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J/53  作者: 池金啓太
番外編「現に残る願いの欠片」

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恩師

静希がこの件に関わることになったのはある人物の介入が原因でもある。

委員会から静希に依頼があり、それを静希が断ったその次の日、静希はある人物に呼び出されていた。


場所は静希の住んでいる場所からすぐ近くの喫茶店だった。何度か利用したこともあるその場所に呼び出されるという事は静希にとって初めての事でもあった。


ただ、呼び出される相手は彼にとって初めてでも何でもない。それどころか何度も呼び出されたことがあるような人物だった。


「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」


「いえ、待ち合わせを・・・あ、あそこにいました。」


静希が喫茶店にたどり着くと、店内を見渡してその姿を見つけることができる。


少し長い前髪をしたワイシャツの女性。一見すればただのOLのように見えなくもない。


だがその髪の奥に光る眼光がただのOLとは違う事を物語っていた。


「お久しぶりです城島先・・・あ、いや前原先生といったほうが正しいですか?」


「・・・その発言はもう三回目だ。いつになったら第一声でしっかり呼べるようになるんだ?」


喫茶店の奥、内緒話をするには適した場所に静希は歩み寄るとその人物の向かいに腰を下ろした。


静希を待っていたその女性の名前は前原美紀。旧姓城島。かつて静希の通っていた喜吉学園で静希の担任教師を三年間務めた女教師である。


静希達が卒業すると同時に今の夫と結婚。教師は続けながらも幸せな生活を送っている、はずである。


その眼光から幸せな家庭というものを想像できないのだが、少なくとも彼女の笑顔を見たことがある静希からすればなんとか想像できるレベルである。


一体私生活でどんな表情をしているのかは知らないが、今のところ夫婦喧嘩などのいさかいなどは全く起こしていないと聞いている。


自分の恩師と言ってもいい彼女がこのタイミングで自分を呼び出したことに静希は何らかの意味があるのだなと感じていた。


委員会からの依頼を断った。ただそれだけの事ではある。


現に委員会側からはそれで了承ももらっていた。何より自分が貢献できるとも思えなかったからである。


自分の力は使い方を考えなければいけない。実際は自分の力ではないのだが、そのあたりは第三者にはわかりようのないことである。


「とりあえず何か頼め。奢ってやる。」


「先生に奢られるってのはなかなか警戒しますね。何を企んでいるのやら。」


「お前にそんな風に思われていたとは心外だ。少なくとも私は何も企んではいない。」


互いに苦笑しながら静希はとりあえずコーヒーとパンケーキを注文していた。


そして静希は彼女の言葉の意味を理解していた。


私は何も企んでいない


つまり彼女は企んではいないが、別の誰かは何かを企んでいるという事である。


また面倒なことになるかなと思いながら静希が注文を終えると、彼女は一つ息をついて自分の近くにあったコーヒーに口をつける。


「委員会からの依頼を断ったそうだな。」


「・・・えぇ、今回の事件で俺が必要とは思えませんでしたから。」


やはりその件だったかと静希は薄く笑みを浮かべる。


テロリストの殲滅というのは総じて人の手が必要だ。強力な力を持つ一人の力よりも平凡な力を持つ大量の人間がいて初めて成しえる事でもある。


いやそれだけ大勢の人間の力を使っても掃討することは難しいかもしれない。テロリストというのはそう言う害虫のような存在なのだ。


倒し切ることなどできない。それが静希のような存在ならなおさらだ。


静希の力は局地戦において真価を発揮する。それも相手が大量にいればその分効果は大きくなる。


大破壊を用いる攻撃、それこそが静希の得意とする事柄でもあるのだ。正確には静希が得意としているわけではないが、これも第三者からはわかりようのないことである。


「私もそれに関しては同意見だ。今回の依頼でお前が行動したとしても軍に貢献できるとは思えん・・・相手はテロリストだからな。」


「はい。なので今回は静観を貫こうと思っています。」


相手がただの軍隊であるなら、静希は確かにその力をいかんなく発揮することができただろう。


愚直に正面から衝突するような状況であれば委員会や連合軍が望むような成果を上げることだってできただろう。だが相手は良くも悪くもテロリストという狡猾な存在なのだ。


それは例えるならゴキブリなどの害虫に対して拳銃を用いようとしているようなものである。


それらを対処するにはそれ相応の、適した道具があるにもかかわらず無駄に大きな力を使おうとしている。しかも適していないような力で。


だからこそ静希は今回のことを断ったのだ。そして彼女もそのことの意味を理解している。


「でもなぜこのタイミングで呼び出しを?別件で何か火急の用事でも?」


「いや、別件ではない、むしろ今回の件での話だ。私からこれをお前に言うのが卑怯だというのは理解している・・・だがあえて言う。五十嵐、今回の依頼を受けろ。」


恩師である彼女の頼みなら可能な限り聞いてやりたいところだ。今までの人生で数少ない『従ってもいいと思える人物』からの直接の頼みだ。静希としては断るだけの理由は今のところない。


だが了承するだけの理由も今のところないのだ。


「何か理由がありそうですね。でなきゃ先生がわざわざ俺にそんなことを言うとは思えない。」


静希の言葉に前原は小さくため息をついて椅子の上においていたカバンからいくつかの紙の束を取り出して見せた。


そこには今回の任務の中心にいるであろうある少女の写真が貼り付けられていた。


「・・・これは?」


静希は前原の取り出した資料を眺め始める。そこに乗っている資料はある少女のデータと、何故この少女に注目が集まっているのかというその理由が記されていた。


「お前が依頼を断った後、少々状況が変化したらしい。軍事施設から兵器の類が奪取されたのは聞いているな?」


「はい・・・確か通常兵器だけではなく核兵器の類もいくつか含まれていると聞いています。」


今回依頼された関係でその状況はほとんど理解している。奪われた兵器の中に核兵器があること。そしてそれらの奪取計画が軍の主動で行われようとしていることも。


核兵器が小型であるという事からその捜索はかなり難航しているようだが、だからこそ静希の出番はないと思っていた。


静希は別に索敵が得意というわけでもなく、こういう状況において役に立てるとは思えなかったのだ。


物探しや作戦などで活躍するのはそれ相応の人間がいる。自分はそれには当てはまらないのである。


「奪取作戦を最初に決行した後、ある計画書が見つかった。それがそこに書かれている内容だ。簡単に言ってしまえば無限に核を生み出す力・・・だそうだ。」


「・・・それってどういうことですか?」


資料に目を落しながら静希は彼女の返答を待つより先にその結論に至った。


資料に載っている少女、彼女の能力を見た時になるほどと小さくつぶやき、大きくため息をつく。


「要するにこの子を使って所有している兵器を複製すると、そう言う事ですか。」


「恐らくはそう言う事だろう。あぁいう連中の考えることは基本碌でもないが・・・今回のそれはさすがに常軌を逸している。」


彼女の言う通りこれはさすがに常軌を逸しているという言葉が最もふさわしいだろう。狂っていると言ってもいい。


資料によれば十二歳の少女を核兵器に関わらせるなど正気の沙汰ではない。


「それで、この子をどうしろと?」


「軍の中では意見が割れている。相手の手に渡る前に殺せという意見と相手の手に渡る前に保護しろという意見だ。」


その言葉に静希は資料に載っている少女の写真を見る。まだ幼い少女だ。かつて一緒に行動したこともある幼い能力者たちを彷彿とさせる。


軍の意見が二つに分かれているのも納得だ。本当に危険を排除したいのであれば殺すのが一番確実だし手っ取り早いだろう。


もし仮に保護したとしてもその後に奪われる可能性も捨てきれないのだから。


確実な勝利を手にするために、安全を手にするために少女一人を犠牲にする。無限の核を発生させるよりはましな内容である。


「それで・・・何故先生が俺に?」


「委員会の連中が、お前に恩のある人間を使って依頼を通しやすくしているんだ。私の所に圧力をかけて来た・・・不愉快極まりない。」


つまり彼女もまた利用されていることになる。委員会としては彼女を介することで静希を動かしやすくしているのだ。


確かに恩師からの直々の頼みであれば相応の理由がなければ静希は断らない。今までも何度か似たようなことがあった。それを委員会は理解しているのだ。


前原は冷静であろうと努めているようだが、その眉間には青筋が走っている。今にも誰かを殴りそうだと思いながら静希は小さく息をつく。


「なるほど・・・それで先生は俺になにをさせようと?」


「・・・やることは単純だ、その子を守れ。軽く助けてこい。」


前原の言葉に静希は一瞬だけ目を丸くした。そしてそれでこそだと思いながら薄く笑みを浮かべる。


「いいんですか?もし俺が失敗したら核戦争勃発ですよ?手っ取り早く始末したほうが確実では?」


「バカを言うな。この程度の内容を失敗するほど軟な鍛え方をしたつもりはない。何より私は教師だぞ。子供を守り育てるのが仕事だ。」


彼女の言葉に静希は笑いをこらえられなかった。


失敗すれば世界が終わるかもしれないようなこの状況で、確実な勝利よりも自分の主義を貫き通す。


そして何より自らの教え子である静希を信頼している。それを踏まえたうえで効率の悪い確実ではない方法をとらせようとしている。


それでこそ自分の恩師だと、それでこそ自分が従いたいと思える人物だと心から感心しながら静希は彼女の方を見る。


「さすが城島先生。あなたは相変わらずですね。」


「今は前原だと何度言わせる・・・まぁ今回の委員会の対応は不愉快ではある。この件が終わったらいろいろと然るべき対応をしなければいけないだろうな。」


前原の瞳に殺意が芽生えるのを見て静希は再び笑う。やはりこの人は自分の恩師であると実感し、この人に頼まれたのなら仕方がないと思えてしまう。


結婚したところでこの人は変わらないのだなと少しだけ嬉しくなっていた。卒業してすでに何年も経っているのに、まるで今自分はまだ高校生であるような錯覚を覚えてしまう。


自分はきっと一生この人に頭が上がらないだろうなと思いながら静希はようやく運ばれてきたコーヒーとパンケーキを前に邪な笑みを浮かべていた。


「了解しました先生。あなたの頼みじゃ断れない・・・この子を守り、ついでに無作法な連中には然るべき報いを受けさせましょう。」


「あまり派手に動きすぎるなよ?お前も今や子持ちだろう?」


そうでしたね自重しましょうと笑いながら静希はコーヒーを口に含む。


これが静希が今回の件に関わることになった経緯である


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