籠城
今、静希にできることと言えば能力を使わない自力での現状突破
ナイフを手で操りながら狙いを定める
「投擲はあんまり得意じゃないんだけどな!」
走りながらこちらに襲いかかる猪の奇形種めがけてナイフを投擲する
雪奈にナイフの技巧を習った際、投擲に関してもある程度教わったが、静希に投擲の才能はあまりなかった
静希の投げたナイフは猪が走る際の上下運動のせいでどの部位にもあたることなく目標の少し上を通過し遠い地面に突き刺さる
舌打ちをしながら狙いを下方修正、もう一度投擲すると今度は猪の前足に突き刺さる
地面に前のめりになるように倒れるが、すぐさま立ち上がってくる
先ほどのように大量のナイフでもぶつけない限り野生動物は止まらない
「静希!早く来い!」
走りながら建物の方を見る
石でできた教会のような建物、かなり古いものらしくあちこち傷んでいるのが見て取れるが今はそんなことはどうでもよかった
大きな木製の扉は運よく開いていたらしく、陽太達が扉をわずかに開いて中から叫んでいた
「明利!後ちょっとだ!」
「う、うん!」
息を切らしながら扉の中に駆け込むと同時に全員が扉を閉め木製の閂をする
息をついて数秒後、扉に何かがぶつかる音がする
どうやら猪がこの扉に体当たりしたようだが、予想以上にこの扉は頑丈にできているらしくびくともしなかった
そしてそれからぶつかる音は止み、建物の中に静寂が訪れ、全員が安堵のため息をつく
思わず脱力しその場にへたりこんだ
「あせった・・・もうだめかと思った・・・」
「能力使えないってこんなに不便なのね・・・もう味わいたくないわ・・・」
「同感・・・疲れた・・・」
どうやらハワード達も同じようだ
もっとも明利が荒く息をついてしまっているために通訳できず何を言っているのかは分からない
静希があたりを見回すとここはどうやら教会らしかった
数並ぶ木製の長椅子に広い空間、そして少し小高い所にある祭壇と十字架
部屋に等間隔で設置された蝋燭にところどころに施された装飾
そんなに大きなものではないがしっかりと建てられた建物であることは確かだ
「陽太、明かりつけてくれ、蝋燭につけることくらいできるだろ」
「オーライ、ちょっと待っててくれ」
陽太はあたりに設置されている蝋燭に火をともし始める
徐々に明るくなっていく建物内部
そしてあたりを確認している中、女子らしい悲鳴が聞こえる
驚いて全員が声の元を見ると、鏡花とシェリーが指を差してある席を見ている
そこには金属の鎧を着た白骨死体があった
盾と槍を抱えるように物言わぬ死体となって、すでにない瞳でどこかを見つめている
「ここで死んだのか・・・どうか安らかに・・・」
ようやく明利の通訳も復活し、ハワード達が十字を切る中、静希はトランプの中から布を取り出して白骨死体にかけてやる
特に意味があるわけではない、何となくの所作でしかない
「とりあえずここで嵐が過ぎるのを待とう、雨風しのげるし、そんなに荒れてないし」
静希が気になっているのは白骨死体よりもむしろそっちの方だった
この教会がどれほど放置されていたのかは分からない
だが少なくともこの島が外部からの接触を断たれてから数十年は経過しているだろうことは確実だ
道が草で覆われ、外から見たこの建物は整備もなにもされていないまさに荒れ放題だったはず
なのに内部はそこまで荒れておらず、ずっと放置されていたはずの蝋燭も正常に着火でき、何より埃がそこまで積もっていない
誰かがここにきて手入れでもしているかのようだ
「いやまったくすまない、こんなことになってしまって」
ハワード達が気まずそうに謝罪してくるが、静希達は苦笑する
「気にするなよ、俺達の為にやってくれたことだし、何よりハワード達のせいじゃない、自然はどうしようもないって」
「そうよ、それに私達このくらいの厄介事なら許容範囲内よ」
その言葉に一班全員が頷く
「本当に死ぬと思ったことだってあるしな、このくらい平気平気」
「どっちかっていうと雷の方が怖い・・・かな・・・」
その反応にハワード達は驚いて何も言えない様子だった
能力を使うこともできない状況で何処かも知れない島にたどり着き奇形種に追われなおかつこんなところに籠城
そんな状況を何でもなく対応している
「はっはっは、本当に日本人はクレイジーだな」
「おいそれ褒めてるのか?」
「もちろん、最高の褒め言葉のつもりさ」




