山に向けて
「おや、変わった像ができとりますな」
庭にやってきた一人の男性に全員の顔が引き締まる
部屋の中で先ほどまで横になって話にも参加しなかった城島が飛び起きてやってくる
「喜吉学園一年B組一班引率城島、それと同じく生徒達です、本日よりお世話になります」
「いえいえ、御頼みしたのはこちらです、どうぞごゆるりと」
どうやらこの家の主人のようだった、奥さんと同じく物腰穏やかな表情と髪に混じる白髪が年配であることを物語っている
「ところでこれは・・・」
「どうやら今回の作物被害の原因と思わしき獣の像を作ったようです、勝手に庭の土を使用し申し訳ありません」
「いやいや、元に戻してくれればかまいませんよ、それにしてもなかなか・・・」
庭の中央に出来上がった獣の肖像を眺めながら主人はあごに手を当てて感心している
「これを作ったのは?どの子かな?」
「あ、私です」
「ほう、なかなかいい腕をしている、その若さでたいしたものだ」
「いえ、それほどでは」
変換能力に関しては現在鏡花の右に出るものは学園にも数える程度しかいないだろう
それはもともと持つ能力の強さだけではなく弛まぬ努力のたまものであると全員が確信を持って言えた
「みなさんはこの後どうするので?」
その質問に城島が鏡花と静希に目を向ける
情報は共有したとはいえまだ足りない、これ以上は情報収集より多少斬り込むことも必要だろう
「この後小休憩の後、日のあるうちに装備を整えて少し山に入ってみようと思います、目標の姿や痕跡を見つけられるかもしれません」
「それに当たって、この山の鮮明な地図があると助かるのですが」
元より登山用の山ではないために市販されている地図などは高低差しか書かれていないようなものばかりだ、もう少し何がどこにあるか程度は知っておきたい
「それなら古いものでよければ、すぐに出してこよう」
「ありがとうございます」
主人がどこかにいった後に城島はさっそくと部屋の隅に移動して壁に背を預ける
「まったく、山に行ってどうする?獣を見つけでもするつもりか?」
さすがに今日目的地に着いてすぐに山に向かうのは予想外だったようだ、呆れ半分で大あくびしている
「今回は山の地形把握と明利のマーキングが目的です、目標の目視はおまけみたいなものですよ」
無論見つけられるのであればそれに越したことはない、日のあるうちにその姿を確認できれば明日からも行動しやすくなるし行動範囲も予測ができるかもしれない
「万一お前たちが山に行っている間に目標が村に入った場合どうする」
「村の侵入経路と思わしき破壊されたフェンスの周囲には明利の索敵が光っています、村の外周部にも一応索敵範囲を広げてもらっています、来た場合すぐに駆け付けられます」
どんどんと必要なものを行動用のサックに入れていく静希をよそに、他の全員も次々と準備を進めていく
「迷わないようにな?絶対帰ってこれるようにきちんと目印付けろよ?」
「明利がいれば森ではまず迷いませんよ」
「で、でもそんなに大したことは・・・」
「んなことないって、頼りにしてるんだから」
静希の明利に対する評価はかなり高い
索敵、治療、そして植物を操る補助能力、どれも高い技術と能力が必要となるが明利はそれを見事に使いこなしている
三つの使用法のある能力というのは非常に使い勝手が良い、十分以上に彼女が努力してきた証拠でもある
「雪姉はさっきと同じで警戒、熊田先輩には定期的な索敵を、陽太も雪姉と一緒に警戒、でも能力は使うなよ?山火事は御免だ」
「じゃあ私と静希は目標の痕跡の捜索と明利の補助ね」
「あぁ、明利を守るのと一緒に痕跡の保存、あとは地形把握に努める、メインは俺達だ、引き締めていくぞ」
了解と全員で声を掛け合い、着々と準備を進めていく
山への行軍の経験者は二年だけ、あと四人はハイキング程度の山登りしか経験していない
つまりほとんど素人のようなものだ
山に対して生き物を相手取るほどの知識も経験もない彼らにとって情報と能力だけが唯一の対抗手段と言える
「地図見つかったよ、これでよかったかな?」
部屋にやってきた主人が渡してきた地図は古いものだったが、ある程度の情報は記載されている、西から出た付近には小さな小川と祠や洞窟などがあるようだ
「ありがとうございます、十分です、先生、私達は行きますが何かありますか?」
「ん、そうだな、とりあえず怪我なく帰ってこい、以上」
「了解です」
あまりにもぶっきらぼうな言葉にらしいかもしれないと思いながらも全員家を出る
だが仮にも引率教師が生徒の様子を見なくてもよいのだろうかと疑問に思った




