深山雪奈
「その動物の種類は?」
「不明、歯形から猿かそれに属する何かではないかとの予想はされてるんだけど、どの生物にもこの歯型は該当しなかったらしいわ」
「能力は?」
「不明、写真を見て察するに発現系か、何かの現象を引き出すに値する能力か、深夜に爆発音がしたっていう証言もあるわ」
「実際に現場を見てみないとなんとも言えないか・・・その証言者の名前とかわかってるのか?」
「わかってるわ、現場に着き次第、詳しく話してくれる手筈になってる」
「被害はこの一週間だったよな、何度も被害が起きてるのか?」
「えっと、ちょっとまって」
矢継ぎ早に質問する静希にさすがの鏡花も反応しきれなくなったのか資料を探し始める
「あった、被害は一週間前の今日から、そうね、ほぼ毎日続いているらしいわ、委員会に届けを出したのが五日前、結構早い対応ね、村の人たちが物を持ち寄ってバリケードを張ったんだけどそれも破られてるみたい、それが決定打になったのかもね」
全員が資料に一通り目を通し状況を整理しだす
「動物を装った能力者の犯行ってことはねえのかな?ほら野菜ほしさに」
「それはないだろ、さっき調べたけど、この野菜有名な割に結構安価で売ってたし、それに欲しいんだったら丸ごと持っていくだろ、一つか二つ食って終わりっていうのはなぁ・・・」
実際、野生動物を装った犯行は例があるが、それでも今回の件はそれには当てはまらないように思う、一週間も続けて同じことをする意味はあまりない
「じゃあ、ほかの農業関係の人からの妨害工作の可能性は・・・?」
「ありそうだけど、説得力ないわね、ブランド野菜はこれ以外にもたくさんあるしそれこそ妨害ならもっと別のやり方だってある、直接農作物を作る機材を破壊するとか」
「個人的な恨みがあってっていうとまた話は変わってくるけど、被害は村全体に及んでるっぽいしな、人が犯人の可能性は九割がたないだろ」
「後の一割はなんだよ?」
「俺たちの思いもよらない理由か、または異常思想者の犯行、理屈やら何やらで物を考えない奴の奇行、ま、これはほとんどないだろ」
「なんで?」
「こんな山奥の村に一週間も滞在して奇行を行うやつがいたらそれ以前に捕まったりしてるだろ、それにこの歯形は人のものじゃない、異常思想者が歯型の工作をするとは思えない」
「要するに、犯人のこと考えてもわかりっこないってこと、現場に行ってみないことには・・・」
「本当に野生動物だったらどうすればいいのかな・・・」
明利が考えている野生動物はどうしても野犬や野良ネコといった身近なものになりがちだ
だがこれから対峙しなくてはならないものはもっと別のものになるかもしれない
「フェンスの状態を見る限り炎を使うわけじゃないみたいだから、待ち伏せて、陽太の炎で威嚇して捕獲が一番いいんじゃないか?捕獲に関しては網か、鏡花の能力に頼ることになるかもな」
動物は本能的に火を恐れる、それが火を操る動物ならその限りではないが、フェンスやその周囲の地面に焼け跡はなく、火を使う能力者ではないことが推察される
「今回は陽太メインで活躍してもらうことにしよう、俺たちはそのフォロー、野生動物が出る時間帯やらそういうのは現地についてから聞き込みで確認、もし待ち伏せできるようならその準備もしないとな・・・でも確か活動可能時間三日ってことは明日明後日明明後日しか使えないんだろ?移動が片道三時間近くかかるから・・・実質行動できるのは一日弱と考えるべきだな」
「本当にあんたが班長になった方がよかったんじゃないの?状況整理早いし」
「だから嫌だっての、俺はそういうのには向かないんだ」
紅茶をすすりながら資料の写真を眺めているとピンポンと高々しく来客を知らせる音が鳴る
「なんだ?宅配か?」
ちょっと待っててくれと言って静希はインターフォンをとると、顔色を変える
「はぁ!?いきなり何?・・・・・・・・・わかったよ今開ける」
「だれ?」
「いや、知りあい、ちょいでてくるわ」
静希が玄関を開けると、そこには両サイドに跳ねた茶色の髪を振り乱す少女が立っていた、身長は静希より少し小さいくらい、細い体に豊満な胸を持つ静希の知り合いというよりは
「よう静、ナイフ借りに来た!」
「雪姉、いい加減自分のナイフ買いなよ」
雪姉、静希がそう呼ぶ彼女は深山雪奈、静希の昔からの幼馴染のような存在であり、喜吉学園の一つ上の先輩でもある
「ん?ひょっとして誰かいるの?」
「あぁ、陽太達が来てる、だから「なんだ、だったら挨拶してかなきゃね」っておい!勝手に入るなよ!」
まったく言うことを聞かない年上に対してあわてながら静希はあっけなくも侵入を許してしまう
「おーっす!陽に明ちゃん、久しぶ・・・り・・・」
陽太と明利、そして見たことのない少女が一人いることに驚き、雪奈は一瞬硬直する
「勝手に入るなって、まだ紹介も何もしてな「おいおいおい静!何あのかわいい子誰!?明ちゃんがいながら他の子に手を出すなんてお姉ちゃん許さんぞ!」せめて俺と会話しろ!」
突然胸ぐらを掴まれて窒息しかけ顔が青くなっている静希と対照的に明利は若干顔が赤くなっている
「ちょ、雪さん、そのへんにしとかないと静希が死ぬ」
「おっと、ごめんごめん」
酸欠で倒れそうになりながらも静希は何とか立ち上がりぽかんとしている鏡花に向けて紹介を始める
「えと、鏡花、この人は深山雪奈、一個上の俺たちの先輩で、俺のお隣さんだ、雪姉、こいつは清水鏡花、俺たちの班の班長だ」
「おぉ、班長か、静達をどうかよろしくお願いします」
「あ、いえいえこちらこそ」
変な空気になりながらも鏡花はようやく状況判断能力が戻り始めたようでしっかりとこの状況を把握していた
「つまり、雪奈さんは静希の幼馴染?なの?」
「まぁそうだね、お隣さんになってからはよく遊んだものだよ、付き合いもかなり長いかなぁ、良きお姉さん代わり?」
「しょっちゅう物を借りに来る人は良い姉ではない」
なにさー!と憤慨しているが、若干自分でも自覚していたのか、雪奈はちょっとだけしょんぼりしていた
「で?なんでナイフなんて」
「あぁそうだ、明日あんた達校外実習あるでしょ?実はそれの引率で準備必要でさ、というわけでいくつかナイフ貸して」
「いい加減自分で買えと何度言ったかな?」
「回数なんて覚えてないよ、いいじゃんこんな綺麗なお姉さんが家に上がり込んでくれるんだから」
「その度に部屋物色されちゃたまんねえんだよ!」
「明ちゃんは相変わらずかわいいなぁ!抱き枕としてうちにアルバイトに来ない?」
「うぇう・・・雪奈さん、はなしてぇ・・・」
「人の話聞けや!」
話の流れも何もぶった切って明利に抱きつく雪奈を見ながら静希は大きくため息をつく
明利は頬擦りされたり体中弄られたりしている
「なんだかすごく強烈な人ね」
「わかるか、自由奔放を絵にかいたような人だからな」
苦労がにじみ出るような一言を述べながら再度魂まで吐き捨てるような溜息をつく
「あ、そうそう、あんた達の引率、私だからよろしくね」
「ふーん・・・はぁ!?」
何気ない一言に含まれた爆弾に静希は大声をあげてしまった
「いやね、四日前くらいかな、どっか付きたい班があれば希望を聞くぞってあってね、あんた達の名前があったから申請しておいたんだ、通るとは思わなかったけど」
全ての希望を聞いていたら班などできない、ある程度は理由がなくては成り立たないが雪奈の申請は運がいいのか悪いのか教員の異論を受け付けることもなく許可されたのである
「んなこといきなり言うな!ってことは雪姉もこの事件資料は目を通したの?」
「あぁ、何とか村の農作物を荒らす野生能力所持動物でしょ?一見簡単そうだけど」
「上級生の意見は貴重ね、これを見て何か新しい意見とか発想があったら聞きたいんですけど」
先ほどまで話あった内容を明利が事細かにメモをとっていたらしく、それを見せると雪奈は眼を見開いている
「すごいね、よくここまで考えるもんだ・・・私なんて最初ただ適当に突っ込んだだけだったよ」
そう懐かしみながらけらけらと笑っている
「ねえこの人ほんとに上級生なの?」
「あぁ・・・この人にそういう新しい発想とか求めるのは無駄だ、戦闘面では非常に優秀なんだけどなぁ」
諦め半分でそうつぶやく静希を放っておいて未だ明利に抱きついている雪奈は一通り広げられた資料に再度目を通す
「まぁ最初だからね、何が起こるか分からないからどんなことにも対処できるような心構えだけしておけば平気、それだけあれば何とかなるよ」
「要するにそれ行き当たりばったりで行けってことだろ?」
「そういうこと、わかってるじゃないか静」
「何年あんたに振り回されてきたと思ってるんだ・・・ったく、でナイフはどれにするんだ?」
「んと、自分で選ぶ、六本くらい借りるよ?」
「そんなに?長物は?」
「一本だけ、後は、普通の三本と厚めの一本と小さめ二本、これだけあれば十分でしょ」
「ナイフなんてどうするんですか?能力なしで乗り切るんですか?」
鏡花の言葉に静希と雪奈が目を合わせる
「あぁ、そうか能力の説明してなかったな、この人の能力はナイフを使うんだ」
「ナイフを?」
「まぁ実際見た方が早いけど、後々のお楽しみにしておこう、今日はこれで帰るよ」
「おばさんによろしく」
「ん、いっとく」
まるで嵐のようにやってきてそして去って行った雪奈を送って静希は疲れを加速させながらリビングに戻ってくる
「とりあえず、明日の七時に一度学校に集まらなきゃいけないんだ、今日はもう解散しよう、各自準備を怠らないように」
「それ私の台詞よ」
「あぁ、すまん、もう疲れた、準備して寝たい」
「あぁそうだ、持ち物どうする?特に指定はないけど」
今までまったく触れられていなかった項目についての確認に疲労した頭で思考する
「各自山登りに適した道具、まあそうだな、雨具と携帯・・・山の中じゃ厳しいか、んじゃ俺が無線・・・あったかな・・・探してみる」
「大丈夫か?」
「あぁ、疲れて糖分が足りない、頭が働かん・・・」
「山岳地帯となると確かに携帯はいつでも使えるわけじゃないだろうし、何か別の通信手段を用意しておくべきね、はぐれた時に必要になるし」
「長いと二泊三日になるんでしょ?なら着替えとか、日用品も必要だね」
「まぁそこら辺は各自必要だと思う物を持ってくるということで、解散」
もはやしゃべることもだるいのか、静希は明らかに面倒そうにソファに寝転がる
「それじゃ私達は帰るわね」
「んじゃな」
「静希君、大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと寝たら回復するよ、暗くなる前に帰っとけ」
「うん、じゃあね」
全員がいなくなったところで限界が来たのか大きくため息をつく
そして翌日に向けての準備を始めた
初めての実戦、緊張しないわけがない
疲れを演出したものの、不安でないはずがない
能力的に自分が一番劣っているのは十分承知、だからこそ他でカバーしなくては
そういう想いがあった
万全を期す
静希はいつものようにトランプを取り出し準備を着々と進めていった