絶体絶命
森を移動し始めて数分、静希を先頭に縦列行軍する一行
今まで前線は陽太にまかせっきりだったのだが、その陽太が能力を使えないとわかれば能力が使える静希が前に出るのは道理である
進行方向に向けて明利のマーキング済みの石を投げ、安全確認をしながら進み、石を回収して再度投げる
慎重すぎるかもしれないがここがどこかもわからない上に主戦力の二人が能力をろくに使えない状況になってしまっているのだ、これくらいしても万全とはいえない
「明利、その道ってどれくらい整備されてるんだ?」
「えと、整備は昔はされてたみたい、でもずいぶん荒れ放題になってるよ」
「じゃあなんで道ってわかるの?」
「その道の場所、一直線に木が生えてないの、雑草はいくつか生えてるけど」
なるほど、ここがどこかは分からないが密林のようなこの場所で木がまったく生えていない空間が一直線に伸びていれば確かにそれはかつて道であったのだろう
「てことは、昔あった道で、ここらに昔誰かが来てたかも、もしかしたら建物なんかもあるかもな」
状況から楽観視はできないが少しだけ希望が見えてきた
雨宿りできれば御の字、建物があれば最高、なくても洞窟くらいは見つけたい
数分後、静希達は明利のいう通り妙に開け伸びた空間を見つける
木の生えていない異様な空間は四mほどの幅があり、それがどこかにつながっているようにも見える
「本当に道みたいだな、マーカス、また頼む」
二つの種入りの石をマーカスに渡しまた大きく振りかぶって遠くに投げる
明利が同調に集中する中静希達はあたりに何かないか調べていた
近くに文明の欠片でもあればこの道が人の手によるものであるという確信が得られる
建物の有無もこの場で確認できるかもわからない
「片方は海に通じてるみたい、もう片方はもっと奥・・・何かあるよ」
「なにかか・・・わからないの?」
「石からの距離が遠くて、上手く知覚できない・・・ごめんなさい」
「それだけわかれば十分だ、何かある方に行こう、今更海に行ったって意味ない」
全員が頷き、また行軍を開始する
先ほどの森の中のように雨を防いでくれるものがないため静希達の持つ傘に直接雨や風が叩きつけられる
しばらく歩いていると明利が後方を警戒しだした
「どうした明利、何かいるのか?」
「いる、動物・・・けど・・・なにこれ・・・!」
明利がおびえている
静希の服の裾を掴みながらかすかに身体を震わせているのがわかる、この震えが寒さから来るものであればよいのだが、そういうわけではなさそうだ
「マーカス、後ろに何かいないか警戒してくれ」
「オーライだ」
殿を務めているマーカスが後方を注視する
あたりは風と雨で雑音が多く、それほど視界もよいとは言えない
だがマーカスはそれを視界の中に入れることに成功する
それは大きな猪
いや猪のように見えるのに、その姿は異形
高さ一mを軽く超え、口には二本の大きく反りかえった牙、そして額には本来ないはずの第三の目
身体を覆う体毛はところどころ鱗のように変質し、雨を弾き続けている
「まずいまずいまずいまずい、皆逃げろ、奇形種だ!」
マーカスの声とともに全員が血相を変えて走る
本来野生動物に遭遇した際、目を離さず、背を向けてはいけない
だが猪の奇形種はこちらが背を向けていようといなかろうと突進の構えをとっていた
能力もろくに使えない状況で奇形種を相手にすることなどできない
全力で走るがそれを野生の獣が逃すわけはなく、障害も何もない道をまっすぐに走ってくる
距離はそう遠くない、野生動物の走行速度に人間が敵うはずもない
徐々に各員の速度に差が出始め、明利が少し遅れていく
この中で一番走るのが遅く、体力がない明利だ、こうなるのは半ば必然
そして猪との距離もどんどん狭まってきている
『おいメフィ!邪薙!何とかならないのかよ!絶対絶命だぞ!』
トランプの中の二人に声をかけるが二人は困ったような声を出した
『と言ってもね、魔素がないんじゃ肉弾戦しかできないもの、レディには厳しいわ』
『魔素がなくてはお前を守ることもできん、それに姿を現すわけにもいかんのだろう』
悪魔であろうと神格であろうと能力を使うのには魔素が必要不可欠
肝心な時に役に立たないとも思ったが、それは静希も同じだ
ならば是非もなし、腹をくくるしかない
「全員このまま直進!陽太ちょっとこい!」
「はいはいはい、どうした?妙案か?」
速度を落として静希達と並走する陽太を確認しながら静希は背後の奇形種との距離を測る
「あぁそうだ、あの猪野郎の度肝を抜いてやる」
「勝算は?」
「神のみぞ知る」
「あぁ最高だ、実に俺ららしい」
笑いながら呆れる陽太に静希は苦笑する
笑いたくもなる、能力も使えないなんて静希の想定外だった、まだまだ考慮が足りないらしい
「神にでも祈るか?」
「ショートケーキ持って?」
「そりゃいい、きっと喜ぶぞ」
「冗談じゃねえ、祈ってる間にあいつらに轢かれてお終いだ」
ごもっともとすかしながら静希は距離を再確認する
「で?真面目な話どうすんだ?」
「こうすんだよ!」
静希は叫びながら石を猪の方に軽く放りながら明利を抱えて森の中に飛ぶ
トランプを配置しながら静希は明利をかばいながら着地する
あぁなるほどねと呟きながら少し走って反転、腰を落として猪に向けて構える
猪は横に逃げた静希達よりも眼前にどっしりと構える陽太めがけ直進する
「明利!合図しろ!」
「え・・・は、はい!・・・三・・・二・・・一・・・今!」
明利の合図ほぼ同時、静希のセットしたトランプのほぼ真横に猪が通過、そしてその巨体めがけ十本近くのナイフが襲いかかる
何本かは鱗状の体毛に弾かれるが、そのうちの何本かは脚や目に命中し、猪は速度を保ったまま何度か地面を転がる
すぐさま森から飛び出て弾かれたナイフを拾い猪の喉元めがけナイフを突き立てる
猪の喉から大量の鮮血が吹き出て振り続けている雨と一緒に辺りへと流れていく
血を浴びながら息を荒くする中、猪が未だ抵抗を見せ、身体を光らせる
「や、やべ!」
能力を発動させようとしているのに瞬間的に気付き、とっさに距離をとるが、淡く光っていた身体はそのまま光を失う
猪はまだ生きているようだったが、能力を発動できなかったようだ
「あぁ・・・そっか・・・魔素がなけりゃ奇形種もただの動物ってことか・・・」
奇形種に限らず、能力を保持する動物は命の危機に能力を発動することがほとんどだ
命の危機に瀕している今、能力を発動しようとしたものの、魔素濃度の低いこの辺りでは能力を発動できなかったのだ
誤字報告を受けましたのでお詫びとして複数投稿
誤字を勝手に直してくれるツールとかが欲しいです
これからもお楽しみいただければ幸いです