異常事態の船と海
静希達が夕陽に染まるエディンバラを撮影していると操舵室から何やら計器のアラート音が聞こえる
「ヘイシェリー、なんだかご機嫌斜めなようだよ、あやしてあげたらどうだい」
「はいはい、通信かな?」
シェリーが操舵室に入ると素っ頓狂な声を上げる
今までエディンバラの街並みに夢中になっていた静希達もたまらず操舵室に駆け込んだ
「どうした?なんかトラブルか?」
「気圧が一気に下がってる!それに魔素の流れがおかしい!ちょっとやばいかも!」
シェリーが即座にエンジンをかけるが船が動き出すより数瞬早く船に大きな波が叩きつけられる
エディンバラの街は未だ晴れ、とても幻想的かつ熱情的な風景を保っているというのに海の上、静希達のいる場所から東にかけて暗雲がこれでもかという程に覆っていた
時折雲は鋭く光を放ちそれとほぼ同時に空気の炸裂する雷を轟かせる
「やっばい!みんな掴まってて、何とか岸まででも!」
荒れる波の中何とか船を操り陸地に向かおうとするが、風と強い波がそれを許してくれない
下手にこのまま航行すれば転覆の可能性だってある
何とかしたいが大自然の前に人間は非常に無力だ
大きく揺れた瞬間に船内の何かが窓にぶつかりガラスを周囲にばらまき、操舵室に大量の雨と風を送り込んでくる
静希は手すりにつかまりながら周囲を見渡していると視界の隅に陸のようなものがあるのに気づく
先ほどまであんなところに島なんてあっただろうか
どうやら小島のようだったが、エディンバラの街より距離は近い
考えている暇はなさそうだ
「シェリー!あっちに島がある!嵐がおさまるまであそこでやり過ごすことはできないか!?」
「えぇ!?あんなところに島なんて・・・」
「ヘイシェリー、ぐずぐずしてたら魚の仲間入りだ、シズキの案に乗ろう」
一瞬ためらったシェリーだったが全員の了承が取れると即座に舵を操り船の進行方向を小島へと向ける
荒れ狂う波を越えて静希達はどこかもわからない小島へとやってきた
砂浜とその先にあるジャングルのような木々の集合体、そこから先は何があるのかさえ分からない
砂浜まで強い波が打ちつけられているのがわかり、浜に隣接させているのに船体は大きく揺れていた
「シェリー、この船固定できないのか?」
「錨は下ろしたけど、この波じゃ持っていかれるかも、ロープで固定すればなんとか」
「この揺れる船内にはいたくないな・・・」
確かにハワードのいうことももっともだ
いくら乗り物に強い静希とはいえこの揺れの中で嵐が過ぎるのを待つのはさすがに辛い
それに雨風を防ぐという意味ですでにこの操舵室はその価値を失くしてしまっている
窓から風と雨が延々と入りこんでしまっているのだ
「よし、陽太、降りて船を固定するぞ、鏡花は陸地に雨宿りできるように屋根でも作っててくれ」
「マーカス、シズキ達を手伝ってくれ、こっちは道具をいくつか用意しておく」
雨雲のせいか周囲は異様に暗い、雨と風の相乗効果で異様に気温が低く感じる
静希達は自分の荷物の中から置き傘などを取り出して部屋の外へと向かう
船内からロープを受け取り、静希と陽太、マーカスはロープを近くにあった太い木に結びつける
一本では千切れる可能性もあるため何本も他の木にも巻きつけておいた
「鏡花、屋根まだか!?」
地面に手をついて能力を使おうとしている鏡花だが、一向に能力が発動していない
「静希・・・能力がうまく使えない!」
「はぁ!?」
鏡花の近くによると地面が盛り上がろうとしているのだが本当にゆっくりとしか形状を変えていなかった
小さな土の盛り上がりだけで一向に屋根など出来上がりもしない
「陽太!能力使ってみろ!」
「お、おぉよ!」
状況を察したのか陽太が能力を発動する
一瞬大きくオレンジ色の炎がともったかと思えばすぐにその炎は消えてしまう
「あ、あれ!?なんで?!」
何度も炎をともすがすぐに消えてしまう
陽太の能力は雨の時はある程度減衰するが雨が降っている程度で消えてしまうほど弱いものではない
その様子を見てマーカスも何度も垂直飛びをして確認しているようだがどうやら彼も能力が使えなくなっているようだった
状況を理解したのかハワード達も自分達の能力が使えるかどうかを確認しているようだった
静希も急いで自分の能力を確認する
能力の発動と同時に静希の手のひらの中にはトランプが顕現する
そして砂を中に入れてみるが問題なく発動する
「明利!能力は使えてるか!?」
「だ、大丈夫だよ!ハワードさんとシェリーさんは使えないみたいだけどローラさんは使えてるみたい!」
今のところ能力が使えないのは鏡花、陽太、ハワード、マーカス、シェリー
だが静希、明利、ローラは問題なく能力を使えている
「・・・!シェリー!その船に魔素計測器は置いてあるか!?」
「あ、あるけど・・・」
静希の叫びにシェリーは船の装備の中から魔素計測器を取り出す
近場の空気から魔素の濃度を調べることのできる計測器だ、水上を仕事場とする船ならばあって当然の道具である
一般的に魔素濃度は通常気温や気候で八十%~百%だとされている
その濃度であれば能力者は遺憾なく能力を使える
「今すぐ計測してくれ!この辺りの魔素濃度はどれくらいだ!?」
「ちょっとまって!・・・なにこれ!?」
シェリーの測ったここら一帯の魔素濃度は五%
静希にそのことを伝えると舌打ちして鏡花の携帯を確認する
半ば予想はしていたが圏外
つまり嵐が過ぎるまで静希達はこのまま能力をほぼ使えない状況でこの島に取り残されたということになる




