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J/53  作者: 池金啓太
三十三話「世界の変転 後編」

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彼らのこれから

「それじゃ陽太、俺はまだやることがあるから移動する、お前は城島先生と一緒にいろ、アモン、お前がどうするか知らないけど変なことするなよ?どっかに行くなり大人しくするなりしててくれ」


静希はとりあえず陽太とアモンに指示を出すと再びメフィに連れられて上空へと舞い上がる


陽太の安否を優先したからこそこの場にやってきたが、まだ確認しなければいけないことは多々あるのだ


特にエドと戦っていた悪魔の確保をしなければならないだろう


地図を確認しながらエドが戦っていた場所を探すと、それらしいぽっかりと空いた空間を見つけることができる


恐らくは戦いやすいように鏡花が空けた場所だろう


その近くの木々が妙になぎ倒されているのは攻撃を受けたからだろうか、それにしても対処の仕方が随分と荒々しい


やはりウェパルがこの場にいたという事だろうか、近くにそれらしい影は見受けられない、すでに鏡花の下に行ったのかそれともこの場から離れたのか


どちらにしろ静希がやることは変わらない、ぽっかりと空いた空間に足を踏み入れるとそのやや中心部分に黒く小さなドームのようなものがあるのが見える


恐らくはヴァラファールの能力だろう、あの能力に何の意味があるかは不明だが警戒しておいた方がよさそうだ


『静希、聞こえる?今どこ?』


警戒しながら呪いのドームらしきものに近づいていると、無線から鏡花の声が聞こえてくる


どうやら何か進展があったようだ


「あぁ聞こえてる・・・今エドが戦ったっぽい場所にいる、変な黒い塊があるけど・・・」


『あぁ、その中に悪魔がいるわ、気を付けて対処してね』


淡々と述べている鏡花だが、何やら声が随分低いように思えた、何か嫌なことがあったような声である


もしかしたら何かあったのだろうかと静希は心配になってしまう


「なんかあったか?妙にテンション低いけど」


『あー・・・まぁその・・・うん・・・残りの一人、能力者を発見したわ・・・もう確保した』


確保した、相手の戦力の最後の一人を確保したというのに鏡花の声は浮かない、ため息をついて気分が上がらないのを示しているかのようだった


「とりあえず無事でよかった・・・のか?負傷者は?」


『負傷者はいないわ・・・よかったって言えるならいいんだけどね・・・また死体見ちゃったわよ・・・』


死体を見てしまった、その言葉に静希は察してしまった


相手の能力が奇形種を転移、あるいは収納する能力だとしたら奇形種を自分の近くに出すことができるという事である


だがすでにメフィによって奇形種を操る能力は効果を失っている、つまり多くの奇形種に囲まれるような状況を自ら作り出しているのだ


「・・・ひょっとして・・・見つけた時にはもう・・・?」


『えぇ、ひどく食い散らかされた後だったわ・・・ギリギリ原形留めてるってところかしらね』


ギリギリで原形をとどめているという事はかなり激しく攻撃されたのだろう

能力を使ったかどうかは定かではないが、とりあえずかなり損傷が激しいことは間違いないようだった


そんな光景を見てしまった鏡花のテンションが下がるのも仕方がないというものだろう、医師免許を持ち、人間の体内やらの映像を実際に見たことがある明利と違い、鏡花はそう言うものをほとんど見たことがないのだ


一度静希の手術を行ったときに見たくらいのものである


死体自体も去年樹海に行ったときに見て以来だ、彼女の精神にかなり負担がかかったのは間違いない


「近くに奇形種は?」


『いないわ、エドモンドさんが来たってのを理解したんでしょうね・・・そう言えばカレンさんがさっき別行動をとるって言ってたけど、何しに行ったわけ?』


大体想像つくけどと言いながらも鏡花は静希の言葉を待っていた、まだ状況が終わっていないこととリチャードの亡骸を確認しに行ったこと


告げるのは簡単だが後者に関しては少し告げるのを憚られた


自分が人を殺したなど他人に進んで話すような事ではない


「召喚陣の対応をしてもらってる・・・あとは主犯格がそこにいるからな、あいつにとっては重要な事だろ」


『・・・ふぅん・・・そう、分かったわ・・・とりあえずそっちに行くから、その場で待機しておいてくれる?』


「了解、待ってるよ」


鏡花がこちらにやってくるという事はエドも一緒に来るはずだ、そうしたらこの黒い物体を解除してもらおう


そして中にいる悪魔の対処をしなければならない、カレンの方にも顔を出したいところだが悪魔の対処の方が優先だ


もしこのまま悪魔を野放しにしていたらまた面倒なことになりかねない


メフィ達は静希の能力ですぐに回復できるが、静希の装備自体はもうすでにかなり消耗している


トランプの中に入っている切り札や弾丸なども八割近く使い切ってしまっているのだ


早めに安全な状況にしないと安心できない、静希はため息をつきながらその場で待機することにした



「あ、いたいた、おーい静希!」


静希が呪いドームの前で待っていると、部隊数名を連れた鏡花と明利そしてエドがやってきた


その表情は決していいものとは言えないが、自分たちと敵対していたものがひとまず全員片付いたことである種安堵しているようだった


「冴えない顔してるわね・・・まぁ何があったのかは聞かないでおくけど」


「まぁお察しだよ・・・んじゃ邪薙を返してもらうな」


静希は鏡花たちに付けていた邪薙のトランプを回収すると小さくため息をついて小神に礼を言っていた


どのような状況になっていたかは知らないが、どうやらかなり役に立てたらしい、自分の考えは間違っていなかったという事だ


「明利、けがはないか?」


「うん、静希君のおかげで・・・すごく助かったよ」


邪薙を明利に付けておいたおかげでしっかりと無傷で生還させてくれたらしい


さすがは我が家の守り神だと褒めてやりたいところである


「あんたね、ここぞってときに自分の守りを外してどうするのよ、助かったは助かったけどさもうちょっと考えて配置しなさいよね」


「考えた結果そうなったんだよ、実際に役に立っただろ?」


静希の言葉に鏡花は反論できないのか小さくため息を吐いた後で額に手を当ててしまう


実際静希の采配のおかげで九死に一生を得たのは事実だ、あの場で邪薙がいなければウェパルの援護も間に合わなかったかもしれないのだから


「ところでウェパルは?援護してくれたんだろ?」


「一回顔見せたらどっか行っちゃったわよ、恩を着せたつもりなんじゃない?」


鏡花は心底嫌そうな顔をした後再度ため息をつく


悪魔に気に入られるなどとはっきり言って鏡花には苦行でしかなかった、長い時間一緒に過ごしてきたメフィと違い、全く知らないような悪魔に気に入られたところで精神的に疲弊するだけである


何でこんなことになってしまったのかと鏡花はもう何度目になるかもわからない後悔を始めていた


「とりあえずシズキ、この悪魔をどうにかしないと」


エドの言葉に静希は思い出したかのように呪いのドームに目を向ける、まだ状況は終わっていないのだ


早く悪魔の対処をしなければ後顧の憂いとなりかねない


「そうだった・・・この中には何がいるんだ?」


「フルフルって悪魔だよ、電気を操るんだ」


「・・・フルフルってあのゲームの?」


おんなじこと言ってると鏡花が笑う中、エドの中にいたヴァラファールがその場にある呪いを解除するとその姿が露わになる


鹿の頭に下半身、人間の胴に翼を持った悪魔に静希は内心がっかりしてしまっていた


「なんだ・・・全然違うじゃんか、なんか期待外れ」


「ハッハッハ・・・まぁゲームとかに出てくるのは人間の想像だったりするからね」


「それにあのゲームは生物って感じでしょ?これ明らかに生き物として間違ってるもの」


進化の過程を完全に無視した外見をしている悪魔に訝しみながらも、静希はとりあえずトランプの中に入れて悪魔を回収する


どうやら気を失っているらしく、先程回収したブファス同様まだ目を覚ましていないのか妙に静かだった


眠ることは必要ないのに気絶はするのかという奇妙な差異に、静希は若干不信感を覚えてしまう


一体何を企んでいるのか、今この場ですぐに取り出してみたいところだが、まずはカレンとの合流を急がなければいけないだろう


「鏡花、明利、お前達は陽太との合流を急いでくれ、戦車部隊の近くにいるから・・・ついでに地形を元に戻しておいてくれると助かる」


「はいはい後片付けね・・・あんたはどうするの?」


「俺とエドはカレンの所に行く・・・まだやらなきゃいけないことがあるかもしれないからな・・・」


召喚陣の下に行っているであろうカレンの所に限りなく早く向かっておきたかった


仮に悪魔を解放するにしても、敵意の有無を確認するためにも未来予知ができるオロバスに助力を乞わなければいけない


そしてカレンの精神状態を確認しておくのも必要な事だった


リチャードを殺すために生きてきたと言っても過言ではないほどにカレンの復讐に対する意欲は高かった


それが終わりを告げた今、これからどうするのか、どのように生きていくのか彼女は真剣に考える必要があるだろう


だが一人で考えることなど大抵は碌なことではない、誰かが近くにいてやる必要があるのだ


「・・・あんたも意外と心配性ね」


「まぁあんな様子じゃ心配もするって・・・とりあえず陽太の方は任せたぞ、鏡花からしっかりお褒めの言葉を貰いたいだろうしな」


一体どういう状況なのか鏡花は理解していないが、静希がこうやって普通に話すという事は少なくとも悪い結果ではないのだろうと鏡花は安堵していた


静希とエドはそれぞれの悪魔に移動するように頼み、カレンのいるであろう召喚陣のすぐそばまで移動を始めていた


その間に静希はリチャードを殺したことをエドに話していた


エドもまたリチャードにいろいろとかき回された人間だ、知る権利はあると思ったのである


その反応は、あまり大きなものではなかった、そうか・・・と一言つぶやいただけ、その一言にどんな意味が含まれているのか静希は理解できなかった


そして召喚陣の近くに移動していくと、そこには召喚陣に手を当てて何やら作業をしているカレンの姿があった


恐らくは召喚陣の解体作業を行っているのだろう、静希とエドがやってくるのを確認すると小さく息をついた後そちらに目を向けていた


「カレン、状況はどうだ?」


「問題ない、機能を停止することはできそうだ・・・ただかなり大きい召喚陣だからな・・・ある程度機能を停止させたら物理的に破壊したほうが早いかもしれない」


「・・・確かにこれを第三者が見て真似しないとも限らないからね・・・早々にけりを付けたほうがいいかも・・・」


同じような事件を起こさないためにも、この召喚陣の技術や手法などはすべて廃棄したほうがいい


軍の人間にも見せず自分たちだけで対処したほうが二次被害は少なくなるだろう


軍の方からは文句を言われるかもしれないが、二度とこんなことを起こさないためには必要なことだ、文句は静希とエドで封殺すればいいだけの話である


「・・・ところで・・・その・・・カレン・・・えっと・・・」


「リチャードの死体は見たか?」


言いよどむエドをよそに静希が本題を言うと、カレンは一瞬動きを止めた

いろいろと思うところがあったのだろう


数秒間停止していたカレンは、一つ小さく息をつくと自嘲気味に笑って見せた


「・・・なんだかな・・・もっと劇的なものかと思っていたんだが・・・存外それほど達成感も・・・感動もなかったよ・・・」


「そうか・・・まぁどう感じるかはお前次第だからな」


正直静希もそこまで何かを感じているというわけではない


人を殺したという決定的事実が目の前にあったというのに、静希の中にはまったくと言っていいほど罪悪感も後悔もなかったのだ


静希が異常なのか、それともただ単にそう思えるような人間ではなかったからか、どちらにしろ静希もカレンもリチャードが死んだことにそれほど何かを感じているということはないようだった


「・・・シズキ・・・私は君に謝らなければならない・・・すまなかった・・・君に重荷を押し付けてしまった」


「謝る必要はないよ・・・そうしなきゃいけない状況だったんだ・・・あいつの体は調べたか?」


「・・・あぁ・・・僅かにだが召喚陣の一部が残っていた」


召喚陣の一部、静希が破壊した胴体部分の召喚陣の中核ともいうべき部分は見つけることも解析することもできなかったが、僅かに残る召喚陣の名残を確認することはかろうじてではあるができていた


静希のいう殺さなくてはいけない状況になったのもそれが原因だろうということも予想はできていた


「召喚陣を別の部分にもう一つ作って、自動発動できるようにする・・・本当か嘘かは知らないけど、確実に発動しないようにするには、体ごと破壊する以外に思いつかなかった」


もし時間に余裕があるなら他の手段も取れただろう、もしほかに誰かいたなら他の手段も取れただろう


だが召喚陣がいつ発動するかもわからないような状況で、確実に召喚陣の発動を止めるためにはそれ以外に方法は思い浮かばなかったのである


「メインの召喚陣以外に、補助の役割を加える召喚陣というのは確かにある、だが自動発動というのは聞いたことがない・・・新しい技術なのか、それともハッタリなのか・・・すでに破壊されている今確認する術はない・・・か・・・」


「あぁ、まぁそう言う事もあって体ごと破壊することにしたんだ・・・その結果死んだって感じだ・・・殺そうとして殺したのとはちょっと違うかな」


殺そうとして殺した、それは殺意をもって相手を攻撃するという事だ


今回静希は殺意ではなく、阻止するための使命感によって動いた、そこに殺意はなかった


召喚陣さえ破壊できればリチャードが生きていても別にいいとさえ思っていた


だが結果的にリチャードは死んだ、覚悟していたとはいえその事実は大きく、そして重い


「シズキ・・・あいつは最後・・・なんと言っていた?」


「・・・もう一度あの光を見たかった・・・残念で仕方がない、本当に・・・だとさ」


静希の言葉を聞いて、カレンは顔を下げて肩を震わせている


薄く笑い、同時に涙を流しながら召喚陣に触れていた手を強く握りしめていた


「そうか・・・まったく・・・最後までそんな戯言を・・・そんな奴に・・・私は・・・今までずっと・・・」


カレンは今までの苦労も何もかもを思い出しながら涙を流しているようだった


同時に自分の馬鹿さ加減に、リチャードの愚かさに笑ってしまっているようだった


その様子を静希とエドは眺めている事しかできない


どんな言葉をかければいいのか、どんな声をかければいいのか、二人ともわからなかったのである


家族を殺され復讐を誓ったカレン、そしてその復讐は静希の手によって完遂した


これから彼女がどうするのか、そこが一番の心配だった


「カレン、これからどうするつもりだ?」


「・・・どうする・・・とは?」


「復讐は終わった・・・こんな形だけどな・・・これからお前はどうするんだ?」


静希が確認しておかなければいけなかったのはそのことだ、今までカレンのことを見て来てその危うさには気づいていた


復讐という生きる目的を失った今、彼女がどうするのか、どう生きていくのか確認しておかなければならない


静希の問いに、カレンは腕で涙をぬぐった後どうしたものかなと呟きながら空を見上げていた


「今のところ、やりたいことはすべてやった・・・目的は果たした・・・シズキのいうようにこんな形ではあるが・・・」


カレンはリチャードの死体の方を見て自嘲気味に笑う、そして数秒間目を閉じた後に小さくため息をつく


「これから・・・そうだな・・・どうしようか・・・」


今まで復讐のことを最大の目標においていた彼女にとって、復讐するべき対象が死亡したというのは大きな喪失のように感じただろう


自分の手ではなく、静希に預けるような形でそれを成したことは彼女にとっては大きな変化を起こしているのかもしれない


特に大きいのは目標の完遂による喪失感だった


今まで憎悪によって生きていた彼女が、それ以外の何かで生きることを選ばなければならない


静希はあらかじめその危険性を理解していたからこそ、別の道を彼女に示し続けてきた、その結果彼女がどう生きていくのか、それが今わかるのである


生き方は人それぞれだ、それこそ復讐のために生きるというのもいいだろう、静希が関わらないようなところで勝手に復讐をしてくれているのであればそれもいい


また別の何かに憎悪を燃やすのもいいだろう、だがそこに静希が関わらないとは限らない


そんな危険なものを放置しておくわけにはいかなかった


数秒間悩んだ後、カレンはゆっくりと静希とエドの方を向いていた


「私は・・・本来なら世間から排斥された身だ、もう二度と日の光が当たる場所は歩けないと思っていた・・・だが二人に救われ・・・またこうして生きることができている・・・」


カレンは自分の手を見て小さく笑った


先程までの自嘲気味な笑みとは違う、さわやかな微笑みだった、どこか嬉しさも含まれているような、そんな笑みだった


「だからこれからはとりあえず恩返しでもしていこうと思う、特にシズキ、エド、二人には返しても返しきれない大恩がある」


自分に社会的な立場を与え、なおかつ復讐の手助けもしてくれ、さらには日常においても非常によくしてくれた


それがたとえ自分たちの目的の為だったとしても、カレンは嬉しかったのだ


「私に何ができるかはわからない・・・だが二人が望むのなら、私はこれからも力を貸したいと思っている・・・無論、簡単に返せるとは思っていない・・・私の一生をかけてでも返していくつもりだ」


それほどまで大きな借りを作ったつもりはないがと静希とエドは苦笑してしまう


実際に静希もエドもほとんど何もしていないに等しいのだ、それをできるだけの条件を整えたというだけ、それをさせたというだけ、それほどまでに彼女に感謝されるだけのことをしたかといわれると微妙なところだった


だがカレンにとってはとてつもなく大きなことだったのだ、これ以上ないほどに


「だからこれからも二人に力を貸していこうと思う・・・特に社長、私はまだ解雇されたわけではないだろう?」


社長、そう言われたことでエドは一瞬戸惑ってしまう


今までそんな言葉で呼ばれたことはなかっただろう、確かにエドはカレンを雇っている立場だ、そう言う役職で呼ばれることもこれから増えるかもしれない


「あ、あぁもちろんさ、まだまだ働いてもらわないと困るよ」


「・・・そう言う事だ・・・まだしばらくは厄介になる、君たちの力になれるように・・・そしてそれ以外の目的も探せるように」


今まで復讐のこと以外にはあまり目を向けることができなくなっていたカレンだが、これを機に第二の人生を始めることができるかもしれない


家族を殺され、復讐に憑りつかれたカロライン・エレギンは今ようやく本当の意味でカレン・アイギスに生まれ変わることができたのだろう


復讐のために生き、リチャードの死を望んだカロライン・エレギンは死に、新しい生き方を模索する、別の目的を探すために生きるカレン・アイギスが誕生した瞬間でもある


今までの復讐とは別の、他の何かを探すことができるように


そして、今までの過去を忘れるのではなく、しっかりと乗り越えるという意味でも、今彼女は生まれ変わったのだ


「それじゃあカレン、当面の目的は?何かあるかい?」


「そうだな・・・とりあえずはアイナとレイシャを一人前にするところから始めていこう・・・あの子たちにも教えたいことは山ほどある」


「それはいい、あの子たちもきっと喜ぶよ」


そうやってこれからの話をしながら笑っている二人を見て静希は安堵の息をつく


カレンをエドに預けて本当によかったと、今にしてようやく確信できた


アイナとレイシャという未熟でありながら優秀な能力者、そしてエドという心の広い人物と一緒にいる事で、カレンもしっかりと別の生き方というものを見つけていたのだ


自分が余計なことを言う必要はなかったかもしれないなと、静希は苦笑してしまう


それから数時間かけて、カレンは召喚陣の基礎機能を停止させ、メフィの力によって召喚陣を物理的に破壊することに成功していた


もうすっかりと日が昇り、部隊の人間は召喚陣のあった場所に集まりすべての状況が終了したことを確信していた


そして静希達も、ようやく終わったのだと、今まで関わってきた面倒事の全てが片が付いたのだと、安堵の息をついていた


特にその思いが強いのは静希とエドとカレンである


今までリチャードに巻き込まれ、最も苦労した三人だからこそ、その感情もひとしおだった


この場に並べられた二つの死体と拘束された一人の能力者、そしてトランプの中に確保した悪魔二人に陽太の近くにたたずんでいる悪魔一人


今回の戦果はそれこそ静希達がいなければ成り立たないであろうというほどのものだった


召喚陣の破壊に成功した静希達は主に鏡花の力によってその場を元の地形に限りなく近くした後、軍の駐屯地へと引き返していた


状況の全ての終了と、それに加えて報告をいくつかしなければならないだろう、作戦完了の報告をするためにも静希達は駐屯地に戻ってすぐラヴロフのいる建物へと向かっていた


静希や町崎といった各部隊の隊長格がそろってラヴロフの前にやってくると、机に座りながら各所へ指揮を送り続けていた彼は作戦が上手く行ったことと、それを成し遂げた静希達を安堵の表情で迎えていた


「諸君、よく無事に帰ってきてくれた、君たちの働きはすでに聞いているよ、特にミスターイガラシ、そしてミスターパークスの両名の働きは勲章ものだ、重ねて感謝する、さすがは悪魔の契約者というほかない」


静希を含めた学生部隊は他の部隊の進行を妨げる敵の排除に加え、悪魔の足止め、さらには問題となっていた奇形種を操る悪魔の打倒、加えて首謀者の排除と戦果だけで言えばまさに勲章ものの働きをしている


これ以上ない戦果と言えるだろう


そしてエドは部隊の進行を妨げる敵の排除に加え悪魔一人の打倒、そして能力者一人を追い詰めて確保した、もっとも確保した時点で死亡が確認されていたがそこは些細な問題である


この二人がいなければ成り立たないであろうと思えるほどに、静希とエドは活躍したのだ、無論静希とエドだけが活躍したわけではないが、一見するとそのように見えてしまうものである


特に静希とエドはそれぞれ悪魔を仕留めている、相手の主力級を仕留めたとなればそれらがどうしても目立ってしまうのは仕方のないことだろう


「我々はまだいろいろやることがあるが、君たちはどうするのだ?休むならそれなりの場所を用意するが?」


「いや、お気持ちはありがたいけど俺はまだやることがある、それが終わったら引き上げるよ、もうできることもなさそうだし」


「僕も同じだね、後片付けやら撤収やらは任せる、ただ足だけ用意してくれると助かるかな」


静希とエドの言葉にラヴロフは大きくうなずいて微笑んで見せた


「了解した、準備ができたらいつでも言ってくれ。モスクワまでしっかりお送りする」


各員の報告を終え、静希達はラヴロフのいる建物から出て自分たちにあてがわれた建物へと向かっていた


「ようやく終わったね・・・長かったなぁ」


「まだ終わりじゃないけどな・・・一番面倒なのが残ってる・・・こいつらどうしたもんか・・・」


そう言って静希はエドにトランプを三枚見せる、そう言えばそうだったねとエドが苦笑しているのには意味がある


何故ならこの拠点に戻ってくる際に静希はとりあえず今回確保した悪魔を全員トランプの中に入れていた


見つかるのが面倒だったというのもあるが、軍人がいちいち干渉するのも厄介だと思ったのである


何よりこんなところで万が一にも契約者を生み出すのは嫌だったのだ


この悪魔たちをどうにかして逃がさなければならない、悪魔なのだから好き勝手に動くだろう、軍人に見つからないようにしてくれるのを祈るばかりである


そして静希達にあてがわれた建物の近くでは陽太達が静希の帰りを待っていた


自分達の仕事が終わったとはいえまだ静希の私用があるため帰れないのだ、待っているほかないのである


「お疲れさん静希、どうだった?」


「勲章ものの働きだとさ・・・多分お前の功績も含めてな」


勲章ってすごいのか?と鏡花に聞いている陽太を置いて、静希は城島の下に歩み寄る


「先生もお疲れ様でした、すいません酷使してしまって」


「本当にな・・・とりあえずこいつは返しておくぞ」


静希の頭を城島が掴むと同時に、彼女の体内にいたウンディーネが静希の体の中へと移っていく


もう少し優しく触れてほしかったと思うばかりだが、これはこれで城島らしいと思えてしまっていた


「こいつは役に立ちましたか?」


「・・・あぁ、不本意ながらな・・・日本に帰ったら覚悟しておけ」


城島にウンディーネを渡したのは正解だったのだろうが、そうしない方がよかったかもしれないなと静希は若干後悔していた


頭を締め付けるこの痛みさえなければそんな風には思わなかっただろうに、今から日本に帰るのが少し憂鬱になってしまっていた


静希達が部屋に戻ると、そこにはこの場で待機していたアイナとレイシャ、そしてリットの姿があった、この場でずっと待っていたらしい


そして静希はとりあえず状況をすべて終わらせるためにトランプの中にいる悪魔を取り出して見せた


その場に現れたアモン、ブファス、フルフルの三人の悪魔がそろう事でその場の緊張感は一気に増していく


悪魔の存在になれた静希たちでも、この場に合計六人もの悪魔がそろっているというのは初めて見る光景だった


「んじゃとりあえずこれからこいつらをどうするか考えるか・・・どうせこのままどっかに行くつもりなんだろうけど」


静希が視線を向けると悪魔たちは薄く笑いながら静希の方を向いていた


どうやらほぼ同意であるらしい、特にフルフルという悪魔は静希に頭さえ垂れていた


「人間に関わるとろくなことにならないというのは十分わかりましたからね・・・元いた場所に帰ります・・・ですがあなたには一応感謝しておきますよ」


「なら他の場所で面倒を起こさないようにな、とりあえず無事を祈ってるよ」


フルフルはどうやらさっさとこの場から離れたいようだった、無理もないだろう、人間にいいように利用されていればそう考えてしまうのも当然の話だ

そしてそれはブファスも同様なようだった


「俺も人間に関わるのはさすがにこりごりだ・・・さっさと元の世界に帰りたい・・・」


ブファスとしてはメフィに徹底的にぼっこぼこにされたというのもあってその契約者の静希にも多少敵意を持っているようなのだが、自分を解放してくれたという意味では感謝はしているらしい


少なくとも現時点で敵対するようなつもりはないようだった


「アモンは?やっぱ悪魔の世界に戻るのか?」


「・・・そうだな・・・いずれはそうするだろうが・・・今はこの世界に留まろうと思う、やりたいことが一つできた」


やりたいこと、それが一体なんなのか静希はわからなかったが、事情を知っている人外たちは少し心配そうに眺めていた


妙なことをしなければいいがという気持ちが強いのである


「でも静希、どうやってこいつらを逃がすの?また人間に見つかると面倒よ?」


「そこはちょっとエドたちに協力してもらう、いろんな場所に行く仕事をしているしな、ついでにいろんなところに運んでもらおう、頼めるか?エド」


静希の提案にエドは問題ないよと告げて笑って見せる


すでに彼も悪魔を連れているのだ、その悪魔が二人や三人増えようと変わりはないのである


特に運送業を営んでいるとなればいろいろなところに行く、それらを利用すれば人気の少ないところにもいくことができるだろう


「すまないが、俺はそこのヨウタに運搬を頼みたい、頼めるか?」


アモンの申し出に静希はもしかしてと陽太の方を見る


妙に気に入られたのか、それともただ単に信頼できる人間に運ばれたいと思っているのか、どちらにしろ陽太の意見を聞いてみないことには始まらないだろう


「だってさ、どうする陽太」


「俺は別にいいぞ、体の中で変なことしなければな」


同じ炎を操るものとして気があったのか、相性が良かったのか、陽太は特に気にも留めていないようだった


すでに一回勝っているのだから自分の方が上という謎の格付けが行われているのかもしれない、妙なことを起こさなければいいがと静希は心配になってしまう


「鏡花、いいのか?あいつの中に悪魔が入りそうだけど」


「いいんじゃない?それこそ私が口出しするような事じゃないわよ、あいつなら悪魔の契約者になろうとはしないだろうしね」


静希が苦労しているのを間近で見ているために陽太も悪魔の契約者に進んでなろうとは思っていないようだった


確かに悪魔の契約者などならない方がいい、いろんなところから体よく利用されるのが目に見えているのだから


そんなことを静希が話している中、メフィはアモンの方に近づいていた


「・・・あんた、何をしようとしてるの?」


「ん・・・大したことじゃない・・・ちょっと人に会いに行くだけだ」


「・・・シズキの父親・・・?」


メフィの言葉にアモンは何だ知っていたのかと笑いながらつぶやくと鏡花たちと話している静希の方に目を向ける


目の前にいるかつて自分に願いを告げた人間の息子、それがまさか自分に立ち向かいなおかつ救うほどの存在になるとは思ってもみなかったのである


「あいつの倅がこれほどの存在になるとは思っていなかったからな・・・まぁちょっとした報告も含めて一度会いに行くつもりだ・・・どこにいるかもわからんがな・・・」


静希の父である和仁が世界中を転々としているという事をアモンは知っているのだろう、かつて話したことがあるからか、それとも別の理由か


どちらにしろアモンは世界中を巡って和仁を探すつもりのようだった


「会えると思うの?」


「あぁ会える、間違いなくな・・・あいつもそうだが・・・妙な縁があるように思える・・・時間はかかるかもしれんがな」


アモンの言葉にメフィは小さく息をついた後、出会えるように祈ってるわと告げて静希の近くにすり寄っていった


アモンがこの後和仁に会えたかどうかは、また別の話である










静希達は現場でやるべき仕事をすべて終え、それぞれ帰国する準備に入っていた


ラヴロフに別れを告げ、それぞれモスクワの空港まで送ってもらうと静希はエドと別れを告げることになる


もう何度このやり取りをしただろうか、そう思える


「ようやく終わったな・・・いろいろと」


「そうだね・・・僕もカレンも、ようやく肩の荷を降ろせるよ」


「あぁ・・・これで少しは別の方も向いていける」


静希、エド、カレンの三人の悪魔の契約者はそれぞれ感慨深そうにため息をついていた


今まで追っていたリチャード関連の事件はこれですべて収束するだろう、今まで利用してきた人間達も利用されてきた人間も全てただの一般人に戻るのだ


もっとも、静希達はまだ悪魔の契約者で居続けることになるが


「エドはこの後どうする?また仕事か?」


「うん、この子たちも含めてまだまだ仕事はたくさんあるからね・・・これからいろいろとがんばっていくつもりさ」


エドの仕事というのは何も運送業のそれだけではない、エドの目指す能力者のための会社を軌道に乗せるためにもまだまだ一層の努力が必要になるだろう


「私も微力ながらエドをサポートしていくつもりだ・・・そしてシズキ、君の助けにもなれるようにする、手が必要な時は何時でも言ってくれ」


「そうかい・・・ま、頑張ってくれよ・・・そいつらを解放するのも頼んだ、こっちはうまくやっておく」


それぞれの体の中に入っている悪魔に意識を向けながら静希は苦笑している


現在エドとカレンの中にはそれぞれブファスとフルフルが入っている、ではヴァラファールとオロバスはどこにいるのかというと、今あの二人はアイナとレイシャの中に入っているのだ


ほとんど事情を知らない悪魔を彼女たちの中に入れるのであればというエドとカレンの判断だった


これなら万が一面倒が起きても対応できるだろう


「それと、僕たちはリチャードの足跡を追いながら研究ノートを回収していこうと思ってるんだ、万が一にも同じことが起こらないようにね」


「なるほど・・・確かにあれは情報の宝庫だしな」


静希達が手に入れた以外にも存在すると思われる研究ノート、それがもし他人の手に渡ればまた同じようなことが起きないとも限らない


エドはそれを未然に防ぐために世界各国を巡りそれらを回収するつもりのようだった


確かに必要な事だろう、もし肝心な技術が他人の目に触れたら大変なことになる


それこそ第二第三のリチャードが生まれかねないのだ


「シズキはこのまま学生生活を送って・・・その後どうするんだい?就職先に困ったら言ってくれれば優遇するよ?」


「それも悪くないけどな・・・とりあえずは卒業できるように頑張るよ、お前らと違って俺はただの高校生だからな」


「ふふ・・・それはひょっとして笑うところか?」


悪魔、神格、霊装、使い魔、精霊を連れる人間がただの高校生というのであれば、日本の高校生はきっと恐ろしい年代なのだなとエドとカレンは笑っている


実際静希はもはやただの高校生という枠組みからだいぶ外れている


そして今回の一件でそれは静希だけではなく、鏡花や陽太も含まれることになりそうだった


悪魔に気に入られ、契約者のアシストをした鏡花


悪魔と一対一で渡り合い、しかもそれに勝利して見せた陽太


この二人はすでにいろんな意味で注目されているだろう


静希と共にいる事で多くの経験をし、さらに自らの実力を高めているのだ、それもまた当然というものかもしれない


「なんにせよ、俺は高校生として頑張るよ・・・なんか面倒事があったらいろいろ教えてくれ、力になれるようなら依頼を持ってこさせるから」


「そうだね、まだ何かないとも限らないし・・・その時は力を借りることにするよ・・・それがないことを祈っているけれどね」


リチャードの一件は解決し、もう歪みを発生させるような人間はほとんどいないだろう


エドが研究ノートをすべて回収するまで気は抜けないが、それでも限りなくゼロに近い可能性になるのは間違いない


他に悪魔の契約者の起こす事件があるかもしれないが、少なくともこの三人がいる限り悪魔の契約者が何か問題を起こしても軽く対処することができるだろう


この三人の結束はそれだけ強いのだ


「それじゃあエド、カレン元気で・・・アイナとレイシャもな」


「あぁ・・・君たちも元気で」


「幸運を祈っている、無事に卒業できるようにな」


大丈夫だと思うけどなと言いながらそれぞれ握手を交わし、最後の別れを告げるとそれぞれがこれから向かう国への飛行機へと向かっていた


エドたちは次の仕事へ向かうために、静希達は自分たちの暮らす国である日本に戻るために


「もういいの?」


「あぁ、たぶんまた会えるだろうからな」


静希は鏡花たちと共にロシアの地を去る、長かった事件もこれで終わりを告げる


一年生の時からの因縁にけりをつけることができたのだ、そう言う意味では晴れ晴れとした気持だった


「さて、日本に帰るか」


静希達は疲れた体を引きずって日本に帰国することになる、これから先どうなるのかは彼ら自身まだわかっていない


















日本に帰国して数日後、アモンを無事適当な場所に逃がした後、静希は城島に呼び出されていた


いや正確に言えば呼び出されたのは静希だけではない、静希、陽太、明利、鏡花の三班の人間だった


「で・・・この面子を集めた意味は何ですか?」


「いやな予感がするんですけど」


静希と鏡花が眉をひそめている中城島はそう疑ってかかるなとため息をついていた


そしていくつかの書類を取り出して読み上げ始める


「あー・・・事後報告のようなものだ・・・ロシアでの一件のな」


城島の言葉に静希達は一斉に耳を傾けていた


ロシアでの一件、実際に静希は状況をほぼ終了させたがその後処理については聞いていないのだ


どのような処理がされたか、どのように片付けられたか、そのあたりは全く知らなかったのである


「まず捕縛した能力者からの事情聴取の結果だが・・・ほとんど何も聞かされていないに等しかったな・・・ただ一つ知っていたのは異世界に行くことができるという事だけだった」


「・・・それだけですか?」


「あぁそれだけだ・・・バカみたいな理由だが、得てしてそう言うバカに引っかかるバカもいるという事だ」


リチャードに協力していた人間は皆真実を知らされていなかったという事だろうか、いや実際は真実を知らされていたのかもしれない


リチャードは本気で異世界に行こうとしていたのだから


異世界に行ってこちらの世界が亡びようと、知ったことではなかったのかもしれない


「それと・・・これはお前達にはいいニュースかもしれんな・・・ロシア側からお前達に勲章を授けたいとのことだ」


「勲章?」


「あぁ、お前達チームに一つ、そして五十嵐個人に一つ・・・しかも所謂英雄勲章だ」


英雄勲章


それはロシアや他国などでもいくつかとられている勲章の種類である


多大な功績と実績を持つ人間に対して授与される勲章で、それを受賞した人間は未だ百人前後しかいないというものだ


ロシア人でなくとも勲章を授与することはできる、実際外国人がロシアの英雄勲章を受け取ったのは前例がないわけではない


だが、学生のうちに英雄勲章を受け取った人物は恐らく静希が初めてだろう


「・・・なんか聞こえがいいだけに裏がありそうですね」


「そう言うな・・・まぁこれを機にお前にお近づきになりたいというのもあるだろうが、こういうのは貰っておいて損はない・・・一応エドモンドも勲章を受け取るそうだが、今回の作戦で英雄勲章を受け取ることになるのはお前だけだ」


光栄なことだぞと言いながら城島はそれぞれに必要な書類を提示する


授与の日程などが記されているのだろう、場所は日本にあるロシア大使館となっていた


さすがに本土に連れていくのはかわいそうだと思ったのだろうか、それともただ単にこちらに気を使っただけか


「静希は一躍、世界を救った英雄になったってわけだ、いいんじゃねえの?箔がつく」


「その箔がメッキじゃないことを祈るけどな・・・俺なんかが英雄なんて碌なもんじゃないぞ」


「いいんじゃない?どうせ知ってるのなんて私たちくらいでしょ?ちょっとメダルを貰えるくらいに思ってればいいのよ」


「でもすごいね!勲章だなんて初めてだよ!」


その勲章にどれだけの価値があるのか静希達は理解していない


実際は社会制度にも深くかかわっているものなのだが、外国人であろうとそれを受け取ることができる以上、それにそぐう制度も当然用意されている


別にそれらの権利をすべて利用するような必要もないのだ、少なくとも静希はロシアという国に所属するようなつもりは毛頭なかった


「先生自体はどう思います?英雄勲章を受け取ることは」


「いいことだとは思うぞ、とりあえず学生の内からそれを受け取った人間というのはお前が初めてだろう、これから活動するうえでその存在を知らしめることができる、話もある程度通りやすくなるだろう」


日本の委員会に対してもある程度圧力をかけられるだろうしなと城島は笑っていた


つまりは静希は何時でも海外に拠点を移せる段階にあるんだぞという事を知らしめることで委員会に無茶な要求をさせないようにすることができるのだ


委員会や軍が結託して静希に不利な条件を叩きつけようものなら、静希はすぐにでも日本から出ていくことができる


勲章を受け取るという事はその事前準備をほぼ完了するようなものである

今まで以上に委員会は静希の扱いを慎重にすることだろう


それこそ下手な依頼など回せないくらいには慎重になるはずだ


行く先行く先で面倒事を任されるような状況とはようやくおさらばすることができるかもしれない


当然ながらその分注目されるのは否めないが


「とにかくそう言う事だ・・・まぁ受け取る受け取らないはお前達の好きにしろ・・・とりあえず今日の話はこれで終わりだ・・・わざわざ御苦労だった」


「はい、ありがとうございます」


静希達は城島の話が終わると職員室から出ていくことにした


夏休みの学校は人も少ない、やることも全て終わった


この後どうしようかと静希は少し悩んでいた













静希達は後日、ロシア大使館の下にやってきていた


城島や町崎達もその場におり、皆正装をしている中で静希達だけが学校の制服を着てきている


学生としては正しいのだろうが非常に浮いているのがありありと感じられた


「明らか浮いてるよな俺ら・・・みんなスーツなのに俺らだけ制服だぞ?」


「しょうがないでしょ、学生の正装は制服なんだから、それともスーツでも着たかった?」


「堅苦しいよりはこの方があってるよ、しわとかできてないよな?」


「大丈夫だよ、ちゃんとアイロンかけておいたから」


夏休みになってもきちんと制服を着ることになるとは思わなかったが、それも仕方がないだけの状況になってしまっているのだ


この場には静希達だけではなく日本の外交官や軍のお偉方、さらにロシアの人間も多数いる


勲章を授けるという事はそれだけ注目が集まるのだ、本来であればマスコミも知っていていいはずの情報だが今回は静希達が学生であるという事も鑑みて非公開で行われるらしい


「ではこれより各種勲章の授与を行います・・・喜吉学園二年A組三班班長、前へ」


「はい」


班で一つの勲章が得られるという事でその代表者は鏡花に選ばれていた、当然だ、彼女は自分たちの班の班長なのだから


ロシア大使館の人間に勲章を授けられると、鏡花は一礼した後に静希達の下に戻ってきていた


バッジとしてではなく箱の中にいれられた勲章は確かに静希達の班のものであるという輝きを放っていた


「では次にシズキ・イガラシ、前へ」


「はい」


静希が前に出ると、勲章を授ける前にロシア大使館の人間は小さな声で静希に話しかける


「ミスターイガラシ、本国から五十億で君を迎え入れたいという要請が来ているが、どうするかね?」


五十億、それは日本円だろうか、それともロシア通貨のルーブルの話だろうか


どちらにせよ大金であることに変わりはない、それほどの価値が静希にあるという事をわかって引き抜きをしようとして来ているのだという事が理解できた


だからこそ静希は薄く微笑む


「ありがたいことですがまだそう言う事にはお答えできません、俺はまだただの学生ですから・・・まぁ就職先の候補には入れておきますよ」


静希はそう言いながら勲章を受け取り、そのまま鏡花たちの下へと戻っていた


その手にはしっかりと勲章が握られている、英雄と呼ばれるにふさわしい人間だけがつけることができる勲章だ


今までそれを付けたことがある人間は限られている、その限られた人間の中に静希は足を踏み入れたのだ


英雄


静希の身には余る名誉と言えるだろう、静希自身英雄なんて柄ではないことは十分理解していた


ただの落ちこぼれだった去年の春、静希は悪魔の契約者になった


多くの事件に巻き込まれながら仲間を作り、ともに苦難を乗り越えて静希は今英雄の名にふさわしい功績を成し遂げ、その勲章を手にした


中学の頃の自分なら信じられないほどの変化だろう


それが自分の手によって成し遂げられたものかというと首をかしげるが、静希はすでに自分の力以上のものを手に入れていた


自分にはない力、それを頼る力、利用する力、そして何より人脈という力を手に入れている


個人の力を越えた、団体の力を得ている、それは得ようとして得られるものではない


一人の人間ができることはたかが知れている、それは前からの静希の考えだった、初めて鏡花にあった時も言った言葉である


今回の勲章の受賞もまたそれと同じ、静希だけではこれだけの功績を残すことはできなかった


静希自体の実力は、はっきり言ってほとんど変わっていない、だからこそ変わったのが周りであるということがはっきりと理解できる


かつて引き出しと呼ばれ、落ちこぼれと言われてきた静希


高校に入学して天才の鏡花と出会い、互いを認め一緒に行動を共にすることとなった


そして静希は幸か不幸か悪魔の契約者となり、ジョーカーと呼ばれるようになった


悪魔の契約者としての力を身に着け、周囲に注目されながらも自分にできることをし続ける


そうして彼は今日この日、英雄と呼ばれるにふさわしい人物になっていた


本人はそんな部類の人間ではないと笑うが、この場にいる全員が、今回の事件の関係者全員が、静希が英雄になったことを認識していた


落ちこぼれから英雄へ


何とも絵にかいたようなサクセスストーリーだろう


その場にいた全員が盛大な拍手をもって静希のことを称えていた


自らのトランプの中にいる人外達にも称えられ、その場にいる全員にも称えられ、静希は英雄として後世にも名をかたられることになる


そしてこれからも、延々と静希は面倒事を抱えていくことだろう、そしてその度に解決し、最期には世界中から英雄とみられることになる


これは、引き出しと呼ばれた少年の物語


都合のよい最強の力など手に入らず、自分自身と仲間たちと共に苦難を乗り越えてきた


彼はやがてジョーカーと呼ばれるようになり、やがて英雄になった


彼の人生はまだまだ続き、その苦難はこれからも続くだろう


だがそれはまた、別のお話である。


本気投稿と誤字報告を含め、中途半端だったんで4.5回分投稿


これにてJ/53のメインストーリーは完結です。まだ外伝やら番外編やらを書く予定があるので完結設定はしませんがこれにて静希を中心とした物語は終了となります


二年半にもわたりこの物語を書いていたとなると感慨深いものがあります


こんなに長い物語を読んでいただけた方々、そして誤字報告をしてくれた方々には頭が上がりません


これまでの物語を読んで少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです


また別の物語を書き、皆さんに読んでいただいたとき、面白いなと思っていただけるよう努力するつもりです


なお活動報告の方に改めていろいろ書いておきたいと思います。


これまでJ/53をご愛読いただき誠にありがとうございました。

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