体裁と思惑
メフィの言葉に静希は思考を巡らせる
トラウマの再現
その悪魔の持つ負の記憶を呼び起こし、その隙をついて心臓に細工をする
メフィの言いたいことはつまりはこういうことだろう
『トラウマの再現って、例えばどんな?』
死体を使っている時点で静希には既に事態は想像もできないような境地に在る
『状況とか、状態とかよ』
あえて言葉を濁したが静希の頭の中では多種にわたる想像が構築されていた
曖昧ながらどういう状況であれば死をトラウマにまで変化させられるか考えるのだが実際死体を見ていない静希にはドラマなどで見る死体以上の物を想像できない
メフィが言葉を濁したのは、静希に明確な死のイメージをさせないというのもあったが、まだ高校生、十五そこらである静希に人の死は重すぎるからだ
今までメフィが契約した人間は少なくとも成人はしているような者ばかりだったが、静希はいくら頭がいいと言ってもまだ子供
人の死に触れさせるのはさすがに早い
『ちなみに、お前にもトラウマってあるのか?』
『あるわよ』
『どんな?』
『内緒に決まってるでしょ?いい女には秘密が付きものよ』
一体どういう神経をしていればそんな言葉を堂々と吐けるのか、一瞬メフィの精神の正常性を疑ったが、それはきっと今更だろう
そこからの移動法はいたってシンプルなものだった
能力者による転移と休憩を繰り返し静希は目的のイギリスのヒースロー空港に到着していた
現地時間はまだ午前、九時間の誤差があるとはいえ夕方に出国して半日近い誤差があるとさすがに違和感がある
「この後どうするんですか?」
「とりあえず迎えの人が来る手筈になってるんだけど・・・どこだろう・・・」
空港内を見渡しているが周りは外人でひしめいていてどこにだれがいるのかなどさっぱり分からない
「目的地を考えるとロンドン空港までいった方が早くない?」
「いや、ここに来てくれることになっているんだ・・・おかしいな」
今回の目的地、事件を起こしたロンドン大学に一番近い空港はヒースロー空港から東に行ったところに在るロンドン空港
確かにそこに直接行ければ話は早かったのだが能力者による転移便は行き先が限られている
ここから飛行機に乗って移動するくらいなら車で移動した方が早いのだろう
『マスター、七時の方角にそれらしき人物を発見しました』
オルビアの呼びかけに七時の方角、つまりは左後方を見てみると何やら辺りを見回しながら『University of London』と書かれた大きな紙を持った男性が立っている
あんな出迎えで分かる訳がないではないかと思うのだがとりあえずオルビアに翻訳をお願いした後に声をかけてみることに
「失礼ですが、どなたをお待ちなのですか?」
「お?言葉が通じる、君は能力者かい?」
「はい、今日俺もここで人を待っているんです、ロンドン大学の一件で」
男は一瞬眉をひそめる
自らが着ているスーツに似つかわしくないその眼光が静希の後ろにいる軍人二人に気付く
そして静希の服装、喜吉学園の制服を見ながら少し考えた後三人に視線を移しながら紙を下ろす
「失礼だが、君達の名前を教えてくれないだろうか」
「五十嵐静希、こちらは大野純太さん、こっちは小岩真奈美さん」
静希の紹介に軽く頭を下げて握手すると男性は懐に入れてあった手帳を取り出して何度かうなずく
「いや失礼した、どうにも日本人に対応するのは初めてでね、私は今回の件で君達の案内役を務めるニコラスだ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくニコラス」
互いに握手しとりあえず彼の用意した車に乗り込むことに
「案内役がつくっていうのは予想外だったな・・・動き回るのにはありがたいか」
オルビアの翻訳を切って日本語で呟くと大野と小岩は僅かに反応して口元に耳を寄せる
「案内役というより、体のいい監視役だよ」
「君に勝手に動いてほしくないのね、向こうも向こうで体裁とか気にしてるんでしょ」
二人の注釈に静希はなるほどと納得して後部座席に深く寄りかかる
大野と小岩も静希の護衛と監視の役割を持っているが二人はむしろ協力者としての立場だ
だがニコラスは違う
どちらかと言えば静希が勝手な行動をしてこちらの軍の手柄を横取りしないようにさせるのが目的だ
主な主導権は向こうにあるということを強く誇示しているということでもある
協力に来た日本人、しかも子供に事件を解決されては組織としてこれほどの失態は無いだろう
故に静希は大人しく悪魔だけを抑え、余計なことはするな
そういいたいのがありありとわかる
城島ではないがこれは確かにガツンと何かしらアクションを起こさないと相手の思うように動かされるだけになりかねない




