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J/53  作者: 池金啓太
六話「水に混ざる命の香り」

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実習を終えて

「これは私たちが高校三年の時に撮った写真だ、なかなかよく写っているだろう?」


「この帽子のが先生ですか?」


「そうだ、分かりやすいだろう」


今も目元を長い前髪で隠しているため確かにわかりやすい、ただ口元は確かに城島に似ている


「先生ってそういやなんで目元隠してるんすか?」


聞きにくいことをはっきりとあっさりと聞いてしまう陽太に静希も鏡花も呆れながら額に手を当ててため息をつく


「あんたね、そういうこと女性に聞くなんて失礼じゃないの?」


「なんで?だって気になるじゃんか」


確かに気にならないかと言えばうそになる


この場にいる全員が城島の目元を隠している理由について興味を持っていると言っても過言ではない


ただ前髪を伸ばしているのであればファッションと取れなくもないのだが、昔から徹底して目元を隠しているあたり何かわけがありそうだった


「何のことはない、額まで見せるとなぜか怖がられるんだ、昔からずっとでな、初対面の人間を怖がらせないようにこうして隠している」


確かに城島の目つきは鋭い


睨みだけで人を殺せてしまうのではと思う程に鋭く怖い


だがそれだけで目元を隠すだろうか


人のコンプレックスは案外バカにできないものだが、ここまで徹底しているとまだ何かあるのではと勘繰ってしまう


「そういえば東雲にも怖がられてましたよね、頑張って笑ってたのに」


陽太が思い出す東雲風香との初めての会話の時、せっかく頑張って笑みを浮かべたのにもかかわらず彼女を怖がらせるばかりだった


笑顔の練習をするべきではないだろうかと思う程のものだったと全員が記憶をたどりながら苦笑する


「まったくだ、子供というのはわからん、いや確かにあの時は少し苛立ってはいたがあそこまで怖がらなくてもいいんじゃないかと・・・」


いやあの時の笑みは確実に子供に対しての笑みではなかった


明らかに敵意と悪意を含んだ笑みだ、あれが頬笑みだとしたら城島は子供に会わせてはいけないような人種だ、何故教師をやっているのか疑問にさえ思う


「そういえば先生は何の用で来たんですか?」


先ほど城島が何か言いかけていたのを思い出し明利が首をかしげると本題を思い出したのか手を叩いて手帳を開く


「委員会の方から連絡があってな、今日の十八時過ぎにはこちらに到着するそうだ、その時にお前達に研究所までの道のりを報告してもらうから今のうちに地図でも何でも書いておけ」


「おぉそんなもんか、良かった今日は夜はゆっくりできるな」


「まったくだ、警戒もいらない夜は最高だな」


夜中に警戒するというのは学生にとって非常に辛い


この六月の雨の日の夜は微妙に冷える


布団の中で眠れることがどれだけ嬉しいことか


「それにしても、これだけのやつを一年と二年だけで倒すとはな」


「へえ、意外ですか?」


「あぁ、これだけの大きさなら普通は軍に混じって三年が行うレベルの実習内容だ・・・だがなんとまぁ手酷く倒したものだな」


手酷く


城島のその言葉は恐らく体内からその肉と甲殻を食い破って外にむき出しになっている木のことを言っているのだろう


確かにこの状態は凄惨というにふさわしいかもしれない


「しょうがないじゃないですか、攻撃してもすぐ再生されちゃうんですから、こうやって攻撃するしかなかったんですよ」


「それは理解できるが、やるしかないからやるとすぐに決断、行動できる奴はなかなかいないぞ」


それは躊躇とでも言えばいいのか


やろうと思ってもそれを良心の呵責や迷いなく実行できる人間は多くない


それが生き物であればなおさら、そしてそれが人間相手ならさらに


「そういや先生が戦ったイタチはどんな能力だったんですか?」


「ん・・・どうだったか・・・もうかなり昔の話だからな・・・」


記憶を頼りに昔のことを思い出そうとしているのだがどうにも思い出せないようだった


「確か物体関係だった記憶があるんだが・・・氷・・・いやそれは別件だ・・・風・・・いやそれも別件だな」


自分の実戦経験の中から対象を絞り込もうとしているのだがどうにもうまく合致しないようだった


経験豊富というのはすごいことなのだが先ほどからかなり物騒な内容ばかりである


「あぁそうだ、このイタチは金属を使ってきた」


「金属?」


金属はありとあらゆる道具の材料にもなる物質だが、動物がその金属を使うというのはイメージしにくい


「身体の毛や爪を金属に変えたり、地面を叩いたかと思えば金属の柱が生えてきたり、それはもうめちゃくちゃだった、攻防ともに厄介な能力だったよ」


恐らくは変換能力だったのだろうが自らの皮膚や毛を金属に変えられるということは打撃系の攻撃はほとんど無効にできると言っても過言ではない


なんせ常に強固な鎧を身に纏っているようなものなのだから


「こいつは再生だったんだろう?なら殺しきればいいだけ、完全奇形の中でも扱いやすく、最も厄介な部類だったわけだ、運がよかったな、いや悪かったのか?」


「どっちにしろです、もうこんなのの相手はいやですよ」


静希の回答に全員が頷く


こんな面倒な相手は二度としたくない、本心からの同意だった


「ところで吉岡さんはどうだったんすか?さっき尻尾を巻いて逃げかえってましたけど」


陽太の言葉に城島は吹きだしながらそうかそうかと満足そうに橋の向こう側を眺める


尻尾を巻いてという表現が気に入ったのか何度か口にしながら口元を押さえ必死に笑うのをこらえているようだった


「あいつは、一応今回は引くとのことだったよ、まぁ妨害程度はしてくるかも知れんが問題はないだろう」


「ていうかこのデカブツどうやって運ぶんですか?これだけ大きいと重機がないと運べないんじゃ」


そもそもこれだけの大きさでは持ち上げるのだって一苦労だ


鏡花のように地面ごと変換できる能力者がいてもその重さに車や機材が耐えられるかどうか


「わざわざ道を通って運ぶようなバカな真似はしない、委員会には優秀な能力者がたくさんいる、転移能力者に運んでもらうことになっているよ」


転移能力者、いわゆるテレポーターと呼ばれる能力者群には巨大なものを一瞬で現地や倉庫などに運び入れることができる能力者が多数存在する


無論何でもかんでもどんなものでもどんなところでも運べるというような便利なものではない


静希の擁する収納系統の能力のように何らかの制限は必ずある


それが重さか距離か体積かは人によるし能力による


だがこれほどの大きさと重さを転移できるというのはそれだけで優秀である証拠でもある


「なるほど、転移じゃほとんど邪魔はできませんね」


「あぁ、せいぜい転移する瞬間に悪態をつくくらいだろうさ、何にせよあいつの情けない顔が目に浮かぶ」


本当にうれしそうにそう語る城島の言うことはほぼ的中することとなる


夕方頃にやってきた委員会の人間は軽々とザリガニの巨体を転移しその場から消してしまった


その際の吉岡の顔を見て城島が喜々としていたのは言うまでもない


静希達の案内で研究所内に放置された奇形種の亡骸やそこにあった骨なども全て回収され、今回の事態は全て収束へと向かった


ふたを開けてみれば研究所の後始末のずさんさが引き起こした事件だったと言える今回の実習、静希達からすれば大きく疲労を蓄積させた数日間だったのはいうまでもない


最も疲労したのは奇形種の相手もそうなのだが人間の相手である


無能力者はどうしても能力者を魔法使いか何かと勘違いする事があるが、今回はその典型といってもいいかもしれない


能力者に囲まれて育った静希達にとって能力者なのだからできるだろうと決めつけられることには慣れていない


一般の無能力者たちと自分達能力者の知識と意識の違いに大いに気付かされた実習でもあった


「あのザリガニ結局どうなったんだろうな」


「さぁね、解剖されてホルマリン漬けか、埋葬されたか美味しく頂かれたかのどれかじゃない?」


帰りの電車の中で静希達は疲れた体を引きずって何とか帰路についていた


特に雪奈は行きにはなかった大剣を背負っている分疲れは倍増しているようだった


なにせ能力を発動させ続けあの重さの剣を背負わなければならないのだ


重いというのもあるのだろうがそれ以上に周囲の目が気になるらしかった


「まぁまぁ、終わったことはどうしようもなし、新しい仲間も増えて良かったじゃないか」


「仲間・・・リスが仲間か、奇妙なものばかり増えていくな」


二年生は疲労があるとはいってもさすがに顔には出さない


妙なことがあってもそこは経験から慣れたものだとすでに諦めの境地なのかもしれない


「本格的に人外保管庫襲名も近いかもな・・・やってらんねえよ」


「案外似合ってるかもしれないよ?ものは考えようだよ」


明利のフォローを無視して新たに仲間になったリスの奇形種であり静希の使い魔となったフィアは呑気に静希の頭の上で丸くなっている


主の頭上に乗るというのはどうなのだろうかと思いながらも静希はされるがままになっている


『よかったじゃないの、従者が一人と一匹になったんだから』


『よくねえよ、また面倒事が増えただけだ』


『ですがフィアの能力はかなり強力、しっかりとした戦力になるのは間違いないかと』


『そりゃそうだけどさ』


『何より私に近いものがある、仲よくやっていけそうだ』


『あー・・・そうだな、お前は仲良くやれるだろうよ』


トランプの中の住人達からの新たな住人への評価も悪いものではないようだ


何にせよ、静希達一班の三度目の校外実習はこうして幕を閉じる


また新たな住人という名の厄介事を抱え込んだわけだが、静希は半ば慣れ始めていた


一度動き出した歯車は止まらない、まるでそれははじめから決まっていたかのように進み続ける


かくして静希の家には使い魔フィアが新たに住まうこととなる


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