彼との会合
「動くな!」
「・・・動くなと言われて動かない奴がいるか」
こちらに向けて銃を向けた作業服の男たちを確認するや否や、目の前の人物はユーリアを抱え上げて背後にあった壁を悠々と飛び越えて見せた。
自分を抱えて走るその速度は早い、自分とは大違いだと思う中でユーリアは徐々に冷静さを取り戻していた。
状況は変わっていない。どこの誰かは知らないが自分は誘拐されそうになっているのではないか、そう思えてしまうのだ。
「離して!降ろして!私をどこに連れていくつもり!?」
「とりあえず安全なところだ。あんな連中に追い回されていたら話もできない。」
「話すことなんてない!うちに返して!」
ユーリアはとにかく家に帰りたかった、祖父母の待つ家に。
だが自分を抱えている男性は首を横に振って見せる。それはやめておいた方がいいと付け足しながら。
「あいつらはどんな手段を使ってでもお前を捕まえようとするだろう。たぶん家に突っ込んででも。お前にとってもう家は安全な場所じゃない。」
「そんな・・・おばあちゃん!おばあちゃんは!?おじいちゃんは!?家にいるの!」
ユーリアの言葉に男性は安心しろと告げて大通りにやってくる。店には先程から黒い車が突っ込んだままになっている。あの状態ではすぐに警察がやってくるだろう。
「あの二人はもう保護してある。他に家族はいなかったはずだな?」
「な・・・何でそんなこと知ってるの・・・!?あなた誰!?」
「自己紹介は後でする。今は安全なところに移動するのが優先だ。」
男性はそう言ってユーリアを抱えた状態で移動を始める。
一体何がどうなっているのかわからない。なぜ自分は追われているのか。そして目の前にいるこの男性は一体何者なのか。自分の祖父母は無事だろうか。疑問は尽きなかった。
男性に抱かれながら移動していると、背後から車が数台自分たちを追ってきていることに気付く。
黒い車の中には作業服の男が数人乗り込んでいる。自分たちを狙ってきているのは明確だった。
「後ろ!車来てる!」
ユーリアの言葉に男性もそのことに気付いたのか、車の存在を確認して小さく声を漏らしていた。
「良いところで来てくれたな、好都合だ。」
車が追ってきているというのにこの男はそんなことは気にも留めていない。むしろありがたいとさえ思っているようだった。
車の窓から拳銃が覗き、こちらに向けられていることがわかると、男性は急に方向転換し自ら車に向かっていくように突進していく。
気でも違ったのか、そう思える無謀な行動にユーリアは覚悟を決めていた。もう自分はここで死ぬのだと。
だが結果はそうならなかった。
男性は一台目の車を飛び越え、二台目の車のボンネットに飛び乗る。慣性の法則で言うならそのまま吹き飛ばされるはずなのに男性とユーリアはそのままボンネットに乗り続けていた。
妙な感覚がユーリアを襲う中、男性が腕を振るうと前と後ろにあった車がそれぞれ急に方向をかえそれぞれどこかの建物に突っ込んでいってしまう。
一体何をしたのか、それを理解するよりも早く車の中にいた男たちも皆強制的に車外に排出されてしまっていた。
それが能力によって引き起こされているものだと気づくのに少し時間がかかった。
念動力に属する能力だろうか、サイコキネシスとも呼ばれる力にユーリアが驚いていると、男性はユーリアを抱えたまま移動し続けている車に乗り込んで運転を始める。
「さぁ、とりあえず安全なところまで行く。シートベルトしとけよ?」
助手席に放り投げられたユーリアは、慣れた手つきで運転している男性を睨んだ後とりあえずシートベルトをつける。
一体この人物は何なのか、何故自分を助けているのか。
いやそもそもこの人物のこの行動が自分を助けているのかさえ怪しいものだ。もしかしたら自分を誘拐しようとしている張本人かもしれないのだから。
「・・・教えて・・・あなた一体誰?何で私を・・・」
「安全なところに行ってから話す・・・って言いたいけど、これだけは教えておくか・・・お前は狙われてる。後ろから来てるような連中からな。」
ミラーを見ながら背後から追手がやってきていることを示唆すると、ユーリアは体を動かして後ろを見ようとする。
すると確かに車が一台こちらに向けて急接近してきているのがわかる。
そしてその中には自分を追ってきていた作業服を着た男性が乗っているのがわかる。
「あ、あなたはあいつらの仲間じゃないの?」
「一応な・・・俺はお前を守るっていうか・・・保護しに来た。いろいろなところから頼まれてな。確認だけど、お前はジュリア・コリントであってるか?」
「・・・私はユーリアよ・・・ユーリア・コリント」
あれ?と男性は間抜けな声を出しながら懐から一枚の紙を取り出し、そこに貼ってある写真と自分を見比べていた。
あってるよなと呟きながら男性はその書類を自分に渡してきた。
「それってジュリアって読めるんじゃないのか?」
そこにはJulia・Corrinthと書かれている。確かにスペルはこれであっている。だがこれでユーリアと読むのだ。恐らくこの男性はそれを理解していない。
「これでユーリアって読むのよ。」
「そうなのか、いらないところで恥かいたな・・・」
男性は少し恥ずかしそうにしながらハンドルを切って後続車を振り切ろうとしていた。荒い運転だなと思いながらユーリアは少しだけ安心していた。
なんというか、自分の近くにいるこの人が妙に人間臭かったのがそう思うきっかけになったのかもしれない。
「でもどうするの?後ろの奴ら、ついてきてるわよ?」
「わかってるって、まぁすぐにご退場願うさ」
そう言うと先程と同じように車が急に方向転換してしまう。今度は近くにあった川に向けて直進しそのまま水の中に突っ込んでいった。
そのまま急加速してその場から離れようとすると、男性はシートベルトを外すように指示してきた。
一体何をするつもりなのだろうかと思っているとユーリアを抱え上げてまるでスタントマンさながらの動作で車からすぐに脱出して見せる。
だが車はそのまま直進し続けてる。それどころかそのままどこかへと走り去っていった。
まるで誰かが運転しているかのような動きで。
周囲はすでに暗くなっている、その暗さを利用して男性は近くにあった倉庫へと隠れることにしたようだった。
「何であの車で逃げなかったの?あのままなら逃げられたんじゃ・・・」
「あの車は連中が使ってたものだ。たぶん発信機の類が仕掛けてある。それならさっさと捨てたほうがいい。それに逆に囮としても使えるからな。しっかり使わせてもらうさ。」
男性の言葉に納得しながら、ユーリアはその腕に抱かれたまま倉庫の中に案内されていく。
倉庫は鍵がかかっていたはずなのだが、その窓の一つを難なく開けると中に侵入していた。
この人は一体どういうことをしているのだろうと疑問に思ってしまう。
一体何が目的なのかが理解できなかったのだ。自分を守ると言っていたが、なぜそのようなことをするのか。どういう理由があってそんなことになったのか、それが知りたかった。
「さて・・・とりあえず安全なところに来たわけだが・・・」
男性がそう言うや否やユーリアはその腕から飛び降りて男性から少し距離をとった。
「約束よ・・・話して・・・何がどうなってるの?」
その距離は自分が抱いている警戒の証、それを男性も正しく受け取ったらしい。片膝をついて自分に目線を合わせるとゆっくりと手を差し出してくる。
「まずは自己紹介だ。初めましてユーリア・コリント。俺は五十嵐静希。さっき言ったとおりお前を保護しに来た。」
自分の名を名乗った男性を見ながらユーリアは警戒の色をより濃くしていた。聞いたことのない名前だ、少なくともロシア人ではない。言葉の響きからしてアジア系の人間だろうかと訝しんでしまう。
何故こんな所にいるのか。そんな疑問が尽きない。
保護しに来たというのも妙に嘘くさい、だが事実彼は自分を守ってくれた。それは間違いようがない。
「ユーリア・コリントよ・・・それでどうなってるの?何で私が狙われてるの?」
握手をしてすぐに距離をとるユーリアの対応に、静希は苦笑してしまっているようだった。もっともその仮面のせいで表情まで確認することはできないが、その声から笑っているであろうことがわかる。
「随分と警戒するな・・・まぁ仕方がないか・・・俺も全ての事情を知ってるわけじゃない。それでもいいなら話す、構わないか?」
静希の言葉にユーリアは小さくうなずく。
事情を正確に把握していないにせよ、自分よりは知っているはずだ。何より何故自分が狙われているのか、それを知る必要がある。
もちろんそれを知ったところで自分に何ができるのかという話だが、それでも知ること自体はしておいた方がいい。そう思えたのだ。
「事の始まりは一週間前、某国の軍事施設からいくつかの兵器が奪取された。それを行ったのはあるテログループ。反能力者団体とでもいえばいいか・・・ただの兵器であればよかったんだが、その中には面倒なものが含まれてた。」
一つ息をついた後、静希はため息交じりにその名を告げた。
「奪取された兵器の内の数点には・・・核兵器が混じっていたんだ。計画的な犯行から連合国は躍起になって兵器を取り戻そうとした。けどいくつかは小型のものも含まれていて行方不明になっているものもある。」
「・・・その話と今回の事とどう関係してるのよ・・・?」
これから話すからそう焦るなと静希は小さくため息をついて見せた。
だが今の話を聞く限り、自分が関わってくるような話では無いはずである。軍が仮に核兵器を奪取しようとしたところで自分はそんなこと知りもしなかった。そんなことに何故自分が関わっているのかと不思議でならなかった。
「連合国の人間は核兵器の所在を明らかにするためにそのテログループの拠点をいくつか制圧した。その過程でいくつかの作戦書みたいなものを手に入れたんだ。その中には無限に核兵器を生み出すっていう内容のものがあった。」
「・・・無限に・・・?」
無限という事は何か製造方法のようなものが記されていたのだろうかとユーリアは首をかしげる。
だが核兵器というものは威力がある代わりにそれだけ安全に作るのは難しい。少なくとも正しい知識と設備がなければできないはずだ。それを無限に作るというのはどういうことなのだろうかと思えてならない。
「そしてその作戦書には、お前の名前があった。この作戦の鍵となる存在だと。」
「・・・え?」
唐突な結びつきに、ユーリアは目を丸くしてしまう。一体なんでそんなことになっているのか、というか何故自分がそこで名前が挙がっているのか不思議でならなかった。
「ま・・・待って・・・待って・・・!どういうこと?何で私が?」
「俺が知りたい・・・と言いたいところだけど一つだけ可能性がある・・・お前、能力者だな?」
静希の言葉にユーリアはどう答えればいいのか迷ってしまっていた。
自分は確かに能力者だ、だが今までそれを隠して生きてきた。この場でそれを明かしていいものか。仮に明かしたとして元の生活に戻れるだろうかと。
「お前の保護を依頼された時点でお前のことは調べさせてもらった。無能力者として登録され今まで生きてはいるが、そんな子供をテロリストが狙うはずがない・・・正直に答えてくれ。お前は能力者だな?それも複製ができる類の」
諭すような言葉にユーリアはもう言い逃れはできないのだなと悟り、小さくうなずいてみせた。
静希をだますことはできない、恐らくすでにあらかたの察しはついているのだと。
だが一つだけ気になることがあったのだ。
「・・・でも・・・何でそんな危ない人たちが私のことを知ってるの?私は能力はお母さんとお父さんにしか見せたことないのに・・・」
その言葉に静希は言葉を詰まらせていた。
どう答えたものかと考えているのだろう、小さく息をついた後で額に手を当てるような動作をして見せた。
「・・・可能性としては・・・お前の両親は海外で働いているそうだな?」
「・・・うん・・・もう何年もあってない」
「・・・その仕事の過程で、何らかの理由でテロリストたちにつかまった可能性がある。そして家族構成を話すときにそれを話してしまった・・・」
ユーリアは足元から崩れてしまうのではないかと思えるほどの衝撃を受けていた。自分の両親がテロリストにつかまっている?
そんなことに何故なっているのか。だがもしそうなら自分の両親はひどく危険な状態にあることになる。
どうしてそんなことになったのか、何故そんなことになったのか。ユーリアは自問自答しているのだが一向にそれらしい答えは出てこなかった。
「どうして・・・そんな・・・」
「さぁな、向こうの都合なんてあってないようなものだ。運が悪かったとしか言いようがないな。」
突き放すような静希の言葉に、ユーリアは今にも泣きそうになってしまった。自分が狙われるだけではなく、両親までそんな目に遭っている。
一体自分たちが何をしたのか、一体なぜこんなことになっているのか。
あまりの理不尽さにユーリアは涙を流し始めていた。
その様子を見て静希は小さくため息を吐いた後、自分がつけていた仮面を取り外し、素顔をユーリアに見せていた。
歳の頃は二十代半ばといったところだろうか。男性にしては幼い顔つきに彼がアジア系の人間であるということがはっきりとわかる。
そして静希はユーリアの頭をなでると落ち着くように言ってきた。
「泣くな・・・お前の事は俺が守ってやる。心配しなくていい。」
「・・・でも・・・お父さんとお母さんは・・・」
「そっちも心配ない・・・動いてるのは何も俺だけじゃないんだ、ちゃんと部隊を編成して行動しているのもいる。」
何とか自分を慰めようとしてくれているのか、その声と手からは暖かさが伝わってくる。この人は自分の味方なのだろうかと思えてしまう。
安心させるためにその素顔をさらし、自分に暖かな声をかけてくれている。
今はそれがただ有難かった。果たして本当に静希が味方かどうかは彼女には判断できないが、味方であるように努めてくれる人がいるというのは何より有難い。
自分が一人ではないという事を実感させてくれるから。
「話が逸れたな・・・そんなこともあって、俺はいくつかの国からお前の保護を依頼された。お前を安全な場所まで護衛するのが俺の役目だ。」
「安全な場所って・・・?」
「とりあえず連合国の対策本部あたりに行くつもりだ。それまでの身の安全は保障する。」
これでも結構有能なんだぞと静希は笑って見せた。
適当なんだか、それとも自分を安心させるためにあえてそう言う演技をしているのかユーリアにはわからなかったが、なんだかよくわからない人だと複雑な気持ちになってしまう。
この人について行っても大丈夫なのだろうかと、そう思えてしまうのだ。
「何か質問はあるか?ないならさっさと移動を始めるけど」
「・・・あの・・・家に帰っちゃダメ?おばあちゃんとか心配で・・・それにいろいろと持っていきたいし・・・」
先ほども言ったがあの時はすぐに流されてしまった。すでに静希の仲間が保護しているようなことを言っていたが、実際はどうなっているのか気になったのだ。
それに何よりこれから移動するという事ならそれなりに準備したいのだ。どのような移動をするのかは知らないが時間がかかるのは確かなのだ。なら自分のものをいくつか持っていきたい。
どちらにせよ、静希がその気になったら自分はあっさりと連れ去られてしまうのだ。
明日の学校はどうしようとか、これからどうなるんだろうとか、そんなことが頭の中をよぎるが今この場では家に一度帰って見たかった。
静希の言葉が本当か嘘かを見極めるためにも。
「本当ならダメって言いたいんだけどな・・・わかった・・・ただ俺から離れるなよ?約束できるか?」
「・・・わかった、約束する。・・・よろしく・・・えっと・・・ミスターシズキ?」
「静希はファーストネームだ、五十嵐がファミリーネームだけど・・・まぁ静希でいいよ。」
静希と再び握手を交わしてユーリアはひとまず自分の家に戻ることができることに安堵していた。だがこの結果が自分をさらに絶望に叩き落とすことになることになるのはまだ知らない。
「ところで、お前のことを何て呼べばいい?ユーリアでいいか?」
「・・・別に何でもいいわ・・・友達からはユーリって呼ばれてる。」
行き先が決まったところで行動開始しようとした二人だが、不意に静希が放った言葉でその場の緊張感は完全になくなってしまっていた。
何故なら次の静希の言葉が僅かに残っていた緊張感を打ち砕いたのである。
「んー・・・ユーリとは呼びたくないな・・・じゃあお前をリアと呼ぶことにしよう。」
「・・・なんで?ユーリって名前嫌いなの?」
「いや、俺の娘の名前が優理っていうんだ。だからその名前では呼びたくない。」
娘がいたのかとユーリアは一瞬驚いてしまう。一見すると若く見える静希だが一体いくつなのだろうかと疑問符を飛ばしてしまっていた。
そして静希はそのまま写真見るか?と懐にあった写真を見せて来た。そこには静希と三人の子供が写っている。
背景は静希の家だろうか。一軒家がそこには写されていた。ユーリアは読むことができないがそこには五十嵐という表札もかけられている。
映っている子供のうち一人は二人に比べ背が高い、と言っても身長百四十半ばくらいだろうか。そしてその子供の服の裾を掴むようにして一人、静希の服の裾を掴むようにして一人それぞれ小さな子供が写っているのがわかる。
小さな二人は双子だろうか、歳は四歳か五歳くらいだろうか。こんな子供がいるあたりこの男は一体いくつなのだと思えてならなかった。
「・・・ねぇ・・・あなたって一体いくつなの?」
「俺か?今二十五だ。」
「・・・一応聞いておくけどどこの人?」
「日本だけど?」
二十五、その言葉にユーリアは眉をひそめてしまっていた。
少なくともこの少し背の高い子供に関していえば自分と同年代程度であることが予想される。
となれば十二歳だろうか。だとしたら年齢の計算が合っていないような気がするのだ。
勿論目の前にいる静希が二十五であるという事は別におかしい話ではないように思える。事実それくらいの歳であるだろうと自分も思うし、何より三十代には見えない外見をしている。
日本人は若く見えるというのはどこかで聞いたことがあるが、なるほど確かに実際の歳より若く見えてしまう。
二十歳と言っても通じそうな外見だ。だがこの三人の子供が全員彼の子供であるというのは信じられない。何よりこの子たちの母親の姿が見えないのだ。
「この写真は奥さんが撮ったの?」
写真に写っていないという事はこの写真はこの子たちの母親であり、静希の妻が撮影したものだろうかと思ったのだが、静希はきょとんとした表情を浮かべてしまっていた。
一体何を言っているんだという表情である。
「何言ってんだ、ちゃんと写ってるぞ?」
「え?どこ?」
「ほらこれ、こいつが俺の女房だよ。」
静希が指さしたのは先程自分が子供だと思った少し背が高い女の子だった。
身長百四十そこらしかないような少女。その少女を自分の妻だと言った静希に対する不信感はかなり大きくなっていた。
「・・・あなたロリコンなの?こんな小さい子を・・・」
「おいそれは凄く失礼だぞ・・・こいつ俺と同い年だからな?しかも誕生日だけで言えば俺よりも早く生まれてるぞ。」
「嘘でしょ?二十五歳?これで?」
ユーリアは静希から写真を奪うとまじまじとその少女を観察する。
だがどこをどう見ても自分と同い年くらいにしか見えなかった。身長的にも顔つき的にも、何よりそのあどけない笑みが大人のものとは思えなかったのである。
「こっちが娘の優理でこっちが息子の優希だ。初産で双子だったからな、結構大変だったんだぞ?」
静希が嬉しそうに子供たちのことを話すのだが、ユーリアは静希の子供の事よりもその妻のことが気になって仕方がなかった。
「・・・ねぇ、やっぱり嘘でしょ?この子私と同い年くらいに見えるんだけど・・・」
「お前もしつこい奴だな・・・そうだ、ちょっと待ってろ。」
そう言って静希は懐から携帯を取り出して何やら操作しだした。一体どうしたのだろうかと思いながらも待っていると準備が終わったのか、静希は携帯をユーリアの目線に合わせるように移動させる。
そしてユーリアにその画面を見せつけながら画面をいくつか操作していく。
「俺が昔撮った写真の数々だ。昔の俺含め写ってるだろ?」
静希のいう通りそこにはいろんな写真があった。森の写真や建物の写真。その中には静希の友人たちの写真も多く残されている。
その中に静希と一緒に写っている少女の姿もあった。
今の静希に比べやや幼い。静希が学生時代の頃の写真だろうか。そのころから写真に写っている少女は外見が変わっていないのである。
これが生命の神秘だろうかとユーリアはある種の感動を覚えていた。近くに写っている静希やその友人たちは成長し顔つきや体つきが変わっているというのにその少女だけ外見がミリ単位で変化していないのだ。唯一変わっているのは髪の長さくらいだろうか。
「こんなことってあるのね・・・」
「あぁ・・・小学校の高学年あたりから成長と変化がピタッと止まってな・・・まぁ本人はまだ成長することをあきらめてないみたいだけど・・・」
静希は軽く笑いながら携帯をしまってしまう。その動作が妙に人間臭くてユーリアは笑ってしまった。
一度静希の奥さんに会ってみたいなと、そう思いながら。
「でもシズキ、あなたこんな人を妻にするって・・・やっぱロリコンなんじゃないの?」
「お前本当に失礼な奴だな、俺は正常だぞ・・・たぶん」
自分でも自身がもてていない時点で怪しいのではないかとユーリアは思ってしまうが、とりあえず今は頼りになる存在であることに間違いはないのだろう。
呼び名がユーリからリアに変わろうとそのあたりは気にするような事ではない。
「じゃあシズキ、私の家に行くのはいいけど・・・場所分かる?」
「あぁ、住所も分かってる。ただあらかじめ言っておくけど戦闘になることは覚悟しておけよ?家の中にいられるのも五分が限界だと思っておけ。」
五分!?とユーリアは驚いているが静希からするとむしろ当然という感じだった。
自分の家に帰るのになぜそんなに急がなければいけないのか。だがユーリアも薄々は感じていた。自分の家は今危険地帯になっているのだという事を。
「お前の家はまず確実に見張られてる。そこに行くとなれば当然連中も反応するはずだ。もちろん負けるつもりはないけどお前を守りながら逃げることも考えると五分が限界だ。」
「・・・でも・・・五分だなんて・・・」
せめて一晩だけでもと思っていたユーリアは考えが甘かったのだろう。まさか分単位でその場にいる事が危険だとは思っていなかった。
自分が今どういう状況にいるのかを改めて突きつけられているようでユーリアは歯噛みしていた。
「お前が家にずっといたいというなら止めはしないが・・・たぶん家が跡形もなくなるぞ。そうさせないように時間を限定するんだ。」
「・・・私達が・・・私が行くと戦闘になるから早く引き上げるって・・・そう言う事?」
そうだと静希は言葉を飾ることなくそう告げた。何とも端的な答えだが静希の言葉は事実だ。
なにせあの男たちは車ごと店の中に突っ込んでくるほどに自分を捕まえることに力を注いでいる。まるでそれ以外は最初からどうでもいいとでもいうかのように。
あんな人間と戦いになったらそれこそ自分の家に車がどんどん突っ込んでくるようなことになるだろう。
もし仮に当初のユーリアの考えの通り一晩も過ごしたら跡形もなくなる可能性が高い。そこまで考えてユーリアはため息をつく。
「ねぇシズキ・・・私この後どうなるの?もし攫われたらどうなっちゃうの?」
「・・・殺されることはないだろうな。テロリストたちはお前の能力を利用して無限に核兵器を所持しているぞって言って政府に何らかの交渉をするつもりだろう。要するにお前に大量殺戮兵器になれって言ってくるだろうな。」
「・・・何でそんな事・・・」
俺が知るかと静希は突き放すような言葉を吐き捨てる。実際静希はなぜそのようなことをテロリストたちがしているのか知らないのだろう。そしてその手口が気に入らないという事もユーリアは感じ取っていた。
徐々にユーリアは、この五十嵐静希という男がどういう人物なのかがわかってきた。
少なくとも、自分に嘘は言わない。そして自分を守ろうとしてくれていることだけは確かだ。それだけは信じられる。
「だけどリア、これだけは覚えておけ。お前は何も悪いことはしていない。だから胸を張ってろ。他人がなんて言おうと自分のやりたいことをやれ。いいな?」
「・・・それは悪いことじゃなければってことでしょ?」
「当たり前だ、お前がそうなりたいって言ったら俺が縄付けてでも止めるからそのつもりでな」
悪いことをしようとしたら静希が止める、そしてそれ以外の好きな行動であれば静希が守る。
なんというかわかりやすい図式だ。どんな場合でも静希が自分のそばにいるというのだから。
「でも大丈夫なの?相手は凄くたくさんいるんでしょ?」
「問題ない。こう見えても世界を二回くらい救ったことがあるんだぞ?有象無象のテロリストじゃ相手にならん」
世界を救ったことがある
途端に話が嘘っぽく聞こえるが、静希が言うとどうしてか本当のように思えてくるから不思議である。
「今時子供でもそんな事言わないわよ?嘘だってすぐにわかるもの」
「そうか?まぁそうだな。それもそうか。」
静希は笑いながら仮面を身に着ける。顔を隠すのはこれから行動を開始するという合図なのだろうか、一気に静希が纏う空気が変わっていくのが素人のユーリアにも感じ取れていた。
「リア、もう一度言っておくけど俺から離れるなよ?さすがに離れられたら守れるか保証できん」
「わかったわ、離れない・・・ちゃんと守ってね」
「了解、んじゃ行くか・・・っとその前にこれ羽織っておけ。」
静希はユーリアに黒い外套のようなものをかぶせた。
普通のものではないのか少々重く感じられた。だが不快な重さではない、恐らく何か特殊な素材でできているのだという事が理解できた。
「あんまり可愛くないわね・・・黒って似合わないんだけどな・・・」
「文句は製作者に言ってくれ。少なくとも夜の間は役に立つ。暑いだろうけど脱ぐなよ?」
夏ではあるがさすがに夜ともなると肌寒さは残っている。むしろ丁度いいかもしれないと思いながらユーリアは黒い外套を羽織って静希の後に続いていく。
自分の家が今どうなっているのか、自分の目で確認したかった。




