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J/53  作者: 池金啓太
番外編「現に残る願いの欠片」

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女性陣の気持ち

静希達はこの日、まだ日のあるうちにチェックポイントへとたどり着き早めに動きを止めることにしていた。


女性陣は濡れたタオルで体を拭いて少しでも汚れを落とし、その間に静希は今日の夕食を作り始めている。


日が落ちる前にこうしてチェックポイントである小屋にやってきたのには理由がある。車を購入し移動手段にしたことで良くも悪くも行動範囲が限定されてしまったのだ。


道しか走れなくなったと言えばいいだろうか。ある程度の砂利道なら走ることはできるが明らかに人の立ち入る事のできないような悪路は通ることができない。


その点を考慮して後方支援の部隊はしっかりと車でも通行できるような砂利道のようなものを作ってくれていた。それを見つけるのは暗闇では難しいために早めに移動して今日の行動を終えようとしていたのだ。


幸いにしてその道に入るところは誰にも見られていない、誰かがここにやってくるという可能性は限りなく低いだろう。


セーフティーゾーンとでも呼べばいいだろうか、比較的安全なこの場所に留まることで緊張感を多少は和らげることができる。


とはいっても、やはり護衛中であることに変わりはない。


夕食をとりながら今後の話をし終えた後で、ユーリアはベッドに入り眠り始めた。


そんな中アイナとレイシャがじっと静希の方を見ているのに気付く。


「どうかしたか?」


「・・・ミスターが何を考えているのかが気になります。」


「何が目的であの場でミスコリントに両親の情報を?」


アイナとレイシャはずっと気がかりだったのだろう。ユーリアが眠りについた今を置いて聞く機会はもうないかもしれない。


ユーリアに両親の情報を伝えたのははっきり言って悪手だ。効率的に任務をこなすなら護衛対象の意志を無視してでも安全地域に運ぶのが一番手っ取り早い。


何よりその方が確実だ。


自分の意志を持って行動されればその分余計な手間が増える。荷物を運ぶのと同様に守るのが一番楽なのである。


だが静希はそれをしなかった。どんな理由があるのかは知らないがそうしなかった。


それは彼のやさしさというにはあまりにも無意味だ。教えるべきことと隠しているべきことは分けるべきなのである。特に今回に限っては。


「ミスターもすでにご存じのはずです。なのになぜあのような・・・」


「危険になるとわかったうえで、なぜこのような状況を作り出したのですか?」


アイナとレイシャの質問に静希は頬を掻きながらベッドで寝息を立てているユーリアの方を見る。静かに寝息を立てている彼女は年相応、いや年齢よりも幼く見える。


こうしてみればただの子供だ、自分の子供が大きくなったらこんな風になるのだろうかと思いながら小さく息をつく。


「なんていうかな・・・明確な理由があったわけじゃない。ただこいつは知っておくべきだと思ったんだ。」


「それは・・・両親のことを?」


「いいや、それだけじゃない・・・今回のことに関わる全てのことをだ。」


「・・・それは・・・それではあまりにも・・・」


静希の言葉を理解しているアイナとレイシャは心配そうにユーリアの方へと視線を向ける。


幼い少女は何も知らずにあどけない寝顔で眠り続けている。自分たちの心配など気づいてすらいないだろう。


幸せそうな寝顔を見て二人は悲痛な表情をしていた。


「こいつは知っておくべきなんだ。これから自分が住む世界がどういうものになるのかを・・・そして考えさせるべきだ。自分がどうやって生きていくか。」


静希の言っていることは恐らく正しい。第三者に勝手に決められる人生も間違っているわけではない。そう言う生き方だってあるのも確かだ。


だが静希はこの幼い能力者に自分の身の振り方を考えさせるつもりなのだ。

他人に振り回されるだけでは何も変えられない。何かを変えようと思ったのなら自分で行動しなければならない。


何かが変わるのを待っていれば、その分無駄な時間を過ごす。その分自分の行動が遅れてしまう。


だからこそ静希は彼女自身に選択させるつもりだった。そう言うつもりで静希は彼女に武器を与えた。


願わくば自分の力で状況を切り開くことができるようにと。


「アイナ、レイシャ・・・お前達ならわかるはずだ。自分たちに降りかかる理不尽を振り払うにはどうすればいいか。無力な人間が状況を打破するにはどうすればいいか。」


静希の言葉にアイナとレイシャは口をつぐむ。


自らの過去を思い起こしながら目を伏せ、静希の言っていることが正しいという事をことさら理解していた。


だが正しいからと言ってそれを許容できるかどうかは別問題だ。


正しいとわかっていても、納得できないこともある。


「ですが・・・なら何故両親と引き合わせるなど・・・。」


「状況が悪化するかもしれません・・・いえ・・・最悪の事態も想定できます。」


「だからこそだ。最悪の状況を引き起こすかどうか、こいつに決めさせる。邪魔者は全部潰しておかないといけないからな・・・二度とこんなことが起きなくなるように。」


静希は小さく息をつきながら眠っているユーリアに視線を向けた後、自嘲気味に笑みを浮かべていた。


二度とこんなことが起きないように。まるで正義の味方だなと思いつい笑ってしまったのだ。


自分はただの小悪党でしかないというのに。


「・・・ミスターは・・・ミスコリントをどうなさるおつもりなのですか?」


「どうするって・・・俺はこいつの護衛だ。こいつを守るのが俺の仕事だ。」


「・・・では、今回の件が終わった後、彼女は・・・」


「それこそ俺の知ったことじゃない。こいつがどうするかはこいつが決めることだ。」


こいつが決める事。そう言ったところでただの子供に今後の身の振り方を決めろと言っても無理の一言だ。


だがユーリアはただの子供ではない。能力者だ。その片鱗を静希も、そしてアイナとレイシャも感じ取っている。


ただ漠然と生きているだけの人間では決して生まれない、閃きや発想力とでもいえばいいだろうか、そう言うものがユーリアにはあるのだ。


だからこそ静希はすべてをユーリアに教えようと思っていた。ただ教えるだけではなく、それを自ら考えさせることでそれを決めさせようと思ったのだ。


ユーリアに教えない方がいいと思ったこともある。事実教えていないこともある。


それらは彼女自身がその目で見て、その耳で聞いて、考えて初めて理解させた方がいい。静希はそう考えていた。


「ミスターは厳しいですね・・・とても・・・ボスとは大違いです。」


「そうか?これも一種のやさしさだと思ってるんだけど。」


「そのやさしさは鋭すぎます。それを理解するよりも時として恨まれることだってあり得ます。」


静希の言っていることは理解できる。そして静希が一種のやさしさを持って今回のことに当たっているという事も十分に理解できる。


だからこそアイナとレイシャは静希のやさしさは厳しすぎると思ったのだ。

特に、この幼い能力者には。


自分を育て教えてくれた上司はもっと優しく暖かかった。まるでそれが当たり前だと思っていた。そして静希もまた同じであると、そう思っていた。


だがそうではなかったのだ。今理解した。静希は決定的に違うのだと。


そのやさしさは鋭く冷たい。深く考えなければそれを理解できないほどに、そして一見すればそれは敵意にさえ見えてしまうほどに。


そのやさしさをこの少女が理解できるのか、優しさだと実感できるのか。それはこの少女にかかっているのだろう。


少しでも理解してもらおうと、少しでも良い方向に向けようと、静希もユーリアに対して誠実さで向き合っている。


だがそれがどこまで功を奏しているかは不明である。


「ミスターはお子方にもこのように接しているのですか?」


「ん・・・あいつらはまだ子供だ。こういう指導はしたことがないな。」


「ではこれからするのですね・・・同情してしまいます。」


静希のやさしさは厳しさと同義だ。それらを向けられる静希の子供たちはきっとこれからたくさん苦労することになるだろう。


アイナもレイシャもあの二人の事は知っている。だからこそあの子たちが泣くところは見たくないなと思ってしまった。


いつの間にか子供から大人の考え方になっているということに気付かず、アイナとレイシャは苦笑してしまっていた。


「同情することはない。優しさと愛情、厳しさはまた別の話だ。甘やかすだけが優しさじゃない。お前達も十分知ってるだろう?」


「それは・・・そうですが・・・」


「確かにその通りではありますが・・・」


今まで育てられて来て、厳しさも時には必要であるというのは二人とも十分に理解していた。


甘やかすだけでは人は育たない。時に厳しくすることで強く育っていくのだ。


優しさというのは一つの結果だけを生むのではない。時として堕落を生んでしまう事だってあり得るのだ。


心を鬼にして厳しく接する。そう言う優しさも一種の正しさなのである。


「まぁその厳しさにも限度はあるだろうな。飴と鞭っていうのが一番だ」


「ミスターの場合、鞭と鞭になりそうです」


「飴二に対して鞭八くらいの割合になりそうです。」


「お前ら俺をなんだと思ってるんだ・・・」


静希の話はいろんな人から聞いている。その中でも一番静希を表した一言がある。以前行動したどこかの誰かが言っていた言葉だ


悪魔のような男


それを言ったどこかの誰かは、きっと静希の残虐性だけを見ていったのだろう。


だがその言葉は非常に的を射ている。


残虐さだけではなく狡猾さにおいても静希はまさに悪魔のような男だ。


それが敵に対するものでも、そして味方に対するものでも。


時に優しさであり厳しさであり、そう言う表裏一体の物事を上手く使い分けたうえで常に考え行動している。


一時期静希に指導を受けていた二人だからこそ分かったのかもしれない。近すぎず遠すぎない二人だからこそ理解しえたのかもしれない。


この人は本当に悪魔のようだ。


悪魔よりも悪魔らしい。何とも不思議な言葉だが静希を表すには最も適切だろう。


「今後どうなるかはこいつの・・・そして俺らにかかってる。そのあたり覚えておけよ。」


「了解しました。」


「お供いたします。」


アイナとレイシャの言葉を聞いて静希は満足そうにうなずいた後目を閉じる。少しでも休み、明日の行動をしやすくしなければならないだろう。


面倒はこれからだ。そう確信しながら静希は僅かな眠りにつく。









翌日、静希達は再び車で移動を開始していた。


この日の目的地はホテルのある大きめの街、はっきり言っていい予感は全くしなかったがこれも必要なことだと割り切るしかない。


なにせこの場にいる四人のうち三人がシャワーをご所望なのだ、多対一では多数決では勝てるはずもない。


何より彼女たちの言い分も十分に理解できるのだ。体を清潔にしておきたいというのは単純であり分かりやすい理由でもある。


静希だって体を洗いたいという欲求は勿論ある。濡れたタオルで体をふくのにも限界があるのだ。女性ならその欲求はさらに強いものだろう。


とはいえ当然それだけ危険も多くなる。特に町の中心に行けばいくほど人の目は多くなる。さらに言えばホテルなんて人が大勢いるような場所だ。面倒も起こしにくいし何より有事の際の対応が非常に面倒になる。


ホテル一つ丸ごと潰してもいいというのであれば好き勝手にできるのだが、生憎それだけの許可は貰っていない。


ホテル丸々一つを貸切にすればそれだけ一般人への被害は減らせるだろうが当然非常に目立つ。自分はここにいますよと公言しているようなものだ。


ただでさえ変装して素性を隠しているような状態でそんな愚行はできない。となれば静希が何とかするしかないのである。


幸いというべきかこちらは四人編成での行動になる。襲われたところで最低限の対応はできるだろう。


問題は捕捉された瞬間に索敵範囲が狭まるという事である。


今までいると思われた場所よりも西に移動している。つまり静希達の向かう先がある程度限定されてしまうのだ。ここで見つかるという事はそれだけ敵の注目と対応が強くなることに他ならない。


相手の目がどこまで届いているかはわからないが、確実な安全圏まで見つからないのが最高の条件だった。


だがすでにその目的達成は難しくなっている。なにせ護衛対象の彼女自身が両親に会いたいと言っているのだから。


自ら危険に突っ込むような行動を強いられる今、見つからずに行動するというのは難しい。


となればこの状況を逆に利用する以外に方法はないだろう。


どうしたものか


静希は悩みながらハンドルを握っていた。


ホテルの人間を仮に人質にとられたとしてもこちらとしては関係ない。完全に無視してその場を脱出すればいいだけの話である。


だがそれを護衛対象である彼女が納得するかどうか。


無論静希がその気になれば護衛対象を守りながら、なおかつ人質を解放することだって不可能ではない。


だがそれはそれで厄介だ。非常に面倒だ。はっきり言ってそれをするには何人かの死が必要になるかもしれない。無論テロリスト側の話ではあるが。


静希は別に快楽殺人者というわけではない。必要があるのなら人を殺すこともいとわないがはっきり言って彼女たちの近くで人は殺したくはなかった。


今自分が引きつれている三人の女性、そのうちの二人は自分の友人の弟子なのだ。彼女たちに人の死を見せるのは可能な限り避けたい。


自分がどれだけ甘いことを考えているかは理解している。だがだからと言って人の死に慣れさせるようなことはさせたくなかった。


偏った考え方かもしれないなと静希は自分を戒める。自分に何ができるかを考えた時、それが周囲に引き起こす結果を考えるのは当然のことだ。


だが結果の副産物を恐れてこれからどう動くのかを決めてしまうのでは何もできはしない。それに仮にそれを起こしたとして、何か精神上悪影響を及ぼしたとしてもそれは彼女たちの問題だ。


自分はできることをする。限りなく非情に、できる限り正確に。

その後彼女たちが自分のことをどう思うかは別問題だ。


仮に非道だと言われようと、人でなしだと言われようと、自分には彼女たちを守る義務がある。


バックミラー越しに彼女たちを見ると、三人は何やら話をしながら盛り上がっている。一体何の話をしているのかまでは理解できない。というか理解する必要を感じなかった。


本当にただの世間話のように見える。随分と打ち解けたものだと思いながら静希は小さくため息を吐いた。


自分達がこれからシャワーを浴びることができるという事を喜ぶのもいいのだが、もう少し緊張感を持ってほしいと思うのも事実である。


いや、その緊張感を理解しているからこそあえてあのように何でもないようにしているのかもしれない。


女の切り替えは早いからなと静希は今までの経験でそれを理解していた。


なんというか、こういう時に自分に女性の味方がいないというのは少々心細かった。


地図を見ながら現在位置とこれから向かう町の位置を確認していく。


少し時間がかかってしまったこともあり、今日の夕方から夜には確実に到着できるだろう。


それまではこの平穏にも近い状況を続けているのもまたいいかもしれない。

ロシアとはいえ夏という事もありそれなりに暑い。もちろん日本のそれに比べれば随分涼しいし乾燥している。


こういう気候だと夏はすごしやすいなと心底思いながら静希は僅かに窓を開ける。


窓の外から風が流れ込み、快適なドライブを演出していた。今そんな状況ではないのは重々承知であるが、こういう時間もまたいいものである。


静希の予想通り、今日宿泊するホテルのある街についたのは夕方頃だった。日も傾きかけあたりが夕焼けに染まる中、静希達は今日宿泊する予定になっているホテルを探そうとしていた。


当然ながらこの町にも検問のようなものが存在した。やはり大きな街にはそれ相応に目を向けているという事だろう。


正直に言えばあまり良い傾向とは思えなかったがある意味こちらに注意を向けているということがわかっただけでも上出来である。


この街は見張られている。それがわかっただけましというものだ。


「ミスター、あの建物がそうです。」


「なかなかに大きなホテルだな・・・これ経費で落ちるかな?」


「宿泊代という事で何とかなるでしょう。そのあたりはミスターの腕の見せ所です」


「うわぁ・・・こんな所泊まったことない・・・大きいわね・・・」


窓から見えるホテルを眺めながら静希達はそれぞれ思い思いの感想を抱いていた。


大きな街というだけあってそれなりに立派なホテルだ。このホテルの一体どこに泊まることになるのかは知らないがあらかじめ話が通っているはずである。


「アイナ、ここを手配したのは誰だ?」


「ノエルとコナーです。この街にすでに到着しているとのことでしたが。」


「そうか、それならまぁ安心か」


知らない人の名前が出てきたことでユーリアは首をかしげてしまう。そんな彼女の様子を見てレイシャが助け舟を出した。


「ノエルとコナーは私達の後輩です。とても優秀な子達なんですよ?」


「へぇ・・・後輩・・・」


後輩と聞かされてどういうものを想像したのか知らないが、アイナとレイシャの後輩という事でユーリアはその二人に会うのが少し楽しみだった。


アイナとレイシャは凛々しい女性だ。まさに働く女性という感じがする。そんな二人の後輩という事できっと同じように凛々しくも素晴らしい人物なのだろうなと勝手に想像してしまっていた。


「アイナ、お前は手筈通りに。俺たちは車を止めた後ホテルに向かう。」


「了解しました。では後ほど。」


静希は車を一時停車させるとアイナだけを降ろしてそのままホテル近くの駐車場へと向かっていた。


ホテルに直接車を停車させないのは何かを警戒しているのか、それとも何か理由があるのか。どちらにしろ静希がこの街に入るにあたっていろいろと考えているのが覗えた。


「シズキ、アイナさんは何を?」


「万が一のための備えをしに。さっきも検問があったからな。この街にも敵の目があると思っていい。注意しておけ。」


敵の目がある


それはつまりいつ襲われてもおかしくないという事である。


ユーリアは無意識のうちに服の裾を掴みながらそれぞれの顔を不安そうに眺めていた。


また戦闘になるのだろうか。もしその時は自分も。


そう考えていた時レイシャが優しく自分の頭を撫でていた。


「大丈夫ですよミスコリント。あなたは戦う必要などありません。私たちがしっかりと守って見せます。」


そう諭されたことでいつの間にか自分の手が震えていることに気付き、ユーリアは小さく息をつく。


自分にできることなどたかが知れている。一人前の能力者である彼らがいる中で自分が何をしたところで無駄のようなものだ。


だが静希はだからこそ自分に銃を預けたのだ。


自分の力の使い道は自分で決める。


「・・・うん・・・でもできることがあったら言ってね?」


その言葉にレイシャは少し複雑そうな顔をした後で笑みを作って見せた。


自分達が守るべき少女に何かをさせるというのは気が進まなかった。だが少女が自分たちの力になりたいと思ってくれている、その気持ちは素直に嬉しいしありがたい。


ユーリアの能力はあらかじめ用意されていた資料と今までの行動からある程度は知っている。それ故にこの状況においてそこまで有用であるとは思えない。


だがそれでも彼女にはできることがあるだろう。相手がただの人間であるのなら。


「ありがとうございますミスコリント。もしその時が来たら力をお借りします。ですが決して無理をしないように。あなたはまだ子供なのですから。」


自分がこんなことを言うようになるとは。レイシャはそう思いながら身近にいる少女の頭をやさしくなでる。


いつの間にか自分は子供よりも大人の立場に立つようになっていたのだなと、小さな感動を覚えながら緊張感を高めていく。


この少女を絶対に守らなくては。


そしてそれを運転席で聞いていた静希もほぼ同様のことを考えていた。


考えていたのは主に二つ、レイシャがまるで大人のような事を言ったことと、ユーリアの手伝いが必要ないような状況にしなければいけないという事である。


昔からアイナとレイシャを見ている静希としてはこの変化は非常に感慨深いものがある。この場にいる人間がもう少し違えば、もしかしたら涙さえ誘うような状況になったかもしれない。


そしてユーリアの能力に関して、これからユーリアが手伝うような状況になるかどうかは静希達にかかっている。


力を使うように、自分で考えてそれを行使できるように教えたつもりだが、実際それをされると困る状況でもあるのは確かだ。


どうしたものかなと思いながら静希は車を駐車場に止め、二人を連れてホテルへと向かっていった。


静希達がホテルに到着するとロビーで待機していたと思われる二人の人影がこちらへとやってきた。


「ミスターイガラシ、レイ姉さん、お待ちしていました。」


「すでに準備はできています。お部屋の方にどうぞ。」


「久しぶりだなノエル、コナー。元気そうで何よりだ。」


駆け寄ってきた二人は十二歳くらいの少女と少年だった。


まさか自分と同い年の子供がこうして手伝いをしているとは思わなかったために、この事実にユーリアはかなり驚いているようだった。


「レイ姉さん、アイ姉さんは?」


「今別の仕事をしています。直にこちらに合流しますよ。」


「よかった・・・それでこの子が今回の・・・?」


ノエルとコナーはユーリアの方を見ながら不思議そうにその全身を観察している。静希の体の陰に隠れるようにして視線を遮るのを見て、二人は眉をひそめていた。


「ユーリア・コリントだ。お前達と同世代だな。まぁ仲良くしてやってくれ。」


同世代なのに既に働いている。その上静希に頼りにされている。ユーリアにとってその事実はかなり大きなものだった。


つまり自分も訓練をすればそれだけの可能性があったのだ。十二歳にして誰かに頼られるだけの可能性が。


自分が今まで無能力者として育ってきたというのもあるだろうが、彼らには自分にはない何かを感じ取っていた。


そう、具体的には自信のようなものだろうか。自分にはない何かを感じ取り、ユーリアは僅かに警戒してしまっていた。


「リア、こいつらがアイナとレイシャの後輩だ。二人とも自己紹介を。」


静希の言葉に二人は元気よく返事をするとユーリアの見えるところに移動して姿勢を正す。


「ノエル・ファルマンです。よろしくお願いします。」


「コナー・リッツロイです。よろしくお願いします。」


ノエルは白い肌に金色の髪をした女の子、コナーは白い肌に黒い髪をした男の子。


それぞれが挨拶を終えるとユーリアは静希に促されるように前に出た。


「ゆ、ユーリア・コリントです・・・よろしくお願いします。」


ユーリアが挨拶すると二人は手を握って半ば強引に握手をして見せた。そして同時にニコッと快活な笑みを浮かべて見せる。


子供らしさもまだ覗くことができるその笑みに、ユーリアは少しだけ安心していた。


「部屋の場所は?」


「ホテル上層階の角部屋です。非常口に最も近い場所を選びました。」


「よし、エドと話はできるか?」


「すでにセッティングは終わらせてあります。ボスも準備はできているようです。」


ノエルとコナーに案内されて静希達は今日宿泊する部屋へと移動する。そこは四人部屋のようでそれなり以上に広い部屋だった。


そしてその中には静希の知っている人物が待っていた。


「来たなシズキ・・・待っていたぞ。」


「カレン!お前こっちに来てたのか!?」


「あぁ、この子たちのお守りでな。」


その場にいた女性の下に駆け寄るノエルとコナーを撫でながら、彼女は薄く笑っている。


静希の後ろにいるユーリアは見知らぬ女性がいる事に警戒心を高めているようだったが、静希の知り合いという事もあってそこまで強い警戒心は抱いていないようだった。


何よりノエルとコナーに向ける穏やかな笑みがこの人は安心していいという感覚を加速させているのである。


「初めまして、ユーリア・コリント。私はシズキの友人でこの子たちの上司に当たるカレン・アイギスだ。今回の作戦で静希達の後方支援を担当している。」


「は・・・初めまして・・・ユーリア・コリントです・・・えっと・・・よろしくお願いします・・・?」


今まで活動をしていたのに今さらよろしくというのもおかしい話だというのは理解しているのだが、それでもこれ以外の言葉が思い浮かばなかった。


カレン・アイギスと名乗った女性はユーリアとの挨拶もそこそこにシズキの後ろにいる人物に視線を向けていた。


「レイシャもお疲れ様。シズキと行動を共にするのは疲れるだろう?」


「いえそのようなことはありません。ミスターイガラシはとても紳士なお方ですので。」


身長が伸びたせいで頭を撫でるようなことはしないが、カレンの言葉にレイシャは少し安心しているようだった。


こういう関係を長く続けていたというのがよくわかる。なんというか微笑ましい光景だった。


「それでシズキ、アイナは?」


「今は別行動、万が一の備えをしている程度だ、すぐに合流する。それよりも」


「あぁわかっている。まずはエドと話してくれ。話はそれからだ。」


カレンは静希を奥にあるテーブルに誘導する。その間にレイシャはユーリアを連れてシャワーを浴びに向かい、ノエルとコナーはその護衛に向かっていた。


完全防備の状態とはいえ奇妙な状況だ。静希は眉を顰めながらテーブルの上に置いてあるパソコンに目を向けた。


そこには一人の男性が映されているのが見える。それが一体誰であるか、静希はよく知っていた。


『やぁジョーカー、相変わらずの変装っぷりだ。とりあえず元気そうで何より。あの子たちは役に立っているかい?』


「あぁもちろんだよ、あいつらがいてくれるおかげでだいぶ助かってる。」


いつもより穏やかな声で話す静希の声を聞くことができなかったのはユーリアにとって少し残念な点だったかもしれない。


「ミスコリントの肌はとてもきれいですね、きめも細かい上に柔らかいです。」


「あ・・・あの・・・さすがに一緒に入るのは・・・」


「護衛の為ですから仕方のないことです。我慢してください。」


ユーリアはレイシャと共にシャワーを浴びていた。男性である静希と一緒に入るよりはずっといいのだが、同性とはいえ他人に肌を見せるというのは強い羞恥心を覚えてしまっていた。


体を洗い髪を洗い、今まで汚れがどこかしらついてしまっていた部分を徹底的に洗っていく。


汚れと共に今までの疲れも一緒に落ちていくような感覚だった。


なんというか体と一緒に心も洗濯しているようなそんな気分である。


「・・・あの・・・一つ聞いてもいいですか?」


「なんでしょう?スリーサイズ以外であればよいのですが。」


レイシャなりの冗談のつもりだったのだろうか、ユーリアは苦笑してしまうが、彼女のスリーサイズよりも気になるのはあの場にいた自分と同世代の子供の事である。


ノエルとコナー。あの二人のことがずっと気になっていたのである。


「あの子たちは・・・ノエルちゃんとコナー君は・・・その・・・」


ユーリアが言いにくそうにしているのを見てレイシャは彼女が何を聞きたいのかを理解した。そしてそれを聞くことがどういうことを意味しているのかも。


そしてその質問の対象は自分でもあるのだと。


「どうしてあの歳で私達と一緒に働いているのか・・・という事ですか?」


「・・・!・・・はい・・・」


聞いてはいけないことだっただろうか、ユーリアは少しだけ後悔しながら頭からシャワーを浴び、少しだけうつむいていた。


自分の髪や肌を伝ってシャワーから出てくるお湯は排水溝へと流れていく。それを眺めている間レイシャは小さく息を吐きながら自分の体を洗ってくれている。


「私達は、皆能力者であるが故に親に捨てられたものなのです。私とアイナも、そしてノエルとコナーも。」


「・・・え?」


親に捨てられた。それがどういう意味を持つのかユーリアはほとんど理解できなかった。


自分とは圧倒的に違う境遇、十二歳の少女が理解するにはあまりにも世界が違いすぎたのだ。想像することすらできなかったのはある意味仕方がなかったのかもしれない。


「じゃ・・・じゃあ今までどうしてたんですか・・・?」


「私とアイナは九年ほど前にボスに・・・エドモンド・パークスという方に拾われ、今まで教育と訓練をされてきました。時に学校に通わせてもらい、それまでとは比べ物にならない生活をさせていただきました。」


それは今でも思い出せる光景だった。掃き溜めのような場所で奴隷同然に扱われていたあの時、自分とアイナを拾い上げたあの大きな手を。大丈夫だと言い聞かせてくれたあの声を。


そして自分たちに多くを教え、多くを体験させてくれた。


家族というものの暖かさも、そして学ぶことの楽しさも。自分はここにいていいのだという実感さえも。


「ボスは私達のような孤児を・・・捨てられた能力者たちを育成し、やがて一つのシステムを作るのが夢なのです。捨てられた能力者に手を差し伸べる。そんなシステムを。」


それがどういうものなのか、ユーリアは半分も理解できなかった。彼女が生き物を何かしら飼っていたのなら、少しでも理解することができたかもしれない。


だが生憎と、彼女は生き物を育てるという事をしたことがなく、そのシステムが一体どれほどの苦労を持って得られるものであるかという事を理解できなかった。


「国によっては、能力者が迫害されるという事は、ミスコリントは知っていますか?」


「・・・知っては・・・います・・・何度かテレビでやってました・・・」


「そう・・・テレビでやっていることの、さらにひどいような状況の中に、まだ救いを求める能力者はたくさんいます。いえその状況が悪辣な状況であると理解できない者さえいます。」


人間というものは、自らを取り囲む環境が持続した場合、それが普通であると思ってしまう。今までそれ以外の状況になったことがなければなおさらだ。


自分達が異常であることにすら気づけない。それが一体どういうことなのか、ユーリアはイメージすることができなかった。


だがそれがとても恐ろしいことだという事はわかる。


「だからこそ、ボスは助けようとしているのです。そんな状況にある子供たちを一人でも多く救いたいと・・・。」


しかもその対象は動物ではない、人間だ。


動物のように衣食住さえ整えれば救えるというものではない。寿命が短いわけでも、ただ食って寝るという生活をさせればいいというわけではない。


人間が正しく育つためには、正しい教育と指導、そして正しい思考が必要なのだ。


そこに至るまでには必要なものが多々存在する。知識だけではなく先立つものも必要になる。何よりそれを一つのシステムにするためには何年かかるかわかったものではない。


だが、それをやろうとしているのだ。それがどれほど無謀で途方もない、いつかくじけてしまうかもしれない徒労だとしても。


「シズキも・・・それを手伝ってるの?」


「ミスターイガラシは表向きは関わっていません。ですがいろいろと便宜を図ってくださっています。仕事を仲介したり、作戦行動においてやりやすい立場にしてくれたり・・・あの方には昔から頭が上がりません。」


静希も誰かを助けるその計画に参加している。そのことがユーリアにとって少しだけありがたかった。


自分が一緒にいる人間は、少なくとも善い人なのだと。そう思えたからでもある。


「あまりにも途方のないことで驚いてしまいましたか?」


「え?・・・あ・・・はい・・・まぁ・・・」


「想像できない・・・というのが本音でしょうね。仕方のないことです。」


仕方のないこと


それは貴女は恵まれた環境にあるのだからわかるはずがない。そう言われているようだった。


もちろんレイシャがそんなつもりで言ったわけではないことは理解している。だが突き放されてしまったようで少し心が痛んだ。


「ですがミスコリント、それは理解できてはいけないことです。私たちのような境遇のものを少なくし、いつか誰もそれを理解できないようにすること。それこそ私やボスが願う事なのです。」


「・・・でも・・・それじゃ・・・」


あまりにもあなたたちが可哀想。そういいかけてユーリアは口をつぐんだ。

誰かのことをかわいそうと思う、それは別に間違ったことではないだろう。だが自分はそれを言う資格があるのだろうか。


誰かのことを憐れむ、まるで自分が彼女たちよりも上の立場にいるかのような感覚。そんな傲慢な感覚を持ち合わせている自分が嫌になったのか、ユーリアは口にすることができなかった。


「難しいことだと思います。私やボスの一生をかけても恐らくはできないことでしょう。ですがその基盤さえ、その基礎さえ完成すれば、きっと同じ思いを継いだ者たちがそれを成してくれる。私はそう考えているんです。」


何も自分たちだけでそれを成す必要はない。自分たちだけではなく、後世の者たちも巻き込んで、少しずつ、本当に少しずつでいいから誰かに救いを与えたい。


ユーリアも、いやレイシャも知らないであろうその始まりの感情は、その始まりの光景は一人の男が手を差し伸べたからである。


救いというにはあまりにも乱暴で、適当で、なおかつ無作法なものだった。

それをした本人にその自覚は無いかもしれない、それどころかそんなことがあった事さえも忘れているかもしれない。


だがそれは確かに、今自分たちを救うきっかけになり、これから世界に蔓延っている能力者を救うきっかけになるかもしれない。


「ミスコリント、貴女の今の境遇は、私では理解できないかもしれない。ですがあなたは一人ではありません。」


少しかがんでユーリアの顔をのぞき込むレイシャは微笑んでいた。自分は敵ではない。あなたの力になりたいとそう思っている。救いの手を差し伸べたいと、そう思っている。


レイシャの瞳は、そう訴えているかのようだった。


「これからたぶん、貴女は選択を迫られるでしょう。その選択から逃げてはいけません。」


「選択って・・・どんな・・・?」


「それはその時になって初めてわかるでしょう・・・ですがその時は思い出してください。貴女は人間です。どんな時でも考えて感じることができる。貴女が出した答えなら、私は全力で貴女の味方になります。」


レイシャの言っていることがどういうことなのか、ユーリアはよく理解できなかった。


選択と言われても一体何を選択するのか、そして彼女が何を言わんとしているのか。


自分を助けてくれているというのは十分以上にわかっている。そして考えろと、感じる心を止めるなと、そう言っているように思えた。


「・・・シズキは・・・どうするかな?」


「どう・・・とは?」


「・・・私が考えて出した答えなら・・・力になってくれるかな?」


その問いにレイシャは困ったような顔をしていた。


静希がどのような行動をとるかは恐らくレイシャも計り知れないところがあるのだろう。実際今まで静希の行動を何度か驚愕のまなざしで見ていた。


この人は頭がいい。だがそれ以上に静希は不確定な、それこそ予測できないような行動をとる。


だからこそどう答えていいか迷っていたようだが、レイシャは小さく息をついた後でユーリアの体についた泡を流しながら薄く笑っていた。


「あの方は・・・そうですね・・・恐らく口ではいろいろと言っても、最後は貴女の力になってくれると思います。不器用ではありますが、あの方はとても優しい方です。」


優しい


静希に対してその評価を下した人間はかなり少ない。


不器用


静希に対してこの評価を下した人間も同様である。


今まで静希のことを評価してきた人間で、そのような評価を下した人間は総じて静希の身近にいた人間だった。


そしてレイシャと同じような考えも、アイナは抱いている。今この場にはいないがレイシャとアイナの考えは大体同じようなものなのだ。


「あの方が何を考えているのかは私にもわかりません。正直あなたの両親の情報をあなたに見せた時、何をしているのか本当にわからなかった。」


見せない方がよかった。本当に任務を円滑に進めるためには。それはユーリアも分かっていたことだ。だがそれでも静希は見せた。


どんな理由があったにせよ、静希はそれを選択した。あの場にいた誰もが静希の考えを理解できなかった。


「ですがあの方がすることですから、意味はあるのです。そしてきっとそれは貴女の為にもなることなのでしょう。」


信頼というにはあまりにも重く、確かな関係にユーリアは泡と一緒に汚れが落ちていくのを感じながら近くにいるはずの静希の姿を思い描いていた。



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