彼女の覚悟
車で道を進むこと数時間、静希達は他の部隊とも連絡をとりながら目的地である街にたどり着いていた。
人も車もそれなりに多い、建物も今まで寄った街の中では一二を争うほどに多く、高いものが目立つ。
この街は交通の便が良く、それなりに人が多く集まることから相手からしてもかなり警戒している場所であろうことがうかがえるのだが、それはこちらも同じことのようだ。
静希が車の中から軽く見た限り、一般人を装った軍人のような人物が数人確認できる。変装しているのだろうが、さすがに体格まではごまかしがきかない。
あそこまでごつい一般人がいるかと聞かれると正直微妙なところだった。
そしてユーリアはここに両親がいるという事もあって妙にそわそわと窓の外を見ようとしていた。
もしかしたら道端で両親を確認できるかもしれないと思っているのだろう。無論そんなことはあり得ないのだが。
「ミスター、陽動も別方向から街の中に侵入したとのことです。」
「もう少しで待機している部隊も準備が完了するとのことです。」
「オッケー・・・もう見られてるかもしれないけど一応準備しておくか。」
相手側に索敵が可能な能力者がいる事はすでに予想できる。この街に入った時点でこちらを捕捉していても何ら不思議はないがこれからが重要だ。
自分達を中心にテロリストが何らかの動きをすれば軍の索敵網に引っかかる。軍は今回制圧よりも索敵を中心に動いてもらうつもりだった。
見つける対象はユーリアの両親と核兵器、そしてテロリストの本拠地である。
今まで何個か拠点を制圧してきたが、未だに本拠地というべき相手の拠点の場所は発見できていない。
核兵器がどこに保管してあるかもわからない今、ユーリアを囮にした核兵器及び本拠地の発見は急務なのだ。
「今のうちに言っておくけど運転かなり荒れるかもしれないから気を付けろよ。」
「え?荒れるって、どれくらい?」
「・・・とりあえずドリフトとスリップは覚悟しておけ。」
静希の言葉にユーリアは顔をしかめていた。
なにせドリフトはまだ走法の一種だから使用するのはまだわかる、だがスリップは走法ではなく事故のそれに近い。
自分は後部座席にいるが、事故にあった時に巻き込まれるようなことはないだろうかと不安になってしまっていた。
「あの・・・私窓から顔出すんだよね?」
「そうだな、レイシャにしっかりつかんでもらっておけ。」
ユーリアが不安そうにレイシャの方を見ると、彼女は自分に任せてくださいと自信ありげに親指を立てて見せる。
確かに身体能力強化ができるレイシャの方がしっかりと体を掴むことはできるだろうが、荒い運転になったらどうなるかわかったものではない。
囮になると自分から言っておきながら今さらではあるがやめたほうがよかったかなと顔をひきつらせていた。
「エドがこの場にいればお前をわざわざ囮にしなくても済んだかもしれないんだけどな・・・そのあたりが残念だ。」
「エドって・・・確か二人の上司の人だっけ?」
「あぁ、あいつの能力があれば結構楽だったんだけど・・・まぁあいつは今回後方支援に回ってるからな・・・」
静希としても自分にできることをしようとは思っているらしいのだが、この場にいない人間の力を持ちだすあたりこれからやることが危険であるということは十分承知しているらしい。
静希が危険だと考えるという事は自分が考える以上に危険なのだなとユーリアは気を引き締めていた。
「ちゃんと相手も反応してくれるかな・・・?さすがに外を歩くのは嫌だけど・・・」
「向こうだってお前が囮ってことは十分理解してるだろうさ。でもそれを理解したうえで、その危険性を考慮に入れてもお前を手中にいれたいとも思ってる。これが最後のチャンスかもしれないからな。」
相手にとってユーリアを囮にすることはメリットもデメリットもあるのだ。
デメリットは自分たちの存在が露見し、この場にいる、あるいはこの近くにいる仲間が掃討される可能性がある。
そして自分の手の内にあるものが軍に見つかってしまう可能性があるのである。
だがその逆であるメリットも大きい。
ユーリアを奪取することで自らの計画は最終段階に進もうとしているのだ。それを得られることでのリターンは大きい。
テロリストたちにとって街一つの中に配置されている人間はある意味捨て駒でも構わないのだ。
本命ともいうべき核兵器とユーリア、そしてテロリストを率いる幹部たちさえ無事であれば作戦はほぼ成功したと言っていい状況になる。
「じゃあ・・・手段を選ばずにやってくるってこと?」
「そう言う事だ。相手もなりふり構ってられないんだよ。ここを逃がすとどうなるかわからないからな。特に少し前から俺たちが軍と連携し始めたことで逃げやすい体制は整ってるからな。」
静希達が軍と連携し始めたことでユーリアがどこに向かうのか見当がつかなくなることを恐れたテロリストはそれこそどんな手段を使ってでもこの場でユーリアを捕まえようとするだろう。
それがたとえ罠だとわかっていてもだ。今回の囮作戦は静希達にとってもテロリストたちにとってもハイリスクハイリターンなのだ。
「ミスター、部隊の配置及び準備完了とのことです。」
「いつでも囮として動いて構わないとのことです。」
アイナとレイシャがそれぞれ無線で確認した後、静希は小さく息をつきながら了解と呟いていた。
これから自分たちは囮としての行動を開始する。相手がどのように動くのかは全くの未知数だ。銃で撃たれることも覚悟しておいた方がいいだろう。
「リア、変装を外して窓から顔を出せ。レイシャはリアの補助、アイナは他の部隊との連絡頼んだ。」
それぞれに指示を出し、自分自身も変装を外して静希は車を走らせながら集中し始めていた。
これから状況が動く、それを理解したユーリアは自身も集中しようと深呼吸しながら自分に施されていた変装を外していた。
この街全体に配置された各部隊の人間が目を光らせている。ユーリアが顔を見せたところで何か反応が見られればすぐに確認できるようになっているのだ。
大丈夫、大丈夫
自分にそう言い聞かせながらユーリアは深呼吸する。もし面倒なことになっても自分には静希にアイナ、レイシャがついている。
「ミスコリント、準備はいいですか?」
「うん・・・しっかりつかんでてね。」
「お任せください。」
レイシャの返答にユーリアは少しだけ安心しながら再び深呼吸した後窓を開けて顔を外に出した。
車は走り続けていることもあって自分の肌と髪を風が撫でていく。思えば車から顔を出すのは初めてかもしれないと思いながら外の景色を眺めていた。
街自体は特に変化はないように見える。少なくともユーリアの目には何の変哲もない日常のように映っていた。
道を歩く人も、自分が乗っている車と同じように走る車も特に変化があるわけでも妙なところがあるようにも見えない。
本当にこの街にテロリストと軍人が大量に存在しているのか怪しい程に平穏な日常が広がっていた。
「レイシャ、リアの体しっかりつかんでおけよ。リア、お前は口を閉じてろ。そのままだと舌噛むぞ。」
「了解しました。」
「え?きゃあ!?」
静希の言葉を理解するよりも早く車が急加速し街角を一気にカーブしていく。タイヤがこすれる音と空気が一気に自分に襲い掛かってくることでユーリアの耳にはほとんど何も聞こえないような状況が続いていた。
そしてユーリアはふと周囲を見た時にそれに気づくことができる。
静希が急に動いたと同時に何台かの車が自分たちの車を猛烈な勢いで追走してきているのだ。
あれが静希のいっていたテロリストでまず間違いないだろう。
何時の間に近づいてきていたのだろうか、全く気付かなかったことにわずかに恐怖を覚えながらユーリアは体を車の中にいれようとしていた。
「ミスコリント!下手に動いてはかえって危険です!そのままの体勢を維持してください!」
「え!?だ、だってこの状態怖いよ!」
「大丈夫です!私がしっかりつかんでいますから!」
後から車が追ってくるようなこの状態、かなりの速度で走行しなおかつ自分を追っている存在がいるという中顔を出しているというのは正直かなりの恐怖がユーリアに襲い掛かってきていた。
先程まで平穏だった街が一転、街の全てが自分を狙っているのではないかという風に見えてしまう。
高速で移動し続ける静希の運転する車と、それを追ってきている三台の車、こちらを追い詰めようとしているのだろうが静希の運転がそれを許さない。
高速でカーブを曲がり切ったり、かなりの加速をかけて直線で引き離したりと本来のこの車のスペックを軽く超えているような運転をしていた。
映画などで見るカーチェイスがこんな感じだろうかと、ユーリアは涙を流しながら実体験していた。
もうこんな荒い運転の車には乗りたくないと心底思いながら、車から顔を出すのは危ないのだなと一つ大事なことを学んでいた。
「案外動きが早かったな・・・これならユーリアを外に出す必要はなさそうだ。」
「だ、だったら車の中に入らせてよ!」
「ダメだ、囮になるって決めただろ?最後までやりきって見せろ。」
車の外に放り投げる必要がなくなっただけでユーリアの囮としての仕事はまだ終わっていないのだ。
現段階で顔を見せただけでしっかりと反応しているという事は十分に囮として機能していることを示している。
後はこれから先相手がどう動くのかを確認してから行動したほうがいいだろう。
それまではユーリアには悪いが囮としての仕事を引き続き継続してもらうほかないのである。
「ほら口閉じてないと舌噛むぞ!」
「ひやああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁ!」
ユーリアの悲鳴とも絶叫ともつかぬ声が響く中、静希は意気揚々と車を運転していた。彼女にとって車が一種のトラウマになったのは言うまでもない。
ユーリアの悲鳴が響く中、静希は車の運転を続けていた。
街の中だけを走って相手をかいくぐるというのはなかなかに容易ではない。なにせ相手もこちらを追い詰めようと、そしてユーリアを捕まえようといろいろと策を講じてくるのだから。
追手の数は徐々にではあるが増えてきている。外に顔だけ出して涙と鼻水と悲鳴を出し続けているユーリアは気づけないかもしれないが、少しずつこちらの移動ルートを絞ってきているのだ。
時に車で道を塞いだり、進路を限定するべく併走したりとできることは何でもしてきている。
ユーリアを無事に確保しなければいけないという事でこちらに車をぶつけてこないあたりはまだ良心的だろう。
彼女が顔を出しているという事はつまり車そのものに衝撃を与えるとユーリアが最悪死んでしまうこともあり得るのだ。
そう言う意味では彼女は今囮以上の仕事をしていると言っていいだろう。ある意味彼女を盾にしているようなものだ。
護衛対象以前に幼い少女を盾にするあたり静希の人格がどれだけ歪んでいるかがわかるが、今の状況では相手は絶対にユーリアに危害を加えないことがわかっているのだ。これもある意味有効な手段ではある。
「ミスター、他の部隊から援護を申請してきていますがいかがしますか?」
「援護はいらないからさっさとリアの両親と核を見つける努力をしろって言っておけ。こっちはこっちで何とかする。何のために囮やってると思ってんだ!」
静希達が今こうしてわざわざ単独で囮をしているという事はそれだけ意味があることなのだ。
他に仲間がいるとわかればそれだけテロリストも慎重に行動するだろう。
だが静希達が追われ始めてからすでに十分ほど経過しているが、未だに他の部隊の人間が静希達の助けに入るという事はしていない。
相手はここで静希達が単独で動いているのではないかという考えが浮かぶはずだ。
動くべきかどうか、相手は今迷っている状況だと言える。そんな状況で他の部隊の存在をほのめかせば確実に相手は動かなくなってしまう。
今は静希達だけで乗り切って確実に相手の本隊の動きを確認しなければいけないのだ。その為には余計な横槍を入れられるのは好ましくない。
「ミスター、それは構わないのですが、そろそろミスコリントが限界なのではないかと思いますが・・・?」
「頑張らせろ。自分で選んだ道だ、それがどういうことなのかしっかりと自覚させるのも必要なことだ。」
護衛対象の状況など一切考えず、なおかつ一切の慈悲もなく静希は継続してユーリアを囮にし続ける。
レイシャのいうようにユーリアは限界に達しつつあった。右へ左へ振り回されながら高速で移動し続ける車の窓から顔だけ出し続けているのだ。
場合によっては楽しいかもしれないが、こうして危険なカーチェイスをしているような状況では恐怖しか生まないのである。
「ミスター・・・さすがにこの状態はかわいそうなのでは・・・」
「なら部隊の人間に早く両親と核兵器を見つけるように言うんだな。それまでこいつのこの状態は継続だ。」
「し・・・シズキの鬼畜―!悪魔―!人でなしー!」
どうやら顔だけ出している状況に慣れ始めたのか車の中の声が聞こえるようになってきたのだろう。泣き叫びながら静希への罵倒の言葉を並べている。
当然その程度で静希が動揺することはなかった。
どちらにせよ静希のやることは変わらない、ユーリアを守るために全力を尽くすだけの事である。
最も今の状況がユーリアを守っているかと聞かれると、正直首をかしげてしまうのだが。
「ハッハッハ、案外元気あるじゃないか。それならもっとアクロバットな走行をしてもよさそうだな!」
「ば!バカァァァァァ!」
ユーリアがむち打ちにならないようにアイナが気を利かせてしっかりと抱えながら彼女の体を固定する中、静希はさらに荒い運転を始めていた。
一般人が運転する車も全く気にしないとでもいうかのように本来の車とはかけ離れた動きさえし始めている。
恐らく以前使っていた念動力の能力の応用なのだろうが、今にもよってしまいそうな動きにユーリアは悲鳴を上げる事しかできなかった。
追走の車もなんとか静希の車に追いつこうとしているが一向にその距離を詰めることができていない。
むしろ徐々にその差は開いてきていた。静希の運転技術が高すぎるせいで相手が追い付いてこれないのである。
「ミスター、あまり本気を出し過ぎると相手が追ってこられなくなりますよ?」
「それにミスコリントの具合が悪くなってしまいます。もう少し安全運転をお願いします。」
「おっと、それもそうだな。もうちょっと気を使った運転にするか。」
二人の言葉を受けて静希はほんの少し丁寧な運転に切り替えたが、それでもだいぶ荒いことに変わりはない。
風と車の音と自分の悲鳴を聞きながらユーリアは心の底から思った。もう静希の運転する車には乗りたくないと。
そして自分が運転するときは安全運転を心がけることをこの時誓ったのである。
「ミスター、他部隊から連絡が入りました。ミスコリントのご両親を発見したとのことです。」
「お、ようやく来たか。」
走り続けて三十分ほど経過しただろうか、ユーリアからはもはや悲鳴も涙も出なくなってきた辺りでようやく状況が次に進んだと言えるだろう。
その代りユーリアはかなり憔悴しているようだったが、これも必要な犠牲だったと割り切るしかない。
「徹底的にマークしてもらえ、今からそこに行こう。部隊の人間は引き続き核兵器の捜索に当たってもらえ、一時的に囮状態を解除する。場所はどこだ?」
「少々お待ちください・・・街の少し外れに位置している建物の様です。そこに入っていくのが確認できたと。」
場所の確認さえできれば静希達がこうして囮になり続ける必要はない。核兵器の確保までしたかったところだが、とりあえず静希達の目的はユーリアと両親を会わせることだ。そこから先は軍に任せることにする。
「了解、ナビ頼むぞ。レイシャ、ユーリアを車の中にいれろ、飛ばすぞ!」
「了解しました。ミスコリント、お疲れ様でした。」
「うぅぅぅぅぅ・・・シズキのバカぁ・・・」
ユーリアは三十分近く顔を出し続けてだいぶ疲れたのか、後部座席に座り込むとぐったりしてしまっていた。
無理もないだろう。ただ車の中から顔を出していたのではなく、囮という負荷がかかる状態でなおかつかなり荒い運転をしている車から顔を出していたのだ。
良く乗り物酔いしなかったと褒めてやりたいくらいである。
「リア、朗報だ、お前の両親が見つかったぞ?」
「・・・えぇ・・・?本当・・・?」
驚いてはいるようなのだが疲れ切ってしまって彼女はそれ以上の反応を示すことができないようだった。
さすがに運転が荒すぎたなと反省しながら静希は後方に続いている追っ手の車を鏡越しに確認しながら笑う。
「とりあえず今からそこに行く。建物の中ってことで戦闘になるかもしれないから体調整えておけよ?」
「え・・・?いきなり・・・まだ無理・・・」
「んじゃ掴まってろよ!とりあえず後ろの奴ら振り切るから!」
ユーリアの返答など最初から聞く気はないのか、静希はハンドルを切りながら再び荒い運転に切り替え始めていた。
顔を出している時に比べればずっと安定して乗っていられるが、それでも危ないことには変わりない。
アイナとレイシャが自分のことを支えてくれているがそれでもあまりにも荒い運転の前にはあまり意味がない。
静希のいったとおり、後続の車はどんどんと引き離されていく。途中で別の車が先回りしてこちらへと接近してきていたが、それも難なく躱しながら相手から距離を取り続けていた。
この運転技術は見習うべきなのかもしれないが、誰かを乗せている時にやるべきではないのではないかと思ってしまう。
何よりユーリアの体調を戻しておけと言いながら荒い運転がさらに加速しているように思えるのだ。
「ミスター、後続の車有りません。どうやら引き離したようです。」
「なんだもういいのか?さてそれじゃ適当に動きながら目指すぞ。アイナ、目標の現在位置は変わってないか?」
「はい、変化有りません。ナビします。」
アイナがユーリアの両親がいる目標地点までのナビを開始すると先程までの荒い運転を止め、静希は比較的安全運転を心掛けはじめていた。
自分達を追いかける車は今のところいないように見える。どうやら一時的にこの車を見失っているようだった。
この隙に何とかしてたどり着ければいいのだが
そう思いながらユーリアは少しでも体調を整えようとしていた。
先程までずっと荒い運転の中変な体勢でいたために体調はあまり良くない。だがこの状態のままでは今まで以上に足手まといになってしまうだろう。
せめて足手まといにだけはならないようにしなければならないと思いながらゆっくり深呼吸をして体調を整えようと心掛けていた。
ようやく両親に会える。
思えば両親に会うのは何年振りだろうか、もう長いことあっていないために写真の顔しか思い出せない。
何とかしてテロリストから救出しなければならない。幸いにして静希とアイナ、レイシャの力を借りることができたのだ。自分が非力でもなんとか助け出すことができるかもしれない。
もしもの時は自分が銃を使ってでも。
そう思いながらユーリアは自分の手をじっと見つめる。
自分には今力がある。まだまだ弱い、ほんの小さな力ではあるが少しでも状況を変えることができるのであれば、その力を使うべきだと思っていた。
自分で考え自分で決めろ。
能力をどのように使うか、自分の力をどのように使うのか、それを決めるのは最後は自分自身。
その言葉を反芻しながらユーリアは小さく深呼吸する。
「アイナ、レイシャ、お前達は別行動だ。透明化したうえで探索しろ。」
「了解です。そちらもお気をつけて。」
「ミスコリント、無理は禁物ですよ?」
もうすぐ建物に到着しようという時に、アイナとレイシャは車から降りて別行動を開始していた。
一度路地に入るとすぐにその姿は見えなくなり、彼女たちが隠密行動を開始したことがすぐにわかった。
「シズキ、いいの?あの二人がいなくて。」
「あぁ、相手を油断させるためにも俺とお前だけで行く。あいつらはそのフォローだ。二人・・・いや護衛が一人だけなら何とかできるかもって思わせられればいいからな。」
実際に見えているのが二人でも、透明化して行動している二人を合わせれば合計で四人の人間が建物内に侵入することになる。
見えているのといないのとでは明らかに違うのだ。能力者ならまだしも相手は無能力者の集団、基本的に視覚と聴覚と僅かな嗅覚でしか第三者を認識することはできない。
見えない人間を配置しておくことで万が一の状況を打破することができるように備えておく必要があるのである。
この建物の中の一体どこにユーリアの両親がいるのかわからない今、この建物全体を捜索する必要があるだろう。
面倒ではあるがやるしかない、静希は建物から少し離れた場所に車を止めると自分の装備をアタッシュケースの中から取り出していた。
それは巨大な左腕のようにも見える、金属でできた鎧だった。
全身を覆うのではなく、恐らく左腕にだけ装備するのだろう、装甲のような構造に加え何やら武器のようなものも見え隠れしている。
「それがシズキの装備?」
「あぁ、左腕につけるタイプの装備だな・・・よしできた・・・それじゃあ行くぞ。」
自らも仮面をつけて車を再び走らせると、建物の正面へと移動し停車させる。そして先に降りてからユーリアを連れて件の建物の中へと入っていく。
するとそれはすぐに目に入ってきた。
銃を構えた男が二人、通路から建物の入り口にやってきているのがわかる。両者がもっている銃は両方とも拳銃、こちらに向けてすでに発砲態勢を整えているようだった。
ユーリアはすぐに静希の体の後ろに隠れると自分の能力を発動していた。右手に拳銃を、左手にナイフを作り出し戦闘態勢を整えていた。
だがその武器は使われることなく既に状況は終了してしまう。
こちらに拳銃を向けていた男たちは短い悲鳴と共にその場に崩れ落ちていた。両肩と両足からは血を流している。
傷の形状からして銃で撃たれているようなのだが銃声の類は全く聞こえなかった。
もしやアイナとレイシャが何かしらの援護をしてくれたのではと思っていたのだがどうやらそうでもないらしい。
「行くぞリアとりあえずこの建物を虱潰しに調べる。」
「う・・・うん・・・!」
建物内にユーリアの両親がいるのはすでに確定している。だがどこにいるのかはわかっていない。
この建物はそれなりに高いビルだ。一体何を目的にしているビルなのかは知らないが拳銃を持った男がいきなり現れた時点で制圧対象である。
「とりあえず一階から上に上がっていくぞ。俺から離れるな?」
「了解」
とにかく静希の後に続いていくと階段のあたりで再び銃を持った男が現れる。こちらにほとんど照準を定めずに拳銃だけを突き出す形で盲目射撃を行ってきていた。
敵がこちらにいて、なおかつ危険だというのがわかりきっている撃ち方だ。体を晒さない意味ではあれは正しい撃ち方であるがあくまで牽制射撃にしかなっていない。なにせねらって撃っていないのだから。
静希はユーリアをかばいながらいつの間にか取り出した剣と左腕に取り付けられた装甲で拳銃を弾いていくと、一気に階段までの距離を詰めていく。
そして隠れていた男を左腕で掴んで引っ張り出すとその両腕と両足を握りつぶしていく。
建物内に悲鳴が響き渡る中、上の階が騒がしくなってくるのが二人の耳にもはっきりと聞こえていた。
「上に随分いるみたいだな・・・さてあたりか外れか・・・」
静希は男がもっていた拳銃を破壊しながら上の階への警戒を強めていた。
上にどのような人間がいるのかはさておき、少なくとも拳銃などを扱っている人間がいた以上装備がもっと高くても何ら不思議はない。
人数に関してもかなりの数がここに詰めているかもしれないのだ。そうなると部隊への出動を要請したほうが早いかもしれないが、それはあくまで制圧を目的とした場合だ。
今やるべきはユーリアの両親の発見だ。
「お母さん・・・お父さん・・・」
両親が心配になりつい呟いてしまうが、そんなユーリアを見て静希は小さく息をついた後でその頭を撫でる。
「いいかユーリア、ここから先何を見ても何を聞いても考えることを止めるな。お前はバカじゃない。お前のことはお前が決めるんだ。」
もう何度言われただろうか、その言葉を反芻しながらユーリアは小さくうなずく。
この時なぜ静希がわざわざこの言葉を言ったのか、ユーリアはもう少し深く考えるべきだったのかもしれない。
静希はユーリアを引き連れてそのまま二階へと上がっていく。
案の定というか予想通りというか、建物の二階には当然のように大量の人間が待機していた。
しかもそのほとんどが重火器を装備している。よくこれだけの数を運び出すのに見つからなかったものだと感心してしまう。
階段を登っている最中にも何人もの男たちに攻撃を加えられたが手早く撃退でき、二階までは比較的楽に上ってくることができた。
だが二階にいる大量の武装集団が面倒なこと極まりなかった。
階段から少しでも顔を出せば一斉射撃を行ってくるというかなり血気盛んな連中でなかなか二階の制圧ができないのである。
「うぅ・・・シズキ、どうするの?」
「・・・面倒だけど仕方ない。ちょっと待ってろ。」
静希は何やら懐から取り出すと壁の向こうへと放り投げた。
一体何を投げたのだろうかとユーリアが不思議そうにしていると壁の向こう側から男の悲鳴が響き渡っていた。
同時に壁に何かがめり込むような、壊れていくような音が聞こえ、、壁の向こう側で何かが行われているという事がわかる。
明らかに危ない行為だなとわかってしまうこの状況を確認してユーリアは複雑そうな顔をしていると、向こう側から逃げてくるように男がこちらに走ってくる。
それを確認すると静希は一気に飛び出してこちらにやってきた男を軽く捻りあげて無力化してしまう。
さらに男がもっていた銃を奪い取り向こう側へ射撃を行い残っていたと思われる敵性勢力を一気に無力化していた。
まだ危険と判断してユーリアは階段の陰から離れなかったが、数秒してから静希が呼ぶ声がするとゆっくりとのぞき込む。
その先にあったのは凄惨な光景だった。
机や物資などを入れておく箱が乱雑におかれる中、男たちが全員倒れているのだ。
全員死んではいないようだったがそれでも足や腕から血を流している。中には足そのものが吹き飛んでいる者もいた。
「う・・・これ・・・」
「さすがに見ないで撃つと加減ができないな・・・死なないように応急処置だけはしておくか。」
余計な死人を出すことはない、それが静希の考えなのだろう。明らかに重症のものに関しては適当に止血作業を行っていた。
最低限の応急処置の技術もあるのか、しっかりと止血はできているようだったが救急車などを要請するつもりは全くないようだった。
「この階にはいないな・・・もっと上か・・・?」
「・・でもこんなにたくさんいたのに・・・まだいるの?」
ユーリアの疑問はもっともだ。今この階に倒れているだけでも二十人近い人間がこの場にいたことになる。
だがこれよりもさらに多くの人間がいるとなると流石に多すぎるような気がしたのだ。
それこそ表を見張っている軍の人間が気付けないとは思えない。
これだけの人数、そしてこれだけの武器をどのような形でこの場所に運び込んだのか、全く不明なのだ。
「とりあえず建物全体を制圧したほうがいいだろうな。下から上に登っていけばまず挟み撃ちを受けることもないだろうし。」
「・・・またこんなひどい状態になるの?」
「相手がこっちを本気で潰しに来るなら・・・そうなるな。」
静希はあの時能力を発動したのだ。見えない状態で加減をするのは難しい。さらに言えばあの場には多くの敵が存在したのだ。
もし仮に自分たちがあの場に出ていたら蜂の巣にされていただろうから静希の判断は正しいのだろう。
だがこのような光景を見せられて平気でいられるほどユーリアの精神は強くないのだ。
「こいつら何処からこんだけの武器を取り寄せたんだ・・・?箱の中全部武器で埋まってる・・・他の連中ちゃんと仕事してたんだろうな・・・?」
静希は部屋の中にある箱をいくつか開けていると、その中身はほとんどが武器で占められていた。
銃だけではなく手榴弾の類、さらには設置式の地雷なども配備されていた。ただのテロリストが所有するには少々過ぎた装備の数々である。
「こういうのって高いのよね・・・?どういうところで作ってるの?」
「製作自体は結構いろんなところでやってる。問題はどこがそれを売ったか、またはどこから取り寄せたかだな。奪った兵器の一覧の中にこういうのは記載されてなかった。どっかから入手したにしても数が多すぎる・・・」
この事件案外根深いかもしれないなと静希がため息をつく中、ユーリアは部屋の中にあった一つの箱に違和感を覚えた。
先程から静希は一つずつ武器の入った箱を開けているのだが、その中にすでに開いている箱があるのだ。
他の箱はほとんどが釘などで止められているのだが、その箱だけ釘がついておらず、何度か開けられた形跡があるように見えた。
部屋の隅にあるその箱が一体なんであるかユーリアは気になり、ふたを開けて中をのぞき込んだ。
その箱の中は真っ暗で何も入っていないように見えた。いや、何も見えないということがかえって異常であるとユーリアに告げていた。次の瞬間、箱の中から手が伸びてきてユーリアを箱の中に引きずり込んでいった。




