戦いの終わり
身体能力強化を行う能力者にとって、自らの体は資本だが、その中でも最も重要なのが両足である
あらゆる状況においても足というのはほぼ絶対にと言えるほど必要不可欠な存在だ
速く走るにも攻撃するにも何をするにも足は必要になってくる
片足を完全になくし、満足に立つことさえも難しくなったリチャードを、静希はまだ追い込んでいくつもりだった
リチャードができる行動は肉弾戦闘のみ、水素爆発を起こした際に体に武器を持っていないという事はすでに確認済みだ
恐らくは時間稼ぎさえできればいいという考えだったのだろうか、それともただ単に自分のところまで誰かがやってくるとは思わなかったのだろうか
準備不足、いや悪魔を合計四人もそろえておきながら突破されるなど思わなかったのだろう、普通に考えれば四人も悪魔がいれば圧勝できるという考えになるのが自然だ
静希だって悪魔が四人も身内にいれば圧勝できると考える、そうならなかったのは偏に静希の運、それを可能にするだけの戦力がこちらにあったというだけの話だ
特に今回の戦いにおいて陽太がいなければ恐らく状況はどうなっていたかわからないだろう
アモンを止めることができず、静希とエドのどちらかがアモンを止めるために足止めを受け、どちらかの戦力が傾くことで一気に押しつぶされていたかもしれない
相手の悪魔の数が勝っている以上、こちらの戦力で勝つしかないが、それも難しくなっていただろう
状況によっては静希がここにたどり着かず、そのまま召喚陣が発動する可能性だってあった
本来ならば考えられないような状況を静希は起こしてきている、だからこそリチャードは考えが甘くなったのかもしれない
あるいは多少人間が来たところで止められないという自負があったのかもしれない
義足を失ったことでバランスがとりにくくなっているのか、リチャードは腕を駆使して立ち上がった後も少しの間ふらふらしていた
そんな状態を静希が見逃すはずもない
周囲にトランプを顕現し、射撃体勢をとるとリチャードはバランスを崩しながらも回避行動をとり始めた
実際それくらいしか取れる手段がないのだ
だが静希もこれが決定打になるとは考えていなかった、できるのはあくまで相手にダメージを与える事だけ、確実に体に刻み込まれた召喚陣ごと破壊するにはもっと高威力の攻撃を行わなければリチャードには届かない
ならばどうするか
静希の作戦はすでに決まっていた
まずリチャードが逃げている間に、トランプを一枚その顔の近くに設置しようと試みる
当然リチャードはそれを避けていた、何かされるとわかっていて黙ってやられるわけにはいかないのである
だがいくらリチャードが肉体強化を施し速度を高めていると言っても、片足では機動力には限界がある
静希はトランプでうまく牽制しながら目的のトランプをリチャードの顔に近づけ中身をぶちまけた
噴射されたそれはリチャードの顔に直撃した、結果彼の目には激痛が走る、静希が何度も利用してきた催涙ガスだ
まずは目を潰す、肉体強化を行う人間はその動体視力も同時に強化している可能性が高い、どのような軌道の攻撃をしても見切られてしまうのだ
だがそれならそもそも目を見えなくしてしまえばいい
激痛と涙でほとんど何も見えない状態だろう、眼球だけは鍛えられないというのはよく言ったものである
さらに言えば分泌される鼻水のせいで嗅覚も同時につぶれただろう、まともに周囲の匂いを感じることもできなくなっているはずである
耳に関しては正直わからなかった、先程の爆発でも鼓膜が破れていないとなると静希には耳を破壊する術はない、それならば相手に耳の情報だけは与えておいた方がいいかもしれない
特定の情報しか得られない状態では人間はその情報に頼りがちだ、そこで偽りの情報を流された場合踊らされる場合もある
こちらには幸いにして戦力がまだある、ならばとれる手段はいくらでもあるのだ
何より静希がトランプから放つ弾丸はほぼ無音、着弾するまで気付かれるようなことはない
だからこそ大きな隙ができる、避けようとしないのであればダメージを重ねられる、避けるのであればその分隙ができる
どちらにしても静希の思い通りになるのだ
腕を使った移動法も試しているようだが、それでも足での移動には及ばない、静希の視線から逃れることはできない
確実にダメージを与えていく中、静希はオルビアを手元に呼び寄せていた
次で決める
それくらいの気概を持って、静希はオルビアにやるべきことを伝えていた
時間ももう限られている、いつ召喚陣が発動するかもわからない今時間を稼ぐということは無意味だ
ならば早々に終わらせた方がいい、幸いにしてこちらの方が圧倒的優位に立っている
今までの積み重ねでもあるが、これがリチャードとの二戦目というのも大きい、すでに対策はできているし、何より相手の戦力も十分に理解しているのだから
深呼吸をして静希は大きく目を見開く
あそこにいる自分の敵、自分が倒すべき敵
そしてこれから自分がやろうとしていることも、ある種覚悟して、ある種のあきらめを含んで歯を食いしばる
あの時のカレンの言葉が今になって頭に思い浮かぶのも、そしてあの時自分が返した言葉を思い出すのも、やはり自分がただの子供だという事を物語っている
今になって、ためらってしまっているのだから
今まで忌避していたことをしなければならないという事を理解しているのだ、だがそれを避けては通れないという事も、静希は十分以上に理解していた
静希は右手にオルビアを持ち、呼吸を整える、リチャードは今トランプからの攻撃を避け続けている、こちらに気を配る余裕も無くなっているだろう
ようやくこれで終わるかもしれない
静希は意気込んで一気にリチャードに向けて接近していた
フェイントなど一切考えていない愚直な突進
トランプでの攻撃も継続しながら、静希はリチャードめがけてまさに文字通り一直線に走っていた
その足音をリチャードも聞いたのだろう、こちらに意識を向けると一気に接近してきた、相手が動く瞬間を待ち望んでいたのだろう
今の状態でリチャードにある勝ち筋は静希が動いた瞬間を狙うくらいしかないのだ、いつまで続くかわからない攻撃にさらされるくらいなら、いっそ罠だとわかっていても攻撃する
前衛としては正しい行動だ
そしてリチャードが警戒してることも重々承知したうえで、静希は僅かに笑みを作って見せた
瞬間、静希はオルビアを前の地面に投げ、その体を顕現させる
オルビアは中腰になり自らの手を足場代わりにしてみせる、その手に静希が足を乗せたのを確認すると、その体を思い切り斜め上へと投げてみせた
静希の体は大きく上に投げ出され、こちらへと接近してくるリチャードの体を軽く飛び越える
そしてオルビアはそのまま自らの本体である剣を持ち、リチャードに向けて斬りかかろうとしていた
少しでも囮役になろう、少しでもリチャードに対してダメージを与えようという思いもあったのか、その剣には確かな殺意を乗せていた
足音が急に変化したことに、リチャードも気づいただろうがそのままオルビアめがけて殴りかかると、彼女はその攻撃を難なくいなし、さらには腕にわずかな切り傷を与えることに成功していた
だがやはり重量のないオルビアでは致命傷を与えることはできない、あくまでわずかな切り傷程度だ
血を流した程度の傷では静希の役には立てないかもしれない、だがそれでも静希は十分だという視線をオルビアに向けていた
リチャードを飛び越える形で着地した静希は反転し、リチャードとの距離をゼロにするべく全力で接近していた
その動きにリチャードも反応している
片足を駆使し、半ば強引に反転し静希めがけて右こぶしを振り上げ、襲い掛かる
最初からこういう手を取ってくることを読んでいたというような反応だ、この辺りはさすがというほかないかもしれない
今まで静希を数多の面倒事に巻き込んできただけはある、そうでなければと静希もそれに呼応するように左腕を振り上げた
自分の拳で殴ることができればよかったのだろうが、生憎静希の左腕は自分のものではない
そう言う意味では残念だったが、今この状況においては逆にありがたかった
いろいろなことがあった、だがこれだけは決めていた、それはだいぶ前から静希が言っていたことでもある
一発ぶん殴ると
今まで面倒事に巻き込まれてきたからこそ、今まで面倒を起こしてきたこの男を一発でいいから殴らなければ気が済まないというのが、静希の本心だった
だからこそ左腕を動かした
自分の腕ではないにしろ、最も威力を持っているであろうこの左腕を、あの樹海で失い、手に入れたこの左腕でこの男を殴ってやろうと
皮肉なものだと、静希は笑っていた
静希の左腕とリチャードの右腕がぶつかり合う瞬間、異音が響き、両者の方に衝撃が加わっていく
互いの体に衝撃が加わると、静希の左腕の肘から先が外れ、後方へと弾き飛ばされてしまう
静希の体はそのままの勢いを維持して前へ、リチャードの体も同じく静希へ向かい始め、静希は肘をリチャードの鳩尾あたりに突きつけるような形になってその距離をゼロにして見せた
一瞬その状態で硬直したかと思うと、両者は同時に動き出した
ようやく捕まえた
そう思ったのか、リチャードは左腕を思い切り振りかぶる
静希はその拳を避けようともせずにリチャードの方を睨んでいた、その瞳の意味を、リチャードは何故か理解できていた、見えないにもかかわらず
次の瞬間、衝撃が走り静希は後方へと弾き飛ばされることになる
足元で煌々と召喚陣が輝く中、静希はリチャードから一メートルほど離れた場所で仰向けに倒れていた
そしてリチャードはその場に立ったままである、片足でありながらも絶妙にバランスを取り、やがてゆっくりと膝をついて見せた
一見すれば静希を倒すことができて安堵したからのように見える
だが実際は違っていた、リチャードの体、その胴体には巨大な穴が開いていた
静希はあのタイミングで、左腕の大砲を使っていた、リチャードの拳が自分に届くよりも早く
そして静希の切り札でもあるその一撃は、ジョーカーの力によって強化されたスラッグ弾だった
あらかじめ万が一がないように左腕にジョーカーによる強化を施された弾丸を入れておいたのである
ジョーカーによる強化は使用するまでは保持され、一度使用するとその効果は時間経過とともに失われる、一発限りの弾丸に、静希はすべてをかけたのだ
その一撃はリチャードの胴体を完全に破壊、その腹部に巨大な穴をあけていた
もはや立っていることもできない、かろうじて肉と皮で繋ぎ合わさっているような状態のリチャードはその場にあおむけで倒れてしまっていた
静希が弾き飛ばされたのは、自らが放った砲撃の衝撃によるものだった
何度も何度も受け身の練習をしてきた静希にとって、その衝撃程度では全くダメージは負っていなかった
殴るのは自分の私情、そこから先、引き金を引くのは自分の意志でありある種の義務でもあった
故に静希は、悠々と立ち上がりリチャードの下へと歩み寄る
まだ確認しなければいけないことがある、自分の行動が正しかったのかどうかを確認するために
リチャードの体を見て静希は安堵していた、描き記されていた召喚陣のほとんどが吹き飛んでいたからである
その胴体に穴をあけた衝撃はかなり大きかったのだろう、だがその肉体に施された強化がかろうじて人間の形を保っている、だからこそ綺麗に穴が開いているように見えるのだ
穴の開いた部分からは血が吹き出し、損傷した臓物が覗いている、だがこれだけの損壊を引き起こしているにもかかわらずその体からの出血は異様に少ない
恐らく能力を使って血管の近くにある筋肉を強化し、半ば強引に収縮することで止血しているのだろう
だがそれももう長くは続かない、痛みと出血、そして何より損壊が大きすぎるせいでまともに意識を保っていることすら難しいだろう
これを自分がやったのだという反面、静希は左腕の大砲を作ってくれた源蔵に謝罪していた
またこれを人に向けて撃ってしまったと
僅かな懺悔の後、静希はこの後のことを考えていた
これで終わりではないのだ、まだまだ後始末が残っている、やらなければいけないことも山ほどあるのだ
これで体に記された召喚陣は機能しない、今のところの急務はこの足元の召喚陣をなんとかすればいいだけだ、それ以外は時間をかけてゆっくり解決していけばいい
もっともこの召喚陣の対処もそれなり以上に時間がかかるだろうが
「ざまぁないなリチャード・ロゥ・・・そんな姿になった感想はどうだ?」
「・・・あぁ・・・こんなものか・・・」
こんな体になってもリチャードは意識を保っていた、本当なら即死してもおかしくないはずだ人間として必要な器官のほとんどを失ってなお、この男は意識を保ち続けている、この執念は一体どこから来るのか
静希はオルビアに弾かれた左腕の一部を持ってこさせると、装着してから再びリチャードに向き合う
「何か言い残すことはあるか?聞いたところで何にもならないけど」
仮に最期の言葉を残したところで、静希がそれを聞き届ける道理はどこにもない
何より、静希がリチャードの言葉に従うなどという事はあり得なかった
それでも、この男はもう長くない、最期の言葉くらいは聞いてやるべきだと思ったのだ
自分が殺める命だ、そのくらいは聞いておいて損はないだろう
「もう・・・いちど・・・あの光を・・・みたかった・・・あぁ・・・まったく・・・残念でならない・・・本当に・・・」
リチャードは一貫して、あの光とやらを見ることに固執しているようだった
どうしてそこまでの執着を見せたのか、静希には理解できなかった
彼にしかわからない何かがあるのか、それとも彼自身わからなかったからこそ執着し続けたのか、どちらにせよ、静希はこの言葉を刻み付けることにした
この男は最後まで、届くことのない光に手を伸ばしたのだ
独善的に、自分勝手に、周りに迷惑をかけることを厭わずに自らが求めるものをただ必死に追い続けたのだ
悪人というには少々純粋すぎる、狂人というにはあまりにも狂った考えを持ったこの男の顔を静希は記憶に刻み付けていた
その表情は本当に残念そうだった、計算中にちょっとしたミスをした時のような、ダメだとわかっていたことが予想通り失敗した時のような、そんな『仕方ない』という表情を織り交ぜたような、そんな表情を静希は目にしっかりとおさめていた
やがてゆっくりとリチャードはその意識を失い、ゆっくりと絶命していった
この日静希は生まれて初めて、人間を殺した
生まれて初めて人を殺したとはいえ、特に罪悪感も後悔も湧いてこないのは、それ以上に達成感があるからだろうか
今まで面倒事を持ってきたこの男を処理できたことに安堵していたからだろうか
それともただ単に静希が異常だからだろうか、今の静希には理解できなかった
大きくため息をつきながら、静希は無線を開く
鏡花たちが無線の範囲内にいてくれればいいのだが、そう思いながら無線の向こう側に何度も交信を試みる
可能ならすぐにでも他の場所の援護に回りたいくらいだ、恐らく他の場所もまだ苦戦しているだろう
特に陽太に関しては苦戦を強いられているとみて間違いない
「マスター、今は少し休まれた方が・・・」
「まだ状況は終わってない、明利は多分今の状況を把握してると思う、鏡花か誰かに状況を伝えてるはずだ、それなら俺が動いた方が早い・・・メフィも早めに回収してやらなきゃな・・・」
静希は周囲を見渡してとにかく状況の把握に努めようとしていた
ブファス討伐のためにどこかへと向かっていったメフィを探すためにもどうにかして目印を立ててもらわなければいけないのだが、さすがに悪魔同士の戦いに首を突っ込む気力はなかった
幸か不幸か、メフィの攻撃は目立つ、そう言う意味では見つけやすい方だと言っていいだろう
そんなことを考えていると少し遠くから巨大な衝撃音が響き渡る、恐らくメフィはあっちにいるなと思いながら静希は小さくため息を吐いた
もしかしたら勝負がついたのかもしれない、とりあえずリチャードの亡骸を回収したほうがいいだろうと、静希はオルビアをトランプの中に入れ、戻ってきたフィアを回収するとリチャードの足を掴んで引きずっていくことにした
死者への敬意など欠片もない運送方法である
しばらく歩くと、静希の近くに人の気配がしていた
誰かいるのかとそちらの方を向くと、向こうもこちらに気付いたのかゆっくりと近づいてくる
「ミスターイガラシ!ご無事でしたか!」
それは自分と最後に行動を共にした小隊だった、拘束された人間を一人連れているというところからどうやらあの男が変換能力者であったらしい
「あぁ、そっちも無事でよかった・・・敵性勢力は殲滅完了だ・・・こいつがその首謀者、もう死んじまってるけどな」
自分が引きずっている男の方を示すと、部隊の人間は僅かに驚いているようだった
胴体に巨大な穴が開いているような状態がまともな死に方であるはずがない
一体どのようにしたらこんな風になるのか、彼らは戸惑っているようだったが、首謀者が死亡したという事もあって無事に状況が終了しそうであるという事を理解していた
「全部隊に伝えてくれ、敵の首謀者を討伐したと、あとは残党狩りだけだ・・・それも直に終わるだろうけど」
「りょ、了解しました、すぐに伝達します」
部隊の人間が無線を開くのと同時に、静希は悪魔の気配を感じていた
自分が先程までいた召喚陣の方からゆっくりとこちらに近づいてくるのがわかる、恐らくは静希が引きずってきたこの男の血の痕を追ってきたのだろう
ゆっくりとやってきたそれが自分の契約する悪魔、メフィストフェレスであるとわかると静希は安堵していた
「シズキ~疲れた~!」
「お疲れ様メフィ・・・こいつがさっきの奴か・・・」
その手に持っている悪魔を地面に放り投げると、メフィは静希に抱き着くようにして脱力して見せる
さすがに全力で能力を使わせ過ぎただろうかと静希はすぐにメフィをトランプの中に入れてやることにした
リフレッシュすることができたメフィはすぐに近くに倒れたままの悪魔ブファスを掴んで持ち上げる
「これで奇形種を操ることはできなくなってるはずよ、各地での戦闘もだいぶ楽になると思うわ」
「後は契約者が一人ってところか・・・本当に残党狩りになるな・・・にしても疲れた・・・」
メフィは静希の頭を撫でながらその手に持っている男の亡骸を見て小さくため息をつく
「・・・そう・・・殺したのね?」
「あぁ・・・ちょっとそうする以外の手が思いつかなかった・・・あとでいろいろ説明するよ・・・今は合流するのが先だ・・・陽太の方にも手を貸してやらないと」
今一番に確認するべきは陽太の安否だ
いくら能力の相性がいいとはいえ陽太を悪魔に直接ぶつけるようなことをしたのだ、かなり危険な状態にあるのは間違いない
可能な限り早く駆けつけたいところだった
「ヨータの能力なら大丈夫だとは思うけど・・・確かにちょっと心配よね・・・メーリやキョーカたちも無事かしら?」
「そっちは正直あんまり心配してないんだ・・・あとはあそこにある召喚陣を少しでも早く解体しないとな・・・そのあたりはカレンに任せることになるだろうけど」
軍の人間にあの召喚陣を触らせるのは得策とは言えない、もし同じものを作ろうとした場合面倒なことになる
どこの部隊にも属していないカレンがやるのが最も適切な行動であるのだ
静希が部隊との合流を急いでいると、静希の無線に声が届いてくる
『・・・える?静希!聞こえる?』
どうやら鏡花たちが使っている無線の効果範囲に入ったのだろう、ようやく聞こえてきたききなれた声に静希は安堵していた
鏡花の声を聞いてこんなに安堵することになるとはと、静希は小さくため息をついていた
「聞こえてるよ・・・そっちはどうだ?」
『なんだか奇形種が妙な動きしてるわ、さっきまではとにかくこっちに攻撃してきたのにいきなり逃げ始めてるの』
鏡花の言葉に静希はメフィが引きずっているブファスを眺める
なるほど、ブファスが操ることができなくなったために奇形種たちは自分たちの思うがままの行動をとっているのだろう
悪魔が近くにこんなにたくさんいるような場所からはとにかく離れたいという気持ちなようだ
無理もないだろう、悪魔が一人ならまだしもこの近くにすでに悪魔が六人も確認されているのだ
奇形種からしたらここは地獄にも勝る阿鼻叫喚を呼ぶ魔境に近い状態になっているのである
「奇形種を操ってる悪魔をメフィが倒したんだ、これで奇形種は敵じゃなくなった・・・あとは能力者を一人捕まえるだけだな」
『・・・ってことはそっちは終わったのね?』
「・・・あぁ、一応な」
静希の声からどういう状況なのかを察したのか、鏡花はそれ以上事情を聞こうとはしなかった
それを静希の口から言わせてはいけない、鏡花の中の何かがそう告げているのだ
『とりあえず私たちは能力者の捜索を続けるわ、あんたは陽太の方に行ってあげて』
「了解、気を付けろよ?」
万が一にも危険がないとも限らないのだ、邪薙がついているとはいえ安心できる状態には程遠い
そんな中静希はあることを思い出す、召喚陣のことをカレンに伝えなければ
「カレン、召喚陣のある場所に行ってさっさと解体しちゃってくれるか?いつ完成するかわかったものじゃないから気が気じゃないんだ」
『わかった、今から行く・・・シズキ・・・その・・・』
カレンが一体何を言わんとしているのか、静希は理解していた
あの時自分が言った言葉が静希に何かしらの負担を強いてしまったのではないかと気に病んでいるのだ
やはりエルフという人種は堅苦しくて頭が固いものだなと心底思いながら静希は小さくため息をつく
「終わったよ・・・全部・・・近くの部隊の人間に預けておくから、お前の目で確かめろ・・・いいな?」
『・・・わかった・・・すまない』
その謝罪は一体何に対する物だろうか、静希はわからなかった
やはり何かしらの自責の念を抱えていると思っていいだろう、あとでそのあたりの説明をしなければならないだろうと思い静希はため息を吐いた
「カレン、リチャードの体にも召喚陣の名残があるはずだ、そのあたりの解体も頼む」
『なんだと・・・?わかった、任せてくれ』
「妙な仕掛けをしていると言っていた・・・ほとんど影も形もないだろうけど・・・軍の人間に触れられるより早く解体してくれ」
『あぁわかった・・・ありがとう』
その礼は一体何に対するものなのか、静希はわからなかった
そのまま無線を遮断し、静希は小さく息をついた後自分が引きずっているリチャードを眺める
死んでしまえばただの肉と骨の塊でしかない、だがこんな亡骸でもカレンにとっては意味のあるものなのだ
「こいつを確保しておいてくれ、あとでミスアイギスがこっちに来る、召喚陣の近くで待機してくれるか」
「了解しました・・・ミスターイガラシはどのように?」
「ちょっとうちのチームメイトの援護に、さすがに一人でまかせっきりにしてるからな」
静希はリチャードの亡骸を近くにいた部隊に任せると、陽太の下に駆けつけるべくメフィの近くに歩み寄った
「メフィ、そいつどんな感じだ?」
「一応軽く話してみたけど、心臓に細工されてるのは間違いないでしょうね・・・一応トランプの中に入れておく?」
「そうだな・・・とりあえず悪魔は全員収容する・・・ただ敵意がなければいいけどな・・・」
もしこちらに敵意があった場合悪魔の全てを完全回復させるだけになってしまう
もっともブファスの場合は一度入れておいて損はないと思われる
こちらに敵意がないのであれば問題は無し、仮に敵意があったとしてもメフィに何とかしてもらえるはずだ
「とりあえず陽太の所に行く、エスコート頼むぞメフィ」
「わかったわ、超特急で向かいましょうか」
静希がブファスをトランプの中に入れた後、メフィは静希の背に触れながら能力を発動する
上空から陽太のいる場所まで一直線に高速で移動を始めていた
こうして上空から下の様子を見てみると、今までどれだけ移動してきたのかがよくわかる、随分と遠くまでやってきたのだなと思えるだけの距離を静希達は進んでいたのだ
そうやって上空からの光景を眺めていると、ある一点だけ異様に存在感を放っている場所があった
それは最初に陽太を置いていった場所だった
アモンと接触し、陽太を囮代わりにしてその場においてきた場所なのだが、周囲は完全に焼けこげ、焦土と化していた
しかもそれだけならまだいい、今もなお燃え続けているところもあるのだ
それが木々ではなく、陽太とアモンであるということに気付いたのはある意味幸運だっただろう
もし燃えているのが木々だったら山火事になりかねない
この辺りは山ではないので山火事という言葉が正しいかどうかは定かではないが
しかもその炎の熱のせいか上空にはずっしりと重く黒い雲ができてしまっている
天候まで変えるというのはどうなんだと静希は半ば呆れかえってしまっていた
天災の相方は天候を左右するほどの鬼だったかと思いながら静希はため息をつく
「あらら・・・随分派手なことになってるわね?」
「あぁ・・・あいつ随分テンション上がってるな・・・」
そう、ぽっかりと空いた空間にある炎は二種類あったのだ
一つはアモンの放つオレンジ色の炎
一つは陽太が纏う青い炎
それぞれが自己主張しながら辺りを煌々と照らしているのがわかる
そしてその近くには戦車の護衛部隊を担っていた城島や町崎の部隊に加え、ロシア側の部隊もいるのが確認できた
まるでスポーツでも観戦しているかのような盛況ぶりである
アモンが炎を巻き上げて攻撃すれば、陽太は鞭と槍を駆使しながらその体を操っていく
静希はその光景を見て眉をひそめていた
あれが陽太のいう隠しだねというやつだろうか、今まで陽太の武器であのようにしなる武器は見たことがなかった
確かにあれを自分の思うように動かすことができれば、随分戦略の幅は広がるだろう
だが幼馴染の成長を喜ぶ前に、静希はさっさと陽太の近くに下りることにした
「メフィ、頼む」
「あら、観戦してなくていいの?」
「さっさと事を終わらせた方が早い、降りるぞ」
メフィにそう指示すると、彼女はもう少し見ていたかったのか不満そうにしながらも静希と一緒に陽太達のいる場所まで降下していった
近づけば近づくほどにその熱気は強くなっていく
空気に触れるだけで火傷しそうな熱気を突き抜けると、さらに強い熱気が支配していた
サウナにでも入り込んでしまったのだろうかと思えるほどの熱気に静希は眉をひそめてしまっていた
「おい陽太!聞こえるか!?」
「おらああああああ!この犬っころがぁぁぁ!」
静希が声をかけるものの陽太は全く聞いていないようだった、というか静希がここにやってきていることすら気づいていないだろう
近くにいる部隊の人間は静希がやってきたことに気付き、状況がほぼ終了したという事を把握し始めているのだが、陽太とアモンはそんなことは知らないというかのごとく一向に戦闘をやめるつもりはないようだった
仕方なく静希は近くにいた城島の下に向かうことにした
「五十嵐か、状況は終了したらしいな?」
「まだ後片付けがありますけどね・・・っていうか何時からあんな様子なんですか?」
「私が来た時にはすでにあんな感じだった・・・互いに何か策があるようなのだがまだその手の内を見せていないようでな・・・」
城島もさすがにこの状況を呆れて目にするほかないのか、額に手を当ててしまっていた
自分の生徒が悪魔と一対一で渡り合っているなどと一体どういうことだと思っているのだろう、実際正気の沙汰ではない
しょうがないな全くとため息を吐いた後で静希は熱気渦巻く場所に歩いて近づくことにした
「おいコラバカ陽太!」
「ん・・・?あれ?静希じゃん!何でここに?」
バカという単語が聞こえたからか、それとも静希が近づいたからかようやく気付いた陽太は静希の存在を見てかなり驚いているようだった
どれくらい戦っていたのかわからなくなるほどに戦いに集中していたのだろう、既に状況がほとんど終了しているということに気付いてすらいない
「もう状況は終了した!足止め御苦労さん!」
「えー・・・なんだよ丁度今から良いところだったのにさぁ・・・」
陽太的にはこれからがいいところだったのかもしれないが、これ以上続けても何のメリットもないだろう
陽太は静希とアモンをちらちらと見比べている、もう少しだけ戦いたいという気持ちがあるのだろう、アモンが律儀に待ってくれているのが妙に印象的だった
「・・・はぁ・・・さっさと終わらせろ、叩きのめせ!」
「・・・!よっしゃ!そうこなきゃ!」
鏡花だけではなく、静希にも勝てと言われたことで陽太のテンションはどんどん上がっていく
青い炎がきらめきその総量をあげていく中陽太は笑っていた
「いくぞ犬っころ!これで終わらせる!」
陽太が炎の総量をあげると一気にアモンめがけて突進していった
愚直な突進、一体何度繰り返しただろう行動にアモンは呆れながらも全力で炎を放つ
だが陽太は今度は避けなかった
先程までずっと避けていた炎を避けずに自ら炎に突っ込んでいくかのように前進して見せた
何を血迷ったのか、そう思った瞬間、自分の考えが間違っていることをアモンは悟った
「ぬるい炎出してんじゃねえよ・・・!湯冷めしちまうだろうが!」
アモンの炎全てを取り込んだ陽太は自らの槍を上から叩き付けると同時に、真横から鞭を放つ
避けようとする瞬間、槍の形が大きく変化していく、鞭と一体になるかのような形でその姿を変え、槍でも鞭でもなく、まるで獣を捕えるために使う檻のような形にして見せた
「よっしゃ捕まえた!どうだ逃げられないだろ!」
アモンの足を出した状態で形成された炎の檻は、どうやらアモン自身抜け出すことができないほどの強度を持ち合わせているらしい
何とか炎を繰り出して檻を破壊しようとしているが、檻そのものも炎でできているのだ、破壊できるはずもない
「静希!終わったぞ!」
「はいはいお疲れ様・・・ようやく肩の荷が下りたよ・・・」
アモンは炎を吹きだして何とか陽太の檻から脱出しようとしているようだが、やがてそれが無意味であると理解したのか、徐々に大人しくなっていった
感情的になることがあれどバカではないようだ、すぐに自分の敗北を悟ると大きくため息をついて見せる
どうにかして力技で抜け出せないものかと体をひねって見せるのだが、檻はアモンの体にジャストフィットしてしまっているのだ、この状態では動いたところで抜け出せるとは思えない
「こうしてるとペットみたいだな・・・なかなか悪くないぞ」
「この俺を飼いきれると思っているのであれば覚悟しろ?次はお前のその体焼き尽くしてくれる」
次はという事は今回は負けを認めるという事だろうか
正真正銘たった一人の能力者に負けるというのは些かプライドを刺激したかもしれないが、それ以上に陽太の力を認めたのだろう
悔しいという感情もそうだがそれ以上に陽太に対する尊敬のようなものも感じることができた
一対一で戦うという状況で陽太の実力を把握するとともに、陽太が邪な考えを抱いていないという事を理解したのだろう、まるで友人のような対応である
「んじゃ静希、さっさとこいつを中にいれちゃってくれよ、いつまでも拘束してるの面倒だし」
「そうだな・・・うっかり燃やしてくれるなよ?」
静希はようやく終わった戦闘のど真ん中にゆっくりと歩いていく
地面が熱い、先程まで炎がまき散らされていたのだ、靴越しでもわかるほどの熱がまだ地面や空中に残っているのだ
こんな状態になるまで戦い続けたというあたり、一体どれほど激しい戦闘が行われていたのか静希は想像すらできなかった
「それじゃあアモン、お前の心臓の細工を外すけど、抵抗してくれるなよ?」
「構わん・・・この状態では仕方がないだろう・・・まぁもう必要なさそうではあるがな・・・」
アモンも恐らくリチャードがすでに死亡しているというのは理解しているのだろうか、薄く笑いながらされるがままになっていた
静希がアモンをトランプの中に入れ、すぐに取り出すと陽太は戦闘の必要がなくなったことを理解したのか大きく伸びをして能力を解除していた
「あー・・・!ようやく終わったぁ・・・そっちはうまいこといったのか?」
「まぁな、事後処理をカレンに任せてる・・・あと一人の能力者が確認できればほぼ状況終了だ」
リチャードは死に、能力者の一人は拘束、確認された悪魔のほとんどを無力化、後は静希が悪魔にかけられた心臓の細工を外していく作業と、能力者を一人確保すればいいだけの話である
それももはや時間の問題だろう、だがとりあえず静希は確認しておく必要があった
「アモン、とりあえずお前にはもう戦闘の意志はないと思っていいのか?」
「無論だ、人間相手にこうもしてやられてはぐうの音も出ん・・・まぁ、面白い出会いがあったという事で今回の事は水に流そう」
アモンは陽太を見た後、静希の方に視線を移した
何故自分の方を見ているのか静希は理解できていなかったが彼に付き従うメフィとオルビアはその意味を理解していた
アモンのであった五十嵐和仁、静希の父親と似通っているところを探そうとしているのだろう
「いやはや・・・世の中は狭いものだ・・・よもやこんな出会いがあるとはな・・・」
感傷的になっているのか、アモンは自嘲気味に笑っている、一体なぜ笑っているのか、そして何がおかしいのか、静希にも陽太にもわからなかった
「それにしても派手にやったな・・・この辺り一帯何もないじゃんか」
「しょうがないだろ、戦うのに集中してて周りなんて目に入らなかったんだからさ」
ぽっかりとできてしまった焦土を眺めながら静希はため息をつく、これは後で鏡花に出動してもらわなければいけないかもしれないなと思いながらとりあえず次の場所に向かうことにした
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