ブルータス明利
陽太達は職員室を出た後、芝生で覆われた緑地状態の演習場に来ていた
コンクリートなどでは転んだときのことを考慮して柔らかい地面を選んだ結果である
「よっしゃ、そんじゃお前ら自由にここ使っていいぞ、俺は隅で眺めてるから」
陽太の許しが出るや否や少年達は我先にと駆けだし野球をするための準備を始めていた
自分も昔はあんな風に無邪気だったもんだと感心しているともうすでにゲームを開始しているようでピッチャーの投げる球が独特の打撃音とともに打ち返されランナーが出塁していた
塁と言っても自分たちが持ってきた荷物をベースに見立てているだけできちんとした野球ができるとは口が裂けても言えないが少年達の行う草野球としては十分な環境だった
昔を思い出しながら観戦していると少年達のゲームはなかなかの熱戦を繰り広げているようだった
元より投球やヒッティングの技術もそう差のついたものではないらしくシーソーゲームのごとく抜きつ抜かれつの白熱した物になっている
陽太も応援を交えながら観戦していると、その耳にわずかながら聞き覚えのある声が聞こえてくる
「ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおまあああああえええええはあああ!」
声とともに猛烈なスピードで走ってくるそれは陽太も知る人物五十嵐静希
途中突然現れた鎧姿の金髪美女オルビアが中腰の体勢になり静希は彼女の手の上に足を乗せ思い切り空高く跳びあがる
一瞬のことで何が起きたのか理解できない陽太は口を開けたまま固まっていた
「なにをやっとんじゃああぁあぁああぁぁぁ!」
走ってきた速度そのままに繰り出したドロップキックを側頭部に受け数度地面を転がりながら陽太はそのまま動かなくなる
あまりの突然の出来事に蹴り飛ばされた陽太はおろか野球に夢中になっていた少年たちですら動くのを止めて唖然としている
「貴重な休日に小学生大量に拉致ってこんなところでなにしてるんだい陽太君?よろしければ理解の遅いこの俺にもわかりやすいように教えていただけやしませんかねえ?」
転がったままの陽太の近くに寄りながら静希は邪笑を浮かべる
あの顔はまずいと陽太も本能的に悟りながら何とかいいわけをしようと頭をフル回転させる
「ま、待て静希!お前は誤解してる!俺はあの子たちに野球をやる場所を提供してやっただけだ!他意はない!」
「あぁん?城島先生の話じゃお前がおびえてるいたいけな小学生達を大量に連れてきて演習場でなんかやらせるつもりだとか言ってたけど?そもそもお前の妙な行動のせいで今日の俺の予定が全部パァだボケ」
城島の言っていた監督役とは静希のことだったのかと今更ながらに気付き、そしておびえていたとすれば陽太に対してではなく城島に対してだ、嘘は一つも言っていないのだが微妙にニュアンスが違う
そして何より静希は陽太の行動に対して怒っているわけではなく陽太の行動のせいで自分の予定が狂ったことに対して怒っている
今日一日でカード保存用の気体が完成するかもわからなかったのにも関わらず舞い降りた厄介事、静希のボルテージは上昇しまくりだ
それほど声をあげて怒っているわけでもないのにあまりの静希の剣幕に小学生たちがおびえ震えすくみあがっている
「いやだってあれだよ!たまたまというか通りすがりというか、旅は道連れ世は情けと言うじゃないか!何とか助けになってやりたかったんだよ!」
「そうかそうか、そりゃ御立派なことだ、素晴らしいね見る人が見れば称賛に値するだろうよ、だけど吐き気がするね、たまたま程度の計画性のなさで俺の休日ぶち壊したのかてめえは?」
陽太は悟る
ダメだこれはと
静希はとても怒っている
自分の言葉など聞きそうにない
静希を止められるとしたら明利か雪奈くらいのもの、都合よくこの場に現れてくれればと思っていると遠くから誰かが走ってくる音がする
「静希君、速いよ・・・」
「静、いくらなんでも急ぎ過ぎだよ、明ちゃんの走る速度考えなさい」
「・・・今の俺なら神に祈ってもいいと思ったよ」
「なに口走ってんだお前は」
静希を止められる数少ない人物の到来に陽太は少しだけ涙を流して立ち上がる
「明利ぃ、雪さぁん・・・静希がひでえんだよ、人助けのつもりであいつらここに連れてきたのにこの仕打ちだぜ?何とか言ってくれよ」
何とか二人を味方につけようと泣きに入るが、二人は視線を合わせる
「陽、お前というやつは何てことをしてくれたんだよ、せっかく静と明ちゃんと一緒に過ごせたかもしれない休日を壊すなんて、怒られてもしょうがないぞ」
まさかのどんでん返し、自分の味方と思っていた雪奈はまさかの静希側の人間だったとは
とっさに救いを求めて明利の方を見るが、少し不満そうな目を陽太に向けた後プイとそっぽを向いてしまう
「明利・・・お前もか・・・!」
助けに来たと思っていた二人はすでに静希によって懐柔済み、ここに陽太は孤立無援、四面楚歌のこの状況いかに潜り抜ければよいのか
「ちょっと静希・・・いきなり呼び出したと思ったら何よこれ」
静希達に遅れてやってきたのは一班班長清水鏡花
陽太に対しての最終兵器であり超絶な毒を吐く口を持っている人間である
「あぁそうか、神は死んだのか」
「何言ってんのよあんたは」
絶望に打ちひしがれる陽太に鏡花は呆れながらため息をつく




