夢のような
「・・・アイナは手筈通りに行動開始しろ、レイシャはリアを起こせ。」
「アイサー。」
「ミスコリント、起きてください、緊急事態です。」
アイナは装備を装着した後能力を発動し透明になる。それと同時にレイシャはユーリアを起こし始めていた。
眠りに落ちていた状態から強制的に覚醒させられたせいで意識はもうろうとしているだろうが、それでもそうせざるを得ない状況になっているのだ。
既に囲まれている。
静希は武器を手にし、扉の方を確認しながら壁に背を預けてカバーする。正面の入り口はドアのみ。窓ガラスから向こう側に何かがいる可能性も十分にあり得る。
静希が緊張感を高めている中、ユーリアはようやく体を起こし、レイシャは彼女を抱き上げた。
「突破する。俺の射線上には入るなよ?」
「了解しました。援護します。」
レイシャはユーリアを抱えた状態で能力を発動し静希に軽く触れて見せる。その瞬間静希の身体能力が急激に上昇していく。
レイシャの能力は身体能力強化。それも自分だけではなく他者にもその効果を発揮することができる。
単純な戦闘だけではなく味方への補助も可能になる能力だ。
静希達が準備を進めている中、扉の鍵が開かれる。どうやって鍵を手に入れたのかは知らないが、普通に入ってくるつもりのようだ。
だが生憎と部屋にはチェーンをかけてある。多少は持ちこたえられるはずだ。
もちろん相手もそれを考慮に入れて道具を持ってきているだろう、静希は緊張を高めながら深呼吸していた。
この場には未だ意識がもうろうとしているユーリアを抱えたレイシャがいる。彼女はほとんど戦闘には参加できないと見て間違いないだろう。
だがそれでいいのだ、何故アイナがユーリアではなく自身を透明化したのか、そこに意味がある。この襲撃も最初から予想済みなのだ。
人の集まる場所に来て、さらに言えばホテルに宿泊するという時点で見つかることは想定済みである。
チェーンを破壊する音が聞こえ、扉を開けて扉が勢いよく開くのを確認すると静希は扉方向めがけて一気に射撃を繰り出した。
奥の方から男の短い悲鳴と指示を出すような声が響く中、静希は淡々と射撃を繰り返していった。
数は見えるだけで五人、恐らく階段などにも潜伏しているだろう。ここは廊下まで一気に突破したほうがいい。
ここは角部屋、つまり一番端にある部屋だ。ここから通常のエレベーター、あるいは通常階段、非常階段のどれかのルートを通って脱出することになる。
「ミスター、どのように・・・」
「まずは血路を開く。通り抜けられるだけの道を作ってから移動開始だ。」
まだその場にいるであろうアイナに指で合図をした後で静希は小さく息を吸った後武器を持って扉の方へと突っ込んでいく。
それは走るというよりは、むしろ跳躍すると言ったほうが正確な動きだった。
レイシャの能力によって高められた身体能力は、たった一歩で扉までの距離をゼロにし、さらには廊下まで静希の体を運んでいた。
牽制射撃によって扉から体を出さないように隠れていた男たちは静希が唐突に現れたことで一瞬体を硬直させていたがしっかりと静希の体を捉えることはできているようだった。
だが視界に入れることも認識することもできても、反応することはできなかった。
静希はその場にいた五人の男めがけて能力を発動する。
どこからともなく弾丸が射出され、男たちの体に命中していく。具体的には肩や腕、そして足や腰といった動きの起点となるような場所に的確に命中していく。
撃たれた痛みで所有していた武器を落すと同時に静希はそれらを遠くへ弾き飛ばし男たちを無力化していく。
それと同時に静希は周囲の警戒を行う。
部屋の前にいるのは五人だけ、だが五人ですむはずはない。未だに自分に向けられる奇妙な感覚は解けていなかった。
「ミスター、御無事ですか?」
「問題ない、行くぞ。」
静希とレイシャはそのまま非常階段へと向かうべく移動を開始する。
ほんの一瞬だけ自分たちがいた部屋の方に視線を向けると指で合図をする。
透明化していたアイナはそれを理解したのかすぐに移動を開始していた。
「んん・・・あえ・・・?どうしたの・・・?」
「ミスコリント、今これは夢の中です。まだ寝ていてもよいのですよ?」
「そう・・・?そうなんだ・・・わあった・・・」
もうユーリアを起こすのは無理だと判断したのか、少しでも安心させるべくレイシャは優しい声を出しながら彼女を寝かしつける。
戦闘になったのを確認してパニックになられても困る。そう言う意味ではこの状況に関しては彼女は寝ていた方がいい。
それこそ荷物扱いできるからである。レイシャという戦闘員が使えなくなるのは痛手だが、相手がただの無能力者であるなら問題なく打倒できる。
敵がどれほどこのホテル内に存在しているのかはまだわからないが、早々にこの街から脱出したほうがいいのは確かである。
「レイシャ、ついて来い。そいつには傷一つ付けるなよ?」
「問題ありません。起こさないようにできるかは微妙ですが・・・」
ユーリアを抱えているレイシャを見てまるで子守だと苦笑しながら静希は非常階段への道を走る。
非常階段に続く道にもすでに人員が配置されつつあるのか、静希達の向かう先から数人の足音が聞こえてくる。
面倒だなと思いながら静希が壁越しに向こう側を確認しようとすると、こちらめがけて銃弾が放たれる。
壁などに命中して静希に直撃するようなことはなかったが、壁や床に銃弾がめり込んでいく。こちらを牽制しながら追い込むつもりだろう。
だが思い通りになるほど静希はバカではない。
懐からいくつかの道具を取り出す、それらは筒状の物体だった。俗にいうところの閃光手榴弾というものである。
相手の目をくらませるためのもので、光や音を一度に出すことで相手を行動不能にする道具だ。
静希がピンを抜いてからそれを男たちのいた方向へと投げると、一瞬強い光と炸裂音がし、男たちがこちらに向けて銃を乱射している。
恐らく見えなくなった時に攻撃されないように牽制しているつもりなのだろうが、狙いが定まっていない状態ではこちらだって十分に撃ち返せるというものである。
壁越しに男たちを徹底的に撃っていくと、男たちの肩や足などに弾丸は命中していき、静希達に対して攻撃や追跡を行える状況ではなくなっていく。
「ミスター、随分と囲まれていますが・・・」
「あぁ・・・たぶん監視カメラの類があったか・・・いや・・・どこかからか見られていたかってところか。相手側にも何人か能力者がいるっぽいな。」
今回の相手は反能力者団体のテロリストだ。能力者を忌避している存在ではあるとはいえ適当な能力者を雇っている可能性は高い。
静希は確認していないが、ユーリアは一度不可思議な現象に立ち会ったことがある。そのことを知らずとも静希は相手に能力者がいるという可能性をすでに感じ取っていた。
この街はかなり大きい、近くに鉄道も通っているうえに郊外に空港も配備されている。感知や索敵ができる能力者がこの街に配備されていても何ら不思議はない。
変装していた状態でホテルに入ったにもかかわらずに先程の部屋にいるという事を知られていたというのはつまりそう言う事だ。
あの場にいたのがノエルやコナーだけだったならいざ知れず、カレンまでいたというのに監視カメラや盗聴器の類を見逃しているとは思えないのだ。
物理的ではなく能力的な感知をされたとみて間違いない。そうなってくると非常に厄介だ。
ある程度想定していたとはいえ相手側にも能力者がいるとなるとこれからかなり面倒なことになる。
無能力者が何人集まって行動したところで所詮は無能力者。千人集まったとしても欺くこと自体は容易い。だがその中に数人の能力者がいたとなれば話は別だ。
どんなに変装や偽装をしていたところで能力者には看破される可能性がある。今回の場合も最低限の警戒をしていたにもかかわらず居場所が知られたのだ。今後も恐らくこういったことがあると考えていいだろう。
いやむしろここで見つかったのは幸いだったかもしれない。どれだけ偽装したところで見つかる可能性があるという事をこの段階で知ることができたのだから。
今後活動していくうえでもこのことを知っているか否かで大きく変わってくる。それだけ強く警戒する心構えができるのだ。
相手側にも能力者がいる、それがわかっただけでも十分な功績と言えるだろう。
ここにやってきた目的はあくまでシャワーを浴びるというだけだったのだが、思わぬところで情報が手に入ったものである
「どうしますか?こちらの位置が確認されてしまっているとなるとこのまま離脱しても・・・」
「いや、ユーリアを捕捉できてるならもっと早い段階で仕掛けて来てるはずだ。たぶんしっかりとこっちを捕捉できてるわけじゃない。この街に入った段階、あるいはホテルに入ったところでようやく確認できたってところか。」
「・・・つまり、この街を出れば安全だと?」
そう考えるのが自然だなと静希はつぶやきながら周囲をクリアリングしていく。
自分達がこの街に入ってから自分たちの姿を確認したのであればもっと早い段階でアクションを起こしていても不思議はない。味方と合流するためにこの場を選んだという思考をしてもおかしくない状況であるにもかかわらず襲撃しなかったのにはそれなりの訳がある。
人員を集めるにしろ、退路を塞ぐにしろ、相手が増えた状態で襲う事にメリットはない。静希なら相手が少なくなった時点で急襲するだろう。
相手としてはこちらが味方との合流を優先して行動していると思っているだろうが、実際は味方と合流することよりもシャワーを浴びることを優先したのだ。
優先順位が無茶苦茶になっていることは否めないが、相手を攪乱するという意味では丁度いいかもしれない。
「レイシャ、カレンたちと連絡は取れるな?」
「はい、この距離であれば無線も通じるかと。先の音で目を覚ましていても不思議はありません。」
「よし、なら連絡して陽動をしてもらう。戦闘をする必要はないと言っておけ。あくまで囮だ。」
了解しましたとレイシャが告げながら無線でカレンたちに連絡を取る。自分達が味方との合流を図っていると相手が思っているのであればそれを利用するまでである。
静希達が何とか非常階段までやってくると、強烈な風が周囲から巻き起こってくるのがわかる。
柵で覆われ、とにかく逃げることを優先して作られた階段だ、風を防ぐような防壁はなく、ただ階段をホテルの外側にとりつけたという印象を受ける。
静希達が周囲の状況を確認していると階下から銃弾が飛んでくる。階段そのものに弾かれ静希達には命中しなかったが、下の階にはいかせないという考えなのだろう。下から何人もの男たちがこちらに向かってくるのが確認できた。
遮蔽物が多いこの状況で一階一階制圧しながら移動していくのは明らかに時間の無駄だ。それなら別の手段で脱出したほうがいくらかましである。
「レイシャ、上だ、屋上を目指せ。フォローする」
「了解です」
静希は屋上へと向かうべく移動を開始していた。幸いにも高層に静希達が泊まっている部屋があったために地上に向かうよりは比較的早く到着できるだろう。階段を盾にすることで銃撃から身を守ることもできる。
だがそれは同時に自分たちがどんどん逃げ場のない方向へと追いやられているという事でもある。
一見すればホテルの屋上という逃げ場のない場所に一方的に追い詰められているようにも見える。だが静希は最初からただ逃げるつもりなどはなかった。
「ミスター!あと三階ほどで最上階です!」
「了解、最上階になったら屋上まで跳ぶぞ、能力の準備しておけ。」
相手は恐らく自分たちが上に上がったという事で他の階段からも上の階を目指しているはずだ。ただ普通に階段を通っているだけでは静希達に追いつくことはまず難しい。
となればほんの少しだけ猶予がある。
そしてこのホテル構造はあらかた頭の中に入れてある。屋上に繋がるルートは二つ。一つは階段、一つは非常用のはしご。どちらも非常口からは少し遠い。つまり非常階段から屋上に至るには最上階のどこかを通らなければならない。
普通の人間なら
こちらには強化を施せる能力者がいる。一階層、具体的には五メートル程度の高さであれば一度に跳躍できる程度には身体能力を強化することは可能だ。
相手が待ち伏せしてこちらを追い詰めたと思っている間に静希達はさっさと逃げればいいだけである。
「つきました!」
「よし、跳ぶぞ。」
最上階にたどり着いた二人は非常階段の手すりに足を乗せて屋上に至るルートを思い浮かべる。一直線に飛ぶことは難しそうだが、一度壁を蹴れば十分に届く距離だった。
「先行する、ついて来い」
「了解です!」
静希が跳躍し壁を蹴って再度跳躍、縁に手を掴んで屋上に身を乗り出すとすぐに屋上に誰もいないことを確認。そしてあとから跳んできたレイシャの手を取って同じように屋上へと引っ張り上げる。
ここまでは順調にいっている。少なくとも屋上に自分たちがいるとわかるまで、つまり非常階段から追ってきた男たちが最上階にたどり着くまであと数十秒から数分程度。
逃げるには十分すぎる時間だった。
「階段と梯子に罠とバリケード作るぞ。適当にそのあたりのものを載せておく。」
「了解しました。」
屋上という事もあってほとんど何もない状況に等しいが、そこには配管などがいくつも設置されている。
更には屋上から誰かが落ちるのを防ぐためのフェンスも存在した。
それらを適度に破壊してバリケード代わりに階段に繋がるドアと梯子の出入り口に配置すると、静希はさらにそこにセンサー式で発動する催涙ガスの入った地雷を設置しておく。
殺さないだけありがたいと思ってほしいものだと思いながら壊したフェンスから外の様子を眺める。
深夜も近いという事もあって周囲の明かりはもうほとんど消えている。ついているのは街灯くらいのものだ。この暗さはありがたいなと思いながら静希は薄く微笑んでいた。
「ん・・・さむ・・・あれ・・・?どこここ・・・?」
「あ・・・起きてしまいましたか・・・ミスコリント、緊急事態ですよ?」
「むしろ今まで起きなかったのが不思議なくらいだ・・・案外肝っ玉座ってるのかもしれないな。」
ようやく瞼をこすりながら目を開け、状況を確認しようとしているユーリアを見て静希とレイシャは苦笑してしまう。
今まであれだけ行動していたのに起きなかったというあたり、恐らく一度寝ると起きるのに時間がかかるのだろう。
銃撃の中でもまどろんでいたというのは普通ではない。なんというか随分とマイペースな少女であると二人はユーリアの評価を改めていた。
「シズキ・・・緊急事態って・・・逃げるの?」
「あぁそうだ、ここから飛ぶぞ」
「・・・ふぅん・・・とぶんだ・・・」
たぶんまだ完全に頭を覚醒させることができていないなと思いながら二人は苦笑してしまう。
レイシャの能力によって限りなく身体能力を高めた後、二人は合図をして屋上から思い切り跳躍した。
そう、要するに屋上から飛び降りたのである。
風がその体を捉え、強烈な寒気が襲い掛かる中、ユーリアはようやく今の状況を理解しつつあった。
落ちている、落下している。今自分がどこにいるのかは知らない、いや今自分は空中にいる。頬に風が打ち付けられ髪が逆立ち目を開けていられない。
ここはどこ?なぜ?夢?死ぬ?地面まであとどれくらい?
などと頭の中で思考が加速する中、悲鳴を上げることもできなかった。
それもそのはずである。まどろみから抜け出したかと思えばいきなり屋上から飛び降りているのだから。
シーンがかわるがわる変化する状況は、まるで夢の中にいるかのような錯覚を植え付けていた。今もなおこの状況が夢ではないのかと疑ってさえいる程である。
きっと目を閉じてまたまどろんだら次のシーンに変わっているのだろう。そう信じてユーリアは目を閉じた。
仮にこれが現実だったとしても自分にできることは多分ない。
「あれ・・・またミスコリントはお眠りの様ですね」
「気絶でもしたか?まぁいいか。移動するぞ。」
ユーリアの考えはおおよそ正しかった。この状況においてできることは自分にはない。そしてそれを証明するかのように静希達の体は徐々に停止し、空中に浮遊した状態へ変化していく。そして下ではなく、横方向へとゆっくりと加速していき、まるで空を飛んでいるかのように移動していった。
静希達が空中を移動し始めたころ、ようやく屋上にたどり着いた男たちは催涙ガスの洗礼を受け目から涙を、鼻から鼻水を垂らしながら屋上を探し始めていた。
階下へ行くことは叶わなかったことからこの屋上にいると踏んだのだが、どこを探しても静希達の姿を確認できなかったことからどこか別の所に行ったのではと考え始めている。
屋上から飛び降りてパラシュートか何かを使って脱出したのではないかと考えるものもいたが、この暗闇ではそれを捉えることは難しかった。
しかも静希達は実際はパラシュートなどは一切使わずに脱出したのだ。この暗闇の中でそれを目視できるような人材は屋上には一人として存在しなかった。
そしてそんな中静希達は駐車場に止めてあった車にある仕掛けをした後で町から脱出しようと試みていた。
静希達がこの街に入ってきた時点でマークされていた可能性がある時点で、この車はもう使わない方がいい。その為別の移動手段はすでに用意してある。
街はずれまで移動したところで、静希達は地面に降り立ちしばらく待つことにする。すると一台の車が静希達の近くで停車した。
「お待たせしました。どうぞ乗ってください。」
「お疲れ様、やっぱり備えておいて正解だったな。」
車に乗っていたのはアイナだった。アイナは静希達と別行動をした後、車を購入し街の郊外に隠しに行っていたのである。
そして先のホテルでの戦闘時、透明化した後静希達を囮にして普通にホテルを脱出し、車を確保、その後静希達との合流ポイントまでやってきたのである。
「ミスコリントはまだ眠っているのですか?」
「いやさっき一瞬起きたんだけどまた寝たんだよ。もしかしたら寝起きは悪い方なのかもしれないな。」
そうなのですかとアイナが不思議そうにユーリアへと視線を向ける。その寝顔は先程ホテルで見たものと違い随分とつらそうな表情だった。
悪夢でも見ているのかもしれない、戦闘が行われた場所で随分と派手に動き回ったようだ、それも無理もないことだろうと思いながらアイナは運転席からどくと後部座席に座っていく。
運転は静希が引き継ぎ、再びユーリアを中心にアイナとレイシャがそのわきを固める形で後部座席に座っていた。
「それにしてもよく眠っていますね。それほど激しい戦闘にはならなかったのですか?」
「そうだな・・・まぁぼちぼちってところだな。」
「戦闘がほぼ終わった後で起きたのですが・・・移動中にまた眠ってしまったのです。」
実際は状況を理解しきれず、受け入れきれずに半分気絶に近い状態だったのだが、静希とレイシャはそんなことは気づいてもいなかった。
高いところからの落下などというまるで夢のような状況を寝起きで受け入れられるほどユーリアの精神は強くなかったのである。
いや強弱ではなく、ただ単に夢だと判断してしまったのかもしれない。
ベッドで寝ていたはずなのにいつの間にか高いところから落ちていた。こんな状況になったら誰でも夢ではないかと疑ってしまうだろう。
「ミスアイギスたちは無事でしょうか?」
「あいつらがどう動くかはわからん・・・っていうか連絡するまでもなかったかもしれないぞ。カレンがいるからな・・・もう脱出してるだろ。」
カレンがいるからという言葉にアイナとレイシャはそれもそうですねと小さくうなずく。
あの場にいたカレン・アイギスという女性は静希と対等に接することができる数少ない人物だ。
仮に無能力者に囲まれたとしても問題なく対処することができるだろう。
あの場にはカレンだけではなくノエルとコナーもいたのだ。彼らと協力すればホテルからの脱出はそれほど困難ではないと思われる。
「俺が運転してるから、お前らは寝ておけ。次のチェックポイントまで時間がかかるだろうからな。」
「了解しました」
「お言葉に甘えさせていただきます。」
静希が運転しながら街から離れる中、アイナとレイシャに挟まれたユーリアは呻きながら夢の中で悪夢と奮闘していた。これは夢なのだと言い聞かせながら。
ユーリアは勢いよく体を起こした。いや正確に言うなら夢のせいでまるで衝撃を伴って起こされたと言ったほうが正しいだろうか。
自分でもどんな夢を見たのかは覚えていないが、なんだか嫌な夢だった気がする。そんなことを思いながら瞼をこすると、自分の座っている地面がやや振動しているということに気付く。
いや、地面ではない、自分が座っているのが車のシートであると気づくのに少し時間を要した。
自分はベッドで寝ていたはずなのになぜ車に乗っているのだろうか。そう考えている中すでに日が昇っていることに気付く。
「あ・・・私寝坊した・・・?」
夜明けと同時に移動するという事をあらかじめ言われていたのに、すでに日が昇っていて車の中にいるという事は、つまり自分が寝ている間にすでに移動が開始されたと考えるのが自然だ。
そしてその考えは半分当たっている。
「おはようございますミスコリント。何やらうなされていましたが大丈夫ですか?」
「ん・・・なんか変な夢見た気がする・・・撃ったり撃たれたり・・・落ちたり・・・飛んだり・・・」
「もしかしたら寝違えているかもしれません、体をゆっくり動かしてみてください。」
二人に介護されるようにゆっくりと体を動かしながらユーリアは自分の体の無事を確かめていく。
そんな中車の運転をしている静希が目に入る。
「あ・・・シズキ・・・寝坊してごめんなさい・・・」
「気にするな。それならお前を抱えてくれたレイシャに礼を言っておけ。抱えてる時もぐっすり眠ってたぞ。」
静希のいう事は間違っていない。確かにユーリアを抱えて運んだのはレイシャだ。しかも抱えて移動している間もずっとユーリアはまどろんでいた、というよりしっかりと眠っていたのである。
この神経の図太さは見習わなければいけないなと静希は苦笑してしまっていた。
「あ・・・あの・・・ありがとう・・・重くなかった?」
「いいえ、むしろ軽かったですよ?もっとしっかり食事をしなければいけませんね。」
「あ、これ朝食です。今のうちに食べておいた方がいいですよ。」
アイナが渡してきた携帯食料を口に含みながらユーリアはしっかりと目を覚まそうと頭を動かし始めていた。
妙な夢を見たせいで正直あまりいい気分ではなかったが、そんなことは気にしない方がいいだろう。
夢程度で気分を害していては三人にも失礼だ。
実際には夢ではなかったわけだが、そのことをユーリアは知る由もない。
「いまどこに向かってるの?」
「これから西に移動して、それから街に向かう。そこにお前の両親がいるだろうって話だ。途中小さな町を経由して情報を確認しながらだけどな。」
両親のいるであろう街へ、情報を確認しながらというのは両親の現在位置を確認するという意味も含まれているのだろう。
そして他のテロリストたちの動きや他のチームの動向もその情報の中に含まれている。自分たちだけで物事が解決するわけではない。だからこそ情報の共有は重要なことだとユーリアも理解できた。
「他の人達は今どうしてるの?テロリストに対抗してる部隊とか・・・」
「あまりいい報告は上がってないな。テロリストが奪取した兵器の九割は回収完了・・・でも残り一つ・・・小型核兵器だけがいまだ行方知れず・・・テロリストへの対策も遅れてる。」
「・・・あんまりいい状況じゃないみたいね・・・」
現状軍隊じゃテロリストに対して有効打を撃てないからなと静希が苦笑する中、ユーリアはアイナから受け取った携帯食料を口に含みながら膝を抱えていた。
テロリストというのは先日静希達が行っていたように少数の過激派のことを指す。無関係な人間を傷つけたり、時には関係者の身内を標的にしたりと、弱いものを標的にすることが多い。
それはつまり自分達もまた弱者であるゆえに軍隊などと正面切っての戦闘ができないからでもある。
だからこそ彼らは街などに潜伏し、人の中に潜む。
軍隊という大きな組織がいくら力を持とうと、その攻撃対象が見えなければただの案山子同然なのである。
テロリストの根絶は難しい。だからこそいくつものチームが同時に動いているとのことだったが、それもどこまで通用するかわかったものではない。
だがすでに相手のカードはほとんど使えない状況にしているのだ。
一つを除き兵器は取戻し、彼らの切り札ともいえるユーリアは静希の手の中にある。
この状況を維持できれば確実に勝つことはできるだろう。
「このままいけば・・・安全になるかな?」
「どうだろうな、最後の抵抗でやけくそになって核兵器を使われる可能性だって十分にある。そう言う意味じゃここからが長いだろうな。」
最後の抵抗、やけくそになった人間というのは何をするかわからない。だからこそ慎重に行動しなければいけないのである。
今自分になにができるか。それを考えながらユーリアは携帯食料を飲み込み小さく息をついた。
「そう言えば昨日会った・・・えっと、ノエルとコナーたちはどうしたの?ホテルで別れたの?」
「あぁ・・・もう後方支援の仕事に戻ってるよ。それがどうかしたのか?」
「いやその・・・寝顔とか見られたのかなって・・・」
ユーリアが目を覚ました時はすでに車の上だった。妙な夢を見たこともあるが彼女はあの状況が夢だと思い込んでいる。
その為に静希達が夜明けとともにホテルを出発したと思っているのだ。後方支援をしてくれたカレンたちに挨拶もせずに出ていくとは考えにくい。そのため自分の間抜けな寝顔を見られたのではないかと少し不安だったのである。
「安心しろ、あいつらは昨日の夜中の内に仕事に行ったよ。寝顔は見られてない。」
「そ・・・そう・・・よかった・・・」
大人だけならまだしも同世代がいたような状況で自分だけ眠っていたというのは見られて面白いものではない。むしろ非常に恥ずかしい状況だ。
そう言う意味では運がよかったと言えるだろう。あの状況で目を覚まさなかったのもある意味幸運だったのかもしれない。
とはいえ今の状況はあまり良いとは言えないだろう。
ユーリアがあの街にいたということをテロリストたちに知られてしまった。彼女の住んでいた町から西に移動しているということは確実に相手に知られているだろう。
つまりこれからの進行ルートで戦闘が行われる可能性が高くなったという事である。それこそ頻繁に戦闘を行うことになる可能性だってある。
今のところ既に変装をしているが、それもばれる可能性だってある。あのホテルに入った段階で気づかれたという事は変装そのものが無意味だったかもしれないのだ。
これから動くにあたってさらに慎重な動きが求められるだろう。
厄介なことになったなと思いながらも静希はそこまで焦っていなかった。シャワーを浴びたいと言われたときからこうなることは予想済みだ。
むしろ相手がそれなりに本気でユーリアを手に入れようとして来てくれているのだ、それはそれで有難い状況である。
「そうだユーリア、あいつらから一つお前の装備を貰っておいた。体に付けておけ。」
「え・・・?なにこれ?」
静希が手渡したのはベルトのようなものだった。恐らく体に巻き付けるようにつかうのだろうがそれをどこにつけるのかは不明である。
「お前の能力を発動しやすいようにノエルが作ってくれた。肌に直接つけておけ。ナイフと拳銃を収納しておけるホルダーがあるだろ?肌にそれぞれが触れるように取り付けろ。」
アイナとレイシャに手伝ってもらえと静希が言う中、ユーリアは自分の服の中に無造作に突っ込んでいた拳銃とナイフを取り出してそのベルトに装着する。
なるほど、体の肌に直接武器の一部が触れることができるように調整してあるようだ。
体躯が似ているノエルが作ってくれたのだろう。
ユーリアはシャツをまくり自分の体にベルトを巻き付けてもらい、そこに拳銃とナイフをセットする。
しっかりと肌に触れた金属がユーリアの肌に冷たい感触を伝えてくる。
能力がしっかり発動することを確認したユーリアは何度か頷いてからよしと呟いた。
「それからユーリア、一つアドバイスだ。もしそれをお前が使うことがあった時のために覚えておけ。」
アドバイス、それはユーリアが武器を使う事を最初から想定したセリフだ。
これからそう言うことになると静希は予想しているのだという事実に、その場にいた全員の緊張が強くなる。
「お前はまだ銃やナイフの扱いが下手だ。だけどお前はそれらを無限に使える能力を持ってる。だからとにかく連射しろ。狙うのは下半身だ。」
「下半身?倒すなら心臓とか頭を狙うんじゃないの?」
「それは殺す場合だ。わざわざ殺してやる必要なんてない。そもそもお前が狙ったとしても当たるはずがないだろ。」
拳銃というのは案外狙いをつけるというのが難しい。特に連射するとなればその精度は著しく低下する。
しかも今まで銃を撃つことどころか持ったことすらない少女が使ったところで当たらないのは目に見えている。
「人間の動きの起点は大体が腰から下に集中してる。腰、膝、足首といった駆動部分だ。相手の機動力を削ることができればかなり優位に物事を進められる。」
「でもそれで反撃されたら?」
「相手は訓練してるだろうけどな、いきなり銃とかで撃たれて痛みを覚えると体が勝手に反応して怯むもんだ。反撃を喰らう前に逃げればいい。」
お前にそもそも戦闘員としての期待はしていないから安心しろと付け足すとユーリアは少しだけ安心していた。
自分にできることをしろと言われていたし思ってはいたが、自分にできないことをしろと言われたらどうしようと思っていたのだ。
何より銃やナイフを渡されて何も思わなかったわけではない。重くのしかかる責任のようなものを感じたのだ。
銃を使う事を若干躊躇っている、特に人に向けて撃つことに関しては。
「今日は早めにチェックポイントに入る。その時にいろいろ技術指導してやるよ。アイナ、レイシャ、お前達にも頼む。」
「了解しました。」
「お任せください。」
かつて自分たちが教わったようにしっかりとユーリアに教えてやろうと思っているのだろう、二人は意気揚々とユーリアの肩を掴んでいた。




