旅行への期待と不安
日本にはゴールデンウィークという国特有の連休が存在する
四月の末日から五月の頭にかけて続く祝日や振り替え休日などで連休となる学生にとっては嬉しくもあり、長期というには短く、短期というには長い、何をして過ごすかを考える上で最も悩むと言ってもいいほどの一年に一度の数日間でもある
社会人にもなればその連休も家族サービスや会社に缶詰めになることも多いためにさしたる感動を覚えないだろうが先も言ったように学生にとっては嬉しくもあり悩ましい数日間だ
だが能力の専門学校である喜吉学園に通う生徒の一部にはこの嬉しさも悩みも半分以下のものでしかないだろう
なぜならこのゴールデンウィークの間、一年生は海外にある能力専門学校との交流という名目でイギリスに旅行に行くことが決まっているのだ
「あー・・・イギリスかァ・・・」
旅行を翌日に控え、今日でゴールデンウィーク前の最後のHRを終えたというのにこの台詞を吐くのはイノシシこと響陽太である
先週まであれほど楽しみにしていたというのにこの意気消沈ぶりに静希は呆れを通り越して尊敬の念さえ抱いていた
「ちょっと、なんでそんなテンション下げてるわけ?」
そういってたしなめる鏡花はあきらかにトーンの下がった陽太とは対照的に少しだけ声音が高い
遠足前の気分なのだろうか、わずかながらにテンションが高いように見受けられる
「だってよ、さっきの先生の言葉聞いただろ・・・『腹をすかしたくなかったらカップラーメン持っていけ』だってよ、海外行ってまでなんでカップ麺くわにゃならんのさ」
「ま、まぁ、先生も何か考えがあってのこと・・・かもしれないし」
明利が精いっぱいのフォローを入れるが、それはあまり機能していない
わざわざ荷物にカップラーメンを入れさせようとするあたり、向こうの食文化に期待をしてはいけないような雰囲気さえある
「向こうの料理ってかなり、その・・・なんだ、独創的だって聞いたけど」
「まずいってことだろ?」
「おい、人がせっかく言葉濁してんのに・・・」
静希の配慮も空しく陽太ははっきりと告げてくれやがる
静希も実際に食べたわけではない上に、イギリス自体行ったことすらないのだ、体験していないのに妙なことは言えない
「そういうのって微妙に役に立たなかったりするけどね、美味しいところは美味しいし、不味いところは不味いし、運よ、運」
旅行の日程は連休に加え臨時休校を含めた六日間
行きと帰りで各一日丸々潰れることを考えて行動できるのは実質四日、その中で自由行動できるのは二日しかない
そんな六日間の食生活を運で乗り切るのは多少度胸と勇気が必要そうだった
「そもそもイギリス料理って例えばどんなの?」
「有名なのはフィッシュ&チップスね、魚とポテトを揚げたものよ」
フィッシュ&チップス、白身魚を衣で包み揚げたものをポテトと合わせた料理である
「そう聞くと普通だけど、ていうかむしろ美味そうだけどな」
「言うほど酷くないかもしれないよ?ほら、最近は衛生管理とかすごく気をつけるところ増えてるし」
なるほどと陽太も納得する、どうやら今回の明利のフォローはうまく機能したようだ
大衆の言うイギリスの料理のひどさが衛生管理のせいであったことが前提のフォローだがここではあまり気にしないことにしよう
「まぁ保険の意味で持っていくのは自由だけど、せっかく向こうに行くんだから本場の味をしっかりと堪能するのもいいと思うぞ?」
「そうだけどさ、先生のあの言い草がどうにも頭から離れないんだよなぁ」
陽太の言うとおり、城島の発言には妙な重さが感じられた
恐らく実体験からの助言なのだろうが、それにしたって少し性質が悪い、これから行く場所の悪印象を与えてどうするというのか
「そういや、俺達が行くところってエディンバラだっけ、イギリスのどこらへんなんだ?つかどんなとこなんだ?」
「んと、スコットランドの首都で、ロンドンの空港からだいたい一時間で着く距離らしいわ」
携帯でエディンバラの情報を探す鏡花の言葉に、陽太が疑問符を飛ばす
「え?イギリスとスコットランドって同じ国なのか?」
「・・・静希、バトンタッチ」
眉間にしわを寄せながら額に手を当てる鏡花に代わって静希が解説を引き受ける
とはいっても静希もあまり国際的な地理に詳しいわけではないのでニュアンス的な説明になる
「えーとだな、俺達の住んでる国は日本だろ?日本の神奈川県の県庁所在地は?って聞かれてるようなもんだな、イギリスって国のスコットランドって県の県庁所在地がエディンバラ、そんな感じ」
「へー、そうなのか」
「微妙に違う気もするけど・・・まぁいいわ」
正確に説明すると陽太の脳のキャパシティをはるかに超えそうな気がするのでこれ以上の言及はしないことにする
そもそも陽太に国際地理を教えようとするのが間違いなのかもわからない
だがこれからイギリスに行く以上、ある程度の基礎知識を入れておかないと非常に厄介なのは事実だ
言葉は明利の同調能力に頼ることにしても、現地での行動などもまったくの白紙ではさすがに非効率になってしまう
今回から四話開始です
旅行編ですがイギリスなんて行ったことないので完全に想像のみ
お粗末なところもあるかもわかりませんがお楽しみいただければ幸いです