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J/53  作者: 池金啓太
番外編「現に残る願いの欠片」

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視線の先の

右腕の鑑賞もそこそこに、静希はそれぞれに変装を施した後移動を始めていた。


再び巨大な獣、フィアに乗りアイナとレイシャが先に向かった町へと進んでいた。


周囲の人間に見られないように森を進み、二時間ほどかけて町の近くまでやってくると周囲にある茂みの中に身を隠していた。


「シズキ・・・このまま待つの?」


「あぁ、アイナとレイシャが来てくれるまでの辛抱だ。たぶんそこまで時間はかからないだろ。あらかじめ座標は教えてあるからな。」


潜伏する場所はあらかじめ決めておいた。あとはその場所まで二人がやってくるのを待つばかりである。


女性の買い物が長いとはいえ、あらかじめ余裕をもって出発したのだ。そのタイムラグを利用していろいろと買ってきても不思議はない。


静希が町はずれの茂みの中で潜伏していると、三十分ほどして一台の乗用車が近くの路肩に駐車した。その中から二人の女性が現れる。


片方は白人、片方は褐色の肌をした女性だ。アイナとレイシャとは別人のように見える。服装もそうだが外見も違って見えるのだ。


白人女性の方は細身のやや高身長。褐色の女性の方は少々肥満気味に見える。どちらもアイナとレイシャの見た目とは少し違って見えた。


白人の方が携帯を取り出し何やら操作すると静希の懐にある携帯が静かに震えだす。


まるであの女性が静希の携帯に連絡を取っているかのようだった。


その事実にユーリアはようやく気付くことができた。


「え・・・?あれがあの二人?」


「しっかり変装はしておいたみたいだな・・・確認したら合流するか。」


静希は携帯を取り何度か確認を済ませた後で周囲に人影がないかを確認してから車に近づいてすぐにユーリアを後部座席に放り込んだ。


「随分変装が上手くなったな。一瞬わからなかった。」


「お褒めに預かり光栄です。かなり気合を入れました。」


「ミスターイガラシをだませたならなかなか上達したという事ですね。」


声を聞くとようやく二人がアイナとレイシャだということに確信が持てる。先程までの細身の外見と違いアイナに至ってはかなり肥満体形になってしまっているように見える。


何か詰め物でもしたのだろうかと思えるほどである。


「にしても結構大きな車買ったな。予算足りたか?」


「はい。ぴったり残額ゼロです。」


「こちらがその領収書です。」


静希は運転席に座り込みながら二人から渡された領収書に視線を落とす。


四人が乗り込んでもまだ余裕のある車、恐らくは六人乗りの規格だというのがわかる。


後部座席のさらに後ろには大量の荷物が置かれている。これらがすべて今回買ったものなのだろう。日用品に加えて幾つかの服、雑品なども用意されているようだった。


「随分いろいろ買ったな・・・まぁ必要なら文句はないけど。」


「はい、女の子はいろいろと物入りなのです。」


「必要なものがたくさんあるのです。私達もミスコリントも」


アイナとレイシャが悪戯っぽく笑うのを見て静希は苦笑してしまっていた。この場にいる全員、最初にあった時と顔も肌の色も変わっているが表情までは変わらないようだった。


静希は後ろに入っている衣服などを見て小さく息をつくととりあえず行動を開始することにした。


「とりあえず着替える。頼んでたものは買っておいてくれたか?」


「もちろんです。ミスターイガラシはこちらを、ミスコリントはこちらをお召しください。」


「我ながらなかなかいいセンスだと思っています。」


静希とユーリアにそれぞれ渡された服をのぞき込むと、恐らくは街にあった服屋で購入したのだろう。上下幾つかの衣服がその中には入っていた。


今着ている服では目立つか、すでに確認されているせいで注意を惹きつけてしまうかもしれない。その為別の服に着替える必要があるのだ。


静希はすでに着替えを始めている。車の中に女性がいるのにもかかわらず素肌を晒すというのはどうなのだろうかと思ってしまう中、アイナとレイシャが気を利かせて運転席と後部座席の間をマントのようなもので遮り向こう側から見えないようにしてくれた。


「さぁミスコリント、早く着替えを。」


「ミスターイガラシ、覗いてはいけませんよ?」


「覗かねえよ。早く着替えておけ。」


この中に一人だけ男がいるという事で多少の居心地の悪さは感じているだろうが、恐らく彼の場合早く行動開始したいというのが本音だろう。


とりあえずユーリアも早く着替えを済ませることにした。


幾つかの服があり、着替え分もちゃんと確保してあるようだった。こういう気づかいができるのはさすがというべきだろうか、アイナとレイシャに感謝するほかない。


「本当ならキャンピングカーにしようかとも思ったのですが・・・」


「残念ながら売っていませんでした。申し訳ありません」


「あぁいうのはちょっと特殊だからな。普通の車の販売店じゃ売ってないだろう・・・これで広さは十分だよ。」


静希はすでに着替え終えたのか、車の中を何やら物色、というかチェックしているようだった。


万が一にも盗聴器や発信機がないように気を付けているのだろう。この徹底ぶりはすさまじいものがある。


それだけ本気で自分を守ろうとしているのだなとユーリアは着替えを急ぐことにした。


「とてもお似合いですミスコリント。」


「やはり私たちの選択に間違いはありませんでしたね。」


着替えを終えた後アイナとレイシャに褒められる中、ユーリアは頬を染めながら運転席にいる静希の方へと身を乗り出すようにして移動していた。


そこには普通のポロシャツにジーパンをはいた男性がいた。顔にはサングラスを着けておりパッと見白人男性にしか見えない。


「なんだ、なかなかにあってるじゃないか。」


「・・・シズキはもう日本人には見えないわね。普通にロシア人に見えるわ。」


「そりゃどうも。ロシア語は片言でしかしゃべれないけどな。」


一応ロシア語をしゃべることはできるのかと思いながらユーリアは後部座席に座り、その両脇をアイナとレイシャがそれぞれ固めていた。


完全な護衛体勢だ。このまま進むことになるのだろうがもちろん不安もある。


「ではミスター、これから西へ?」


「あぁ、とりあえずは国境線を目指す。報告は済ませたな?」


「はい。すでに動き始めています。とりあえずこれが今後のチェックポイントの予定地一覧、そして新しく入った情報です。」


静希に資料を渡すと、運転席に座りながらそれを読み、発車する準備を整え始めていた。車の運転くらいはできるのだろう、妙に手慣れた動きだ。


資料を読み進めるにあたって静希の視線が動き、同時に眉間にしわが寄る。


「これは確かか?」


「はい、軍からの情報ですからまず間違いないかと。」


「多数目撃情報もあります。ほぼ確定だと思われます。」


二人の言葉に静希は小さくため息をついて見せた。明らかに面倒なことになっているという表情だ。


資料を見終わった後に静希はそれをユーリアの下に放り投げた。


「リア、お前の両親の居場所が判明した。」


「え!?」


静希の言葉にユーリアだけではなくアイナとレイシャも驚いているようだった。今この場でそれを言う必要は欠片もない。仮にそれがわかったとしてユーリアに教えることで静希達が得られるメリットはないのだ。


今自分たちがするべきことはユーリアを安全な場所に逃がすこと。その目的を考えた時に彼女に両親の所在について語る必要性はゼロに近い。


なのになぜ静希はそれを彼女に教えたのか、アイナとレイシャは理解しかねていた。


彼女を確実に護衛するなら両親の情報は可能な限り隠して安全圏に移動してから告げるべきなのではないか、そう思えてしまうのだ。


事実本当ならそうするべきだ。静希もその程度の事は理解できている。だが静希はそうすることを選んだのだ。そこにはしっかりとした意味がある。


効率的とは言えないかもしれないが、それをするだけの価値がある確かな意味が。


一方ユーリアはそんなことは気にも留めずに静希が渡してきた資料を読み漁っていた。


英語で書かれていたが大まかな内容程度であればユーリアも理解できる。発見できた単語は両親の名前に加え、地名と街の名前だった。


そこに自分の両親がいる。自分の国とはいえすべての地名や街の名前を把握しているわけではないが、幸か不幸かその名前はユーリアにも心当たりがあった。


祖父母はすでに静希の仲間が保護してくれているという。心配だったのは両親の事だけだ。


自分の能力のことが相手にばれているという事から両親がテロリストに何らかのかかわりがあることは理解していた。


捕まっている可能性が高いことも十分にわかっている。だからこそユーリアは口に出すことにした。


「シズキ・・・私・・・ここに行きたい・・・」


ユーリアの言葉にアイナとレイシャは一瞬視線を合わせた後に運転席にいる静希の方を見る。


こうなることはわかっていたはずだ。家族のことを心配する少女がどのような行動をするかなど明白だったはず、なのになぜわざわざこの少女に情報を教えたのか。静希が一体何を考えているのか、彼女たちは知ろうとしていた。


「わかってるのか?お前の両親がいるってことはつまりそこにはお前を狙うテロリストもいるってことだ。わざわざ危険な目に遭いに行くってことだぞ?」


そう選択することをわかったうえで静希は彼女に情報を教えていた。一体彼女になにをさせようとしているのか。


アイナとレイシャが静希とユーリアを交互に見ながら心配そうにしている中、ユーリアはゆっくり息をつく。


「私は・・・お父さんとお母さんを助けたい・・・シズキの力ならできるでしょ?」


「・・・不可能ではないな・・・だけど俺の任務はお前を守ることだ。お前の頼みを必要以上に聞く必要はないし、何より任務に支障をきたす。」


家に戻って必需品をとりに行くという事とはケタが違う難易度だ。もし仮に人質になっているのだとしてもそれを助け出すとなればユーリアを守りながらでは達成できないかもしれない。


そんな状況にするほど静希はバカではない。


だがそのくらいの事はユーリアも理解していた。


だからこそ、彼女は意識を集中して能力を発動する。


「お願い・・・シズキ」


その右手には銃が握られていた。静希が渡し、ユーリアが複製した拳銃。その銃口はまっすぐに静希に向けられていた。


脅しのつもりなのだろうか、真っ直ぐに向けられた銃にアイナとレイシャは何時でも反応できるように集中を高めていた。


その指先が少しでも動けば拘束できるように、アイナとレイシャは互いに視線で合図しながらユーリアに注意を向けている。


そんな中、バックミラー越しに静希はため息をつくとシートベルトをし始めた。


「リア、一つ覚えておけ。銃には安全装置っていうものがついててな。それを解除しないと銃は撃てないぞ。アイナ教えてやれ。」


「・・・は・・・?・・・わ、わかりました・・・」


止めるでもなく、むしろ自分脅させるようなことを故意に起こさせようとしている静希にアイナは動揺しながらもユーリアの持つ拳銃の安全装置の位置を教え、一緒に解除していた。


これで彼女は何時でも静希に向けて発砲できる。だが静希は全く焦った様子はなかった。むしろ先程よりも落ち着いているように見える。


何か考えがあるのだろうかと、アイナとレイシャはひとまずこの状況を静観することにした。


「昨日俺が言ったことは覚えてるな?」


「うん・・・私の能力で引き起こしたことは全部私の責任になる。自分で考えて自分でその使い方を考えろ・・・」


「覚えていて何よりだ。それで?お前がそうすることで、俺が次にどうするかわかったうえで行動しているのか?」


静希の言葉が徐々に冷えていくのをアイナとレイシャは感じていた。


声が冷たくなり、同時に威圧感が高まっていく。車内に独特の圧力が加わっていく中ユーリアはまっすぐに静希の方を見ていた。


別にお前を荷物同然にして運んでもいいんだぞと、鏡越しに静希の目はそう言っている。


ユーリアも自分が一体何を言っているのか理解しているつもりだ。どれだけ迷惑をかけるかも、自分がどれだけ勝手なことを言っているかも。


だがこうするほかに両親に会うための、そして救うための手段が思いつかなかったのだ。


自分の力だけで両親に会いに行くことも、ましてや救い出すことなどできるはずなどない。


だからこそ誰かに頼らなければならない。


今とれる手段の中で一番確率が高いのは静希に頼むことだ。だが普通に頼んだところで絶対に聞き入れられないだろう。


自分はそれだけ無茶なことを言っているのだ。


「シズキがその気になれば・・・私はすぐに取り押さえられると思う・・・でも利用できるものは利用する・・・シズキはそう言ったよね?」


「確かに言ったな・・・だけど強すぎる力を利用しようとすれば、自分の首を絞めるぞ?」


「それも分かってる・・・たぶん銃くらいじゃ静希に言う事を聞かせるのは無理だよね・・・」


だからこうするのと言ってユーリアは左腕にもう一つ拳銃を作り出すと自分のこめかみに押し当てた。


それがどういうことを意味するのかその場にいる全員が理解していた。そしてそれをしているユーリア自身も。


近くにいるアイナとレイシャはユーリアの手が震えていることに気付ける。恐怖を抱きながらもそれでも静希に言う事を聞かせようとしているのだ。


「お前が死んだところで問題は解決しないぞ?俺からしたら護衛対象がいなくなるだけだ。」


「うん。でもシズキは困るよ。先生に私を守るように頼まれたんだもんね。そんな任務もこなせないとは思われたくないよね?」


ユーリアのいうように静希は彼の恩師から今回の件を間接的にではあるが依頼された。その際にこの程度ならお前なら大丈夫だとも。


そしてこの件に失敗することが恩師の顔に泥を塗るという事であることをユーリアは理解していた。


撃たれるか、任務の失敗か。どちらにしろ危険なことには変わりはない。


アイナとレイシャが近くにいるという事でその気になればすぐに取り押さえることはできるだろうが、静希は鏡越しに二人に何もするなと訴えかけていた。


「・・・お願いシズキ・・・力を貸して・・・私お父さんとお母さんを助けたい・・・」


「・・・お前とお前の両親はもうかなり長い間あっていなかったと聞いているが?」


「・・・うん・・・それでも私の家族だもん・・・助けたい・・・」


ユーリアの懇願に静希は頭を掻きむしって大きくため息を吐いた。


全くしょうがないという表情をした後にゆっくりと車を走らせ始める。


「説得としては落第だが・・・まぁ交渉術としては及第点だな。」


静希の言葉にアイナとレイシャは一瞬静希の方に目を向ける。


ユーリアも同じように、鏡越しではなく直接静希の方に目を向けた。


「脅されちゃ仕方がない・・・また予定変更だ。こいつを親に引き合わせるぞ。」


ひょっとして最初からそのつもりだったのだろうかとアイナとレイシャは眉をひそめる。


この行動に一体どれほどの意味があるのか二人は理解できていなかった。


ユーリアの頼みを聞いてやるだけなら素直に了承すればよかったものを、なぜこんなに回りくどいことをするのかが分からなかった。


「ミスター・・・よろしいのですか?」


「よろしいも何も、脅されて仕方なくやるんだ。俺の意志じゃないだろ。」


「・・・では何故こんな・・・」


アイナとレイシャが静希の考えを理解できずに訝しんでいる中、それ以上は口を開くなと静希からの無言の圧力を受ける。


その視線に気づき二人は同時に口をつぐんだ。何か意味があるのだ、静希は意味のないことはしない。元より自分たちは静希の援護を任されているのだ。静希がそうすると決めたのであればそれを助けるのが自分たちの役目である。


静希達を乗せた車は順調に西へと移動していた。本来の目的地とは少しずれるとはいえ今静希達が目指しているのは国境沿いから少し北東に行ったところにある。


現在位置から移動するにはかなり時間がかかるだろう。それこそ車を使っていては一日で移動しきることは難しい。


静希達は当初の予定通りのルートを通って確実に進むことにしていた。丸一日かけて移動してもさすがに車には限界がある。高速などを利用することも考えたのだが、恐らくそのあたりには監視の目が光っているという事を警戒して通常の道を延々と進むことにしたのである。


車を手に入れたとはいえロシアは広い。延々と進み続けたところで目的の場所につくまでにはかなり時間がかかるのである。


そしてある街を通ろうとする中、その入り口辺りで検問をしている場所を見つけた。


見た目は警察による検問だ。テロリストがうろついていることもあり警戒態勢を敷いているのかもしれない。


「ミスター、いかがしますか?任務中であるという事がわかれば問題なく通してもらえると思いますが?」


「何のために変装したと思ってる?俺たちは旅行客だ。何の変哲もない家族連れ、そう言う風に振る舞え。」


「・・・了解しました。」


静希は何も問題ないというかのようにゆっくりと車を走らせ、検問をしている車の列に並ぶ。


静希達は国からの依頼を受けて活動している。しっかりとその委任状なども持ち合わせている。だからそれを警察の方に掲示すれば大抵の検問はすり抜けることができるだろう。


だがそれをすることはつまり自分たちが特別であると知らしめているようなものだ。


目立たないように、ただの普通の車であるように見せるにはそう言った特別さはいらないのである。


さらに言えば今検問をしているあの警察官たちが本物であるという確証はないのだ。


もっと言えば警察官の中にテロリストに繋がる人間がいないとも限らないのである。


そんな状態で印象に残るような行動は厳禁だ。アイナとレイシャもそのことを理解しているのか努めて普通であろうと心掛けていた。


それなりに大きな街であるために検問にかかっている車もそれなりの数がある。三十分ほど待たされてようやく静希達の番になるとゆっくりと車を進めて警察官の横に車を停止させた。


「パスポートを拝見させていただきます。」


「どうぞ、後ろの彼女たちの分です。」


静希が英語で話しながらそう告げるとさも当然のように偽装されたパスポートを取り出して渡して見せた。


それぞれ行動しやすいようにあらかじめ用意しておいたものだ。写真の通りに変装するのは骨が折れるが、こういう時にいろいろと楽になるものなのである。


「はい、どうもありがとうございます、良い一日を」


「どうも」


静希は特にそれ以上会話することもなくゆっくりと車を走らせた。警官たちは静希達の顔を確認した後すぐに静希達に興味を失ったのかすぐに次の車に意識を向けている。


警戒しておいて正解だったかもしれないなと思いながら静希はゆっくりと速度を上げていた。


「ミスター、今の警察官は・・・」


「どうだろうな、この国の警察のことはよく知らないけど・・・こんな所で検問をするっていうのが一体どんな意味があるんだか・・・」


「一応報告しておきますか?今後の流れも報告しておきたいですし・・・」


「そうだな・・・大まかでいいから伝えておいてくれ。多少予定が変更になりそうだってことも含めてな。」


静希は街の一角で車を止めてアイナを降ろすと適当な店の駐車場に車を止めアイナの帰りを待つことにした。


そんな中でレイシャは常にユーリアの動向に目を見張っている。殺伐とした空気が続く中、静希はミラー越しに二人の様子を気にかけていた。


「レイシャ、何か気になることでもあるか?」


「・・・はい・・・ですがそれは今度確認します。今は任務に集中しますので・・・アイナも恐らく同じ気持ちでしょう。」


「そうか、ならいい。」


静希が瞼を閉じる中、正直に言えば気になることがあるのはユーリアの方だった。なぜあの場で静希は自分のいう事を聞く気になってくれたのか。


その気になれば自分を押さえこむことなんて簡単にできるだろうに何故そうしなかったのか。そしてなぜ自分の任務に支障をきたすようなことをしてくれるのか。


静希が一体何を考えているのかはわからない。自分の力になってくれるのはありがたいのだがその理由が不透明なだけに少々不気味だった。


その両手にあった拳銃はすでに消滅している。レイシャもそれを見て彼女の能力が一体どのようなものであるかをほぼ正確に理解していた。


もし次にむちゃな要求をしてくるようであれば容赦なく制圧する。


彼女の味方であろうという気持ちは勿論あるが、それ以上に自分たちに良くしてくれた静希に武器を向けようというのならそれ相応の対応をせざるを得ない。


何を思って彼女のいう事を聞こうと思ったのか、そして静希は何が目的なのか。正直に言って今のレイシャは理解できていない。


だからこそ今は考えることはやめそれが理解できる状況になるまでは仕事に集中するつもりだった。


数十分してアイナが戻ってくると静希達は再び移動を開始した。


街を出るための道を進み、再び西へと進路をとる中、今度は検問がないことに気付ける。


町にはいる時とは反対側の道を出たにもかかわらずその場所に検問が敷かれていないという事実に静希達は違和感を覚えた。


街を守るのであれば普通なら中心に繋がるメインストリート全てに検問をするはずである。なのに片方だけ検問をせずに放置しているという状況は奇妙だ。


「ミスター・・・これは・・・」


「迂闊な行動をとれば誘い込まれてたかもな・・・念には念を入れて正解だった。」


「という事は先程の警察は偽物・・・あるいは協力者という事ですか・・・全く厄介な・・・」


「もしかしたら警察官は本物だけど偽の命令を与えられてる可能性もある。とにかく町を出ることはできたんだ。そこまで気にすることじゃない。」


静希達がそう話す中、ユーリアはその意味が分からなくて首をかしげていた。


一体静希達は何を話しているのだろうか。先程の検問の事を言っているのは十分に理解できるのだが何故片方に検問がないとあれが偽物であるということがわかるのか理解できなかった。


「あの・・・どういうこと?なんでさっきの検問が偽物だってわかるの?」


先程静希を脅して言う事を聞かせようとしたときには目を見張るほどの状況把握能力を見せていたのに随分と察しが悪いユーリアにアイナとレイシャは苦笑してしまっていた。


やはりまだ年相応という事だろうと思いながら静希に視線を向けると、静希はサングラスの奥の瞳をわずかに動かした後で小さくため息をつく。


「とある場所にたどり着こうとしている人間がいたとする。その人間は東側からやってくる。もしその東側に通せんぼしている悪い奴がいた場合、お前ならどうする?」


「えっと・・・突破するか迂回するか・・・」


実際にもし道が封じられていたのなら迂回するしかない。あるいはせき止めている原因を排除するかの二択だ。


その通りだと静希はハンドルを握りながら運転を続けていた。


「テロリスト側からすれば全部の道を検問する必要はない。むしろ検問をしているというのを見てルートを変えようとするもの、あるいは街に入るのを止めようとするもの、そう言うやつらに注目すればいい。」


人員が少ない連中の常套手段だなと付け足すと静希は地図を確認しながら車を運転していく。


つまりテロリスト側はそこにやってくる人間に強制的に二択を敷いていたのだ。特に東側からやってくる人間に対して。


静希達、いやこの場合はユーリアを見つけるために一番効率がいい方法だ。もし仮に逃げている人間が検問を見つければ当然のようにそこは通りたくないはずだ。


あの場の検問の人間が見ていたのは車の中の人間の動きだけではなく、検問を確認した後の挙動なのだ。


「でも、あの街によらないルートを通ってたらどうするの?あの街でやってること全部無駄になるよ?」


「そうでもない。道っていうのは基本的に街と街をつなぐためのものだ。加えてさっきの街はここら辺の中ではそれなりに大きい。電車も通じてるような場所を起点にするのは当然だ。」


たぶん電車の乗り降りも監視されてるだろうなと付け足しながら静希は薄く笑う。今のところうまい具合に相手の監視は振り切れているという事だ。もっともそれもいつまで続くかわかったものではないが。


車という普通の移動法を行っている時点で必ず誰かの目に留まる。目に留まっても違和感がないように、印象が薄いようにしてきてはいるものの、それにだって限度がある。


特にこれから寝泊りをするようになった場合見つかる可能性が高くなるだろう。


超常的な移動をしない時点で捕捉される可能性はゼロにはできない。転移能力でもあればさっさと移動できたのだがと静希は小さくため息をついていた。


「これから何度か街を経由することになる。その度危険になるかもしれないが覚悟しておけよ?お前が選んだことだ。」


「・・・街には危ないから極力近づかない方がいいんじゃ・・・」


「そりゃそうだけどな・・・お前の両親の現在位置を正確に把握するには情報を集めなきゃならないし、こいつの燃料だって必要なんだ。街によるのは必須事項になっちゃったんだよ。」


それがたとえ危険なことでもなと付け足して静希は大きくため息をつく。


本人からしたらこんな危ない橋は渡りたくないだろう。だがそれをユーリアが望み、なおかつ静希はそれを叶えようとしてくれている。


やりたくないことでもやらなければいけないことがある。そう言う事なのだ。


「じゃあ・・・泊まるのは街のホテル?」


「アホか、セキュリティのセの字もないようなホテルに誰が泊まるか。それなら野宿したほうが何倍も安全だ。」


やはり野宿生活は変わらないのかと思いながらユーリアは自分の匂いを軽く嗅ぎ始めていた。


臭わないだろうか。


昨日はシャワーすら浴びることができなかったのだ、女の子としてはきちんとシャワーを浴びたいところではあるがこの生活ではそれも難しいかもしれない。


せめてどこか水浴びができるようなところがあればよいのだが。


そんなことを考えているとアイナとレイシャが何やら悩み始めていることに気付く。


そして何度か二人で顔を見合わせた後で何度か頷いていた。


一体なんだろうかと二人を眺める中、アイナとレイシャは静希の方を向いて口を開いた。


「ミスターイガラシ、でしたらせめてシャワーなどを浴びさせていただけませんか?」


「はぁ?この状況で?」


「当然です、女の子は身だしなみに気を使わなければならないのですよ?」


アイナとレイシャの思わぬ援護にユーリアは少しだけではあるが安心していた。自分だけがそう考えていたのではないのかと思ってしまったのだ。


実際はアイナとレイシャがユーリアの反応を見て気を使っただけなのだが、それは彼女にはわからないことである。


「でもシャワーってことは変装解けるぞ?明らかに危ないだろ。」


「そのあたりは我々で何とかいたします。何とかシャワーだけでも浴びさせていただけませんか?」


「私どもが協力すれば変装などどうにでもなります、お任せください。」


二人の申し出にそうはいってもなぁと静希はあまり乗り気ではなかった。無論女の子なのだから清潔にしていたいというのは十分に理解できる話だ。だがだからと言って危険にさらすのもどうかと思ってしまうのだ。


シャワーという事は少なくとも文明の利器がなければ難しいだろう。どこかの宿泊施設に入るか、あるいはこの時期ならプールなどに行けばシャワー位あるだろうが、それらを利用することのリスクを考えると正直悩ましいところである。


手がないわけではないが、静希は基本男だ。女性が入浴しているところに突貫するほど変態でもなければデリカシーが欠如しているわけでもない。


とはいえ護衛対象から目を離すというのも考え物だ。アイナとレイシャがいるとはいえ静希の目の届かないところに行くというのは非常に不安である。


シャワーを浴びるためにどのような施設を利用するべきか。これが日本ならただ単に漫画喫茶やらビジネスホテルでよかったのだが生憎ここは日本ではない。


そうなってくると街にあるきちんとしたホテルにでも行かない限りシャワーを浴びることは難しいだろう。


シャワーを借りるというただそれだけのためにホテルに入るなどできるはずもない。それなら宿泊までした方が目立たないだろう。


問題はホテルのある街を探さなければいけないという事である。


無論小規模な街だって最低限の宿泊施設くらいはあるだろう。ただそう言うところは民宿に近い。ホテルとなるとそれなりに大きな都市に行かなければ見つからない。


どうしたものか


静希は本格的に悩み始めてしまっていた。


シャワーを浴びる、ただそれだけの事のはずなのになんと面倒なことだろうか。これでこの場にいるのが男だけなら適当な川の水をろ過して浴びるだけでいいだろうがこの場にいるのはほとんどが女性。約一名子供であるとはいえ外で水浴びをしろなどとは言えない。


静希は悩みに悩んだ末、結論を出した。


「一回大きな都市によるぞ・・・その時に中間報告含めて人と会おう。そのついでにホテルに宿泊・・・それでいいか?」


静希がそう言うとユーリアの表情が一気に明るくなる。そしてアイナとレイシャも微笑んでいた。


こういう時自分に味方が欲しいなと静希は肩身が狭い思いをしながらもただしと付け足した。


「さすがに今日は無理だぞ?このペースで進むと明日の昼にチェックインするくらいになる・・・アイナ、レイシャ、そこまでの道のりと予約を頼む。飛び入りでは入れなかったら目も当てられないからな。必要なら後方支援部隊に連絡を取れ。」


「了解です、少々お待ちください。」


「現在位置から見てナビゲートします。聞きもらさないでくださいね。」


アイナとレイシャが地図を取り出して幾つか確認をし始める中、ユーリアはほんの少しだけ気が楽になっていた。


なんというか、ユーリアは静希の性格が徐々にではあるが分かってきたのだ。


厳しいことを言う事もあるが、ほとんどがれっきとした事実で、それに対して具体的な話をしてくれる。


子供である自分に対してもしっかりと話をしてくれる上に、恐らくではあるが年下に弱い、というより甘いと言ったほうがいいだろうか。


アイナとレイシャには特に甘いような気がする。昔から知っているからというのもあるかもしれない。もしかしたら年下全般に甘いのだろうか。


次に頼むときは泣き落としでもしてみるかなとユーリアは内心企んでいたが、同時にあの一瞬、自分が銃を向けた時に放たれたあの圧力を思い出す。


あの時、本当にあの一瞬だけ静希がまるで別人に見えた。今まで自分に対して気遣いをしてくれていた静希はその場にはいなくて、まるで自分を敵としてみているかのようなそんな感覚。


これまでの事からユーリアは静希の二面性に気付いていた。


オンオフが激しいと言えばいいのだろうか、静希は時折人が変わる。


あの時、自分を守るために戦っていた時や今こうして自分たちと話している静希はまるで別人のように思えるのだ。


もしかしたら二重人格なのだろうかと思えてしまうほどに、今の静希と先程の静希を結び付けることは難しかった。


「・・・ん・・・?どうかしたか?」


「え?・・・ううん、なんでもない。」


視線に気づいたのか静希は不意にこちらに声をかけてくる。この声も先程のそれとは似ても似つかない。突き付けられた刃物のような冷たい声ではなく、今は優しく包まれるかのような暖かい声だ。


不思議な人、ユーリアの中で静希はそういう位置づけになりつつあった。


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