あぁ・・・今回お前達にはどちらの実習を受けるか選んでもらうことにする」


城島の言葉に全員がどういうことなのか理解できずに疑問符を飛ばす


本来生徒は自分達の実習内容を選ぶことなどできない


もし選んだ場合自分達の得意な内容の実習だけ受ける可能性があるからである


得意不得意関係なしにどのような状況でも活動できる事が好ましい能力者にとって現場を選択できる権限などない、だが城島は静希達に選べと言った


何か事情があるのだろうか


「とりあえず説明してくれませんか?そうでないと決められませんよ」


「・・・そうだな・・・とりあえずこれを見てくれ」


城島が静希達に見せたファイルには刑務所についての詳細が記されていた


間取りや所在地、そして収容されている囚人の詳細まで載っている


「これ・・・俺らに見せていいんですか?」


「今更お前達に問題も何もないだろう、すでにいろいろやらかしてるんだからな」


そう言われるといろいろと面倒を抱え込んでいる静希としては辛いところだ、確かに今更資料の閲覧権限がどうのと言っても始まらない


「本日の早朝、この刑務所で囚人が看守が目を離した隙をついて拘束を解き、建物すべてを閉鎖し、囚人を人質にして立てこもる事件が発生した」


城島の説明に陽太は状況の理解が追い付かずに首をかしげる


「は?え?刑務所に犯人が侵入したってことっすか?」


「いや、犯人も囚人だ、道具を隠し持っていたのかどうか知らんが看守を気絶させ管制室を乗っ取り今外部と連絡をつけて交渉をしている最中だそうだ」


囚人が囚人を人質に取るという意味のわからない事件


いや、意味はあるだろう、囚人とはいえ死刑囚と言う訳ではない


そこにはしっかりとした人権があり人質としても成り立つ


「・・・犯人の数は?」


「不明だ、だが単独犯ではないだろう」


少なくとも看守を押さえる、管制室を操作する、見張る、最低でも三人ほどいても不思議じゃない、下手をすればもっと多いということになる


「犯人の目的は?」


「ある人物の釈放、なんともありきたりでつまらんがな」


誰かを人質にして政府などと交渉する時求められるのは誰かの釈放か金銭と逃走経路の確保程度しか静希は思いつかない


そう考えれば至って普通の立てこもり事件のように思える


「ここ、無能力者の収容所ですよね?武装とかはあるんですか?」


鏡花が示すように今回の事件が起きた刑務所は無能力者専用の刑務所だ


現代においては刑務所においても能力者と無能力者を大別する


無能力者なら基本どの収容所でも入ることができるが、能力者は一つの刑務所にしか入ることはできない


能力者は能力者専門の刑務所に強制的に入れられるのだ


「基本兵装はそろえてある、それと暴動用に無人機の配置もされていると聞いた、詳しくはこの件に参加する時に伝える」


何百人と囚人を収容している場所だ、万が一のことを考えて武装しておくのは至極当然のことだがそれでもその機能を奪われたとなると突発的な行動ではない、恐らくは計画的な犯行だろう


「さっきある人物の釈放って言ってましたよね、それは誰ですか?」


質問を続けるうちにどうやら今回の話の確信を突いたのか城島はなんとも話しづらそうに頭を掻き毟る


「この事件の話が私に回ってきたのはそれが理由でな・・・そいつらが解放しろと言っているのは昔私が捕まえた奴なんだよ」


城島の言葉に静希達は眉をひそめる


昔特殊部隊に所属していた城島が捕らえた人物、そう聞くだけでそれがどれだけの重要人物か察することができる


「そいつは能力者でな、何十人と人を殺した犯罪者だ、今は能力者用のブタ箱の深部で拘束してる、今回の犯人はそいつの信者だろうな」


数多く存在する能力者においてまれに無能力者から見れば奇跡としか思えないような能力を扱えるものがいる


そう言った能力者を信仰する無能力者の事を信者と呼ぶ


能力者の事を正しく理解できていない無能力者はこの世界には山ほどいる、そういった知識のない無能力者を騙す能力者もまた多いのだ


今回城島にそのことが伝わったのも彼女が関わった事件がまだ完全に終わっていないということを示すようなものなのだろう


「勝手な言い分だが、私はこの件をきっかりと片付けたい、そのためにお前達にはこの件に関わってもらいたい、そうでないと私はこの件に関われないからな」


「・・・でも今朝起こったって・・・委員会はこの事をもう知ってるんですか?」


学生の実習内容に関しては委員会が全て取り決めている、逆に言えば委員会を通さない内容は受けることができないのだ


いくら城島が参加を熱望してもそんな無茶は通らない、下手すれば彼女が職を失うことにもなりかねない


「それに関しては問題ない、町崎が手をまわしてくれる、あと数時間もすれば正式に実習として活動できるだろう」


こういう時にコネがあると強いんだなと全員が実感しながら改めて実習内容を見比べる


一つはダムの解体


これは鏡花一人で事足りるだろう、いやむしろ鏡花しかやることがないかもしれない、基礎処理が終了しているということはコンクリートの巨大な壁を壊せと言っているのと同義だ、静希、明利、雪奈、熊田は役に立たないだろう


だがその代わり危険は少ない、そもそも解体程度であれば無能力者でも行える、ただ工事の費用がもったいないから自分達に回ってきただけの話だ


一方城島の言う刑務所の方は全員が協力しなければどうすることもできないだろう、評価も高いものが望めるだろうがその分危険も大きい


何せ刑務所にあった武装のほとんどを犯人が使っていると考えていいのだから


「ちなみに、この刑務所の方を選んだ場合、出発はいつですか?」


「準備ができ次第だ、動くのは早い方がいい」


確かに人質をとられている以上解決も早い方がいいが急すぎる、静希達は今日ブリーフィングする程度の気持ちで来ているのにいきなり出発なんて考えられない


だから城島は他でもない静希達に選ばせているのだ、自分たちが苦労するにしろどうなるにしろ結局は自分で選ぶしかない


今回はむしろ選択肢があるだけ有情というものだろう


「どうする?どっち選ぶ?」


静希達は顔を近づけて作戦タイムをとる


この状況で選択肢があるのは逆に辛いかもしれない、なにせ城島の視線がある中で決めなくてはいけないのだから


「どうするって・・・そりゃダムの方が楽だろ・・・」


「あんたらは楽かもだけど私は地獄よ?どんだけ仕事しなきゃいけないのよ」


この資料を見ても今回の作業がすべて鏡花任せになるのは目に見えている、その場合彼女にかかる負担は相当以上に大きいものになる、鏡花もそして班の全員もそれはあまり良い状況とは言えなかった


「でも、そっちの方が危険はないよ?刑務所の方は危ないだろうし・・・」


「それはそうだが、やることがないというのもまた辛いぞ?清水が働いているのに自分達はやることがない、申し訳なくなるな」


「あー・・・嫌だねそりゃ、だったらみんなで協力できる刑務所の方がいいかね?」


呑気に話し合いができるのもそう長くはないだろう、なにせ時間がたてばたつほど事件は進むのだ


安全性をとるならダム、緊急性と評価、及び全員で行えるということをとるなら収容所と言うことになる


「じゃあ多数決とりましょ、ダムがいいか刑務所がいいか、ダムがいい人」


ダムの方には陽太と明利が手を上げる


理由としてはサボっていられると安全な方をとりたいということから


「一応聞くけど、刑務所の方がいい人」


静希、鏡花、雪奈、熊田が挙手する


理由として今更危険がどうのと言っていられない、自分だけ働くのは嫌だ、協力した方が楽しい、ダムの方では清水に申し訳ないという理由からである


「決まりました、今回は刑務所の方の実習でお願いします」


「わかった、お前達は一度帰って準備をしてすぐ戻ってこい、それまでにできる限り情報を集めておこう、二時間後に校門前に集合するように、それと清水、お前には用意してもらいたいものがある」


城島は心なしか嬉しそうだったがこちらとしては厄介事を持ちこまれたという意味であまり嬉しくはなかった


特に即日行動だとは思っていなかった為にろくに準備が進んでいない


おそらく何日も続く内容ではないとはいえ準備にそれなりに時間がかかる


陽太達はともかく静希は装備点検などがほとんど手つかずだ、コンディション的には悪くないが状況は良いとは思えなかった


誤字報告が五件たまったのでまとめて投稿



これからもお楽しみいただければ幸いです

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