病室の駆け引き
病院には最初来た時よりも多くの隊員が私服で待機していた
さすがに病院内で軍服を着ている訳にもいかなかったのだろう
一般人に紛れて行動していてもその身のこなしと表情で一般人ではないと公言しているようなものだった
ほぼ素人の静希にも気取られてしまうのだ、恐らく病院内の何人かは彼らが一体何なのか気付いている者もいるだろう
中にはこの近辺で何か事件があったと勘付く者も出てくるだろう、いくら情報統制していてもここ数日静希も派手に行動しすぎた
元より表立った行動が得意ではない静希だが今回は目的を優先しすぎたというのもある
教授の部屋の前に来ると静希はノックする前に自分についてきている三人に目を向ける
「お願いがあるんですが、この先俺が何を言ってもなにも言わないでほしいんです、できるなら知らぬ存ぜぬを貫いてください」
その申し出に大野と小岩は了承するがニコラスだけは首をかしげていた
どうにも静希がなぜそのようなことを言うのか勘ぐっているようでもあったが念を押すと渋々納得する
もし何か言うようならば大野と小岩に取り押さえてもらう必要があるかもしれないと思いながら静希は病室の扉を軽く叩く
返事を待たずに中に入るとそこには以前と同じようにベッドに横たわるノーマン教授の姿がある
ベッドの頭部分を起こしてそこに背を預け窓から外を見ていた
静希の姿を見て僅かに目を見開いたがそれ以上の表情の変化は無い
「君は確か・・・日本から来た」
「五十嵐です・・・今日はご報告することがあってきました」
静希は近くのパイプ椅子に腰を下ろし教授と視線を合わせる
その表情と顔色はあまりいいとは言えない
病院の栄養状態に不備がある訳ではない、これが精神的なものであることを察した静希は軽くその目をじっと見てみる
「あまり体調がよろしくないようですね」
「いや、たいしたことは無い・・・この程度はすぐに治るさ」
「どちらにせよ長居はしない方がよさそうだ、本題に入らせていただきます」
一度言葉をきって懐からメモを取り出しそれを読み上げるふりをする
「エドモンド・パークスと接触した結果、彼の能力がわかりました」
「・・・ほう、さすが日本の協力員だ・・・優秀だな」
僅かに笑みを浮かべ捜査が進行していることへの安堵した様子を見せているが静希がみたいのはそこではない
ノーマンの軽い賛辞もそのままに静希はその先を述べる
「彼の能力は発現系統、自分の見た映像を空間に立体的に映し出す・・・分類的には光情報に基づいた映像投写です」
「ほう・・・映像を・・・」
静希が言い終えた後で教授は口元を隠し何かを思案しているようだったが、その目と指先が僅かに震えているのを静希は見逃さなかった
「恐らく十七人を殺したのは悪魔召喚後の事だったんでしょうね、悪魔の能力は依然として不明ですが、エドモンドに直接会って聞けばはっきりすること、安心してください、この事件の解決も時間の問題でしょう」
「・・・そうか・・・それは・・・よかった」
静希の言葉は聞き様によっては教授を安心させるための言葉のように思えるだろう
だが聞き方を変えればまた意味は違ってくる
ここで気をつけなくてはいけないのは教授に悪魔の能力を知らせてはいけないということ
まだ隠し通せるという希望を与えなくてはいけない
「あぁそうそう、一つ聞きたいことが」
「・・・なにかね?」
「換気扇」
静希の言葉に教授は一瞬目を見開く、メモを見るふりをしながら静希はその表情の変化をしっかりと目で捉えていた
「事件現場の換気扇が壊れてるんですよ、あれはいつ頃からですか?夏場だと辛いでしょうに」
「あ・・・あぁ、実はかなり前からなんだよ、直してくれるように言ってるんだが、なかなか・・・」
「そうですか、困ったものですね、現場を捜査する時暑くて・・・」
笑みを浮かべながら静希は教授の表情の一つ一つを見逃さない
他人から見ればただの世間話に見えるだろう、だが静希にとって教授にとってこの会話は世間話などという物とはかけ離れたものになっている
「彼は・・・私を探しているのか?」
不意に呟いた言葉に静希は眉をひそめる
普通なら犯人は現場を見た人間を探して証言されないように口封じをすると考えるだろう
故にこの言葉は被害者の言葉か犯人の言葉か判断がつかない
「ここの警備はかなりレベルを上げてもらいました、万一にも貴方に危害が及ぶことは無いですよ」
静希は満面の笑みを浮かべて教授を安心させようとする
だがその笑みとは対照的に教授の表情はお世辞にもいいとは言えない
「では自分はもう行きます、これから目標を追い詰めるので、何か希望があれば今お聞きしますが?」
それは『被害者』である教授ならば仇討ちとして聞こえる言葉だ
そして静希もその意味合いともう一つ意味を込めた
この反応によって静希の中での確信が変化する、それほどに重要な内容だ




