彼女の答え
「し、シズキ!たすけ」
ユーリアが声をあげると静希はとっさに反応して助けようと手を伸ばすが、その手は届くことなく、ユーリアは箱の中に吸い込まれて行ってしまった。
一体何が起きたのか、それを確認するよりも早く静希は箱の中を確認する。だがその箱の中は空だった。木で作られた箱の底には何もない。先程までユーリアが覗き込んでいた何も見えないような空間は存在しなかった。
しまった
静希もユーリアも、ほぼ同時に同じ考えを浮かべていた。
箱の中に引きずり込まれたように見えたのにもかかわらず今この箱が空という事はつまりそう言う能力であるという事だ。
恐らくは転移か収納、その中にユーリアは引きずり込まれ攫われた。
油断した、度重なる射撃によってこのフロアにはもう人はいないと勝手に思い込んだ。
この箱が能力発動の鍵なのか、それともこの箱の中に能力者が隠れていたのかはわからない。だがユーリアをどこかに連れていかれてしまった。
一体どこに。
ユーリアの両親がこの建物の中に入っていったのは確実だ。だがこのような収納あるいは転移がある時点でこの場所が拠点ではなくただの中継点である可能性が高い。
肝心なところでミスが出た、ユーリアには離れるなと言ってあった、そして今までそれをしっかり守っていたからこそ今の状況でもそうしているとばかり思っていた。
だが自分の油断がユーリアにも伝染した。ここならば離れても問題ないと彼女に思わせてしまった。
自分のミスだ。
静希は歯噛みしながら無線を開く。
「アイナ、今どこにいる?」
『建物の屋上付近で待機しています。』
「リアの反応は今どこだ?」
そう、万が一のことを考えユーリアの服には発信機を付けてあった。もし唐突に転移系統の能力者が現れてもすぐに発見できるように。
備えておいて正解だったと静希は考えるのだが、場所によっては急いで向かわないと間に合わない可能性もある。
だがアイナの声音は特に緊迫した反応ではなかった。
『ミスターのそばではないのですか?この建物からは出ていませんが・・・』
「・・・なに・・・それってたしか直上からの反応だったな?」
『はい、地図に反応が表示されています。』
地図上ではユーリアはこの建物から出ていない。という事は上か下かどちらかにユーリアはいるということになる。
「アイナ、リアが能力で連れていかれた。今から上に行くからお前は下に行ってリアをさが・・・!」
静希がそれに気付けたのは幸運だった、上と下、両方の階段からいくつもの足音が聞こえてきたのだ。
そして次の瞬間静希めがけて一斉に銃弾が放たれる。
先程まで下には誰もいなかったはずだ、自分たちが確認したのだから間違いない。
「アイナ、この建物に誰か入ってきてたか?」
『いいえ、ミスターが入ってからは誰も入っていません』
銃撃を机や資材の入った箱を盾にして躱しながら静希は舌打ちする。
ユーリアの反応がこの建物から出ていないというのは幸運だったが、先程までいなかったはずの戦闘員が湧いて出てきたことに関してはある意味注意が必要だ。
こうなってくるとクリアリングの意味が無くなってくる。
転移の能力者を引き入れていながらユーリアの反応が遠くに移動していないという事は、恐らくこの場所は中継点ではなく拠点で間違いないだろう。
さらに言えばその能力者がユーリアを遠くに転移しないところを見るとその距離に限りがあるということがわかる。
「アイナ、お前はユーリアの反応を確認しながらレイシャと一緒に建物の中を捜索しろ。俺はこいつらを全員片付ける。」
『了解しました、ご武運を』
アイナとの会話を終了すると静希は小さくため息をつきながら眉間にしわを寄せて自分に銃を放ち続けている男たちを睨んでいた。
さすがに無能力者相手にここまでコケにされるとは思っていなかった。自分が油断していたからというのもある。
だがまさか護衛対象が自分のそばから離れているのに気付かないというのは明らかに間抜けすぎた。
今までこんなミスはしたことがない、あまりに手ごたえのない相手ばかりが連続したせいで気が抜けていたにしてもひどいミスだった。
銃声がけたたましく耳に届く中、静希は額に青筋を浮かべていた。
「うるせぇな・・・しまいには八つ当たりすんぞこら・・・!」
自分のふがいなさに腹を立てながら静希は射撃し続けている男たちに向けて一気に攻撃を始めた。
自分のミスがきっかけでこうなってしまったのだ。きっちりとユーリアを助け出すまでは私情は無視したほうがいい。
今はこの場にいる全員を片付けて少しでも早くユーリアを探すことに専念しなくてはならない。
その数秒後、男たちの悲鳴が上がったのは言うまでもない。
一方、箱の中に吸い込まれたユーリアは地面にたたきつけられていた。
箱から誰かに掴まれるように吸い込まれ、独特の浮遊感の中暗闇を少しもがいたかと思えばユーリアは背中から地面に落下していた。
まともに受け身を取ることもできずに叩き付けられたため一瞬呼吸困難にも似た症状を引き起こすが、呼吸が苦しいことよりも、何が起こったのかを理解するよりも早く静希から離れてしまったという事を理解していた。
そして自分が今どこから出てきたのかを探す過程で、ユーリアは自分の周りに数人の男性がいる事に気付く。
全員が武器を持ち、ユーリアを見ていた。瞬時に彼らが敵であるという事を理解したユーリアはすぐに立ち上がり自分の状況を再度確認し始めていた。
早く静希と合流しなければ、それだけを考えて周囲を見渡すと自分の真上、丁度本来であれば天井があるはずの所に逆さまになった箱とそれに続くように梯子が作られているのが見えた。
自分はここから落ちてきたのだ。
理屈はわからないがそう直感したユーリアは箱の中に入るべく梯子を上るが、箱は空っぽだ、自分が見た時の様な暗闇は存在しない。
「おら往生際が悪いぞ、とっととこっちに来い!」
ユーリアは足を掴まれて強引に梯子から引きはがされそうになる。
だが必死になって梯子を掴んで抵抗していた。ここから引きはがされたらどうなるかわからない。今この場所がどこにいるかもわからないのだ、この場所を動かなければきっと静希が助けに来てくれる。
そう信じて必死に抵抗するも、当然大人の力に敵うわけもない。ユーリアは簡単に梯子から引きはがされ、足を掴まれたまま引きずられて行ってしまう。
ここで銃を使うべきだろうかと思った。
捕まれているのは足だ、両腕は今フリーの状態。
だが周りにはこの男以外にも銃を持った男は何人もいる。自分一人が銃を使ったところで勝つことができるとは思えない。
何より今自分は単純に無力な人間だと思われているから、素手でぞんざいに扱われているのだ。
ここで自分が武器を持っているという事を教えて警戒をレベルあげる必要はない。もう少し我慢して機会をうかがわなければ。
何より自分がこうして攫われたという事は、静希の考えで言えばここに両親や核兵器が存在する可能性が高い。
そうなった時にこそ銃は使うべきだ。それまで自分は無力な少女を演じるほかないのである。
ユーリアはそこまで考えてもう一度この空間の中をよく観察することにした。
薄暗い部屋の中に電球が一つ、そしてその真下に机が一つと椅子が複数。この場にいる男性は四人、全員が武器を所持していた。
窓は一つもついていない。天井にあるのは先程見えた電球に無理矢理取り付けられているような箱くらいのものだ。
部屋の中には二つ扉がある。この部屋自体の広さは十メートル四方くらいだろうか。
自分がまともにあてることができる射程距離で言えば十分この空間にいる人間には当てられるかもしれない。
だがそれは同時に相手にも銃を使う条件をそろえることになってしまう。それは許容できなかった。
いくら相手が自分を殺さないと言っても、銃を抜かれた状態ではどうするかわかったものではないのだ。
あの二つの扉の向こうになにがあるのか、それを確認してからでも自分の力を使うのは遅くはない。
「おい、あんまり乱暴に扱うな。そいつは丁重に扱うように言われてるだろ。」
「あぁ?あぁそうだったな・・・ほれ立てガキ。」
掴まれていた足を解放されると、ユーリアはすぐに立ち上がって壁際に走る。
その姿は少しでも自分たちから離れて安全を確保しようとする健気な行動に見えただろう。実際弱弱しく移動して壁を背にする姿は無力な少女のそれに相違ない。
だがユーリアはひたすらに頭を動かし続けていた。この状況を打開するにはどうすればいいか。
相手は四人、それに対して自分が作り出せる武器は同時に二つだけ。
仮に両手に拳銃を作り出しても一度に全員を攻撃するのは不可能。さらに言えば両手でようやく撃てるようなものを片手で撃ってまともに当たるとも思えなかった。
しかも一つの的ではなく複数の的を同時に狙うなど訓練でもやっていないことだ。
今の自分では状況は変えられない。なら状況が変わるまで待つしかない。
一人、いやせめて二人がこの場から移動してくれれば何とかなるかもしれない。
もちろんそれだって希望的観測でしかない。撃った弾が運よく相手に命中し、運よく相手が一発で気を失ってくれでもしない限りまず間違いなく自分は返り討ちにあう。
さらに言えば二人倒せてもまだなお二人いるのだ。
静希がいれば四人くらい瞬殺できるというのに。自分が勝手に動いたせいで静希とはぐれた。
自分のミスだ。そう思いながらユーリアが歯噛みしていると部屋にあった扉の一つが開き、誰かがやってくる。
「・・・ユーリア・・・?」
やってきたのは女性だった。そしてユーリアはその女性に見覚えがあった。写真の中にいた、自分の記憶の中にいる女性
「・・・お母さん・・・?」
最初ユーリアは一体どういうことか理解できなかった。だがそれを理解するよりも早く現れた自分の母に駆け寄って抱き着いていた。
ようやく会えた。ようやく母に会えた。
ユーリアは母の体を抱きしめながら泣きそうになってしまっていた。
「あぁ・・・ユーリア・・・ようやく会えた・・・」
「よかった・・・お母さん・・・無事でよかった・・・!」
もしかしたらすでに殺されているかもしれない。そんな想像すらしていたユーリアにとって母に会えたことは何よりも幸運だったと言えるだろう。
その体に抱き着いて顔をうずめ、僅かに震えながらも母に会えたことを喜んでいた。
だが同時に、ユーリアの頭の中にはいくつかの疑問が浮かんでいた。
「・・・お父さんは・・・?」
「あの人は今別の場所にいるわ、安心して、すぐに会えるわ。」
父も無事である。それはユーリアにとってうれしいことだ。だがなぜだ、何故嬉しいはずなのに今ユーリアは恐怖を抱いているのだろうか。
周りの男たちがいまだ健在で武器を持っているからだろうか。ここから母を助け出すにはどうすればいいのかを考えてしまったからだろうか。
自分一人では母を守ることはできない。何とかして静希と合流しなければならない。そうしなければ母を助けることはできないだろう。
扉の向こうには一見誰もいないように見える。向こう側には資材などが備蓄されており、机や通信用と思われる機材なども配置されていた。
もう一つの扉の向こう側になにがあるのかはわからないが、ここにいるのは自分たちを含めて最低でも六人。
仮に二人で銃を撃ったとしてもまず間違いなくこの場を制圧することはできないだろう。
この時点でユーリアは強い違和感を覚えていた。向こう側の扉から母が一人でやってきたことに関してだ。
だがその違和感はユーリアに次のことを考えさせるには十分すぎた。
なぜ母は、一人でこの場所を自由に動くことができているのか?
普通人質という立場であれば、誰かしら見張りがつくはずだ。映画や小説などでも人質というのは何もできない場所で誰かに見張られて手足を拘束されているものだ。
だが今母は自分でこの部屋にやってきた。そして自分を平然と抱きしめている。
何故?
「つらかったでしょう・・・?ごめんなさい、貴女をこんな危険なことに巻き込んでしまって・・・」
「・・・お母・・・さん・・・?」
ユーリアと視線を合わせて母は笑って見せた。優しい微笑みだ。
もしこの場がこんなわけのわからない場所ではなく、自分の家だったのならこの微笑みはとても安心できるものだったのだろう。
だがこの状況においてこんな笑みをする母が、ユーリアはほんの少し恐ろしく思えた。
近くには銃を持っている男もいるのだ。いつ殺されたっておかしくないような状況で何でこんなにやさしい笑みができるのか。
自分には無理だ。ここ数日ですでに実戦を経験したユーリアにはそれがわかる。
もし自分が殺されるとしたら、それを想像するだけで体が硬直する。息が整わずに手足が震える。そんな状況で微笑むことができるはずもない。
静希のような実戦を潜り抜けた人間であればそれもできるのかもしれないが、ただの無能力者である母がそれをできる理由がわからなかった。
「もう大丈夫よ・・・安心していいわ。」
もう大丈夫?安心しろ?この状況でいったい何を安心しろというのか。
近くには自分たちを狙う男たちがいて、今も銃を持っている。自分はまだいいかもしれないが母は自分をおびき出し交渉するためだけの駒だったはず。いつ殺されたっておかしくないような状況なのだ。
それを安心しろと言われてもそんなことできるはずがなかった。
「お母さんこっち!私の後ろに隠れてて!」
「え?え?どうして?」
「危ないから!とにかく言う事聞いて!」
この男たちが母に銃口を向けないように自分が盾にならなくては。この男たちに自分は殺せない。
核兵器の無限利用を企んでいるのであれば自分は絶対に殺すことができない。もとより自分はそのために狙われてきたのだ。
だが母はそうではない。自分がこの場に来た以上、いつ殺されてもおかしくないのだ。
なら自分が盾になって母を守らなければならない。大丈夫、自分が盾になれば撃たれることは万が一にもあり得ない。
ユーリアはただでさえ混乱している中でも母を守ろうと必死に頭を動かしていた。
状況を頭に入れて近くにいる男たちの動作を確認して母を守るためにはどうすればいいのか考える。
考えを止めるな。
それはユーリアにとって唯一できる抵抗のようなものだ。自分にできることなどたかが知れている。だが今この場にいる母だけは守りたかった。
「もう・・・何してるのこの子ったら・・・そんなに怖い顔しなくても平気よ。もう大丈夫なの。」
母の言葉が一体どういう意味なのか理解できずに、ユーリアは小さく「え?」と呟きながら振り返る。そんな我が子の頭を撫でながら母は微笑みながらユーリアの頭を撫でた。
「だってあなたがいれば世界を変えることができるんですもの。何も怖いことなんてないわ。」
ユーリアは自分の母が一体何を言っているのか、数秒間理解できずにいた。
自分がいれば世界を変えることができる。一体どういう意味だろうか。どういう意味を持って自分に投げかけられたのだろうか。
世界を変える
これほどわかりやすく、そして難解な言葉もないだろう。一体それが何を表しているのかユーリアには全く理解できない。
「・・・お母・・・さん・・・?どういう・・・こと・・・?」
「だってそうでしょ?貴女がいれば、貴方の力があれば、私達は誰とだって戦える。誰にだって勝てるんだもの。」
母に向き合い、ユーリアは僅かに震えていた。
母が一体何を言っているのか理解できない、いや理解はしている。否、理解したくないと思っている。
それを理解してしまえば、今まで自分を支えていたものが、自分が求めたものが全て瓦解してしまうのだから。
「何言ってるの・・・?お母さん・・・ここは危ないんだよ・・・?だから逃げなきゃ・・・」
「大丈夫よ、もう切り札もあるんだから。でも確かにここからは離れたほうがいいかしら。随分と追手が来てるものね。」
話がかみ合っていない。自分でも今言うべき言葉がこれではないということは十分理解している。
聞かなければならない。言葉にしなければならない。自分の中の何かがそう訴えている。だが同時にそれを聞いてはいけないと、自分の中の何かが警鐘を鳴らしている。
頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る中、ユーリアはめまいさえ覚えていた。
目の前にいるはずの母の顔が遠くに見える。今目の前にいる女性と、写真の中で笑っていた、自分の記憶の中にいた母と別人なのではないかとさえ思えてしまってた。
「あの人に連絡して、拠点をここから移すわ。ユーリアが手に入った以上この場から即離脱、態勢を立て直します。」
「了解・・・そのように。」
なぜ母がこの近くにいる男たちに命令を出しているのか一瞬理解できなかった。だが数秒でそれを理解した、理解してしまった。
それが一体どういうことを意味するのかを。
「・・・お母さん・・・どういうこと・・・?何でお母さんが・・・?」
「ん?なに?私がどうかした?」
母は自分が一体何を言いたいのか理解していない。自分がききたいのは『なぜ母がテロリストの一員のような素振りをしているのか』という事だった。
だがユーリア自身その疑問に対する回答を用意できていた。だからそれを否定したかった。否定する材料が欲しかった。
「そいつ、さっきこのバカに随分乱暴に扱われてましたからね、ビビっちまってるんですよ。」
「そうなの?ごめんなさいねユーリア・・・まったく私の娘だから丁重に扱ってと言っておいたでしょう!」
「す・・・すいません・・・」
時間が経てばたつほど、否定できるだけの材料が無くなり、自分の回答に対する肯定の材料が集まっていく。
なぜ母はこのテロリストたちに命令できているのか。そしてなぜテロリストたちも母の命令に従っているのか。
声も出せないような状況が続く中、母はユーリアの頭を撫でて少しでも安心させようとしてくれる。
これが我が家だったらどれだけよかったことだろうか。この場に静希がいてくれればどれだけよかっただろうか。
この状況が異常であることは、ユーリアにも十分理解できていた。
だからこそ聞かなければならなかった。
「お母さん・・・私は・・・何をさせられるの・・・?」
「ん?聞いてないの?貴女にはある道具を能力で複製してほしいの。私達のお仕事でとっても必要になるものなの。」
ある道具
それが核兵器であることはユーリアにも容易に想像ができた。
母はそれを知ったうえで自分にそれを教えていない。それがどういうことなのかユーリアにも理解できた。
「それって・・・どんな道具なの・・・?」
「んーとそうねぇ・・・使い方によっては戦いを止めることもできるわ。とってもすごい道具なのよ。それこそ世界を変えられるくらいすごい道具よ。」
凄い道具、確かにその通りだ。核兵器はその威力の高さから、それぞれの国が核を保有することである種の抑止力が発生している。
互いに核兵器を使わないというその抑止力こそが戦いを止める力にもなっているのだ。
力を持って力を止める。その力の拮抗を破るにはそれ相応の覚悟が必要になるだろう。
それこそ世界を亡ぼすかもしれないほどの狂気に身を浸さなければならない。
「・・・それって・・・武器・・・?」
その言葉に母は一瞬笑みを止めた後にユーリアの頬を撫でながら微笑んで見せた。
その笑みが偽りのものであるということに、ユーリアはようやく気付くことができた。否、できてしまったというべきか。
「怖いのね?大丈夫よ、貴女は何も考えずに私の言う通りに能力を使っていればいいの。そうすれば絶対に幸せになれるわ。」
何も考えずに母の言う通りに能力を使えば。
確かにそうすればユーリアは母と一緒にいられるかもしれない。どこか別の場所にいるという父とも一緒に暮らせるかもしれない。
何も考えずに母の言う通りに能力を使って、いろんなことから目を背けて、幸せになれればそれでいいのではないかと思えてしまう。
何も考えなくていい、自分は能力を使うだけ。
その結果、どのようなことが起きようとも。
『これからたぶん、貴女は選択を迫られるでしょう。その選択から逃げてはいけません。』
それは何時だったか、レイシャから言われた言葉だった。
選択から逃げる。それがどういう意味をあらわしているのか、ユーリアはあの時は理解できなかった。
彼女からすればこんな状況を想定してはいなかったかもしれない。だがそれでもあの時の言葉はユーリアに深く突き刺さっていた。
選択から逃げるという事がどのようなことなのか、ユーリアは理解していた。
それはすでに彼女の中でわかっていることだった
『では私からのアドバイスは『常に考え続ける事』です。かつてミスターから授かった言葉をあなたにも授けます。思考を止めてはいけません。貴女の答えは貴女にしか出せないのですから』
それはアイナから言われた言葉だ。かつて静希からアイナに授けられたアドバイスを、アイナは自分に向けて送った。
考え続ける事。考えを止めた時点ですでにその答えは自分の答えではなくなってしまうのだ。
選択から逃げないこと、どうするかは自分で考える事。
自分を守ってくれていた二人が、自分に言ってくれた言葉だ。それは深く彼女の心の中に残っている。
『ただ、覚悟をしておけ。お前の能力で引き起こしたことは、全てお前の責任になる。どんな状況だろうと、仮に誰かに命令されたことだろうと、それを起こしたのはお前のせいになる。それを忘れるな。』
これは静希に言われた言葉だ。
あの夜、拳銃を渡されたあの日に静希に言われた言葉だ。
自分の力で引き起こしたことは自分の責任になる。
今回の場合で言えばどうなるだろうか。自分が大量の核兵器を複製した場合、それは何人の人間の命を奪うだろうか。
自分の能力の事は一番自分が理解している。
複製してから自分が手を離せば五分で消えてしまうのだ。そんなものを使うためには自分がその場にいなければならない。
きっと自分がそれを使用する羽目になるだろう。
そうなったら、だれのせいにもできない。目を瞑ったところで、目を背けたところで、考えないふりをしたところで現実は突きつけられる。
これは自分でやったのだと。
ならどうすればいいのか、どのように能力を使えばいいのか。
『その答えを他人に求めるな・・・ただ一つ言えるとしたら後悔しない使い方をしろ。自分で考えて、自分が正しいと思った使い方をしろ。』
これも静希の言葉だ。自分で考えて自分で正しいと思った使い方をする。
能力を使うにあたって一番大事なことで、一番簡単なことでもある。
要するに自分が使いたいように使えという事だ。可能な限り後悔しないような使い方を模索していくしかないのである。
今自分はどうだろうか。
仮に母の言う通りにして、何も考えずに核兵器を複製して、自分は後悔しないだろうか、後悔しないでいられるだろうか。
無理だ。
どんなに目を背けても現実は突きつけられる。どんなに考えないふりをしても考えてしまう。
ユーリアは道具ではない。人間なのだ、心があるのだ。考えないことなど最初からできるはずがないのである。
選択から逃げないこと。考えることを止めないこと。自分の答えは自分で決める事。
思えば静希が最悪の状況を想像しろと言ったのは、この事を言っていたのではないかとさえ思えてしまう。
あの時はただ単に両親が死んだ可能性だけを想定していた。
だが『両親がテロリストの一員』という可能性を頭に入れていなかった。アイナやレイシャ、そして静希の反応には、今にして考えてみればそれらしい会話がいくつかあったようにも思う。
自分のために気を使ってくれたのか、それともただ単に子供に話すべきではないと思ったのだろうか。
どちらにせよ、後で静希を問い詰めるべきだなとユーリアは小さく息をついていた。
周りの男たちが母の命令で撤収作業を進める中、ユーリアは自分の母親から距離をとっていた。
部屋の隅に移動し、辛そうに母の姿を目に焼き付けていた。
「・・・?ユーリア?どうかしたの?」
自分から離れていくユーリアの姿を見て母は不思議そうな顔をしている。
そんな母親に向けて、ユーリアは能力を発動し、複製した拳銃の銃口を向けた。
後悔しない能力の使い方。ユーリアはこれこそその使い方だと、そう結論を出したのだ。




