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J/53  作者: 池金啓太
番外編「現に残る願いの欠片」

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その指にかかる力

静希達がホテルに入ってから数時間後、静希達は警戒を強めていた。


何故かと言えば、予想通りホテルの部屋の周囲が囲まれ始めているからである。


安いホテルを利用したこと、いやそれ以前に街に入って一泊しようとした時点でこうなることはわかっていたが、こう早くも相手が動いてくるあたりやはり自分たちはどこかで捕捉されていたということになる。


「さて・・・どうしたもんかな・・・」


「相手の数は不明・・・ここから脱出するには車まで移動しなければいけませんね。」


「約三百メートル程ですか・・・駆け抜けようと思えば十分可能な距離ですが・・・」


ホテルのそばに車があると破壊されかねないという事を警戒して一応車は少し離れた場所においておいたのだが、どうなっているかは正直わかったものではない。


以前立ち寄った街よりも小さい故に車を売っているような場所もなく、静希達が脱出するにはどこかしらで車を入手するか、その車の場所まで移動しなければいけないだろう。


とはいえ既に囲まれている状況だ。そう易々といかないのは十分理解できる。


「いっそのこと明るくなるまでこの街に留まるか・・・他の部隊に連絡して後片付けだけはしてもらう感じで。」


「え・・・まさか真っ向正面から戦うのですか?」


「それは・・・さすがに・・・」


アイナとレイシャはちらりとユーリアの方に視線を向ける。


彼女を守りながら戦わなければいけない状況で大勢の人間を敵にするのははっきり言って分が悪い。相手は銃を持っているうえに数も自分達より圧倒的に多いのだ。まともにやりあえば勝ち目はないだろう。


もっとも静希がまともにやりあうなどという愚行を犯すはずもないが。


「とりあえずユーリア、お前にはこれを持たせておく。」


「なにこれ・・・トランプ?」


ユーリアが静希に渡されたのは一枚のトランプだった。スペードの三のカードで特に何の変哲もないように見える。


「お守り代わりだ。お前のことを守ってくれる、肌身離さず持ってろ。」


「・・・うん・・・わかった。」


ペンダントならまだわかるのだが紙切れ一枚でいったい何を守れるのだろうかとユーリアは眉をひそめていた。


だが静希が渡してきたという事は何かしら意味があるのだろう。ユーリアはとりあえず服のポケットの中にトランプを忍ばせておくことにした。


「ミスター、まさか本当に徹底的に殲滅するおつもりですか?」


「街中で死者を出すのはさすがにまずいのでは。」


「殺しはしないよ、そんな面倒なことはしない。ただ全員行動不能になってもらおうか。銃を持ってるんだ。一応正当防衛だろ?」


そう言いながら笑う静希の顔は、今まで見たことがない程に楽しそうな表情だった。


悪いことを考えている人間はきっとこういう顔をするのだろうなと、ユーリアは心の底から思う。


この人は本当に自分の味方なのだろうかと思えてしまうほどだ。英雄などと言われていたがこれではむしろ悪人のように見えてしまう。


本当に人を殺さないか少し心配なほどである。


「あまり派手に暴れるのは許容できません。物品を破壊したらその分面倒なことになりますから。」


「それもそうだな・・・それじゃあちょっと頑張って肉弾戦するか。」


静希は腰から数本の棒のようなものを取り出して組み立て始める。それが槍であるということに気付くのに時間はかからなかった。


さらにいったいどこから取り出したのか、いつの間にかシンプルな剣をその手に握っていた。


バスタードソードと呼ばれる種類の剣であると気づくのに時間はかからなかったが、今まで一体それをどこに持っていたのかという疑問は尽きない。


「し・・・シズキは銃は使わないの?剣に槍って・・・」


「銃も使うけどな、今はいらないだろ。屋内戦じゃこっちの方がいい。槍に関しては使い方は注意しなきゃいけないけど。」


屋内において振り回すことが困難な槍は扱いに気を付けなければかえって邪魔になる。そのことは静希もよく理解しているのだろう。


右手に剣を、左手に槍を持った状態で静希は軽く槍を振り回して見せる。


武術などの動画などで見たことがある素早い駆動を見せると、静希はアイナとレイシャの方を見て小さく笑う。


「それじゃあユーリアの護衛は任せたぞ。ちょっと蹴散らしてくる。」


「かしこまりました。お任せください。」


「さぁミスコリント、これを着てください。」


アイナに渡された外套のようなものを羽織ると、その服がただの衣服ではないという事はすぐに理解できた。


なにせ妙に重いのである。


肌触りも良いものではなく、妙にざらざらしている。


恐らくは防刃、あるいは防弾の機能が備わっているものだろう。こんなものを着ることになるとは思っていなかっただけにユーリアは今の状況を徐々にではあるが正確に把握しつつあった。


「あの・・・シズキは大丈夫なの・・・?あんな剣と槍じゃ・・・」


「問題ありません。少なくともミスターがただの無能力者相手に後れを取ることなどあり得ません。」


「能力者ならまだしも、ただの武器を持った人間なら相手にすらなりません。」


アイナとレイシャの言葉を体現するかのように、静希は自分たちの周囲を囲んでいる人間達を打倒し続けていた。


レイシャによる身体能力強化を受けた後、壁や天井などを足場に縦横無尽に跳躍しながら徹底的に相手の四肢を攻撃し行動不能状態にしている。


人間の行動はそのほとんどに手と足を必要とする。それぞれが使えなくなってしまえば攻撃も逃走もできなくなってしまうという事である。


無論切断したら失血死してしまう可能性を考え、骨を折ったり刃で突き刺したりと最低限の攻撃に留めているようだった。


「やっぱりいいな身体能力強化は・・・俺もこういう能力の方がよかった・・・」


自分の能力とは違う利便性を実感しながら静希は自分を発見して発砲してくる無能力者の一団に目を向ける。


剣と槍で銃弾を弾きながら一度壁に身を隠すと、一呼吸おいてから一気に飛び出し無能力者たちを攻撃していく。


相手が照準を向けるよりも早く移動して襲い掛かり武器を奪い取って相手の手足をそれぞれ撃ち抜いていくと静希はすぐに次の場所へと移動する。


相手の武器を奪って自分がそれを利用する。継戦能力に長けた戦い方だった。


相手が銃しか使ってこないのは静希にとっても幸いだったかもしれない。


銃は基本的にこの距離であればほぼ直進しかしない。周囲の壁なども木でできているために跳弾の心配もない。


その為相手が構えている場所から少しずれれば避けることは容易なのである。


さらに言えばもう何度も銃の相手をしてきたために銃弾を弾くくらいのことは静希には簡単だった。


何度か練習したこともあるために、相手が逃げ場がないほどの密度で射撃をしてきても強引に回避することはできる。


そして今までの戦闘から静希は相手の実力を大まかながら把握していた。


銃の使い方、そしてその撃ち方、さらに言えば連携などの方法からして素人に毛が生えた程度の実力しかないのだ。


普通、戦闘などを想定して訓練したものならわざわざ体を晒して射撃するなどというバカなことはしない。


たいていが反撃されることを恐れて身を隠せる場所を近くにおいておくものだ。


さらに言えば先程から射線というものをほとんど考えていない。味方がそこを通る可能性があるのにそれを無視して撃ちまくる。フレンドリーファイアしていないのが不思議なくらいのグダグダさだ。見ていて腹が立ってくるほどに。


だがその雑さが今静希にとってはありがたかった。


つまり相手のテロリストの中でまともな戦闘ができるのは恐らく数人、あるいは数個小隊ほどしかいないのだろう。


軍の施設から装備を奪取できるという事はそれなりに訓練を積んだものがいるはずだ。だがこうして静希達が訪れたホテルに集められたのは有象無象のほぼ素人集団。恐らくは急に集められるものはこれくらいしかいなかったのだろう。


つまりテロリストの精鋭とでもいえばいいだろうか、精鋭部隊はテロリストの本拠地、あるいは核兵器の防衛に当たっているということになる。


逆に言えばそれ以外はまともに訓練もされていないただの一般人に等しい存在という事である。


数がどれくらい確認されているかは不明だが、主要人物の数は少なく、敵となりそうな存在も少ないということがわかっただけでも十分だった。


これで全員が全員訓練された武装集団だったらそれはそれで厄介だっただろうが、今はこの状況に感謝している。


どういう理由でテロに参加しているのかは知らないが、恐らくはその思想にかられたただの若者といったところだろうか。


はっきり言って考えなしのバカはあまり好きな部類ではないが、一応未来ある人間だ。殺すのは憚られる。


手加減するのも楽じゃないんだがなと静希は自分に向けて銃を放とうとしている男たちを確認すると物陰に隠れる。


するとちょうど静希のいた廊下の反対側から別の男たちが現れ銃弾が直撃する。


悲鳴が聞こえる中、静希はため息をついていた。


互いに連絡を取って誤射しないようにするのが屋内戦での基本だ。遮蔽物の多い空間では味方がどの場所にいるのかを正確に把握していないとフレンドリーファイアの危険が高まる。


現に味方との通信を密に行っていなかったせいで男たちは見事に同士討ちしてしまったわけだ。


もはやあきれてものも言えない状況である。


このまま相手に射撃を許していたら同士討ちで死者が出かねないなと静希はため息を吐いた後で飛び出す。


何故自分たちを殺そうとしている奴らの命の心配をしなければいけないんだと怒りを通り越して呆れさえ覚えるが、何もこんなところで死者を出す必要もないと思ったのだ。


何より自分が護衛しているあの少女に死体を見せるわけにはいかない。


こちらに銃を向けるよりも早く急接近しながら槍で銃を弾き剣でその肩口を切り裂く。


そのまま男の片腕を捻りあげて盾にしながら他の男との距離をゼロにしてから再び同じことを繰り返す。


これじゃまるで弱い者いじめをしているみたいだと静希はほんのわずかに罪悪感を抱えてしまっていた。


この男たちがわずかに不憫に見えたのは間違いない。これだけの数をそろえていながら静希にかすり傷一つ付けられないのだから。




そんな中アイナとレイシャに連れられてユーリアも行動を開始していた。静希が倒していった男たちを横目に見ながら静希の向かっていった方角へと移動していく。


あの部屋にいたらどこから敵がやってくるかわからないのだ。幸いにして静希が暴れまわっているおかげで銃声で場所は大まかにではあるが理解できる。


「すごい銃声・・・大丈夫かな・・・」


「問題ありません、ミスターはそこまで軟ではありませんから。」


「それよりもこちらの方が問題です。ミスターの殲滅速度に追いつけるかどうか。」


静希が戦ってクリアリングした道を徹底的に移動する。簡単なことだがそれはそれで難しかった。


なにせ静希はかなり早く移動し続けているのだ。自らの身体能力が強化されているというのもあるが、相手がただの無能力者という事もあって徹底して行動できないように手足を潰しているように見える。


万が一にも動ける人間がいないようにするつもりのようだった。


何とか動こうと這いずっている者もいるが、アイナとレイシャは彼らを踏みつけるような形で追い打ちをしていく。


「あれ・・・大丈夫なの・・・?死んでないよね?」


「あの程度の負傷であれば十時間ほどは放置しても問題ありません。この銃声が聞こえたことで警察や消防も動くことでしょう。」


「恐らくはそれに呼応して軍も動くと思われます。今夜はぐっすり眠れるかもしれませんね。」


周りの男たちの心配よりも自分の睡眠の方が優先されるという風に聞こえてしまうが、実際こんな状況ではまともに寝ることはできないだろう。


屋内で負傷した男たちが呻きながら寝ているのだ。こんな状況でのんきに寝られるほどユーリアは神経が図太くない。


「私達を捕まえるためだけにこんなにたくさん・・・」


「三人から五人の編隊を組んでの行動・・・すでに十八人は行動不能ですか。」


「この程度であれば問題ありません。むしろ少ないくらいです。恐らくこの場所はそこまで待機していなかったのでしょうか。」


ユーリアを探すためにかなり広い範囲に構成員を配置しているために、それぞれの街に警戒レベルのようなものが設定されているのだろう。


大きく、鉄道や空港などそれぞれの交通機関が通っているような場所は非常に強く警戒され、いま彼女たちがいるような場所はそこまで警戒されていないのだろう。


だからこそ襲い掛かる人間の数も少なく、対処がしやすくなっているのだとアイナとレイシャは判断していた。


「それにしても随分と雑な装備ですね・・・拳銃に・・・自動小銃・・・いえこれらはどれも粗悪品の様ですね・・・」


「装備もまともにそろえていないところを見ると、彼らは末端・・・それもまともな訓練をしていない部類ですか。これは予想していませんでしたね。」


近くに倒れている男の様子と装備を確認してからアイナとレイシャは小さくため息をついていた。


ユーリアが男の姿を見てみても、防弾チョッキに拳銃、そしてその予備弾倉をホルダーに入れてあるのが見えるくらいだ。そこまでひどい恰好とは思えなかった。


「これって結構装備してるんじゃないの?ちゃんと防具とかつけてるし。」


一般人の目から見ればしっかり装備している部類になるのかもしれないが、アイナとレイシャからの視点で見るとこれは一般人ががんばって戦おうとした程度のものでしかなかった。


少なくともテロリストがする格好ではないように思える。


「夜間に襲撃をかけるのであれば、自らの恰好は暗闇に紛れることができる黒、つまりは保護色をしていることが好ましいです。」


「さらに言えば暗視ゴーグルなど、暗闇においてもしっかりと見えるような道具を用意し、銃だけではなく相手を無力化するフラッシュバンなども用意しておきたいところです。明らかに彼らは装備不足。急造の部隊という事ですね。」


静希とは違う観点から彼らがほぼ素人同然であるという事を理解しつつあるアイナとレイシャは進路を入念にクリアリングしていきながら先に進んでいた。


静希が徹底して敵を倒してくれているおかげで自分たちはユーリアを守る仕事に専念できる。


「じゃあこの人達はその・・・ほぼ一般人ってこと?」


「テロに加担している時点でテロリストです。すでに一般人ではありません。」


「軍人や我々のような訓練を受けていないという事です。少なくとも我々の敵ではありません。」


アイナとレイシャが自分を囲み守ってくれている中で、銃声は激しくなっている。


どこかで静希が戦っているのだろう、ふと心配になってユーリアは周囲を見渡していた。


「シズキ・・・大丈夫かな?今どこにいるんだろ・・・」


「我々がこうして話していられるという事はそれほど遠くへは行っていないと思われます。」


「恐らくは階下、もしかしたら隣の通路かも知れませんね。」

こうして話していられる。


つまり今までの会話はすべて能力的なものによって行われていたという事である。


考えてみれば当然の話かもしれない。自分は母国語以外は全くできないのに別の言語を理解できてしまっているのだから。


静希が離れることによって会話ができなくなるかもしれないという事は、少なくとも静希が原因で会話が可能になるという事だろう。


後で聞いてみようかと思いながらアイナとレイシャに守られながらユーリアは廊下を進んでいた。


移動を始めてから数分経つと、いつの間にか屋内に響いていた銃声は聞こえなくなっていた。


先程までけたたましく屋内に響き渡っていた発砲音と悲鳴はなりを潜め、夜にふさわしい静寂が訪れつつある。


「・・・音が・・・」


「静かに・・・何か来ます・・・」


静寂の中で聞こえる足音に、アイナとレイシャはそれぞれ反応していた。


何者かが近づいてきている。それを把握した二人は瞬時に臨戦態勢に入りつつあった。


アイナとレイシャはユーリアを抱えて壁を盾にするような形で通路をのぞき込む。


そこには剣と槍を持った一人の男の姿があった。


「お、ここにいたか。無事で何よりだ。」


そこにいたのは静希だった。返り血を浴びることもなく無傷の状態でこちらへと歩いてきている。


「ミスターでしたか・・・安心しました。」


「屋内の殲滅は完了したのでしょうか?」


「あぁ、まだ外に何人かいるみたいだけどな。それはまたあとでやる。とりあえずこの中の敵は全部倒してきた。」


一人ですべての敵を倒してきたという事実にユーリアは驚いているが、それくらいの事は能力者ならできて当然なのかもしれない。


自分はまだ一人前能力者というわけではなく、能力が使えるだけなのだ。できないことでも彼らには簡単にできるという事が少しだけうらやましかった。


「レイシャ、強化助かった。やっぱり体が速く動くってのは楽なもんだな。」


「お褒めに預かり光栄です。ミスターの場合技術もありますからなおさらそう感じるのでしょう。」


身体能力強化がかかった人間は、本来の人間とは一線を画する動きが可能になる。それこそまるで忍者のように行動することも可能だろう。


思えば静希は日本の人間だ。もしかしたら忍者的な技も何か使えるかもしれないとユーリアは目を輝かせていた。


「武器などはいかがいたしますか?破壊しておいた方が・・・」


「いやこのままにしておく。粗悪品とはいえこれだけの数だ、仕入れるにはかなり金が動いてるはず。他の部隊に預けて出所を洗わせよう。うまくいけば本丸の位置も割り出せるかもしれないしな。」


銃というのは基本かなり厳重に売買されるのがほとんどだ。軍や警察などではそれこそ直接の取引先があるほどで、これだけの数を手に入れるにはそれなりの手段を講じなければならないだろう。


武器を売るにも金は必要だ。特にその量が多ければ多い程出所を探るのは容易になってくる。


銃の登録番号もそうだが、これだけの数を所持しているという事はそれなりに弾の補給経路も確保していると思われる。


この場にいる全員が生きている状態なのだ。全員に確認すればこの近辺での活動拠点は見つけられるだろう。


後は表にいるものを倒すだけである。


「ミスター・・・相手に能力者は・・・」


「いなかった・・・というよりこいつらが強い能力者を味方にするのはほぼ無理だろうな。」


「それは何故です?すでにわれわれは捕捉されていました、能力者が見ていると考えたほうが・・・」


レイシャの言う通り、自分たちは変装をしているのにもかかわらず捕捉された。という事は能力者が何かしらの手段を用いてこちらを確認しているとしか思えない。


だが静希は強力な能力者の支援は無いという。それは何故だろうか。


「考えてもみろ、このテロリストは世界各国の連合軍相手にケンカ売ってるんだぞ。しかも反能力者団体だ。自分たちが扱えもしない手駒を身内に入れると思うか?」


「・・・なるほど、反旗を翻される可能性があるなら・・・元から戦闘員としての起用はしていないという事ですか。」


「索敵のみに能力者を雇い、それ以外の武力的な行動は自分達のみ・・・なるほど、あり得る話です。」


反能力者団体を詠うのであれば表立って能力者を起用するのは避けたいはずだ。さらに言えば軍が大手を切って動いている中で金で雇える能力者が裏切る可能性だって十分にあり得る。


手土産を持って軍に駆けこめば手切れ金だけでも十分以上のものになるだろう。


組織の中に裏切りの因子を含むわけにはいかない。つまり個人で強い能力を有している存在を置いておくことはテロリストたちにとっても非常に危険なことなのだ。


特に相手は今、核兵器とユーリアという二つの存在があってこそその形を保てている。


この二つが消滅すれば、確実に瓦解することになるだろう。


索敵系の能力者は幸か不幸か戦闘能力はそこまで高くない。そう言う能力者なら最低限利用しておけばいい。


他の戦闘要員はいくらでも数で補える。まさに無能力者の考えそうなことである。


もっとも、テロリストという事もあって基本数でも劣っているだろうが、そのあたりは一般人に紛れる形でどうとでもなると思っているのだろう。


事実部隊の人間はテロリストの本拠地を未だ発見できずにいる。


こういう時に一般人に紛れられると本当に厄介だ。もし町の中にいるとわかっても無関係な人間を装って逃げ出すこともできてしまうのだから。


自分達がまるで害虫を相手にしているような気分になるのは、恐らく間違いではないだろう。テロリストというのは基本そう言う種類の人間なのだ。


「ミスター、この後はいかがいたしますか?」


「何とかして他の部隊と連絡をつけよう。それまではこいつらの相手だ。」


外にもまだ結構いるしなと静希は吐き捨てながら軽くストレッチし移動を開始していた。


内部に侵入した敵性勢力はほぼ制圧した。あとは外にいる連中を排除すればいいだけである。


他の部隊と連絡をつけ、この街の安全を確保してからしっかり休んでおきたい。


特にここ数日まともな睡眠をとれていないのだ。そろそろしっかり熟睡しておきたいところである。


「アイナ、レイシャ、お前達で外部に連絡をとれるようにしてくれ。ここに連中が集まってるってことを知れば動いてくれるだろ。」


「了解しました。ミスターとミスコリントだけで大丈夫ですか?」


「さすがに二人だけというのは・・・」


アイナの能力の性質上単独行動で発見される確率は限りなく低い。


そもそもにおいて透明になってしまうために見ることができないのだ。暗闇に紛れるのではなく本当に透明になる。視覚情報に頼る人間ではほぼ把握することは難しいだろう。


それを利用してアイナは今まで街で単独行動をすることが多かったが、何故今回はレイシャも一緒に連れていくのだろうか。


「もうここの安全は確保したから後は俺に任せてくれていい。可能な限り早く他の連中と連絡をつけろ。それまでこいつのお守りは引き受ける。」


お守りと言われてユーリアは若干不満そうにするが、事実自分は静希達に守られているのだ、反論することなどできるはずもない。


アイナとレイシャも反論はないのか頷いた後でフルフェイスのヘルメットを装着しアイナの能力を発動した。


その場から完全に消えたのを見計らって静希はとりあえず今後について軽く話しておくことにした。


「リア、お前は俺から離れるな。たぶんこれから数人、確認のために入ってくるだろうけど、落ち着いて対処するんだ。いいな?」


「うん・・・わかった。」


銃声が聞こえなくなったことから内部を制圧したか、あるいは全員やられたかの二択に考えが向くはずだ。近くに倒れている男たちは無線の類を所有していなかった。


恐らく携帯などでやり取りをしていたのだろうが、今のところ近くにいる男たちの所有物からそれらしき反応はない。


あらかじめ合図を決めているとしても、確認くらいはするはずだ。


また戦闘が起きる。しかも今回は自分と静希しかいないという事でユーリアは能力を発動し、右手に拳銃を作り出していた。


「・・・使うつもりか?」


「・・・ううん・・・極力使わない・・・でももしシズキが危なくなったら・・・援護する。」


まだ動く的に対して満足に当てられるような技術は無いが、牽制射撃くらいはできるはずだとユーリアは意気込んでいた。


もちろん当てるつもりで撃つつもりはない。あくまで相手の注意をこちらに向けることができればいいのだ。


一瞬でも相手の意識を自分の方に向けることができれば、静希はその隙に状況をひっくり返すことができるだろう。


「なら、援護射撃期待してるぞ。まぁお前に引き金を引かせないのが俺の仕事だろうけどな。」


静希はユーリアの頭を撫でながら笑って見せる。


少しでも安心させようとしてくれているのだろう。実際銃を複製して構えようとした時点でユーリアの体は緊張に包まれてしまっている。


今銃を使ったら一体どのような結果を生むかわかったものではない。


当然と言えば当然だ、訓練と実戦は明らかにその空気が違う。


生き死にではないただの的を狙う訓練と違い、実戦では的の代わりに人間がいて、もし当たり所が悪ければ殺してしまう事だってあり得るのだ。


まだ十二歳の少女には、明らかに早すぎる。静希だって実戦を初めて知ったのは十五の時だったのだ。


「シズキ・・・確実に相手を殺さない方法ってある?」


「・・・簡単なこった。撃たなければいい。」


「そう言う事じゃなくて・・・」


確かに静希のいう通り撃たなければ誰も死ぬことはないだろう。少なくともユーリアが人を殺すという可能性は確実に消える。


だがそれではだめだ、守られているだけではだめなのだ。


自分にできることをすると決めた、だからこそ今こうして銃を手にしている。


だが人は殺したくない。一見するとただの臆病に見えるかもしれないが、人を殺したいなどと思ったことはないのだ。


それがたとえ自分の本意でなかろうと、誰かを殺すようなことはしたくなかった。


「・・・ならそうだな・・・相手の下半身にだけ当てるようにしろ。上半身には絶対に当てるな。それができれば相手はまずお前の弾丸じゃ死なない。」


「・・・下半身・・・」


人間の体の中で最も当てやすいのは胴体部分だ。だが胴体部分には多くの臓器が集中している。人間にとって損壊すれば大きな障害をもたらすことになる。


それに引き換え下半身は比較的必要不可欠な臓器というものは少ない。少なくとも腰から下の部位に当てればまず死ぬことはないだろう。


「お前がもってるその銃の威力はかなり低い。人間相手でも貫通することすら難しい銃だ。下半身・・・具体的には腰から下、可能なら足を狙えば相手が死ぬことはあり得ない。」


「腰から下・・・足・・・」


胴体が最も狙いやすく、その逆に手足などの部位はそれだけ狙うのが難しい。止まっている的にようやく当てられるような腕前のユーリアにそこまでの射撃精度を求めることそのものが間違っているというのは静希は十分に理解している。


だがユーリアが殺したくないと言ったのだ。ならばその方法を教えるだけの事である。


「狙う場所を考えるよりも相手を殺さないことを重視するなら、銃じゃなくナイフで牽制するってのも手だ。お前に渡したナイフは投擲用。小さく投げやすい代わりに威力は低い。どこに当たってもまず死ぬことはないだろ。」


さすがに頸動脈に直撃したらどうなるかわからんけどなと付け足しながら静希は自身の武器を軽く振り回して見せた。


槍と剣。どちらもかなり使い慣れているのだろう、それらを扱う手はユーリアが武器を扱うそれに比べるまでもなかった。


経験の差を見せつけられているかのようだ。だがそれでいい。自分はまだひよっこ以下だ。それを自覚しているからこそ慎重な行動をとることができる。


自分は弱い、そんな自分を相手は狙って襲いに来る。殺すようなことはしないだろうけど、それ以外なら何でもできるかもしれない。


相手に何もさせないためには、静希の無事が大前提だ。自分の近くに静希がいれば、静希が守ってくれる。


だから静希は自分を、自分は静希を守ればいい。そう思ったのだ。


もっとも、静希が自分のような弱い人間に守られるような存在ではないのは重々承知している。


でもそれでも、できることをしたかった。


「狙う時はそうだな・・・股間よりやや下を狙うようにするといい。そうすると多少ずれても致命傷にはならないからな。」


「・・・もし股間に直撃しちゃったら・・・?」


「・・・まぁそれはそれで仕方がない。相手はテロリストだ。そうなったとしても自業自得だな。」


股間に弾やナイフが命中した場合どうなるか、ユーリアは想像することができなかった。


そもそも男性の恥部に対してあまり知識があるわけではないのだ。


学校の授業で最低限のことは習っている。そこが子供を作るために必要な器官だという事も知っているし、そこを攻撃されると非常に痛いという事も知っている。


だがユーリアは女だ、その痛みを理解できないのである。


実際学校などで喧嘩が起きた際、股間を蹴りあげられた男子がうずくまって動けなくなっているのを何度か見たことがある。


完全に動きを止めてしまうほどの痛みだ。そこを銃やナイフが直撃したら一体どうなってしまうのか。想像したくもない。


「・・・ちなみにシズキ・・・股間に当たったら痛いよね?」


「あぁ痛いぞ・・・ものすごく痛い。」


「どれくらい痛い?」


「・・・死ぬんじゃないかってくらい痛い。」


真面目な顔と声でそう言う静希に、ユーリアは眉をひそめてしまっていた。


本当にそんなに痛いのだろうか、今まで自分はそんなことを味わったことがないためにわからない。


もしかしたら痛みでショック死なんてこともあるかもしれない。


「痛くて死んじゃうとかないよね?」


「・・・痛みで気絶するってのは何度か見たことあるけど・・・痛みで死ぬっていうのはちょっと聞いたことないな・・・」


痛みで気絶するのを見たことがあるというのもどうかと思ったが、今のところ痛みで死ぬというのは経験したことがないようだった。


例え股間が爆散しようと生きていられるという事であるならユーリアとしても多少気が楽になる。


もっとも、それでもまだ体の震えは収まらないが。


「緊張してるか?」


「・・・うん・・・してるし・・・怖い・・・」


「そうか、それでいい。その怖いって感情は大事だ。」


怖いという感情が大事。その言葉の意味をユーリアはよく理解できなかった。


恐怖というのは根源的なものだ。生き死にもそうだが、自らの願いや希望に対する対義語のようなものである。


恐怖を覚えるからこそ人間はそれを避けようとする。恐怖の感覚がマヒしたものほど、危険に身をさらしてしまうのである。


だからこそこの少女が恐怖を感じているのは間違っていない。


怖いと思う事は何も悪いことではない。むしろいいことなのだ。


静希がユーリアの頭を撫で落ち着かせていると、二人の耳に扉を開けるような激しい音が聞こえてくる。


随分荒々しく扉を開けたのだろう、この場にいる二人の耳に届くほどの音が聞こえていた。


「来たな・・・深呼吸して呼吸を整えろ。震えは自分で止めろ。援護するタイミングも自分で決めろ。お前が守ることはたった一つだけだ。」


「し、シズキから離れないこと!」


「オーケーだ。それじゃ行くぞ。」


ユーリアは静希に続き、移動を開始した。静希から二メートルと離れていない場所を常に意識しながら静希の背中を見守るようにその背を追っていた。


移動を開始する中、静希はすでに相手の位置を掴んでいた。


自分たちの現在位置から見て約十数メートル程度だろうか、表の扉から少し移動したところにいる。


恐らく慎重に内部へと移動を始めているのだろう。


静希達がいるのはホテルの二階部分、階段は二か所、こちらへやってくるのにそう時間はかからないだろう。


敵が倒れているのは二階部分まで、一階部分に敵はいなかったため恐らく二階までは進行してくるだろう。


ユーリアは自分のやや後方に位置している。自分が突っ込めばユーリアはある程度相手の視界からは外れるだろう。


さてどうしたものか


アイナとレイシャがユーリアを守ってくれていたのなら自分が単独で行動しても問題はなかったのだが、さすがに一人の状況でユーリアを単独行動させるわけにはいかない。


とはいえ戦闘の真っただ中にユーリアを連れていくのも気が引ける。


本人は援護してくれる気満々のようだが、さすがに実戦が初めてで、なおかつ最近訓練を始めたばかりの少女にまともな援護を期待するべきではないだろう。


ホテルの中に入ってきている敵の数はまだわからない。だが万が一を想定してホテルの外にも人員を用意しておくべき状況だ。


とはいっても相手はほぼ素人。定石などを理解していないためにこちらの予想を裏切るような行動だってするかもしれない。


相手がほぼ素人というのはある意味やりやすくもありやりにくくもある。無論こちらにも約一名素人がいるのだ。あまり無茶な行動はしない方がいいだろう。


ここは多少手札をすり減らしてでも確実な勝利を目指した方がよさそうだった。


静希はユーリアを連れて階段の手前までやってくると、下の方から話し声と足音が聞こえてくる。


悠長にしゃべっていられるその度胸は大したものだが、この状況に関していうなら愚行としか思えない。


そして徐々に足音と話し声が大きくなってきている。


恐らく階段を上り始めたのだろう、階段内での反響か、周囲が静かだからか、よくその音を聞き取ることができた。


静希はユーリアに静かにしているように指示すると階段の方をのぞき込む。


明かりがついていないためにうまく判別できないが、どうやらこちらへ登ってこようとしているらしい。


そして相手の顔と思われる部分に光る物体があるのがわかる。


それが携帯電話の明かりであると気づくのに時間はかからなかった。


その場には一人しかいない。つまりもう一人は反対側の階段からやってきているという事だろう。


同時に階段を上がって二か所から同時に状況を把握しようとしているのだという事がこの時点でわかる。


自分が片方を制圧する間にユーリアには反対側の警戒をしてもらったほうがいいだろう。


一直線の廊下のさらに向こう側に階段はある。壁を盾にして身を守ることも、そしてこの距離なら落ち着いて射撃することもできるはずだ。


「リア、反対側からも敵が来る。お前は廊下の向こう側に照準しておけ。相手が自分に気付く前に射撃。気づかれたら壁を盾にするんだ、いいな?」


「わ・・・わかった。」


ユーリアの耳に口を近づけ可能な限り小声で話すと、ユーリアは静希からほんの少しだけ離れて長く続く廊下の方に銃を向ける。すぐに壁に隠れられるようにしている。銃を構えるその構えと表情から多少緊張しているということがわかる。


二人が臨戦態勢を整えている中、階段から聞こえる声と足音はどんどん大きくなってくる。


警戒という言葉を知らないのだろうかと思う中、静希は意識を集中していく。


そして同じようにユーリアも集中して廊下の向こう側への意識を向けていた。


銃を構え深呼吸をし、可能な限り的に当てられるように心がけていた。


無論廊下の向こう側、階段のある方までは少し距離がある。これだけの距離でまともにあてられるだけの自信はなかった。


だがそれでいいのだ。自分はあくまで時間稼ぎと牽制。何も相手を倒す必要はない。


相手がこちらに意識を向ける前に射撃。こちらはすでに相手が出てきたらすぐに撃てるようにしているのだ。


可能な限り下半身を狙えるように銃を持つ手に意識を集中していた。


射撃というのは遠くのものを狙おうとすればするほど難易度は上がる。


手元が一ミリずれるだけでその弾丸の着弾位置は遠くであればあるほど大きくずれてしまうからでもある。


故に拳銃などの簡易式の銃では遠くを狙う事はまず難しい。


スコープやどこかに固定できるような狙撃銃が遠距離での射撃には適しているのだ。


だが生憎そんな武器は今ここにはない。


しかも遠くと言っても二十メートル前後だ、拳銃の射程距離の中に十分納まっている距離である。


だが素人のユーリアからすればそれなり以上に遠い。


しかも撃つのはただの的ではない。生きている人間、しかも動くのだ。


しっかり当てられるだろうかと考えた瞬間ユーリアは首を軽く横に振る。先程自分でも考えたように牽制でいいのだ、挟み撃ちさせないように足止めさえすればいいのだ。それ以上を求める必要はない。ユーリアは自分にそう言い聞かせて銃を握る手に力を込めていた。


階段を上る男の声と足音が徐々に近づいてくる中、静希は意識を集中し一気に飛び出していた。


すでに階段を上り切るところまでまで近づいていた男の目の前に唐突に現れると、携帯電話を奪い取りながらその腕を捻りあげてへし折って見せる。

更に携帯の通話を切りながら喉と顎を潰し声を出せないようにすると床にたたきつけて動けなくした。


所持していた拳銃を使う暇もなく、男は組み伏せられ唯一の武器である拳銃も奪い取られていた。


悲鳴を上げる暇もなく制圧される中、ユーリアの警戒している反対側の通路から一人の男が現れる。


携帯を眺めながらいきなり通話が切れたことに対して不審そうにしているが、まだこちらには気づいていないようだった。


右手には携帯、左手には拳銃が握られている。


普通は通路に出る時は敵の有無を確認するものだが、まったくそれをしないあたり完全に携帯に意識が向いているように思えた。


ユーリアは意識を集中してゆっくりと照準を定める。


銃口を向け、目標のやや下へ狙いをつけてまずは一発、銃弾を放った。

ユーリアの放った弾丸は男に当たることなく、男の足元の床に着弾した。


外してしまった。


その事実に動揺しながらユーリアは再び照準を定め第二射と第三射を放つ。


放った弾丸の一発は再び床に、もう一発は男性の足首あたりに命中した。悲鳴とうめき声をあげながら男性が倒れこむ中、ユーリアはすぐに壁に隠れていた。


「あた・・・当たった・・・シズキ・・・当たったよ。」


「上出来だ。少し待ってろ。片付けてくる。」


静希は取り押さえた男の手足を潰すとすぐにユーリアの近くにかけよる。

その銃を握る手が震えていることに気付くと、静希は小さく息をつく。


「力が入りすぎだ。もっと力を抜け。」


静希はそう言って壁から向こう側でうめき声をあげている男の方を見ようとのぞき込む。


すると銃声と共に静希がカバーしている壁に弾丸がめり込んできた。


立つことは難しくなっているようだが、こちらに反撃できるだけの余力は残っているようだった。


だが移動を封じたという意味では十分以上の功績だ。


「ナイスショットだ。随分楽になった。」


静希は壁に隠れながら意識を集中すると、無数のトランプを飛翔させる。

それが静希の能力であると気づくのに時間はかからなかった。


トランプは動けない男の周囲にまとわりつくように飛翔し始める、そして相手がこちらを見失うと同時に静希は飛び出し、男の四肢を攻撃していく。


完全に動けなくなり、攻撃もできなくなったのを確認すると静希はすぐにユーリアの下に戻っていった。


「シズキ・・・終わった?」


「あぁ問題ない。まだ外にいるかもしれないから油断はできないけどな。」


そう言いながら静希は敵から奪った携帯電話を軽く操作していく。


通話し、操作状態のまま奪ったためにロックを解除する手間が省けた。ここからある程度の情報を引き出しておきたいところである。


相手の連絡先や、何を連絡していたのかまで判別したいところである。


可能なら相手の本拠地の情報も得たいところだが、末端であるこんな人間達がそんな情報を知っているはずもない。


静希は軽く息をつきながら意識を外へと向けていた。


「さて・・・あとはあいつらが戻ってくるのを待つか・・・」


「・・・二人とも大丈夫かな・・・その・・・」


先程自分が人を撃ったという実感が抜けないのか、ユーリアは未だ一種の恐慌状態にあるようだった。


しっかりと意識や感情の制御はできているようだが、どうにも落ち着かない。


やはり初めて意図的に人を傷つけたというのは彼女にとって重くのしかかっているようだった。


「大丈夫だ、あいつらなら何かあっても潜り抜ける・・・それよりも今はこっちの心配をするべきだな。」


こっち


それが今の自分たちの状況について言っているのか、それとも銃を人に向けて初めて使ったユーリアについて言っているのか。


どちらにしろ静希は銃を持ったままのユーリアを見て小さく息をつく。


「リア、銃を複製しなおしておけ。まだ何があるかわからないからな。」


そう言って静希はユーリアの手を銃から放すため、銃を握っている指をゆっくりとはずしていく。


「わ・・・わかった・・・そうする・・・」


ユーリアは自分でもこれほど強く銃を握っていたのかと驚いていた。


静希にゆっくりと銃を握る手を解かれ、ようやく手を離すことに成功した。

自分の手を確認し、ゆっくりと息をつく。


そして再び銃を複製するべく意識を集中していた。


「初めて人に撃ったにしては上出来だ。助かったぞ。」


「・・・うん・・・ありがと・・・」


褒められているのに、助けになれたというのに不思議と嬉しいとは思わなかった。


人を傷つけることがこんなにも重たいことだとは、ユーリアは想像もできなかったのである。


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