呪いの咆哮
戦闘において速度は重要視される
それは現代軍部隊において最重要とも言える項目だった
どのような場所でも即時展開し対応できることが強みでもあるのだが、それは場所が戦場であることが前提となる
今ここは戦場ではなく市街地、展開先の場所には一般人なども多くいる
深夜の人が少ない時間ならば移動にも部隊配置にも時間はかからないだろうがこの時間では人も車も多く移動にも交通規制にも時間がかかってしまう
何より包囲しなくてはいけない対象が高速で移動しているのであればなおさらだ
メフィの能力で牽制できていない今、フィアとヴァラファールの機動力はほぼ同等、このままでは延々と終わらない鬼ごっこが続くだけだ
そう判断した静希は徐々に高度をとり建物の屋上から屋上へと飛び移る移動へと変更する
相手がどこに行こうとしているのかが頭上から視認できれば先回りも可能ではないかというのもあるが、一般人にこれ以上自分の姿を見られるのはまずいというのもある
静希達が自分達より上空から追ってきているのがわかったのかエドモンド達は移動方向を変え距離をとろうと図る
羊を追いこむ犬というのはこういう気分なのだろうかと静希は周囲の地形を頭に入れながらこの辺りで戦闘を行っても問題なさそうな場所を探す
するとエドモンドの進行方向はるか先に木々が茂っているところが見受けられる
「大野さん!あの公園みたいなところに追い込みます!部隊をあそこに配置するように言ってください!」
「わ、わかった!」
静希はフィアに指示を出しエドモンドを追いながらトランプを取り出す
使いたくは無かったがこの状況では仕方がない
静希はトランプを空中に飛翔させエドモンド達に向けて射出する
唐突に現れた宙を浮くトランプにエドモンドもヴァラファールもこのトランプが静希による攻撃であると思ったのか上下左右に動いて襲いかかるトランプを避けていく
トランプ自体の攻撃性能は皆無だが今は少しの間ごまかしておくだけでいい
相手の速度が僅かに落ちたところで一気に距離を詰め何度か曲がり角から誘導することで目的地である緑化の進んだ公園、リーシェンツパークへとエドモンドを追いこむ
そこにはすでに待機していた部隊が今まさに攻撃を開始しようとしていた
銃での攻撃はなく能力だけでの攻撃が始まる寸前にヴァラファールの能力が発動する
周囲に黒い球体が浮かび上がり襲いかかる能力を次々と相殺していく
追いついた静希がその背後から攻撃を仕掛けようとする瞬間にその気配を察知したのか同じような球体がいくつも射出される
邪薙の障壁がいくつかは防いでくれるが無理はできない、フィアの機動力を用いて球体を次々とかわしていくが、部隊の方はそうはいかない
能力を発動し続け攻撃を途切れないようにしているが根本での威力の差が大きい、たとえ数でその差を埋めようとしても決定的に違いがあり過ぎる
やがて部隊の能力が押され始め何人かの被弾者が出始める中、このままでは昨日の二の舞になると判断した静希はフィアに合図し急接近を図る
もちろんいくつもの球体が静希に向けて襲いかかるが邪薙の防壁とフィアの機動力でそのほとんどを無力化している
そしてもう少しというところで静希はトランプを顕現し二人に向けて攻撃を仕掛ける
最初ヴァラファールの攻撃がトランプを相殺しようとするのだが、静希の操作によって高速で移動するトランプには一つたりとも当たりはしなかった
静希はフィアを高速で移動させ僅かな時間でエドモンド達の直上へと移動し、そのまま飛び降りる
トランプと能力の雨により悪魔とエドモンドの視界が制限されている中静希はヴァラファールの上に乗った瞬間能力を発動する
「これで少しはおとなしくなれ!」
完全に収納したその一秒も経たないうちにヴァラファールは静希の能力の束縛から逃れ外に出てきてしまう
だが一瞬でもトランプの中に入れた
これでメフィの言うことが正しければエドモンドがつけていると思われる心臓への細工はなくなったはずだった
だがヴァラファールは牙をむき出しにしながらエドモンドを拾い上げ、回転しながら静希に尾を叩きつけ弾き飛ばしてしまう
遠くに弾き飛ばされた静希の身体をフィアが受け止めるが、その動揺は大きい
なぜまだエドモンドの味方をするのか
若干混乱しつつも静希はまたトランプの中に収納しようとヴァラファールの周囲にトランプを展開する
周囲をトランプに囲まれ、それでもこの不可思議なトランプを破壊できないことから焦ったのか、それとも覚悟を決めたのかヴァラファールが咆哮する
次の瞬間、静希のトランプごとその体が黒い何かに飲まれていった
ヴァラファールを中心として発生した黒い巨大な球体はどんどんと大きくなり周囲の全てを飲みこんでいく
「やばいやばい!フィア離脱しろ!」
静希の命令に従いフィアは球体から逃れようと急速に離脱を開始する
同じく部隊の方も距離をとり始めているが初動が遅れた被弾者は次々と黒い球体にのまれていく
「うわぁ・・・なんだ・・・あれ・・・」
大野が漏らす言葉に静希は返答などできなかった
黒い何かは地面さえも浸食しているらしく奇妙な音を奏でながらその力を振るい続けている
徐々にその球体が小さくなると同時にその威力が衆目にさらされていく
地面は抉れ、焦土のように熱を持ち、草木は完全に根絶やしにされている
巻き込まれた隊員は黒い瘴気に蝕まれ、僅かに声を出しながらもがき苦しんでいる
そしてその中心にいたはずのエドモンドとヴァラファールは姿を消していた
周囲を見渡すがそれらしき姿は無い、どうやら先ほどの動乱の中逃げ出したらしい
「くそ・・・やられた・・・!」
大野が悔しがっている中静希は眉間にしわを寄せていた
周囲の部隊も同じようなものだがまず第一に負傷者の治療、巻き込まれた隊員に治療を施すことのできる能力者が駆け寄り全員が慌ただしく動きだす
静希はフィアの能力を解除させて同じように救護に移っていた
先ほどの能力、恐らくヴァラファールの使える呪いの力の応用なのだろう
強い力であるのは理解できるが、今になってなぜ使ったのかが気がかりなのだ
昨日は部隊の僅かな隙をついて離脱した、だが先ほどは力任せの突破だ
あれができるのなら何故今まで使わなかったのか、それが一番の疑問だった




