幼さの教訓
「おいガキンチョ、何でそんな泣いてんだ?」
時折雷が発生しているというのに陽太は恐れることなく子供に近づく
しゃがみ込んで目線を合わせるようにし、下からのぞきこむ
陽太の姿に気付いたのか泣きじゃくりながらも何とか話そうと何度か口を開く
だがなにを言っているのか陽太には理解できない、何かを伝えたいことは理解できるのだがところどころ出される言葉だけではほとんど日本語にもなっていない
どうしたものかと悩んでいると感極まったのかまた子供が泣き始める
稲光が一層強くなり始め鏡花が即座に周囲に避雷針を展開すると、子供から放たれる雷は避雷針を通じて地面へと流れていく
「ちょっと陽太!いきなり泣かせてどうすんのよ!」
「しょうがねえだろ!なに言ってんのかわかんないんだって!」
陽太はこんな小さな子どもと接点を持ったことなどほとんどない
もっといえばこんな泣いている状態の子がいる時どうすればいいのかなど知りもしない
自分の時はどうだったかと思い返す
自分が泣いている時、実月がよくやってきた
怒っている時も泣いている時も、能力が暴走しかけていると必ず姉の実月がやってきた
自分はどうされたのだろうか
子供のころだからよく覚えていない
だが陽太は確信を持って言える
あの姉のことだからきっとこうしたのだろう
自分が嫌がっても、どうにかしてこうしたのだろう
陽太は雷を身体から断続的にはなっている子供に近づき優しく抱きしめる
頭を自分の胸に来るようにして心臓の音を聞かせる
僅かに電流が陽太の身体に流れるが僅かな痛みを覚える程度の弱いもの、誰かを傷つけるようなものではない
頭を撫でながらずっと抱きしめていると子供は先ほどまでの声を上げる激しい泣き方からすすり泣くような、安堵の混じったものに変わる
どうやら正解だったようだと安心しながら鏡花の方を振り返る
「もう大丈夫だろ」
「本当に?抱きついてお終いなんてなんかあっけないわね」
鏡花が足で地面を鳴らすと先ほどまで突出していた避雷針が元の床へと戻っていく
「静希?この子の親見つかった?」
「今連れてく!ちょい待ってくれ!」
遠くから聞こえる声に鏡花達は安心する
どうやら人混みの中ではぐれてしまったのかかなり離れた場所にいるようだった
周りにいる人々をかき分けてこの子の母親らしき人物がやってくる
子供は母親の顔を見るや否や小走りで近付き抱きつこうとする
だがその瞬間母親の顔が強張り、一歩だけ後退してしまう
ほんの一秒もない表情の変化に子供は立ち止まって今にも泣きそうな顔で母親を見上げる
子供は他人の感情に機敏に反応する
僅かであれど親が自分に抱いた恐怖と拒絶の感情に気付いてしまった
母親からすればいつまた電気を発するかもわからない子供を抱きしめるということは、自身が傷つくことになる
無論自分の子供故に抱きしめてやりたいのは道理であるが、そこには根源的な恐怖が残っている
母親といえど一人の人間、傷つくことは怖いのだ
子供は前進をやめまた泣きそうになる
自分が拒絶されたと思っているのだろう
手の届きそうな距離にいるのにそれ以上母親も子供もなにもできないでいた
「ほれ、何やってんだガキンチョ」
そこになんの配慮もなく陽太が子供の背を強く押して母親の元に強制的に抱きつかせた
母親は自分の胸に収まった子供が何の変化もなくそこにいることに安心したのか、ゆっくりと抱きしめて頭を撫で始める
子供もようやく自分が抱きしめられていることを実感したのかゆっくりと声をあげて泣き始めた
能力は発動せず、ひとまず安心であるということが分かった
「これで解決かな」
「だといいけどな」
先ほどまでどこかに連絡していた静希は携帯をポケットの中にしまい子供を落ち着かせている母親に近づく
「先ほど委員会の方に連絡を入れました、母子ともにお話を伺うのと検査を強制されると思います・・・ちなみにお子さんが能力を使ったのはこれが初めてですか?」
「はい・・・今までこんなことはなかったんですが・・・」
子供が能力を使うときは決まって極度のストレスを感じた時だ
恐らくこの広く人の多い空間で母親とはぐれたことで強い恐怖を感じたのが原因だろう
「お子さんの精神状態が不安定になると能力が暴走する可能性があります、きちんと制御法を学ぶまでは注意してあげてください」
「はい・・・ありがとうございます」
委員会は静希達の所属する喜吉学園などの専門校に任務を与えるだけでなく、新しく能力を発現した人物がいた時に登録と諸注意や制度などを保護者に通達する仕事も請け負っている
能力管制委員会の名は伊達ではないというところか




