教師の交渉
「ならせめて誘導くらいはしますよ、ギリギリまで誰かが逃げるのを手助けしないと」
脱出するにせよなんにせよ誰かが指示をしなくてはならない、この状況でそれを行えるだけの冷静さを保っている人物は少ない
「ならお前達は要人を優先して誘導しろ、生徒は他の教員がなんとかする」
二年生は一年生に対応し、一年は動揺が見える
だが最も動揺が大きいのは大人の方だ
能力者だけでなく無能力者もいるため何やら責任がどうのと騒いでいる人も見受けられる
無論、冷静さを保ち事態を適切にとらえている人物も中にはいる
その一人が町崎である
状況をほぼ正確にとらえているらしくとにかく要人をまず先に脱出させようと誘導していた
この状況で真っ先に誘導しなくてはいけないのは要人のほうである
無能力者で有力な人物ははっきり言えば足手まといでしかない
仮にこの場で人質を盾にされ、全員が犯人の手に落ちた場合、人質になるのが生徒だけならまだ逆転の可能性がある
だがそこに無能力者がいてしまえば行動に一気に制限が出る
静希達が無能力者を優先的に裏口から空港までの道へ誘導し、そこから先は要人の連れていた護衛に任せることになる
「五十嵐君、君達も避難した方がいいんじゃないか?」
護衛の人を見送りながら何とか要人の無能力者は誘導できたがまだ専門校関係の能力保持の大人は多い
町崎もまだやることがあるのか残っていた
「それはこっちの台詞ですよ、来賓に万が一怪我させたら先生に殺されそうです」
まだ学校の関係者はたくさんいる
その中には海外からきた専門校の関係者の人間もいる
状況は理解しているようだが避難しようとせず生徒達の顔をじっくりと観察していた
「町崎さん、あの人逃した方がよくないですか?一歩間違えれば国際問題ですよ?」
「ん・・・彼は最後でいいと、日本の生徒がトラブルの時どう対応するのかみたいんだろうさ、もともと偵察みたいなものだからね」
そう言うと町崎はまた誘導の作業に戻っていく
全体の半分を誘導し終えたところで辺りに銃声が響き渡った
辺りが騒がしくなる中、静希達は作戦室に向かうとちょうど城島達が出てくるところだった
「先生、まだ誘導終わってませんよ!?」
「わかっている、予想より随分早い・・・これからは下手に動かすのは良くないな・・・転移能力者でもいればよかったんだが・・・」
城島自身どうしようもないと諦めているようだ
とにかく人質になっている生徒がどのような状況なのか確認する必要がある
「お前達は残った奴等をおとなしくさせていろ、できるなら矢面には立ちたくなかったんだが・・・是非もない」
城島をはじめとする何人かの教師が正面玄関へと向かっていく
「あの、先生、これ」
「ん?なんだ?」
明利が城島に渡したのは明利のマーキング済みの種である
「せめて状況を内部に伝えられる様に」
「・・・もっておこう・・・お前達は絶対に顔を出すなよ?」
静希達はその場に残されながらあわてている生徒達を抑え始める
一方城島達は正面玄関から堂々と出て侵入者たちと対峙していた
その視線の先には十六人の銃を持った男達とワイヤーで縛られた生徒が六人、全員頭に銃を突きつけられている
最悪だと呟いて城島は全員の状況を確認する
何人か血を流している者もいるが止血はされている、生徒を殺すこともできたのだろうが、今は殺すつもりはないのか、慈悲の心か全員無事だ
「お前達は何者だ!?我々の生徒を離せ!」
教員の一人が声を上げると恐らくはチームのリーダーと思われる男が前に出てくる
「我々は差別格差の無い世界を望む正応十字団の者だ、先に仕掛けてきたのはそちらだろう、我々の仲間をまずは解放してもらおうか?」
先に二人程捕らえられたことも確認済み、そして話はそれからという姿勢を崩さない
腐ってもテロリストというわけである
「お前達の目的はなんだ?何故この場所にいる」
「我々の仲間から聞きだしたのではないか?我らは無能力者と能力者の格差をなくすのが目的だ」
そのために生徒及びそこに集まった人物すべてを人質に政府と交渉すると付け加えて人質になっている生徒に拳銃を強く押しつける
「我々もできるなら人は殺したくない、従順な対応を期待する」
拳銃を突き立てて交渉もなにもないだろうと教師達は歯を食いしばる
「とりあえず中に入れてもらおうか?通信機などはこちらで用意しているから安心してくれ」
教師からしたら侵入などされたくはない、だが生徒を人質にされている以上従う他ない
道を開けようとする中一人の声が響く
「まて、お前達の本当の目的とやらを教えてもらおうか」
その中で城島だけが不敵な眼差しとともに前に出た
「本当の目的?」
「あぁ、捕まえたお前達の仲間が言っていた、お前が知っている事も、相当大きな面倒事であることも」
少々のブラフを含ませながら城島は先に進ませまいと代表者を睨む
「それを知ったところでそちらに利益でもあるというのか?」
「そんなものはない、あるとすれば不利益だけだ」
城島は確信する、尋問した男が言っていた本当の目的、このリーダー格の男はそれを知っている
「交渉機材を持っているならここで交渉すればいい、『生徒』を人質に取ったと上方に伝えるだけだ、なにも中に入らなければできない訳ではないだろう?」
「夏とはいえ屋外でこのような場所で交渉もないだろう、幸い晴れてはいるが風も防げない場所に生徒を置いておくわけにはいかないのでは?」
互いに応酬を繰り返す中城島が近くにいた教師に小声で話しかけると、すぐさま教師は地面に手を突き屋根と壁のある小屋を作る
鏡花ほどの速度はないものの変換能力者は多くいる、このくらいは造作もないことだった
「これでどうだ?さあ風は防げるぞ、交渉を始めろ」
なにもなかった空間に突如小屋が出来上がったことに侵入者たちは驚いているようすだったが、リーダー格の男はまったく動揺していない
それどころか真直ぐに城島を見据えて小屋を見ようともしない
この中で能力の事を正しく理解できているのは恐らくこのリーダー格の男のみ
他の隊員はほとんど数合わせのような一般人と同じ
多少の訓練はしているようだが付け焼き刃に等しい
城島をはじめとする他の教師達も同じことに気付いていた
「残念だが、これではだめなんだ、我々の目的を達成するためには生徒も必要だがそれ以上に別の人間の協力も必要だ」
「・・・そう言われて易々と通すと思うか?」
「通すさ、こうすればどうしようもないことくらい分かっている」
仲間に指示して額に銃を突きつけながら頬にナイフを添わせる
通さなければ生徒が酷い目に遭うぞと、なにも言わずに脅しているようなものだ
能力を使って彼らを救うことができない訳ではない
銃を突きつけられているのは六人
六人同時に助けなくてはならないこの状況
不可能ではない、だが万一失敗すれば確実に生徒は死ぬ
そんなことは絶対に起こしてはいけない
「話が前に進まないのは嫌いだ、早く通せ」
明らかに殺意を向けながら生徒に銃を向ける男達に城島は歯を食いしばる
これ以上の時間稼ぎは無理だ
あとは生徒たちがおとなしくどこか見つからないところに退避してくれていれば良いのだが
城島が淡い期待を持ちながら道を譲る
先ほど自分たちがいた大広間まで向かうとそこには誰もいない
城島が犯人達に気取られないように周囲を見渡すがどこにもいない
だが先ほどまであったステージ部分が見当たらず、周囲の物とまったく変わらない壁が作られていた
この壁は鏡花達変換能力者による工作行動
避難していない生徒と僅かな大人をステージに集め能力を発動、ステージ自体の質量を利用して壁を作る
他の物と同じように装飾を施し急ごしらえとは思えないクオリティで壁を作り出した
「なんだ?何故誰もいない?」
「さぁ?お前達の銃声にビビって逃げ出したのかも知れんぞ?」
「ふざけるなよ、下手なことを言うとその頭打ち抜くぞ」
「ふざけてなどいない、我々は能力者だ、危険が迫れば自分たちで考え行動する、もしかしたら逃げたのではなくお前達を返り討ちにしようと企んでいるのかもしれないぞ?」
城島の不敵な笑みに犯人達は不快そうに眉をひそめる
「子供だと思ってなめるなよ?能力者はお前たちが思っている以上に柔軟で慎重だ、大人が数人で武器を持ったところでたかが知れている」
これで少しは頭に血が昇ってくれれば助かるのだが、城島の思惑通りにはいかない
他の有象無象ならいざ知れず、リーダー格の男は状況を冷静に見極めようとしていた
「こうなったら、そちらの協力を得ない限り達成は難しそうだな」
「・・・協力?交渉ならそちらで勝手にやってもらうぞ」
「いや、そちらが知りたがっていた本当の目的というやつだ」
その言葉に城島をはじめとする教師陣の表情が変わる
一体何を目的としているのか、これだけのことを起こしてただのテロでした何てことはないだろう
「教えてくれるのであれば有り難いが、協力は約束できない」
「いいや、協力してもらわなくては困る・・・なにせ重要な案件だ・・・これからの無能力者の希望ともなりえる事だからな」
城島は眉をひそめる
一体この男はなにをしようとしているのか
ただ政府と交渉するだけならばそれほど無能力者と能力者の差は縮まらない、ただ援助がなくなるだけだ、金銭的面でしか変化はない
だがこの男が言っていることはそれ以上の重さが感じられた
「我々の目的は、悪魔を使役することだ」
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