安堵の時
静希達がホテルの中に入ってきた男たちを全員片付けてから数分が経過すると、周囲が慌ただしくなってくる。
数人の足音が聞こえる中、怒号のような声まで聞こえてくる始末だ。
一体何を考えているのかはわからないが、少なくともまともな思考回路をしているとは思えない行動だった。
恐らく大勢の味方がいつまで経っても戻らないことに腹を立てているのだろうか。威嚇ともとれる銃声が階下から響き渡っている。
「シズキ・・・また来るのかな・・・?」
「・・・いや、なんか様子がおかしいな。」
どうやら部下のふがいなさに腹を立てて躍起になっているとかそう言うわけではないようだった。
入り口のあたりから銃声が鳴りやまない。まるで入り口部分に陣取り外に対して射撃を行っているかのようだ。
「・・・あぁ・・・そう言う事か・・・随分とわかりにくい援護をしたもんだな。」
静希が外へ意識を向けていると、ユーリアもそれに気づくことができた。先に外に脱出し、他のチームと連絡を付けたアイナとレイシャが戻ってきたのだ。
ただし姿を消した状態で、身体能力強化を使って移動しながらまるでこの辺り一帯を包囲されているかのように多方向からの射撃をすることで、まだ外にいた敵性勢力をホテル内に強制的に押し込んだのである。
相手を足止めする意味でも意識を外へ向けるという意味でも十分以上のサポートをしているという事だ。
さすがに現場慣れしている人間は違うなとユーリアは感心してしまっていた。
「シズキ、どうする?また倒しに行く?」
「いや・・・たぶん近くにいる部隊がこっちに向かってきてるはずだ・・・どれくらいかかるかは正直わからないけど・・・たぶん遅くても一時間。早ければあと十分くらいで到着すると思う。」
人数に関しては保証できないけどなと付け足しながら静希は薄く笑って見せた。
能力者が全力で移動した場合、その移動速度は場合によっては音速を超えることも十分にありえる。
転移能力などがその最たる例だが、その場合やってくる人間は必ず限りがある。
転移能力はそれだけ一度に転移できる数が限られているために速度を求めると同時に移動できる総量は限定されてしまう。
たとえあと十分程度でたどりついたとしてもそれは小人数だろう。
他の能力者と協力して最大でも十人程度だと予想される。この状況に対しては十分すぎる戦力だ。
もはや自分たちがわざわざ戦闘を行う必要はないのである。
「じゃあ私たちはここで待機?」
「あぁ、下の連中が上にこないとも限らないからな。警戒は続ける。まぁこの辺りの人間を全員しっかり捕縛しておかないとだしな・・・」
先程から倒してきた者たちをかなり無残な形で放置してきているのだ。
二階はまだそれほどでもないが自分たちが泊まっていた階などは倒れたままの男たちが廊下に雑魚寝状態で放置されたままである。
あの状態のまま放置というのは精神衛生上よろしくないのは明らかである。
「あの・・・他のお客さんとか・・・ホテルの人とかは大丈夫なのかな・・・?」
「さぁな・・・人質にとられたとしても知ったことじゃないけど・・・まぁ最低限助けるくらいはしてやるか。」
自分たちにあてがわれた部屋以外は全く変化はない。もう眠っているのかそれとも異変に気付きながらも部屋にこもっているのか。
どちらにしろ部屋から出ないというのは非常に正しい判断だと言わざるを得ない。
ホテルの従業員に関しては本当に今どうなっているのか不明である。大体一階に彼らが働くスペースなどがあるのが常だが、今彼らがどうなっているのかはわかっていない。
もしかしたら本当に人質になっている可能性もある。
その場合は仕方なしに助けることになるだろう。正直気は進まないが。
「んじゃとっととこいつら捕まえていくか・・・何か縛るものは・・・ワイヤーしかないか・・・まぁこれでいいか。」
静希は腰のあたりについていたワイヤーロールのようなものを取り出して近くで転がっている男の手足を縛っていく。
随分と細いワイヤーだが、何重にもして巻き付けると少なくともただの人間に切断することは難しいほどの強度になるだろう。
その時に折れた骨が刺激されたのだろうか、男が呻き始めるがそんなことは完全に無視して静希はてきぱきと男を縛り上げていく。
明らかに強く縛りすぎて鬱血しているのではないかと思えるほどだが、静希はそれを緩めるつもりはないようだった。
「あの・・・シズキ・・・ちょっと乱暴すぎない?」
「こっちを殺そうとしに来てるんだ、どう扱われたって恨まれるいわれはないね。何よりしっかり縛っておかなきゃな。」
相手が万が一にも逃げ出さないように固定しておくというのは正しい判断だというのはわかる。だがあまりにもやりすぎではないかと思えてしまうのだ。
床に転がって呻いている男たち一人一人をしっかりと縛っていく中、ユーリアは拳銃を持ったまま周囲を警戒していた。こうして無防備な間は自分が静希を守らなければならない。この程度の事はしなければならないだろうとユーリアは周囲に目を配り続けていた。
ホテルの一階と外から銃声が鳴りやまない中、静希は襲い掛かってきた男たちの捕縛をほぼ終えていた。
ホテルの廊下にまるで荷物のように並べられた男たちは自身の体に走る痛みに悶えながら体を動かそうと悶えている。
まるで芋虫のような光景だと思いながら、静希とユーリアは二階まで戻ってきていた。先程自分たちが待機し二人を返り討ちにした場所である。
「さて、ちょっと時間に余裕もできたところでお前にいろいろと教えてやろう。さっきの銃の撃ち方とか酷かったからな。」
「う・・・見てたの・・・?」
そりゃ見てるさと静希はあっけらかんとしている中、ユーリアの持っている銃を手で支えるようにしてユーリアの体勢を少しずつ変えていく。
片膝を立てるようにしてからその足に肘を置き、下から拳銃を支えるように抑えるような形にしてみせた。
「座ってる状態ならこれが一番狙いやすい姿勢だ。片手で支えて片手で照準と引き金を引く。ただこれをやると回避しにくくなるから何か盾にできるものの近くにいる事を忘れるな。」
「う・・・うん・・・わかった。」
先程の状態よりもずっと安定しているのがユーリアにもよくわかった。これなら多少反動で銃が動いてもすぐに元のポジションに戻すことができるだろう。
すぐ近くで戦闘が行われているというのにこの空間だけが不思議と安全なような気がしてしまうのは静希がこの場にいるからだろうか。
「あの・・・シズキ・・・」
「どうした?立ちながら撃つ場合には」
「そうじゃなくて・・・アイナとレイシャは・・・その・・・」
延々となり続けている銃声におびえているのか、それともあの二人のことが心配なのか。恐らくその両方だろうと理解した静希は小さく息をつく。
確かに先程から断続的になり続ける銃声はこの小さな少女には少々刺激的過ぎるだろう。しかも先程まで行動を共にしていたアイナとレイシャがそれに
関わっているとなればなおさらである。
「そんなに心配か?」
「そりゃそうよ・・・だってさっきからずっと銃声なってるし・・・」
外の方に視線を向けるが、近くに窓はないために外の様子を確認することはできない。銃声が鳴り響く中であの二人が本当に無事であるのか、ユーリアは心配だった。
「少なくともあいつらが銃でやられることはないだろうな。第一あの服を着てるんだ。ただの銃くらいじゃびくともしないぞ。」
「え?そうなの?」
先程アイナとレイシャが着ていた全身を覆うタイプの衣服。ライダースーツのようにも見えたそれは今自分が着ている外套と同じように何か特殊な素材でできているのだろうか。
そう考えると確かに無事でいるような気がしてくる。なにせ彼女たちは肌面積が完全にゼロになっているのだ。
仮に銃弾が彼女たちに当たっても一二発であれば確実に防いでくれるだろう。
「お前が着てるのもそうだけど、あいつらが着てるのは俺の知り合いが作った特注品でな。拳銃くらいなら余裕で防いでくれる。もちろんそれなりに痛いけどな。」
「へぇ・・・そんなすごいものなんだ・・・」
ユーリアは自分が着ている外套を眺めながら感心している。それだけの物を作れるという事はとてもすごい服職人なのだろうかと思ってしまうが、実際は全く違う。
昔からそういうことを頼みすぎて得意になってしまったという悲しい過去を持つ静希の元チームメイトで班長を務めていた人物の作品だ。
途中からそう言う装備を作るのが半ば趣味になり始めるという涙ぐましい努力を見せた女性がいたことは静希はあえて口にはしなかった。
「その人って今回の作戦に参加してるの?」
「いや、あいつは参加してない・・・というか参加できないな。実は今妊娠してるんだよそいつ。」
「・・・え?女の人だったの?」
てっきり男性だとばかり思っていたためにユーリアは驚いていたが、これを作った人物はれっきとした女性だ。
しかも静希の幼馴染の妻になった女である。
「実はそいつの夫が俺の幼馴染でな・・・今回の作戦に一緒に来るかも知れなかったんだけど妊娠が発覚してキャンセルになって・・・まぁいろいろあったわけだけど・・・」
「あー・・・奥さんが妊娠してるんじゃ気が気じゃないかもね・・・」
妊娠しているということが発覚したのは静希が日本を出発する直前だったのだ。体調がすぐれないパートナーを連れてすぐさま病院に向かい、そのまま経過を観察している時に発覚したのである。
静希にとっては正直嬉しくもありタイミング的に最悪でもあったが、素直に祝福する以外にできることはなかった。
その為この場には自分だけがやってきたという事である。
「そいつ自身は仕事に行けって怒鳴ってたらしいけど、主治医からストップがかかってな。発覚したての状態は不安定になりがちだから近くにいてやれって。」
いつまでかかるかわからないような任務だったからなと告げるとユーリアは興味深そうに耳を傾けていた。
静希にそう言った交友関係があるというのも意外だったというのもあるが、何とも心温まる話である。
これで周囲から銃声が聞こえていなければもっとまともな会話ができただろうことは間違いない。
そんな話をしてから十数分後、再びあたりが騒がしくなってくる。
遠くから徐々に近づいてくるヘリの音、そして車が急停車する音などが耳に届くと静希は薄く微笑んだ。
「ようやく来たか。ひと段落ってところか。」
「え?」
状況を理解できていないユーリアと違い、静希は今の状況がどのように変化しているのか理解できているようだった。
ユーリアが辺りを見渡している中、急に上の階から人の足音が大量に聞こえてくる。
そして同時に今自分たちがいる階の別の部屋から物音が響いてくる。
一体何が起きているのかわからず、ユーリアは静希に抱き着いた。
そして次の瞬間、銃を持ち妙なマスクを着けた軍人風の男たちがほぼ同時に廊下に出てきて周囲を確認し始める。
その中の一人が静希の姿を確認すると銃を下げてこちらに駆け寄ってきた。
「ミスターイガラシ、御無事で何よりです。」
「一階以外の敵は全部倒してある。残った一階の制圧、転がってる連中の確保と尋問を頼む。俺は少し休ませてもらう。」
「了解しました。」
軍人風の男は近くにいた部隊の人間に合図を送り無線で連絡を取りながら移動を開始していた。
曲がり角などでの警戒と連携、それぞれほれぼれするほどの動きだった。長い間訓練をしてきた人間の動きであるというのが素人のユーリアでもはっきりとわかるほどである。
そして先ほどのやり取りから、彼らは自分たちの味方であるという事をなんとなく察知していた。
「シズキ・・・この人達は?」
「こいつらはロシアの部隊だ。前に何度か一緒に行動したことがあってな・・・まぁほぼ素人相手なら負けることはないだろ。」
静希はそう言ってユーリアを引き連れて歩き出す。何人もの軍人とすれ違う中、ユーリアはとにかく離れないように静希の服の裾を掴んでいた。
見慣れぬ銃を持ったたくさんの男たちがいるという事実がユーリアの警戒心を少し高めていた。
無理もないかもしれない。さらに下の階から激しい銃撃の音が聞こえ始めているのだ、今もなお戦闘が続いているという事実が彼女が安心するには程遠い状況であるということがわかる。
静希は階段を上り、自分たちが宿泊する予定だった部屋に戻ってくると窓を大きく開いた。
一体何をするつもりなのだろうかと不思議そうにしていると、いきなり風がユーリアの髪を揺らし、何かが着地したような音が聞こえて来た。
「お疲れ様。いい仕事してくれたな。」
「いえそれほどでも。」
「力になれて何よりです。」
能力を解除し透明化を解くとその場にアイナとレイシャが立っていた。
窓から入ってくるというのは予想できなかったが身体能力強化をかけているのなら不可能ではない。
二人が無事だったということを知りユーリアは二人に抱き着くと、アイナとレイシャは苦笑しながらユーリアの頭を撫でていた。
静希だけではなく全員が無事だったという事でようやく安心できたのか、ユーリアは表情を緩めながら脱力してしまう。
「ミスター、この建物は直に制圧できるでしょう。この後はどのように致しますか?」
「とりあえず休む。今夜の護衛は部隊の連中にやってもらおう。とりあえず熟睡したい。」
「なるほど、了解しました。今日は休息に徹するのですね。」
自分達だけではなく援軍も到着したのだ。この建物の防衛に関しては彼らにになってもらって自分たちが無理に気を張る必要はない。
作戦行動中とはいえしっかりと休んでおかなくては今後に響いてしまうのである。
「ミスコリントも頑張ったようですね、もう銃を置いても大丈夫ですよ。」
「私達が来たからにはもう安心です。怖がることはありませんよ。」
ユーリアはアイナとレイシャの言葉にようやくこの状況が終わるのだと理解しゆっくりと銃から手を放していた。
今までの緊張感から解放されたせいか、ユーリアはその場に座り込んでしまう。
体に力が入らなくなって立てなくなってしまったユーリアを見てアイナとレイシャは微笑みながら抱き上げてベッドに運ぶ。
十二歳には辛すぎる状況だ、こうなってしまっても不思議はない。
「ミスター、あまりミスコリントに無理をさせてはいけませんよ?」
「無理なことあるか。できると思ったからやらせただけだ。それに事実こいつはやってのけたんだ。むしろやらせてよかっただろ。」
「できるかどうかではなく、やらせるべきか否かという事もあります。ミスコリントにこの状況はまだ早いように思います。」
アイナとレイシャの言葉は確かに正しい。子供がこのような状況を体験することでどのような影響を及ぼすか、それは計り知れないものがある。
これから成長していくにあたって、今この時が大きな転機となっているかもしれないのだ。
子供に悪影響を与えるようなことはさせない方がいいように思えてしまう。
だが静希が言う事もまた正しい。実際ユーリアはできることをした。彼女が望むように彼女自身ができることをしたのだ。やれると思ったからやらせた。それは子供の可能性を信じていたからできたことでもある。
「わ、私は大丈夫だよ?ちょっと力が入らないだけで・・・すぐに元に戻るよ。」
ユーリアは静希をかばおうと何とか体を起こそうとする。上半身を起こすことはできたのだが足に力が入らない。
俗にいう腰が抜けたというやつだろうか、足に力を込めることができず立ち上がることはまだできそうになかった。
静希は自分のために行動してくれている。もちろんアイナとレイシャもそうだ。だが自分の思うように、自分にできることをさせてくれた静希を責めるようなことはしたくなかったのである。
「ほら、その・・・怖かったからさ・・・ちょっと安心しただけで・・・すぐに」
ユーリアがそういいかける中、アイナはユーリアを優しく抱きしめる。背中を軽く叩きながらゆっくりと頭をなでている。
何のことはない、ただ慰められているだけだ。
なのになぜこんなにも安心するのだろうかと、ユーリアは不思議な感覚に包まれていた。
そしていつの間にか涙が流れているのに気付く。今だけはこうしてもいいのだと、そう告げられているかのようにユーリアはそのまま泣き始めてしまっていた。
今までの恐怖や緊張、そして慰められているという状況から涙を抑えることができなかった。
「よく頑張りましたね。本当によく頑張りました。」
アイナに慰められている中、ユーリアは涙を流し続けていた。声をあげることはなかったが泣くのを止めることができずにアイナの服を濡らし続けていた。
ユーリアが泣き続けている中、静希達の部屋が勢いよく開く。扉の向こうから三人程軍人が入ってくるのを見て静希とレイシャは彼らを強く睨んだ。
「ノックもしないとはマナーがなってないな・・・女性もいるんだぞ?」
「あ・・・し、失礼しました。報告をと思いまして・・・」
静希の眼光に三人の軍人はややたじろいでいるようだったが、報告をさせないわけにもいかない。
静希はレイシャに視線を向けると、彼女もその視線の意味を理解したのだろう。自分たちが入ってきた窓を閉め、警戒態勢を作っていた。
それを確認すると静希は三人の軍人を引き連れたまま一度部屋を出て廊下の壁に背を預ける。
「報告を聞こうか。状況は?」
「は・・・当ホテル内の敵性勢力はすべて制圧しました。現在他の部隊とも連携して搬送を開始する予定です。夜明けまでには全員の搬送が完了するかと・・・」
「ホテル内にいた従業員にけがは無し。他の宿泊客に関しても無事が確認されています。」
「我々はミスターイガラシがこのホテルに滞在する間はこのままこのホテルの防衛、及び周囲の警戒に当たる予定です。」
状況をおおよそ理解した静希は小さくため息をつく。近辺の防衛と警戒を行ってくれるというのであれば非常にありがたい。
近くに転がっている男たちの搬送もやってくれるのであれば静希達がこの場でできることはほぼなくなることになる。
今夜はゆっくり休めそうだなと静希は薄く微笑んだ。
「協力に感謝する。俺たちは夜が明けると同時にここを出発する。それまではここの防衛を頼む。今夜はゆっくり休みたい。」
「了解しました。今後の移動先を窺ってもよろしいですか?あらかじめ部隊を動かしておこうと思います。」
「あまり大げさに動かすなよ?動かすのなら慎重にばれないように動かせ。連中の中に目の代わりになってる能力者がいる可能性が高い。」
テロリストの中に能力者がいるというのは軍としても把握していたのだろう。承知していますと警戒を強めながら静希にこれからの移動先を聞いていた。
今後の予定、自分たちが目的とする場所を告げた後、部隊の人間は僅かに動揺しているようだった。
「ミスターイガラシ・・・正気ですか?さすがにそれは危険すぎるのでは・・・」
「このまま動いていてもらちが明かない。なら思うように埒を明けるだけだ。俺らが動けばお前達も動きやすくなるだろう?手柄はくれてやるからとっとと解決してくれ。」
静希達が向かおうとしている場所はユーリアの両親がいる。そしてそこに向かおうとしている意味をこの場にいる部隊の人間は理解しているようだった。
そしてその行動が起こす危険性に関しても、その行動によって得られる優位性に関しても十分に理解していた。
ハイリスクハイリターン、今回の状況を言葉にするのであればこれが最も適切なものだろう。
「ですが万が一があった場合・・・」
「俺がいる以上万が一は無い・・・あったとしても俺が何とかする。お前らは核を回収することだけ考えてろ。あれがある限りいつまで経っても状況は変わらない。」
静希のいう通り、テロリストたちが核を保有しているという状況が変化しない限りは危険な状態が続いてしまうのだ。
そろそろこの状況を終わらせて家に帰りたい。早く家族に顔を見せたい。任務が始まってからもうすぐ一週間経とうとしているのだ。家族がいる身としてはとっとと家に帰ってのんびりしたいところである。
「了解しました・・・そのように伝えておきます。」
「徹底して隠密行動をさせろよ?相手はテロリストだ。ネズミよりも厄介だから注意しろ。」
実際テロリストはどこに誰がいるのかわからないような存在だ。ネズミなどの害獣にも当てはまる。海外ならゴキブリよりもネズミの方がわかりやすいだろうという静希成りの配慮を正しく受け取ったようで部隊の人間はそれぞれ配置に戻っていった。
「戻ったぞ・・・お姫様の様子はどうだ?」
静希が部屋に戻ると、アイナとレイシャが指に人差し指を立てて静かにするように示唆するのがわかる。
ユーリアはベッドに横になって寝息を立てていた。どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。
まさに子供だなと思いながら静希はベッドに腰掛けてその寝顔を眺めていた。
「ミスター、今回のようなことがあった場合、ミスコリントに銃を持たせるべきでは・・・」
「それは俺が決める事じゃない、こいつが決めることだ。こいつが銃を持ちたいと思ったなら俺に止める権利はない。」
「・・・ですが・・・この様子では・・・」
先程まで泣いていたユーリアを見てアイナとレイシャは複雑そうな顔をしていた。
今まで気丈に振る舞ってはいたが、やはり彼女はただの少女なのだ。こんな危険な状況に巻き込まれて平気なはずがない。
先程の戦闘で今まで溜めこんでいたものが一気に噴き出したのだろう。
能力を持っていようと、たとえこの事件の鍵だとしても、彼女は何の変哲もないただの幼い子供なのだ。
そんな彼女に銃を持たせるという事は、アイナとレイシャは間違っているようにしか思えなかった。
「お前達は十歳の頃から・・・いやもっと前からこういう状況を目にしてきただろう?こいつは十二歳だ。あの時のお前達よりは年上だぞ?」
「私達は例えになりません。平穏を知らずに育った私たちは事情が特殊すぎます。」
「彼女は普通の少女なのですよ?私たちはボスへの恩返しのために精いっぱい努力しました・・・ですが彼女は・・・」
アイナとレイシャの生い立ちは静希も知っている。
能力者が迫害される地域で育ち、奴隷同然に扱われていた二人は彼女たちのボスであるエドモンド・パークスによって救われ、一般教養に加え特殊な訓練なども課されてきた。
それを乗り越えられたのは偏にエドへの恩であり感謝であった。
自分達を助けてくれたエドに恩返しがしたい。エドの力になりたい。その一心で今まで努力を重ねてきたのだ。
奴隷時代の過酷な毎日に比べれば訓練も苦しいということはなかった。むしろ新しいことを知ることができる。どんどん技術を身に着けることができることに喜びさえ感じていたのだ。
だがこの少女は、ユーリア・コリントは違う。
平凡な日常を生き、苦しいことや悲しいこともほとんど経験したことはなかっただろう。あったとしてもそれらは大したことではない。
このような過酷な状況に放り投げられ、平気でいられるはずがないのだ。
苦しいことを一度でも体験すれば、それを糧として次の苦難に立ち向かえる。だがユーリアには圧倒的にそれが欠けている。
それだけその精神にかかる負荷は大きいものになっているだろう。なにせこれだけのことに巻き込まれたのは彼女にとって初めての経験なのだから。
「それを言うならこいつだって両親を助けたいって感情があるだろうさ。だから俺たちはこうして移動し続けてる。」
「・・・それはそうですが・・・」
「ですが・・・彼女の両親は・・・」
アイナとレイシャの言葉に静希はわかってるさと告げた後で小さくため息をつく。
彼女たちが言わんとしていることは静希も十分理解できる。理解しているからこそ自分が知り得るすべてを伝え、なおかつユーリアに選択させようとしているのだ。
最終的な決定権は当人になければいけない。どのような選択をするのかはすべて彼女にかかっているのだ。
「だからこそだ。俺は最後までこいつに選ばせる。こいつの事はこいつ自身に選ばせる。そうしないとこいつが不憫だ。」
「・・・ですが・・・」
「・・・それでも・・・酷ではないでしょうか・・・」
アイナとレイシャが言いたいことはわかる。何もすべて選択権を与えられることが幸せとは限らないのだ。
時には強引に話を進めることが当人のためになることもある。
知らなくてもよいことだってあるように、決めなくてもよいことだってある。静希だってその程度は理解していた。
だがそれでも、静希は自分自身で選ぶべきだと思ったのだ。
「仮にお前達がこいつの立場だったら、どうするのが一番だと思う?」
自分だったら、自分がユーリアの立場だったらどうするか。その言葉にアイナとレイシャは悩み始めてしまう。
平穏に暮らしていたと思ったら唐突に危険にさらされる。不条理や理不尽に晒され続ける中どうするべきか。アイナとレイシャの中では自問自答が繰り返されていた。
「・・・それは・・・自分で決めたいと思うかもしれませんが・・・」
「ですが真実を知ったら・・・正直・・・どうなるかわかりません・・・どう判断すればいいのか。」
「それじゃダメなんだ。わからないままじゃダメなんだ。自分で考えて自分で答えを出さなきゃ、結局何も得られない。」
自分で考え、自分で決める。
当然のことで当たり前の事と思われるかもしれない。だがそれは今回に関していえば正しいとも間違っているともいえる。
だが静希はそれを彼女に求め続けた。そしてこれからも求め続ける。
その結果たとえ彼女にとって最悪の未来が待っていたとしても。
その日静希達は久しぶりの安眠を得ることができていた。
周囲に展開した部隊のおかげで安全は確保されている。いくら数人が高い能力を有していたところで集団の力には敵わないといういい見本である。
瞬間的な火力や戦闘能力ではまず間違いなく静希の能力は重宝するだろう。だが結局のところそれは長期戦に弱いのである。
特に今回のような長期にわたり広範囲を行動し、なおかついつ敵が襲ってくるかわからないような状況では例え静希が強力な戦闘能力を有していたとしても活動限界がやってきてしまう。
無論静希がその気になれば大陸一つ潰すこともできるだろう。だがそれをすれば静希は世界の敵になる。それは可能な限り避けなければならない。
人間一人にできる事は必ず限界がある。それがどんなに天才だろうと、どれだけ強い力を持っていようと、一人の人間である以上限界は必ずある。
だからこそ複数の人間と行動を共にするのだ。
今回静希達が休むことができるのはこうして他の部隊の人間がしっかりと見はってくれているからでもある。
そして夜明けの少し前、静希、アイナ、レイシャの三人は目を覚ましていた。
しっかりと眠ることができたのは何時振りだろうか、軽く伸びをした後未だ寝ているユーリアを見て小さくため息をつく。
さすがにこの時間に起こすのは忍びない。そう思いながらとっとと支度を整えることにする。
ユーリアを抱えて外に出ると、そこには二人の人間が扉を守っていた。
夜の間しっかりとこの場を守ってくれていたのである。
「ミスターイガラシ、もう出発されるのですか?」
「あぁ、さっさと動いた方が向こうに到着するのも早くなるからな。見張り助かった。おかげでしっかり休めたよ。」
「いえ、我々にできることはこれくらいですので。」
静希の感謝の言葉に二人は微笑みながら敬礼して見せた。
静希に感謝されるというのは悪い気はしないのだろう。二人とも嬉しそうにしていた。
「そうそう、それとミスターイガラシとお二方にお届け物があります。」
「俺に?爆発物じゃないだろうな?」
「一応チェックしましたが、どうやら装備の様でして。」
装備
そう聞いて静希はアイナとレイシャを引き連れてその装備とやらが置いてある場所にやってきた。
軍の装備の中に混じって大型のアタッシュケースが三つ。それぞれの装備が入っていることは誰の目にも明らかだった。
そして静希達の宿泊していた建物の前には自分たちが乗ってきたのとうり二つな車が複数用意されていた。
恐らくどれに乗ったのかわからないようにするための配慮だろう。
こういう仕事をさせるという事は自分たちがやろうとしている事柄を理解しているうえでの支援だろう。
こういうのも本当にありがたかった。
「これは・・・もしやミセスヒビキからのでしょうか・・・?」
「だろうな、俺の装備を作れるのなんてこの世に三人くらいしかいないからな。ご丁寧に手紙まではいってるよ・・・」
「ほほう・・・なんと書かれているのですか?」
静希宛と思われる大きなアタッシュケースの中身を確認すると、その中には一通の手紙が同封されていた。
その筆跡からそれを書いた人物は静希のよく知る人物であることがわかる。
「えっと・・・アイナ宛は・・・『うちのバカが迷惑かけるかもしれないけど助けてやってね、装備の微調整と機能を一つ付け足しておいたから確認して』だってさ、説明書が中にあるっぽい。」
アイナがそれを聞いて自分の荷物を確認すると、アタッシュケースの中に装備の説明書がしっかりと添付されていた。
なんというかこういうところに頭が回るあたりさすがというべきだろうか。
「レイシャには・・・『もし何かあったらそいつを捨てて自分の身を守るのよ、装備の素材をいくつか改めておいたからチェックして』だってさ。」
「ほほう・・・それはそれは・・・」
アイナと同様にレイシャも自分の新しい装備を眺めている中、静希は自分あてに書かれた手紙を手に取っていた。
『静希へ。とりあえずまだ時間はかかるだろうけどさっさと終わらせてきなさい。明利と雪奈さんが寂しがってたわ。あんたの事だからまた面倒なことやらかすつもりなんでしょうけどたまには自重しなさい。今回はあんただけじゃなくてあんたが守らなきゃいけない女の子の将来もかかってるんだからね。その子に無理させないように、しっかり仕事して帰ってくること。 響鏡花より。』
手紙の内容を確認して静希は苦笑してしまう。
さすが我らが元班長、自分の考えはほとんど読まれている。よもやこの状況をどこかで見ているのではないかと思えてしまうほどである。
妊娠してる身でこんなものを作るあたり、もしかしたら考えていたより元気なのだろうかと思えてしまう。
静希はアタッシュケースに入っていた自分の装備を確認しながら手紙をポケットの中にしまい込んだ。
相変わらずいい仕事するなと思いながら。




