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J/53  作者: 池金啓太
番外編「現に残る願いの欠片」

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ホテルの一室

ユーリアとレイシャがシャワーを浴び終えるとそこには合流し終えたアイナが部屋の中で待機していた。


どうやら静希のいう対策とやらはすでに済んだらしい。


「でましたか。では次は私がいただきます。ミスターイガラシはまだお話し中のようですし。」


「了解しました。しっかり体を洗ってきてください。」


「少しの間任せます。ノエル、コナー、ミスコリントのことを任せます。」


ノエルとコナーが了解ですと敬礼をする中、アイナはシャワーを浴びに向かっていた。今までの汚れた体をしっかりと洗うには時間がかかるだろう。自分たちがそうだったように。


「あぁわかってる、その危険性は十分理解してるつもりだ。」


『それならなおさらすぐに離脱するべきじゃないのかな?君が決めたこととはいえさすがに理由もなしには・・・』


静希がパソコンに向けて話していると向こう側から声が聞こえる。誰かとパソコンで会話しているのだろう。それが誰であるのか、そして何を言っているのかユーリアは理解できなかった。


普通に静希が何を言っているのかは理解できるのに、パソコンから聞こえてくる男性の言葉だけが理解できないという奇妙な状況にユーリアは首をかしげていた。


「ミスコリント、髪を乾かします、動かないでください。」


「あ・・・ハイ・・・」


レイシャに体を固定されタオルでしっかりと髪の水分を取り除かれていく。と言ってもしっかり保湿にも気を使った拭き方だ。


今までこんな髪の拭き方はしたことがないなと、今まで自分の髪をどれだけぞんざいに扱ってきたかがわかる一瞬である。


「それが必要だと思ったからそうするまでだ。もしどうしてもというなら二人も後方支援に回ってもらっても構わない。」


『んんん・・・二人はなんて言ってるんだい?彼女たちの意思を尊重したいけど・・・』


静希は一瞬自分たちの方に、いやレイシャの方に視線を向けた後で小さくため息をつく。


「さぁな、そのあたりは本人から直接聞け。丁度シャワーが終わったらしい。湯上りの姿だけど代わろうか?」


『その場にいられないのが悔しいよ。だけどそうだね、少しでいいから代わってくれるかい?』


了解したと告げた後、静希は席を立ちあがりレイシャに視線を向ける。そして彼女もその視線の意味を理解しているのだろう、タオルを静希に預けてパソコンの向こう側にいる誰かと話し始めていた。


レイシャに代わって髪を乾かし始める静希の手は、レイシャに比べると些か乱暴だった。この辺りはやはり男性という事だろうか。


「誰と話してたの?」


「アイナとレイシャの上司・・・エドってやつだ。今後の行動とその予定に付いて話してた。まだ予定でしかないけどな。」


これからどうするかはそれこそ静希の行動にかかっている。そして先ほどの会話を聞く限りもしかしたらアイナとレイシャはここで別れることになるかもしれない。


彼女たちの上司が後方支援に従事するように言えば、恐らく彼女たちはそれに逆らえないだろう。


レイシャの方を見ながらユーリアは少し不安そうな表情をしていた。そしてそれに気づいたのか静希は小さく息をつきながらタオルで髪を拭き強引にユーリアの頭を揺さぶる。


「なんか話してたのか?」


「うぇ?べ、別に大したことは・・・」


「そうか・・・まぁそこまで気にするようなこともないだろうけどな。」


静希は自分たちが何を話していたのかは知らないはずだ。だがユーリアは今のやり取りだけで自分が何を考えているのか理解されたような感覚に陥った。


なんというか、本当に心を読まれているのではないかと思うほどである。


「・・・はい・・・はい、私は今のところそうするつもりです・・・」


『そうか・・・アイナはどういう意見かな?』


「彼女は今入浴中です。もう少し待っていただけるとありがたいです」


『おっと失礼・・・女性の入浴は長いからね。特にアイナは。洗うところが多いからかな?』


「ボス、その発言は若干セクハラ気味ですよ?」


二人の会話はここにも聞こえてきている。スピーカーモードのおかげでその内容はほとんどわかるはずなのだが、相変わらずパソコンから聞こえてくる男性の言葉だけが理解不能だった。


通信の向こう側にいる男性の言葉に静希は何言ってんだあいつはと呆れ気味だが、それでもそこまで嫌悪感は抱いていないようだった。


なんというかこの辺りが付き合いの長さを思わせる瞬間である。


「とにかく私はこのままミスターイガラシについていくつもりです。初めからそれが私の任務ですから。」


『ん・・・君がそう言うつもりなら僕としてもそれを拒むつもりはないよ・・・カレンはそこにいるかい?』


「・・・いるぞ、どうした?」


部屋に控えていたカレンがパソコンの近くに向かうと通信の向こう側にいる男性もその存在を認識したのか、小さく息をついた後で何やら言いにくそうにしていた。


『君の意見がききたい。僕は正直危険だと思うよ。君は・・・君たちはどう考えている?』


「・・・正直なところ同意見だ。このまま国外へと退避したほうが確実だと私も思う。だがシズキがここまで主張するんだ。何か意味があるんだろう。」


『んー・・・でもなぁ・・・危険とわかってて突っ込むってのはさすがに・・・』


「活動圏の中に行くとしても、何か意味がある。危険を冒すだけの価値があるんだろう。」


パソコンの向こう側と話しているカレンの声にユーリアは耳を疑った。そしてその意味を即座に理解していた。


静希がわざわざ危険なところに足を運ぶなどあり得ない。つまりそうする理由があるという事。今この状況でそれは一つの事実を意味していた。


「シズキ・・・そこにお母さんたちが・・・?」


「・・・今のところはな・・・お前の思い通りにするつもりだ。満足だろう?」


その言葉にユーリアはうつむいてしまう。後方支援をしてくれている人間も危険だと判断できるような状態なのだ。自分がどれだけ危険なことを言っているのかを今さらながらに実感した。


満足かと聞かれれば、確かに両親に会わせてくれるように取り計らってくれている。満足しなければいけないような状況であるのはわかる。


満足のはずなのに、なぜこうも気分は落ち込んでいくのだろうか。


「お前が選んだことだ。それを求めた結果こうなってる。よく見ておけ。」


自分が選んだこと。それが間違いだったのかどうかはユーリアにはわからない。だが見なければいけない。


この状況は自分が作り出したのだから。


『シズキ、君は何故そんな場所に?確かに彼女の両親がいる場所ではあるけれど・・・』


呼ばれたことで静希はユーリアの髪を拭くのをやめてパソコンの前へと移動していった。これからどうするか、自分が何をしたいのかを説明しに行くのだろう。


そうしている間に、髪を拭きながらアイナが入浴を終えて部屋にやってきていた。


「さっぱりしました。ようやく人心地着いたというところでしょうか・・・ミスターイガラシは・・・お話し中の様ですね。」


静希もシャワーを浴びるように言おうと思ったのだが、残念ながら今彼は話し中だ。彼女たちの上司である人物に事情を話し納得させなければアイナとレイシャは自分たちと行動することはできなくなってしまう。


アイナは何を話しているのかをほとんど理解していないのか、ユーリアの表情が浮かないのを見て不思議そうな顔をしていた。


「どうしたのですかミスコリント。そんな顔をしていては美人が台無しですよ。」


頬を上気させながらアイナが隣に座ると、ユーリアはうつむいてしまっていた。


自分のせいでこうなっている。危険な場所に突っ込むという事がどういう事であるか理解していたはずだ。


だが実際にこうして話が進んでいくと、自分はとんでもないことをしてしまったのではないかと思えてしまう。


「・・・後悔していますか?」


アイナの言葉にユーリアは一瞬身を硬直させた。自分の今の心境を言い当てられたからだ。静希と言いアイナと言い、まるで心を読まれているかのような錯覚に陥る。


「・・・そう見えますか?」


「見えます。それだけ気落ちしていればすぐにわかりますよ。」


アイナはタオルをとってユーリアのまだ濡れている髪をやさしく拭いてくれる。


強引で雑な静希とも、丁寧で優しいレイシャとも違う。まるで壊れ物を扱うような繊細な拭き方だと思った。


「何を後悔しているのですか?貴女が思ったとおりに事は動いているというのに。」


「・・・でも・・・私がやろうとしてることは・・・とても危ないことですよね?」


「そうです。敵の活動圏に向かうことになるのですから。見つかったらすぐに戦闘が始まります。」


アイナもその状況は理解していたのだ。この中でそれを理解していなかったのは自分だけ。いやわかっていたはずなのだ。それを見ようとしなかった。


家族だから助けたいという、綺麗ごとを盾にしてその向こう側にある恐ろしくも汚いものを見ようとしなかった。その結果彼女は今後悔している。


「危ないことになるなら・・・こんなこと・・・頼まない方がよかったのかな・・・」


「何故あなたはそう思うのです?まだ結果も出ていないというのに。」


アイナの言葉にユーリアはふと顔をあげた。まだ結果は出ていない。確かにまだ戦闘にはなっていないその準備段階ですらない。


話を全体に通すための企画段階なのだ。そんな状態であるのに、もう自分は後悔している。これが間違っていたとわかってしまうのだ。自分のような子供でさえも。


「だって・・・シズキ達は私を安全に運ぶのが仕事でしょ?それじゃ私の言ったことは間違ってたことに・・・」


「・・・選択が正しいか否かは結果が出るまでわかりません。いえ、もしかしたら結果が出ても分からないかもしれない。物事の正否とはそれだけ判断が難しいのです。」


一人が悩んだところで結果が出ないことだって十分にあり得ますとアイナは付けたし薄く微笑んで見せる。その笑みは少しだけ困ったような、複雑な笑みだった。


その笑みに一体どのような意味が込められているのか、ユーリアにはわからなかった。


「じゃあ・・・私がやろうとしたことも・・・まだわからない?」


「はい・・・少なくとも後悔するにはまだ早いです。今後悔するなら、これから後悔しなくてもいいように行動する方がよほど有意義というものです。」


後悔は文字通り、書いて字のごとく読んで言葉のごとく、後に悔むものなのだ。


まだユーリアの望んだことは行動に移してすらいない。そんな現状で後悔をするにはまだ早すぎる。


それなら自分ができることをした方が、後悔しないようにできることをした方が断然意味がある。意味もなく後悔するよりはずっといい。


賽はすでに投げられた。だが後悔するにはまだ早い。ユーリアにも、そして静希達にもまだできることが山ほどあるのだ。


後悔するのは、それらをすべて終わらせてからでも遅くはない。


自分にできることは何か、後悔しないようにするために何ができるか。


ユーリアが考えている中で一番できそうなのは足手まといにならないことだ。迂闊に動かず、できる事だけをすればいい。単調で小さいことしかできないが今できる精一杯がそれなのだ。



「アイナ、エドと繋がってる。お前も話しておけ。」


「了解です。」


静希に呼ばれてアイナはパソコンの向こうにいるエドという上司に向けて話し始めた。


これからどうするか、彼女たちの意見に左右されると言ってもいい。レイシャは静希についていくと言っていた。だがアイナがどうするかは不明である。


そうしているうちに静希がユーリアの下にやってくる。着ていた服を脱ぎ、素肌を晒す中カレンがもってきている服をいくつか物色していた。


「俺もシャワー浴びてくる。ノエル、コナー、リアの事は任せるぞ。」


「アイサー!」


「お任せください!」


静希が体を洗いに行くと同時に、二人の同世代の子供がユーリアの両隣を確保すると同時にユーリアの顔を注視し始めた。


二人に同時に眺められるというこの状況、一体どう判断すればいいのかユーリアは非常に困ってしまっていた。


話しかけられるでもなくただ見られている。しかも目を見開いた状態で。


一体この二人は何がしたいのか、不思議でならなかった。


「あ・・・あの・・・なに?」


「ミスターイガラシにあなたのことを任された。だから監視してる。」


「逃げたりしないように監視する。いつでも守れるように。」


二人の言葉にユーリアは困惑してしまっていた。確かに静希は任せるとは言ったがここまで監視する必要が果たしてあるのか。


明らかに過剰すぎる反応ではないかと思えてしまう。


だがふと気になったのだ。アイナとレイシャの後輩という事は、あのパソコンの向こうにいる人物と、近くにいるカレンという人物の部下ということになる。


それがなぜ静希のいう事をこんなにも素直に聞いているのか。


「あの・・・一つ聞いていいかな?」


「なにか?」


「答えられることなら」


二人同時に声をあげられるとどちらに耳を傾けていいのか困ってしまうが、とりあえずユーリアは質問だけすることにした。どちらを聞くかは聞いてから判断したほうが良いと考えたのである。


「シズキってどんな人?あなたたちはその・・・ミスターパークス・・・の部下なのよね?」


その言葉にノエルとコナーは顔を見合わせた後、どう答えたものかと困ってしまっているようだった。


どうして静希のいうことに従っているのか。それが気になる。さらに言えば静希がどういう人なのか、同世代からの意見が欲しかった。


例えそれが境遇の違う人間の意見であろうと。


「ミスターイガラシは凄い人です、我々のボスの恩人であり、私達にも多くのことを教えてくれました。」


「俺たちが子供の頃、英雄と称されるほどの功績を残した人で、俺たちにたくさんよくしてくれます。」


二人の言葉の中で一つ気になることがあった。


英雄


今までいっしょにいた静希は英雄と称されるような男には見えなかった。心強く頼りになるのは確かだ。だが英雄というにはあまりにも荒々しいような気がする。


自分の考える英雄というのは、まるでコミックのようなヒーローを思い浮かべてしまう。


誰にもやさしくて、強くて、困難を一切受け付けずに解決していく。そんなスーパーマンのような存在だ。


静希は確かに強いと思う。だが誰にもやさしいかというとそうではない。敵に対しては非情で容赦がない。さらに言えばスーパーマンとは程遠い性格をしているように思える。


妙に人間臭いと言えばいいだろうか、ユーリアの想像する英雄とは全く違うような気がした。


「あなたたちの上司も・・・シズキのいうことに従ってるみたいだけど・・・それはどうして?」


「ミスターには先見の明があるようです。それがなぜなのかはわかりませんがミスターの選択は大体物事を良い方向へと運びます。」


「今までがそうでした。無論すべてのことをミスターの言うとおりにするわけではありません。ボスやミスアイギス、姉さんたちに意見を求めて決めることもあります。」


一人で決めるのではなく、第三者にもきちんと意見を求める。


人間一人で考える事には限界がある。だからこそ他者に意見を求めていくつもの考えを統合して物事を進める。


静希はあの性格から独裁者のように見えたのだが、実際はそうではない。むしろ誰よりも民主的な人物なのかもしれない。


いや、他人の意見というのがどれほど彼の考えに変化を及ぼすかわからない以上そう考えるのは早計かもしれない。


少なくとも静希は状況を良くしようと常に考えているのだろう。


少なくともこの二人は、いやこの場にいるほとんどの人間が静希に対して絶大なる信頼を寄せているのは事実だ。


実績があるだけではないだろう。恐らく静希の性格、いや今までの行動やその結果に至るまでの過程までを含めて静希は信頼に足る存在だと認識しているのかもしれない。


自分はもしかしたらすごい人に守られているのではないか。ユーリアはそう思い始めていた。


そんな中ふとあることを思い出す。静希が冗談交じりに言っていた言葉だ。あの時はただの妄言だとスルーしたが、実際どうなのだろうかと気になってしまったのだ。


「あの・・・シズキが世界を二回救ったことがあるって本当?」


二回ほど世界を救ったことがある。あの時静希が言っていた言葉だ。


それが本当なら、静希が英雄と呼ばれるほどの功績を遺したというのも頷ける話である。


「一回目は我々が出会う前の事なので話しか聞いていませんが、実際にそう言うことがあったのは事実です。」


「二回目は我々がボスと出会ってから一年ほど過ぎた時だから・・・およそ四年ほど前。あの時の事はよく覚えてる。」


この二人は五年前にエド達と出会ったという事は、七歳くらいの時にエドたちに拾われたことになるのかと計算する中で、ユーリアは一つ気になることがあった。


二回世界が救われたというが、実際そんなことは全く報道されていないような気がする。


テレビや新聞などでも全くと言っていいほどにそんなことは伝えられていない。


自分は騙されているのではないかと思えるほどである。


「でもそんなこと一度もテレビとかのニュースでは・・・」


「それはそうでしょう。そんなものをニュースで流したらそれこそ大騒ぎです。」


「模倣犯、他の犯罪組織の同調、それらを防ぐために報道規制がされたらしい。」


実は世界が崩壊する一歩手前だった。あるいはもう少しで世界が崩壊する。そんな報道をすれば大パニックになるのは間違いない。


報道規制をするほどの事態になったのだという事は理解できる。だがそれでもやはり信じられないのだ。


目の前にいるのが世界を救った人間などと。


「ちなみに、それぞれどんな理由で世界は滅びかけたの?」


「一度目はヨーロッパ圏の半分が消し飛びかけました。」


「二度目は北極、南極圏の氷が全部解けかけた。」


その言葉にユーリアは眉をひそめてしまっていた。


前者に関しては明らかに信じられない。消し飛ぶというのがどういう意味で言われているのか知らないが、そんなことをできるものがいるとも思えないのだ。


仮にそうだとしても、それはどうやって起こると予測したのか想像すらできない。


そして後者は南極と北極の氷が解けるというとそれほど気にするような事ではないように思えてしまうのだ。


氷が少なくなるというのは何が問題なのだろうかと思えてしまう。


仮に南極の氷が消滅ではなく、すべて水になった場合、海面が四十から七十メートル近く上昇することになる。


しかもそれが北極も同時に解けたとなれば、この世界にある国の半数どころか七割近くが海に沈むことになるだろう。


南極に比べれば北極の氷の総量はかなり少ないとはいえそれが及ぼす影響はかなり大きい。


高い山などは残るかもしれないが、海に近い街や平地などは完全に海の底に沈む。人が住むことができる土地がかなり限定されてしまうだろう。


さらに言えば気候にも強く影響を及ぼす。それこそ人の住めなくなる気候になる可能性が大きい。


子供であるユーリアや、ノエルとコナーにはそれがどれほどの事態であるかは理解できなかったが、大人たちはかなりの脅威を感じていたのだ。


「それを阻止するのに、シズキ達が行動してたの?」


「そうです。表彰された回数も有している勲章もかなりあるとか。」


「何回か見せてくれたことがある。たくさんあったのを覚えてる。」


その言葉にユーリアは今浴室にいるであろう静希の方向を見ていた。もしかしたら世界を救ったのが二回というだけで、実際はもっと多くの事件を解決してきたのかもしれない。


それもユーリアが想像できないほどたくさんの事件を。


「そんなにすごい人なんだ・・・」


「すごいだけに味方も多いですが、その分それを利用しようとする者も、敵も多いです。」


「一度でも牙をむいたら確実に潰されるけど・・・少なくとも今まではそうしてきたみたい」


潰される、その言葉にユーリアは一瞬背筋が冷たくなるのを感じていた。


具体的なことを言わないが、一体どんな方法で潰したのだろうか、気になってしまっていた。


「あの・・・潰すって・・・具体的には・・・?」


これを話していいものか、ノエルとコナーが困った顔をしているとシャワーを浴び終わったのか静希が髪を拭きながら現れた。その上半身には腕のスキン以外何も身に着けていない。文字通り半裸状態である。


その体には所々傷の跡があり、とても鍛え上げられているというのが理解できた。


細身でありながら筋肉質、無駄のない体と言えるだろう。静希がどれだけ鍛錬を重ねているかというのが見える姿である。


「シズキ、思春期の子もいるのだからせめてきちんと服を着てから出てこい。」


「おっと失礼・・・でも男の裸にそれほど興味がある奴もいないだろ。」


「・・・どうやらそうでもないらしいが?」


カレンの指摘に静希の体を見入ってしまっていたノエルとユーリアは目を逸らした。


これは失礼したと静希は苦笑している。


すぐに服を羽織って肌を隠すと、体の調子を確認しているのだろうか、両腕と両足のストレッチを始めていた。


この人が世界を救った英雄。そんな風には見ることができない。頼りになるのはわかるがそこまで凄い人間には見えなかった。



「ミスター、ミスコリントにミスターの昔話をしてもいいでしょうか?」


「あぁ?昔話?」


「はい・・・ミスターの敵になったものがどうなったのかの話を。」


さすがに静希に了承を得るべきだと思ったのだろう、ノエルとコナーがそう聞くと静希は苦笑しながらどうしたものかと悩んでいるようだった。


そしてそれを聞いていたカレンもあまりいい顔はしていなかった。


「ノエル、コナー・・・あれは少々刺激が強すぎる気が・・・」


「そう言うなカレン、知りたいなら教えてやればいい・・・じゃあ俺が直接話してやろう。俺に喧嘩を売った奴の末路の話だ」


ベッドに腰掛けながら静希は満面の笑みを浮かべている。この段階で既にいい予感はしなかった。実際にその話は聞いて面白い話でもなかった。


「俺の子供が生まれるちょっと前・・・まだ俺の嫁の腹の中に子供がいる時にどこぞの組織の人間が俺の嫁さんを誘拐してな。脅して来たのさ。まったくもってくだらない要求だったよ。俺らの味方になれとか言ってきたんだからな。」


家族を人質に交渉するというのは犯罪組織の中でもそれなりに有効かつ常套手段だ。どのような人間でも家族は大事だ。それをわかっているが故に相手は静希ではなく静希の家族を狙ったのだろう。


普通の人間ならそれは有効だったかもしれない。だが幸か不幸か静希は普通の人間ではなかったという事である。


「それで、静希はどうしたの?」


「ん?俺は何もしなかったぞ?ただその組織は俺を脅した数日後に壊滅した。全く誰があんなひどいことをしたんだろうな。」


何もしなかった。それは子供でも嘘であるとわかる。確実に静希が何かをしたのだ。だが今静希がこうしているという事は、平然とこうして行動しているという事は何の罪にも問われていないという事でもある。


なんとわざとらしい口調だろうか、静希は笑いながら話を続けようとしていた。


だが一つユーリアは気になることがあった。


「それって・・・全員死んでたってこと?」


「いや、幸いにも誰も死んでいなかった。俺の嫁は無事に戻ってきてその後無事に子供を出産、みんなハッピーってわけだ。無駄な血を流さずに解決できたってことさ。」


「・・・確かに誰も死んではいなかったな。」


カレンが口を挟んだことにユーリアは僅かな違和感を感じていた。死んではいなかった。死んでいないのならどうして組織が壊滅などしたのだろうか。


それに潰したという事は組織が二度と成り立たなくなるようにしたのだろうが、一体どうやって二度と敵対しないようにしたのか。


普通組織というのはそう簡単には無くならない。トップが死んだところで次の人間が頭として活動を開始するだけである。


「でもそれってどうして?誰も死んでないならまた同じことをするんじゃ・・・」


「それができないようになってたんだよ。本当にあんなひどいことを誰がやったんだろうな。」


酷いこと、それが組織の壊滅だけだとは思えなかった。何かほかにあるのだ、ユーリアの知らない何かが。


二度と組織が再建できなくなるレベルのことが起きたと考えるのが自然である。だがそんなことをどうやったのか、それが気がかりだった。


どうやったのか、それを考えている中で、小さくため息を吐いたカレンは眉間にしわを寄せてこう続けた。


「簡単に言えば、シズキに喧嘩を売った組織の全員が一人残らず病院のベッドの上でしか生きられないようになったという事だ。金があっても人脈があっても、何もできなくなってしまえば無力という事だ。」


ベッドの上でしか生きられないようになった。


その言葉の意味をユーリアは理解できなかった。当然だ、そのようなことを想像できるはずがないのだ。


カレンはあえて言葉を濁した。ただ病院送りにされたというニュアンスに聞こえるように言ったのだから。


だが実際はもっとえげつないことがそこでは起きていた。


その組織のトップから末端に至るまで全員、今もベッドの上にいる。


彼らは全員が同じような状態で見つかった。どこかの誰かに、そのようにされた状態で。


それは今も未解決事件として取り扱われている。一切の証拠も上がらず、一切の目撃証言などもなく、発見すら相当遅れたほどだった。


彼らは全員文字通り『何もできない』状態で発見された。


物を見ることも、聞くことも、歩くことも何かを持つことも、声を発することもできない状態で発見されたのである。


四肢を切り落とされ、目と耳と喉を潰され顎を砕かれ、生きるために必要な器官以外はすべて破壊された状態で発見された。


だが全員生きていた。幸いにもだれ一人死ぬことなく。


いや、彼らにとっては不幸だったのかもしれない。


もう彼らは何もすることができないのだ。文字通りただ生きるだけの血肉と糞尿が詰まった袋同然になったのである。


そしてそれは、一度でも静希に危害を加えたことのある組織全てに起こったことだ。ただ一つの組織を除いて。


それほど多くの人間に、それほどの傷害を与えられてもなお全員が生きている、いや生かされているというのは一種のメッセージ性を残していた。


俺の敵になったものは皆こうなる。


まるで静希を敵視している人間に対する警告であるかのように。


「おかげで俺を敵視してる組織も国も、俺には手を出せない。俺だけじゃなくて俺の身内にも手を出せない。何ともありがたい話だ。どこぞの誰とは知らないけど感謝状を贈りたいくらいだよ。」


どの口がそんなことを言うんだかとカレンは呆れてしまっているが、それほど静希を責めるつもりにはなれなかった。


非常識ではあるかもしれないが、彼女は静希の気持ちを理解できてしまうのだ。それに何より静希の妻のことをカレンはよく知っている。


彼女に危害を加えようとした人間に自分自身殺意を覚えたものだ。皆殺しにされてもおかしくない状況でもまだ生かされているのだ。十分に救済措置は与えていると言っていいだろう。


だがそれは自分が静希の身内だからこそ言えることだ。もしそれが被害者、いや静希の妻を誘拐し脅した者たちの家族だったらそうは言えないだろう。


何もすることができなくなった、生きる事しかできなくなった家族を前にどう相対すればいいのか。


その家族たちはそれをやった者を恨んでいるだろう。だが静希はそんなことをやった覚えはなく、誰か別の人間がやったと言い放っている。


他人がどうなろうと知ったことではない。つまりはそう言う事だ。


自分の周りの人間さえ無事であるなら、他の誰かが苦しもうと、悲しもうと、悔やもうと、静希にとっては関係のないことなのだ。


静希にとって大事なのは彼の周りの、彼の家族や身内ともいうべき仲間たちだけ。それ以外のものがどのような末路を遂げようと、静希にとっては些細なこと。まるで小石が転がっていくことに興味がないのと同じように、羽虫がいつの間にかつぶれているのと同じように、静希にとってはどうでもいいことなのだ。


これが英雄の姿だろうか。


ユーリアは静希の言葉を聞いて、今までの話を聞いて心の底からそう思ってしまっていた。


物語に出てくる正義感溢れるヒーローなどとは違う。


あまりに独善的、英雄として以前に人としてすら歪んでいるとさえ思えるような人格。静希の二面性の一部を垣間見た気がしてユーリアは僅かに眉をひそめていた。


「シズキは・・・それでいいの?」


「いい・・・ってのは?」


「周りの人が不幸になっても、自分とその周りの人が無事なら・・・それでいいの?」


ユーリアの言葉に静希はきょとんとしていた。一体こいつは何を言っているのだという純粋な疑問と共に、その問いが先程の昔話と、彼女自身の正義感や幼さからくるものであるということに気付き、小さくため息をつく。


子供に聞かせるべき内容ではないかもしれない。だが問われたのであれば答えなければならない。ユーリアがそれを本当に知りたいのなら。


「俺には、いくつかの優先度が存在してる。大事にする優先度、守る優先度、遂行するべき優先度・・・その中でも赤の他人の救済っていうのは、正直ほとんどあってないようなものだ。」


「・・・じゃあ・・・例えばこの近くで誰かが助けを求めてても・・・助けないの?」


「そうだな・・・別に俺は誰かを助けることを仕事にしてるわけじゃない。そう言うのは警察とかの仕事だ。」


静希の突き放した言葉にユーリアは憤りさえ感じていた。誰かを助けることができるというのにそうしない。その力があるのに行使しない。


自分が助けられておいて考える事ではないのは十分理解している。静希の力によって自分が今こうしていられるのも十分わかっている。


だがそれでも誰かを助けられるのであれば助けるべきであると思うのだ。

救いを求めているものを、自らの価値観のみによって見捨てるという考えが、ユーリアは受け入れられなかった。


「たぶん世間一般的な考え方と、俺の考え方はひどくずれてると思うぞ。例えば俺は、この世界の住民の全てと俺の周りの家族や仲間を天秤にかけられた場合、家族や仲間を優先する。」


「・・・世界が滅んでも・・・それでもいいの?」


「そうだ・・・今まで俺は二度世界を救ったと言ったけど、それはただ単に俺の家族や仲間も危険になったからだ。その問題を解決した結果、ついでで世界が救われただけだ。」


それがあまりにも歪で矛盾した考え方であるとユーリアも理解できていた。


世界の危機に対して動いたのではなく、世界が危機に陥ることによって自分の家族が危険になるとわかったから動いた。


それははっきり言って異常な考え方だ。先程静希は一般的な考えと外れていると言っていたが、それはずれなどというものではない。根本的なものが異なっている。


それは人として歪んでいるどころではない。破綻していると言ってもいい。


静希は本来人間がもつような考え方を持っていないのだ。それが静希の異常性と特異性を表しているということに気付くのに時間はかからなかった。


「そもそもだ、俺が救える人間も、俺が倒せるものも、対処できるものも限りがある。守り切れるものが限られているなら、その中に大事な家族を入れておくのは当たり前の事だろ?」


「それは・・・そうかもしれないけど・・・」


どんなに優れた人間にだって能力の限界というものが存在する。それは筋力や知力というだけではない、そもそもにおいて人間一個人のできる事には必ず限界があるのだ。


だからこそ人間は社会を作り、多くの人間が支え合って一種の共同生活を送るように仕立て上げた。


例え異常な力や強力な能力を持っていたとしても静希はただ一人の人間だ。そこには必ず限界が存在する。彼がその力で守る者を限定していたとしても何もおかしいことはない。


おかしいことはないはずなのに、なぜ自分はおかしいと思ってしまうのだろう。ユーリアはうつむき、悩んでしまっていた。



何が正しいのか、ユーリアはわからなくなってしまった。


少なくとも自分が持っていた正義感は正しいものだと思っていた。困っている人がいたら助ける、それは至極当たり前で当然のことだと思ったからだ。


何より自分が助けられているから静希達の助けになりたいという気持ちは嘘ではない。


だが静希は自分の身内さえ守れれば他はどうなっても構わないという。そして今までその考えを貫き、世界を二度救ったという。


それならば、静希の考えこそが正しいのではないか、自分の考えこそ間違っているのではないか。そんな風に思えてしまっていた。


そんな様子のユーリアを見て静希は何を思ったのかため息を吐いた後頭を両腕で掴んで無理やりに顔をあげさせる。


一体なんだと思うよりも前に、目の前に眉間にしわを寄せた静希の顔面があった。


「難しく考えるな。結局のところは二択だ。どっちを助けたいか、どっちを優先するか、たったそれだけだ。お前が両親を助けたいと思ったように、俺は家族を助けたいと思っただけだ。何か間違ってることがあるか?」


その言葉にユーリアははっとなる。確かに自分は両親がテロリストと一緒にいると教えられ助けたいと思った。人質になっているかもしれないと聞かされて助けたいと心から思った。


その気持ちに嘘はない。決して嘘ではない。


「お前、俺の考えを聞いて自分の考えが間違ってるんじゃないかって思っただろ」


静希に見透かされ、ユーリアはより一層強く動揺した。その表情の動きを見て図星かと静希は眉間のしわを一層強くしていた。


「いいか、俺の考えはあくまで俺のものだ、お前のものじゃない。お前が何かを考える上での参考にするのはいいが真似るのだけはやめておけ。そんなもの何の得にもならない。」


「・・・でも、シズキは実際それで世界を救ってるんでしょ?それならその考えが正しいんじゃ・・・」


「考えに正しいもくそもあるか。問題が提示されて、その正解を導くのとはわけが違う。誰が何を考えるかどう考えるか、そんなものに正解は無い。ただ種類があるだけだ。」


正解は無い。正しいことなどない。ましてやそこに善悪などあるはずもない。


考える事自体は間違いなどあり得ない。間違いだというのなら、それは問題が提示されている場合に限られる。


欲求ともいうべき感情や心を前に起こした考えに、正しさや間違いなど存在しないのである。


あるとしたらそれはその個人の個性や性格が反映されるだけの事だ。


「確かに俺の考えは非常識だし非情だし何より極端かもしれないけどな、誰かにそれを強制した覚えはない。それは勿論お前にもだ。」


考えや価値観は強制するものではなく、個々人がもち続けるものだ。そしてそれは時や環境状況によって変化していく。


経験や知識によって少しずつ変わっていく。それはまるで生き物のように。


だからこそ静希はそれを押し付けるようなことはしない。自分の考えを述べることはあっても、誰かにそれを無理やり感化させることはない。


むしろ誰かの意見を聞いて自分の意見が正しいか否かを考えることが必要なのだ。


「俺は赤の他人よりも家族や仲間が大事だ。その考えに変わりはない。けどお前は別にそう考える必要はない。お前が自分や家族よりも赤の他人が大事だっていうなら、それも別に間違ったことじゃないだろうさ。」


それは本来生物として矛盾した考えかもしれない、歪んでいるかもしれない。だがそれを静希は否定することをしなかった。


その考えはある意味、ユーリアが考えているようなヒーローのものに近いからである。自らの犠牲もいとわずに他人を救う、まさに物語の中のヒーロー。


自分よりも他人を優先する、そんな正義の心にあふれた人間。そんな人が本当にいるかどうかは今は問題ではない。


そんな自己犠牲ともいえるような精神を静希は肯定した。真逆の考えを持っているようなこの静希が。


正しいことなどありはしない、間違っていることもありはしない。そこにあるのはただの種類だ。


色のようなものだ。たとえ白であろうと黒であろうと、正反対の色であろうとどちらが間違っているということはあり得ないのだ。


そこに問いがない限りは。


色で言うなら、静希は今限りなく黒に近い色だろう。その黒色が正しいか間違っているか、それはこの世界の誰にも判断できないことなのだ。


「ただ一つだけ教えておく。自分にできないことをしようとすれば自分が危うくなるだけじゃなく周りも巻き込む。お前が勝手に自滅するならいい、でもお前を守ろうとしてる奴もいるってことを忘れるな。」


静希の言葉にユーリアは自分の周りにいる人間に目を向けた。


静希だけではない、アイナ、レイシャ、そしてカレンにノエル、コナー。

自分を守ろうとしてくれる存在、自分が無茶をすればその分周りにも被害が出る。


だからこそ、自分にできる事だけをする。その言葉がユーリアの中に重くのしかかっていた。


自分はそんなつもりがなくても、周りはそうせざるを得なくなる。特にユーリを守ろうとしている全員がそうだ。


もしユーリアが敵に攻撃を受けたら、必ずユーリアを守ろうとするだろう。もしかしたら自分の身を盾にすることだってあるかもしれない。


そうなってはいけないのだ。


「いや全くいい言葉だ。さすが二児の父はいう事が違う。」


「茶化すな。俺らの問題でもあるんだ。こいつに勝手な行動されたら面倒が降りかかるのは俺たちだぞ。」


カレンの言葉に静希はため息をつきながらユーリアの頭から手を離す。


せっかく自分が説教したというのに空気が台無しだと静希は呆れているが、ユーリアは自分の頭に触れながら静希の言葉を反芻していた。


静希が言っていたことは確かに正しい。人はそれぞれ考え方が違う。どんな考え方をしようとそれは人それぞれだ。


そして自分の行動は何かの結果を生む。どのような結果を生むにしろその結果をあらかじめ考えたうえで行動しなければ周りの人間にも迷惑をかけることになるだろう。


今回の場合はまさにそれだ。ユーリアは周りの人間を、特に静希を利用して両親を助けようとした。その結果静希に協力する人間も巻き込みかけた。


ならばどうするか、結局のところ自分にできることをする以外に方法はないのだ。


自分にできることは何か、そんなことを考えても結局のところ静希から離れないということくらいである。


「ミスターイガラシ、ボスがお話ししたいと。」


「お・・・結論が出たか・・・?今行く。」


静希はパソコンの前に向かい、話し始めた。


『シズキ、君がこの街によることにしたときもちょっとびっくりしたけど、今度のこれは何の意味があるのかだけ教えてくれ。あの子たちは君についていく気満々だ。』


パソコンの向こうから聞こえてくる友人の声に、静希はどう説明したものかなとため息をついてしまう。


あの少女と両親を引き合わせるなんて言ったところで彼が納得するわけがない。自分たちがまかされたのはあくまで少女の保護だ。安全な場所まで彼女を連れていくのが目的であってそれ以外は無駄な寄り道でしかない。


今回の街への寄り道だってシャワーを浴びたいというただそれだけの理由なのだ。優先順位から言えばかなり低い。だがモチベーションの維持には必要な事だった。


完全に効率重視で行くならもっと楽な方法がある、だがそれを静希はとっていない。それは静希がそう言った方法をとりたくないからに他ならない。


言ってしまえば気に食わないのだ。そう言った効率が良すぎるやり方が。


今回の事件において最も効率よく物事を運ぶ方法は、事件の中心ともいえるユーリア・コリントの殺害である。


だがそれはしたくない、テロリストの身勝手な行動で見ず知らずだったとはいえ一人の少女を犠牲にするというやり方は不愉快だ。


何より静希は恩師に頼まれた。この子を守れと。


依頼されたからには他人事ではない、ユーリアを守るのが今の静希の仕事だ。


彼女を守る。教育者である彼女の依頼だ、ただ身を守るだけが仕事ではない。


「・・・依頼人からの頼みがあってな。」


『依頼人・・・?軍からかい?』


「いいや、もっと大本の部分だ。あの子を守れと頼んできた酔狂な人だ。俺が護衛に向いてないってわかったうえで頼んできた。その意味、なんとなく分かるだろ?」


静希の言葉にエドは数秒沈黙を保った後で小さくため息をつく。


そしてあぁもう全くと言ってからまた再び、今度は肺の空気をすべて吐き出すかのような大きく長い溜息をついて見せる。


『またひねくれ少年ってわけかい?もう少年って歳でもないだろうに。もう少し素直になったらいいじゃないか。君の子供たちがどんな風に育つのか不安でしょうがないよ。』


「人の事言える立場か。お前だってもう子持ちだろ?社員にばっかり気を配ってたら愛想付かされるぞ?」


僕はちゃんと家族のことは考えているさとエドは反論しているが、静希からしたら本当にどうなのかわかったものではない。


彼の事だ、会社員も家族同然などという甘いこと言っているのかもしれない。もちろんそれだって間違っているとは言えない。だからこそ困るのだ。

甘さや優しさだけでわたっていける程世間は甘くないのである。


『とにかくわかった・・・君がそう言うつもりなら、それをするだけの価値があるってことなんだろうね。もしかしてだけどあの二人はもうそのことを知ってるのかい?』


「一応話した。どういう風に受け止めてるかは知らないけどな。」


『あの子たちは賢いからね。君のことを不器用な人だとか思ってるかもしれないよ?』


「それならそれでいいさ。実際当たらずとも遠からずだよ。」


自分でも何とも不器用な性格だというのは自覚している。もっと素直になれればいいと思いながらもどうしても建前という形をとってしまうのだ。


勿論今回このような形にしたのにはもう一つ意味がある。それは軍に対する言い訳という思い切り体裁的なものが含まれているのだが、はっきり言ってそんなものは後でいくらでも都合できた話だ。


それでもこんな形を選んだのはやはり自分が不器用だからだろう。


自他ともに、静希という人間が不器用であるというのは認められる一種の事実だった。


そしてそれを周囲の人間が理解しているからこそこの現状が出来上がっている。


『それにしても懐かしいね。君のそう言うところをまた見ることになるとは。まだまだお互いに少年心を忘れていないってことかな?』


「もうすぐ四十になる男が一体何言ってんだか・・・思春期はとっくに終わっただろう?」


『失礼な!僕はまだ三十八だよ!アラフォーにはまだ少し早いさ。』


いやその年ならアラフォーだよと静希は苦笑しながらパソコンの向こうにいる友人に言葉を届けていた。


何年たっても変わらない男だと少しだけこの会話が楽しくあった。可能ならばずっとこうしていられればいいのだがと思えるほどに。


アイナとレイシャの上司であるエドとの会話もそこそこに、静希達は明日に備え休むことにしていた。


元よりこの部屋にいたカレン、ノエル、コナーは別の部屋をすでに用意しているらしくそちらに移動するようだった。この場に残るのは静希とユーリア、そしてアイナとレイシャである。


「男性と外泊っていうのはあれね、一種の非行少女みたいね。」


「非行ねぇ・・・まぁ間違ってはいないか。」


実際に銃とナイフを持って行動しているあたり、確かに非行と言えなくもない。事実資格もなしに銃を持つことは禁じられているのだ。


たとえ銃社会だったとしても、ルールというものは最低限存在するのである。


それを破っているうえに、見ず知らずだった男たちと行動を共にしている。確かに見る人が見たら非行ととられなくもない状況である。


「明日は何時ごろ出発するの?」


「支払いはカレンたちに任せてある。俺たちは夜明けとともに出発する予定だ・・・まぁ予定通りに行けばの話だけど。」


そう言いながら静希は目を細めていた。予定通りに行かないのが世の常というものである。あらゆることに対応するためにはある程度予測しておくことも必要なのだ。


そして静希の言葉をアイナとレイシャは正しく理解していた。


それがどういうことなのか、そしてどういう意味を持つのか。


「とりあえずお前はもう寝ておけ。俺は武器の手入れとかあるからまだ起きてるけどな。」


「・・・そう?じゃあ・・・先に・・・二人は・・・?」


「私達もそろそろ眠りますよ。」


「ただ武器の調整をしておかないといけないので。」


静希だけではなくアイナとレイシャも自らがもつ武器を手に取って手入れを始めている。その手に持っている武器をユーリアは初めて目に入れることができた。


今までどこかに隠していたのだろうか、そう思えるほどだった。


アイナの能力は透明化だ、そう言うことができても何ら不思議はない。


自分だけやることがないのは申し訳ない気分だったが、できないことを無理にやる必要はない。


そう思ってベッドに横になり潜り込むと、今まで寝てきたそれと違うことがわかる。なんというか暖かい。安心できるベッドだった。


やはり急ごしらえのものとは違うのだなと心の底から思ってしまう。そんな中で一つ気になることがあった。


「そういえばさ、あの人たちが後方支援とかしてくれてたんだよね?」


「そうだぞ。それがどうかしたか?」


「あの小屋とかって誰が作ってくれてたの?」


あの小屋、それは今まで移動中に静希達がチェックポイントとして使っていた小屋の事だ。


明らかにタイミングとしては急造のはずなのに、妙に精巧な作りをしていたのを覚えている。


そしてユーリアはそれが能力によるものであるということに気付いていた。


「あぁ、あれはノエルが作ったんだ。あいつは変換能力者だからな。」


変換能力、それは言葉の通り物質などの形は状態などを変換することができる能力の事である。


硬い岩をまるで粘土のように動かすことも、岩を金に変えることもできるという。過去錬金術などともいわれていた能力だ。


「家とかも簡単に作れちゃうんだ。」


「あぁ、ノエルの場合は俺の知り合いの所に一時期弟子入りしてたことがあるからな。腕だけで言えばもうかなりのレベルに達してるはずだ。」


その知り合いというのが一体誰の事なのかは知らないが、個人の能力をそこまで上げることができるという事はかなりの実力を持った能力者なのだろう。


静希の知り合いというのはそれだけ優秀な人物が多いという事でもある。


「私も・・・私も誰かの弟子になったら能力を上手く使えるようになるかな?」


「どうだろうな・・・お前の能力は継続発動じゃないからな。改善できることと言ったら複製速度の向上と、手を離した後残っていられる時間の延長くらいだ。ぶっちゃけるとお前の能力は多分もう頭打ちだと思うぞ。」


頭打ち、つまりはもうこれ以上は成長しないという事である。


実際ユーリアは能力を何度か使ってきてはいるがそれほど成長したと感じることはなかった。もとより上限値があまり高くない、それこそ早熟なタイプの能力なのだろう。


そう言う意味では彼女が誰かの所に弟子入りしたところで能力を上手く使うことができるという事は考えにくかった。


「どちらかというとお前の場合は、複製した道具を上手く使えるようにならないといけないだろうな。銃なら狙いをつけられるように、ナイフならその扱いを上手くできるように。前にも言ったけど、使い勝手は悪い能力だな。」


応用性がないという言葉がユーリアの能力には最も適しているかもしれない。触れているものを複製するだけの能力だ、それ以上の効果はない。その為複製する者の力に依存してしまう。


そう考えれば静希のいうように道具や武器の扱いを学ぶことが、一番力をつける近道なのだろう。


無論、技術を身につけるなどといったところで先が長いことは重々理解している。


使い勝手が悪い能力、確かにその通りかもしれない。触れている物しか複製することができないのだから。


だが静希の言葉は、使い勝手が悪いと言いながらもそこまで否定的ではなかった。もしかしたら何かがあるのかもしれない。そんなことを考えながらユーリアはゆっくりと瞼を落していた。


「ミスターにしては、随分と厳しいお言葉でしたね。」


「そうか?事実を言ったつもりだったけど。」


「使い勝手が悪いなどと言われれば、誰だって傷ついてしまいますよ?ミスコリントはそのようなことはなかったようですが・・・」


ユーリアが寝息を立て始めたころ、静希達は武器を整備しながら小声で話しをしていた


いつ何が起こってもいいように備える、聞こえはいいが静希とアイナ、レイシャはこれから何が起こるのかなんとなく予想できてしまっているのだ。


今まで面倒事に巻き込まれてきたことによる勘とでもいえばいいのか、確証はないが何かが起きるという事を察知していた。


そしてそんな中で雑談をすることができるくらい、この三人は荒事に慣れてしまっているのである。


「まぁ俺の能力も結構使い勝手悪いからな・・・そう言う意味じゃ似てるけど。」


「そうでしょうか・・・ミスターの能力は応用性に富んでいるように思えますが・・・」


「少なくともかなり多様な攻撃ができているように思いますが。」


アイナとレイシャの言う通り、静希の攻撃は多種多様だ。それこそ能力を判別させないような工夫をしたうえでも十分以上なほどの多様性を見せている。


だが結局のところ、やっていることは同じなのだ。


能力というのは何でもできるというものではない。必ず可能不可能が存在する。


例えばユーリアの能力であれば触れている物しか複製できないように、必ずできない事柄というものがあるのだ。


その能力の情報をどれだけ隠し、なおかつ応用していくかが重要になってくると言える。


使い勝手が悪い能力というのはいくつかの意味を含めたつもりだが、その中で応用性が低いというのも含まれている。


静希の能力と同様、ユーリアの能力もかなり応用性は低い能力なのだ。


そうなってくると後は能力を使う個人の技術をあげるほかない。


「俺の能力は多様性があるように見せてるだけだ。実際はそう言うわけじゃない。本来の使い道ともだいぶ外れてるしな。」


本来の使い道。能力にそれぞれタイプがあるように、能力にはそれぞれ正しい使い道や定石ともいわれる使用法が存在する。


例えば身体能力強化を行える能力であれば肉弾戦などの接近戦、変換系統であれば地形変化や工作活動など、それぞれの能力に応じてそうするべきであるという項目が存在するのだ。


もちろんその中でもいくつか例外があることは否めないが。


静希の能力もまた、本来の系統とその用途はかなりずれている。それは静希のいうところの使い勝手が悪いという理由に他ならない。


そうせざるを得なかったというのが理由ではあるが、静希はユーリアの能力にもまた同様のものを感じ取っていた。


「ミスコリントは・・・これからどのようになるでしょうか・・・」


「どのような能力者になるのでしょうか・・・?」


ゆっくりと寝息を立てている彼女を見ながら、アイナとレイシャは僅かに目を細める。


彼女が能力者であるという事はすでに知られてしまった。今さら無能力者としての生活に戻ることはできない。


彼女にはもう能力者として生きる以外の未来は存在しないのだ。


あとは、彼女がこれからどうなるかという事だけである。そんな未来の中に静希は一種の可能性を見出していた。


「こいつは・・・まぁたぶんそれなりにいい能力者になると思うぞ。そう言う素質は持ってると思う。」


「・・・それはどういうところですか?」


「何か才能のようなものでも?」


才能、その言葉に静希は苦笑してしまう。


ほんの数日しか行動を共にしていないとはいえ、ユーリアに突出した才能があるとは思えなかった。


身体能力が飛び抜けて高いというわけでもないし、能力が恐ろしく強いというわけでもない。


今のところ彼女は平凡か、それ以下の才能しか持ち合わせていないように思えるのだ。少なくともアイナとレイシャはそう感じていた。


だが静希の考えは違っていた。


平凡か、それ以下しか持ち合わせていない彼女だからこそ、彼女にしかなれないものがあると思っていた。


自分とはまた別の、自分にもなれない何か。その片鱗をすでに静希は彼女から感じ取っている。


「才能は正直あんまりないな。でも素質はあると思う。指導者がしっかりしてればこいつはいい能力者になる。」


才能と素質。


それは一体何が違うのか、アイナとレイシャにはわからなかったが、静希はユーリアの未来にかなり期待しているようだった。


静希がここまで評価するのも珍しいなと思いながらアイナとレイシャは興味深そうにユーリアの方を見ている。


こうしてみているとただの子供なのだがと不思議そうにしながら装備の整備を終えると、周囲の空気が一瞬変化するのを感じる。


その変化を起こしたのは静希だった。眉を顰め、仮面を身に着けた状態で既に臨戦態勢に入っている。彼が放つ静かな殺意がこの空間の空気を変貌させていた。


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