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J/53  作者: 池金啓太
三十三話「世界の変転 後編」

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その場所へ

「なに?戦線を押し上げる?」


「あぁ、戦場中心付近にいる能力者をあぶりだすためだとさ」


砲撃支援をしている戦車隊を守っていた町崎と城島の部隊は戦線を押し上げるということを聞いて即座に準備を始めていた


確かに奇形種の攻撃が一気に少なくなり、部隊がどんどん北上している中そろそろ戦車隊を前に動かすことも必要なのはわかる


だがこのタイミングで押し上げるというのは一体だれが判断したのか


航空支援を得られるようになったためにそろそろ戦車による砲撃支援も必要なくなっているのではないかと思えるが、それでもこの辺りを指揮している人間はその指示に従うようだった


恐らくは総司令官の承諾もあったのだろう


「なんでも現場に出ている人間からの要請だったらしいぞ、お前の生徒だそうだ」


「・・・私の生徒でそれを指示できるという事は・・・五十嵐・・・いや清水の案か・・・あいつの考えならまぁ間違いはないだろうな」


戦力と状況を見て彼女が問題ないと判断したのであれば城島としてもそれに反対する理由はない


戦力的にはそれができるだけの状況になっているのだ、何より城島自身そろそろやることがなくて暇になってきたところである


そろそろ何かやらないと自分のやるべきことが無くなりつつある状態だった


「ただ一つ注意があってな・・・北に少し行ったところまでってことらしい、そこでお前の生徒が戦ってるらしいからな」


「・・・響か・・・あいつの様子も見てやりたいが・・・何か聞いているか?」


陽太についているのは町崎の部下だ、何かしら聞いていてもおかしくはない

城島に聞かれると町崎は何やら難しい顔をした


「かなり接戦というか・・・派手な戦いをしてるって言ってたな・・・人間が悪魔に拮抗してるなんて俺には信じがたいんだが・・・」


「・・・五十嵐がわざわざマッチアップさせたんだ、響にはそれだけのポテンシャルがあったという事だろう・・・能力の相性というのもあるだろうが・・・」


城島は陽太の能力について静希達から何度か話だけは聞いていた


炎と同化し自らの存在を昇華することで戦う能力


現在確認されているどの系統にも当てはまらない特異なものであることは前々から聞いていた


そしてその炎に同化する能力が悪魔の能力を上手く抑え込んでいるという事も、それを利用して時間稼ぎをしているという事も理解していた


城島は陽太が時間稼ぎをしていると思っているのだ、まさか悪魔相手に勝とうとしているなどとは思いもよらないのである


「とにかく響が時間稼ぎをしているというのならそれに干渉しないレベルまで近づこうという事だな・・・少しでも様子を見ることができればいいんだが・・・」


「お前にしては心配そうだな・・・まぁ教え子が悪魔と戦ってるんじゃしょうがないか」


さすがの町崎もこれに関しては城島に軽口を言うこともできないのだろう


なにせ町崎は部下から直接陽太の戦いについて報告を受けているのだ


人間の戦いとは思えない


陽太の戦いを報告した町崎の部下はそう言っていたのだ


陽太の能力はもともとその体を鬼のように変えることから外見的にかなり恐ろしいものでもある


さらに言えば身体能力もそうだが体に纏った炎が周囲に対して圧迫感と威圧感を与えていく、それこそ人間としての原形をとどめていないと言えるほどに


しかも陽太の戦い方は良くも悪くも乱暴だ、武器と防具を手にしてその戦い方は人間のそれに近づいているとはいえ基本は力任せ、一見すれば悪魔と鬼が戦っているようにしか見えないだろう


戦っているのが十七歳の高校生だなどと言われて信じるものは数少ないはずだ


大人から見て人間のそれとは思えないような戦い方をしている、それが一体どんなものなのか、町崎も少し気になっていた


以前城島から陽太は落ちこぼれであるという事を聞いたことがある


能力の制御や操作が上手くできず、同級生から教えを受ける程の存在だという事を聞いていた


だがその落ちこぼれが今悪魔一人と拮抗した戦いをしている


この戦いにおいてこちらに分があるのは陽太が悪魔の一人を止めているからに他ならないのである


「召喚陣も見つかったんだ・・・万が一の時は無理やりにでも助け出した方がいいんじゃないか?悪魔といつまでも対峙させたんじゃかわいそうだろ」


「・・・どうだろうな・・・あいつのことだ・・・逆に喜んでいるかもしれんぞ・・・清水がそのあたりをどうするかは知らんが・・・」


陽太のことを一番知っているのは鏡花だ、その鏡花が陽太に対して何か言えば、恐らくは渋々にでも従うだろう


結局城島にできることは援護くらいなのだ、仮に逃げるのであればそれを支援する、逆に戦うのであれば盾くらいにはなってやれると思っていた


だがそれをさせないために静希は城島にウンディーネを付けたのだ


勝手な行動はさせない、自分がいる間は無茶な行動はさせない、先程からウンディーネはそう語りかけている


精霊というのは何とも面倒な存在だなと思いながら城島はため息をつく


戦車部隊を動かすだけの準備が整いつつある中、城島はこの先にいる生徒たちの無事を祈っていた














召喚陣に近づいていく中、静希達は完全に足止めを受けてしまっていた


召喚陣にほど近い場所に奇形種の大群が待ち受けていたのである、それもただの待ち伏せではなく塹壕などを作った状態での籠城戦に近い状態だった


常に塹壕の形が変わっていることからあの場に契約者がいるのは間違いないのだが、それがまた厄介だった


こちらから狙えないような絶妙な位置から攻撃してくるのだ、相手がしっかりと地形を駆使して戦ってくるのがこれほど厄介だとは思わなかった静希は僅かに眉間にしわを寄せていた


戦線を押し上げるタイミングというものもあり一旦戦車からの砲撃支援が途絶えてしまっている


タイミング的に最悪の状態で接触してしまった、メフィの能力でとっとと突破することも考えたのだが、前方の広範囲から攻撃が飛んでくる、しかもその種類が動き続けていることを考えると強力な一撃を避けるために常に動き続けていることがわかる


契約者もいるかもしれないような状況でメフィの力を晒すのは極力避けたかった、特に相手に心臓の細工ができるかもしれないような契約者がいるのなら、メフィを接近させることもしたくない


部隊の人間が必死に応戦しているが、地形を変えることができる能力者が相手にいるというのはかなりの強みのようだった


こちらも同じように塹壕のようなものを作っているがどうやら相手の方が変換能力としての格が上であるらしい


こういう時に鏡花がいてくれるとありがたいんだがなと静希は心から思っていた


無人機の索敵によって確認できた召喚陣までの距離はあと数キロ、もはや目と鼻の先にあるというのにこんなところで足止めを受けるとは


硫化水素などを放って一掃しようかとも思ったのだが、屋外でそんなものを放てばこちらの部隊も被害を及ぼす可能性がある


こういう時に陽太がいてくれると半ば無理矢理にでも突破してくれるのだが


「ミスターイガラシ・・・どうしますか?このままでは・・・」


「砲撃支援がくるまで硬直状態・・・と言いたいところだけどさっさと突破しておきたいな・・・たぶんあの奥に件の悪魔もいるだろうし・・・」


あの場の奇形種が明らかにこちらを警戒した動きをしているという事は恐らく指示を出している人間がいるという事だろう


今までの奇形種の動きとは明らかに違う動きだ


こちらを警戒してなおかつ攻撃も行っている、まるで精鋭部隊のような動き方だ


恐らくは奇形種がいる塹壕の向こう側に地形を変化させている契約者と奇形種を操っている悪魔ブファスがいると思われる


それなら早々に突破してその両者を打倒しておきたいところである、そうすれば状況は一気にこちらが優勢になるだろう


「・・・何とかミスターイガラシだけでも先に突破させることができれば・・・悪魔の方の対処はお願いしてもよいですか?」


「そりゃ悪魔の対処は俺たちの仕事だけど・・・どうやって向こうに行く?さすがに距離がありすぎる・・・突破は難しいぞ?」


彼我の距離は五百メートル近くある、静希の近くにいる転移系統の能力者の転移で一度に飛べる距離には限界がある


それに仮に運よくその距離を一度に飛べたとしてもまず間違いなく転移能力者が狙い撃ちにされるだろう


さすがに見殺しに近い形にするのは気が引ける


ならメフィの力を借りて空中をういて移動したほうがまだ安全だ


通常の人間と違って静希は攻撃を受けてもすぐに治るのだから


もちろん当然ながら狙い撃ちにされるだろうが


「でしたら、一発だけ正面に強い攻撃を当てていただけませんか、そうしたら後は自分たちが道を開きます」


「道を開くって・・・どうやって?」


「全部隊の攻撃を二か所に集中して相手の移動を封じます」


要するに、静希の強い攻撃で正面一部の敵を一掃し、その奇形種が消えた部分に奇形種が入り込まないように二か所に攻撃を集中する


そして奇形種のいない場所から一気に突破させようというのである


確かに今できる中では一番楽な攻撃ではあるだろう、だがそれを実現するにはどうすればいいか、静希は若干迷っていた


なにせ静希が行える強力な攻撃というとあとは水素による爆発、太陽光の照射くらいのものだ


切り札の一角を切り離すべきか、危険を承知でメフィに攻撃してもらうか


なにせ相手との距離が遠い、確実に命中させるためにはそれなりに近づかなければならないだろう


それならむやみに攻撃させるよりも、メフィには徹底的に防御を担当してもらったほうがいいかもしれない


今のうちに幾つかの道具を用意しておく必要がありそうだった


「わかった、今のうちに幾つか準備しておくことがある、それまでに準備を進めておいてくれ」


「了解です、何人かミスターの援護に回させます、ご武運を」


戦況を傾ける重要な状況だ、ここで自分に何ができるかをはっきりとさせる必要がある


静希はメフィを取り出して準備を進めた


静希の準備が完了すると同時に部隊の人間は準備を開始した


部隊の人間を先頭に静希は強引に突破、そして攻撃を仕掛けると同時に静希達の道を切り開くべく後方からの援護射撃を徹底的に行うという単純かつ強引なものだ


だが相手が籠城の構えをとっている状況ではこれ以外の手を取るためにはメフィの一撃で薙ぎ払うか、静希の能力で皆殺しにする以外の策がないのだ


メフィの能力は極力温存しておきたい、特に契約者や悪魔との戦闘が予想される中で彼女の能力をあまり大々的にするのは得策ではないのだ


それならば静希の切り札を一つ消費することにしたのである


「よし・・・それじゃあ行くぞ」


「了解です・・・覚悟はできています」


静希と共に突撃するのは前衛二人、中衛一人、そして転移能力者が一人の四人編成


耐久型の前衛の二人が可能な限り相手の攻撃を受け止めるという事だったが、静希とメフィもできる限り防御をするつもりだった


こういう時邪薙がいてくれると有無を言わさず守ってくれるのだがと、心の底から思ってしまう、明利に邪薙を付けたのは正しい判断だったとは思うがこういう時に人外の力の素晴らしさを実感するのだ


配置されていた静希達は変換能力者が壁を作り道を形成するのを待ってから一気に突っ込んだ


無論壁めがけて攻撃が押し寄せるがメフィの能力で両サイドの地面を持ち上げて可能な限り相殺していく


無論それで防御しきれるほど相手の集中砲火は生易しくはなかった


静希達の後方からも援護射撃が飛んでくるが、前衛の二人が攻撃を正面から受け止めていく中で静希はとにかく前に集中していた


あと少し近づけば正面にいる奇形種たちに攻撃ができるようになる


あと少しという場面で静希は左腕についている外装から一つの装備を手に取る


それは鏡花が装備に取り付けておいてくれた手投げ用の手榴弾だ


前方正面に向けて投げるとその場にいた奇形種が数体倒され、一瞬だが攻撃が途切れる


「一気に突破するぞ!怯むな!」


静希の声に呼応して全員が全力で走る中、ようやく正面の塹壕が静希の攻撃の射程距離に入った


静希は即座にトランプを飛翔させ塹壕の向こう側にいる奇形種へ向けて太陽光を一気に照射する


今まで溜めこんだ太陽光が一気に照射されることで膨大な熱量が放たれ、近くにいた奇形種たちはその肉を焼かれ、地面は焼け焦げ周囲に風が巻き起こる


正面の奇形種たちがいなくなると同時に静希達は一気に近づき、後方にいた部隊の人間も一斉に射撃を繰り出す


おおよそ作戦通りに静希達は塹壕地帯を越えることができたが、当然ながらほとんどの奇形種の標的にされることになる


だが静希達は止まらずにそのまま直進する、後方にいると思われる悪魔の気配をすでに静希は感じ取っていた


「メフィ!行けるな!?」


「もちろん、いい加減準備運動はこりごりよ」


メフィが後方から攻撃してくる奇形種を軽く一掃しながら静希に付き従うように進み続ける


その中で静希と部隊の人間達は二つの影を確認していた


一人は人間、地面に手をついて能力を発動しているのがわかる、そして一人は明らかに人間ではない、あらかじめ聞いていた明らかにアンバランスな悪魔だった


ライオンの頭に人間の上半身、クマの四肢を持った似非ケンタウロスのような外見をしている、あれが話にあったブファスだろう


静希達の姿を確認するや否や能力者とブファスは同時にバラバラの方角へと逃げていく


少しでも戦力を分散する狙いだろうか、どうするべきだろうかと静希は迷っていた


なにせ二人とも召喚陣とは別の方角に逃げていったのだ


このまま先に悪魔を倒してから向かうべきか、それともすぐにでも召喚陣の下に向かうか


確実性をとるなら前者だ、だがリチャードと直接対決ができるのは恐らくこのタイミングしかない


部隊の人間が追いつけば当然のように逮捕の流れになるだろう、射殺になるかもしれないがその場に静希の出番はない


今まで苦汁をなめさせられて来ておいて他者の力を借りるというのは少々癪だった


「メフィ、ブファスの相手一人でできるか?」


「あら、一人でやっていいの?あいつ相手なら十回やって十回勝てるわ」


相手が奇形種を操る悪魔であるのなら純粋な攻撃手段はほとんど持っていないと考えていいだろう


奇形種の動きを少しでも鈍らせるためにも確実にメフィに倒しておいてもらいたい


奇形種を操る悪魔を倒すことができればほぼ勝利は確実なものになる、ここでメフィという最大の戦力を向かわせるのは痛いがそれだけの価値はある


「あんたたちは逃げた能力者を追ってくれ、俺は先に召喚陣の方に向かう」


「了解しました、どうかご無事で」


部隊の人間からの激励を受けながら静希達はそれぞれバラバラに進んでいく

メフィはブファスの下に、部隊の人間は変換能力者の下に、静希は召喚陣にいると思われるリチャードの下に


もうすぐこの戦いが終わる、そう確信しながら静希は全力で走って行った


あらかじめ知らされていた召喚陣の場所にたどり着くと、そこには煌々と輝く召喚陣が存在した


それもかなり大きい、半径十メートルはありそうなほどの巨大さを誇っている、恐らく今まで見てきた召喚陣の中で最も大きいだろう


光を放つ独特の紋様は召喚陣が完成に向けて動き続けていることを表していた


そしてその中心、やや開けた場所に人影が見える


そこにはすでに仮面を外し、素顔をさらしたままになっているリチャード・ロゥの姿があった


まるで待っていたとでもいうかのように仁王立ちし、静希が来るのを確認するとゆっくりと視線を向けてくる


ようやくここまで来た、ようやくここまでたどり着いた


静希は笑みを浮かべながら召喚陣の中心に向けて歩みを進めていく


「チャーリー・クロムウェル・・・いやリチャード・ロゥって呼んだ方がいいか・・・ようやく追いつめたぞ」


この場にいるのはリチャード一人、その体から悪魔の気配は感じ取れない、この場にいるのは静希とリチャードだけだ


ようやくここまで来た、メフィが自分の近くにいないのは正直不安だが、これは絶好の機会である


相手は片足を失っている、いくら身体能力強化ができるとはいえこちらに分があるのは明らかだ


「シズキ・イガラシ・・・あぁ全く面倒な男だ・・・あともう少しだというのに・・・こんな所まで来て邪魔をするか・・・まったく早々にお前を片付けておくべきだったかな」


悪魔のほとんどを失い、奇形種の部隊もほとんどが壊滅し、直に自分の下に大群が押し寄せるということがわかっているはずなのにリチャードは焦るようなそぶりを欠片も見せなかった


余裕があると言えばいいか、それともただ単に虚勢を張っているだけか


どちらにしろ静希がやるべきことは変わらない


だがその前に一つだけ確認したいことがあった、これだけは確認したいと思っていたことでもある


「・・・お前がこの召喚陣を作り上げたのは・・・異世界に行きたいからか?狭間の世界とやら、見たことない光とやらをもう一度見たいからか?」


「・・・そのことを何故知っている?あいつらには話していないはずだが?」


どうやら協力を打診した人間達には何も教えていないようだ、当然と言えば当然だろう


異世界に行くなどという言葉など信じられるはずがない、悪魔の世界に行くならまだしもその世界との狭間にある場所に到達したいなどと狂気の沙汰だ


静希達がそれを知ったのは言ってみれば偶然だ、現場の近くにあったアジトに残されていた研究ノートを手に入れたからというだけである


「お前の残した研究ノートを読ませてもらった、なかなか興味深かったよ」


「ほう、あれを読んだのか・・・いやはやそれなら話が早い、あの光をもう一度、あの場所をもう一度見たい、そして行ってみたい、それを狭間という表現はなかなかに言い得て妙だ、なかなかどうして面白い言い回しをする」


研究ノートを読んだのは実際はカレンだが、その翻訳版を静希もある程度目を通してある、ほぼ狂人が書いたとしか思えないような内容が延々と続くものもあれば、理知的な言葉と内容、そして計算や理論が書き連ねられている個所もある


良い意味でも悪い意味でも狂ってしまった人間というのはそう言う風になるのだろうかと真剣に恐怖を感じたほどだ


「それで今回も召喚陣を作って・・・お前は周りへの被害とか考えたことはないのか?これを起動することがどれだけやばいことだかわかってるのか?」


これを起動すれば、少なくともこの地域一帯どころか大陸の大半が消滅する、そんなことになれば地球はもはや人が生きていられるような星ではなくなる


それほどの被害を起こしてなおこれを起動させようとするのか


静希の問いに対してリチャードの返答は非常にシンプルなものだった


「それがどうかしたのか?私がそうしたいのだから仕方がないだろう、別に赤の他人がどうなろうと知ったことではない・・・重要な事じゃない」


リチャードの言葉を聞いて静希は確信する、なぜこうまで自分がリチャードを止めようとしているのか


何とも単純で腹の立つ話だが、この男は自分に似ているのだ


良くも悪くも独善的、自分が良ければそれでいい、周りの第三者がどうなろうと知ったことではない


この男の場合、静希の独善性をかなり極端にしたようなものだ、静希は身内を含めた周りの人間が無事ならそれでよく、この男の場合自分の都合だけを考えて行動している、それによって巻き込まれる他者のことなど全く考えていないだろう


もしかしたら、他者を自分と同じ人間とさえ思っていないのかもしれない


だったら自分が止めなくてはならないだろう、今この場にいるのが自分だけだからというのもあるが、初めて悪魔と関わるような原因を作り出したこの男を、自分が契約した悪魔の為にも、そして自分の為にも、この男はここで止めなければならない


「リチャード・ロゥ・・・あんたの実験もこれで終わりだ、覚悟してもらおうか?」


「終わり?なにを言っている?これが始まりだ!ここから全てが始まるんだ!観測することですべては存在を許される!故に始まるのだ!新しい世界の歴史が!」


狂人の理論というにはあまりにも理知的過ぎる言葉に、静希は苛立ちを覚えていた


かつてカレンが覚えたものと同種、こんな奴に自分の生活は壊されたのかと、そう言う苛立ちだった



静希はオルビアを引き抜くと同時にトランプを周囲に展開し始めていた


相手の能力は身体能力強化、ただの銃弾などでは恐らく傷一つ付けることはできないだろう


その速度自体も静希の目でようやく追えるくらいのものだ、反応できるかどうかは正直運任せになってしまう


雪奈の訓練で反応速度は少しは上がっているとはいえ、はっきり言って静希はまともな戦闘をするつもりはなかった


現在左腕の外部装甲に残っている武装は銃弾が一弾倉分、手榴弾が一つにワイヤーロールが一つ、はっきり言って左腕装甲の武装は牽制程度にしかならないだろう


だがそれでいいのだ、良くも悪くも静希は身体能力強化を施す相手と常日頃から戦っているのだから


静希が戦闘態勢に入ると同時にリチャードも戦闘態勢に移行したのか、姿勢を低く保っている


いつでも迎撃できるように、そしていつでも突っ込むことができるようにした前傾姿勢だ、こちらの様子を窺っているようにも見える


前衛型の能力を有しているくせに頭で何かを考える人間というのは稀だ、石動などがそれに該当するかもしれないが彼女は考える時と考えない時をはっきりと分けている


だがこの男は常に考えて行動しているように見えた


いくら身体能力を強化しようとそこは所詮片足、かつて静希が破壊した片足の負傷は治ってはいないだろう


話を聞く限り義足をつけているのだろうが、そんな足で高速機動ができるとも思えなかった


恐らくできるのは一直線に突っ込むことと身体能力を駆使した肉弾戦くらいのものだ


相手の使える手札が限られているというのならできることはいくらでもある


静希は左腕をリチャードに向け、装甲に残った銃弾を一斉掃射する


まずは相手の硬さを確認しなければならない、身体能力強化にはいくつかタイプが存在する


速度や筋力を上げる速度型の強化、全身の硬度を上げる耐久型の強化、リチャードの場合は両方を強化できる能力であると考えていた


以前静希が左腕の大砲から散弾をぶちまけた際にあの体に致命傷を与えることはできなかった


生き物であれば確実に致命傷を受ける程の密度で射出された散弾にもかかわらずだ


という事はつまりリチャードの体にはある程度の硬化がかかっているとみて間違いない


そしてリチャードの身体能力は速度にも影響している


能力を使わずにあれだけの速度で動けるような人間は静希は知らない、確実に速度強化もかかっているだろう


恐らくは速度と硬度の強化の割合は六対四くらいの割合だと思われる


静希の放った光や水素の水圧カッター、散弾に水素爆発を加えた状態で軽度のダメージを負っていた


ただの物理現象で傷を負うという事は硬度自体はそれほど高くない、高速弾をここで残していれば話は早かったのだろうが、生憎既に使ってしまった


確実に相手を倒すには静希の持つ切り札を何枚か切らなければならないだろう


相手はただの能力者、それなら自分でも勝てる部類だ


硫化水素をここで使えば一発で倒せるのだろうが、それは本当に最後の手段だ、あれは開放すれば周囲にも害をまき散らす


近くにいる静希も当然のようにその被害を受けるだろう、この場に変換系統の能力者がいればリチャードだけ囲うようにしてもらうのだが、今この場にいるのは自分だけだ、それが簡単にできるとは思えない


思っていた通り、銃弾はほとんど効果を成していないようだった


服に穴が開き、銃弾は地面に落下し始めている、恐らく皮膚にめり込むこともなく弾かれていたのだろう


だがこれはある意味良い結果だ、皮膚に弾かれるのはあくまで通常弾、なら通常ではない弾ならどうだろうか


静希はトランプを飛翔させ、その中からメフィによって加速された銃弾を射出していく


通常の銃のそれよりも圧倒的に加速されたそれは、マグナムのそれに匹敵するかもしれない威力を秘めている


元々が小さい弾であるために加速したところで威力がそこまで上がるわけではないが、拳銃の中でも上位に入る部類の威力にたどり着けるのはかなりの強みだ


リチャードもさすがにこの銃弾を受け続けるのは危険だと判断したのか横に跳躍して回避を試みる


この弾ならある程度のダメージは与えられる、そう言う事だ


片足で横に跳躍し続け静希に狙いを付けられないように移動し続けていた


そんな程度で静希の攻撃をかわすことができると思っているのであれば考えが足りない


静希は大量のトランプを顕現し、それらをリチャードの周囲に展開する


その中の何枚かには加速処理を施した銃弾が入っている、だがリチャードにとって目の前にあるのがすべて自分に狙いを定めている銃口のように見えるはずだ


実際その認識は間違っていない、リチャードはとにかくそのトランプ群から突破しようと顔などの急所を腕でガードしながら後方へ向けて全力で跳躍する


だがその先には一枚のトランプがあった、そしてその場所にはすでに手榴弾が投擲されている


トランプの前に行けば静希がいる、敵の前に出れば集中砲火を喰らうのは半ば必至、ならばトランプの向こう側へ逃げて少しでも視界から逃れようとするその考えは確かに正しい、だが前衛が中衛相手に後方に逃げるという事がいかに危険なことであるかをこの男は理解していない


その行動の結果リチャードは手榴弾によって引き起こされた水素爆発による爆炎に包まれることとなった



爆炎に包まれたリチャードをこれで倒せるとは静希も考えていなかった


この程度で倒すことができるのであれば自分はもっと早い段階でこの男を倒すことができていただろう


だがそんなことはできない、あの男を倒すにはもっと強い一撃を加えなければいけないだろう


今静希が警戒したのはあの服の下だ


もし防弾チョッキなどの類を着ているのであれば攻撃が減衰されかねない、それを危惧して服などを吹き飛ばすために攻撃したのだが、その服の下には静希も想像していなかったものが存在した


その服の下、リチャードの体には静希達の足元に存在する召喚陣と同じ光を放つ紋様のようなものが描かれていたのである


静希は一瞬目を疑った、体自体に召喚陣を描き加えているように見えたのだ


「・・・お前・・・一体なんだそれ・・・!?」


体そのものに描き加えられた召喚陣のようなものに、静希は嫌な予感が止まらなかった


召喚陣とは基本的に大地の力である龍脈を利用して発動するものだ


それを大地から分離している体に付けたところでいったい何の意味があるだろうか


何か企んでいる、しかも圧倒的に良くないことを起こそうとしている、そんな嫌な予感がした


そしてその予感は的中することとなる


「なんだ・・・研究ノートを読んだという割には理解が遅いな・・・部分的にしか読んでいないのか・・・?それとも見つけたものが一部だったか・・・?まぁどちらでも構わないか」


「いいから答えろ・・・お前のそれ・・・一体なんだ?なにをしようとしている!?」


静希の言葉にリチャードは笑っていた、特に何でもないというかのように自分の体に描かれた紋様に触れながら笑い続けている


その笑いが静希に強い不快感を覚えさせていた


「何のことはない・・・お前が言っていた通りだ、異世界に行くそれがただ一つにして絶対の目的だ・・・これはそのための補助装置にすぎん・・・言ってみれば、自動発動装置と言えばいいか?」


自動発動装置


その言葉に静希の嫌な予感はほぼ的中していた


召喚陣は基本誰かがトリガーを引かなければならない、発動するのは人間でなければならない、カレンはそう言っていた


必ず引き金を引かないと、スイッチを押さないと召喚陣は発動しないはずだ


「召喚陣は人間が発動しない限りは効果を発揮しない・・・はずだが?」


「確かにそうだ、召喚陣単体ならばその通り・・・なら召喚陣の他にもう一つ陣を形成すればいい、リンクで結びつけた第二の召喚陣・・・召喚陣が完成すると同時に発動するように、私が引き金を引く、リンクを通じて召喚陣は発動する・・・単純な仕組みだ」


召喚陣の近くにいなければ発動はできないはず、人間そのものがトリガーを引くことで召喚陣は発動する


それは召喚陣が一つのものであるからこそ成り立つ理屈だ、リチャードが言うように召喚陣を別なところにもう一つ配置すると、これが覆るかもしれない


召喚陣を電化製品に例えていた今までのそれで言うところの、電化製品とは別の所にリモコンを付けるようなものだ


離れたところからでも、条件を付けることで発動ができるようにする


理屈としては確かに単純なものだ


無論リチャードの言っていることが真実かどうかなどわからない、静希を混乱させるための嘘を言っている可能性だってある


だがそれでも可能性が出てくる


リチャードをここで倒すだけでは止められない可能性が出てきたのだ


倒して連行する、その間に召喚陣が完成してしまえば召喚陣は自動的に発動してしまうかもしれない


ならばどうするか


静希にできるのは召喚陣の物理的な破壊くらいのものだ


だが足元に作られた召喚陣は変換能力者が変換したものに描いているのかかなり強固に作ってある、地面を物理的に破壊するには静希の今持っている火力では足りそうにない


それに召喚陣の一部を壊したところで完全に召喚陣の機能を停止させられるかどうかはわからないのだ


現在静希の有する最大火力、左腕の大砲で破壊できるのはあくまで一部のみ、その一部がどうでもいい補佐的な機能だけならばその一発も無駄になる


静希にできることは今この状況で一つに限られた、リチャードの体に描かれているのが自動発動用の補佐的な召喚陣だとするならば、それを破壊すればいい


胴体に描かれているあの召喚陣を物理的に破壊する以外にこの召喚陣の発動を止める術はない


この場にカレンがたどり着くまでに恐らくかなり時間がかかるだろう、メフィが都合よく悪魔の討伐を終えてやってくる可能性もないわけではないが、それも時間がかかる


この召喚陣の完成がいつになるのかは不明だが、時間はかなり限られているとみて間違いない


べらべらと核心部分を話したのはリチャードがもともと研究者の類だったからだろうか、自分の理論を説明したがるタイプの男だからか


それともただのブラフか、駆け引きにしては最悪のタイミングだがどちらにせよ静希にできることは限られてきた


気絶させるか、あの召喚陣を物理的に破壊するか


そしてあの体に描かれた召喚陣を破壊することが一体どのような意味を持つのか、静希は理解していた


そんな中カレンの言葉が静希の頭の中で反芻されていた


嫌だなぁと、まるで宿題を多めに出されたときのような感想を抱きながら静希はため息をつく


嫌なものは嫌だ、そんなことを言っていても状況は変わらない、静希はある種の覚悟を固め始めていた



静希はものすごく嫌そうな顔をしていると、リチャードは笑みを浮かべた後軽くステップを踏み始めていた


これから動くぞというのがわかる動きだった、片足しかないような状態でどのような動きをするにしろ、静希の反応速度であれば受け切れる


以前のままの全力で攻撃された場合反応できないかもしれないが、今は片足、急速に移動してきた場合その方向転換はかなり難しくなるだろうことがわかっていた


何度かステップを踏んだ後、リチャードは静希めがけて全力で接近してきていた


先程後方に跳躍し距離をとったのにもかかわらず、それを一気にゼロにするほどの速さ、だがその程度の速度なら静希は今まで何度も経験してきている


陽太、雪奈、石動、静希の周りには身体能力強化を有している能力者が数多くいる、しかもその中の二人とはほぼ日常的に戦っているのだ、この程度の速さで驚くほど静希は経験不足ではない


殴りかかってくるリチャードの拳をオルビアで受け止め軽く受け流して見せる


真横からの不意打ちでない限りそうそう当たることはない、方向転換が難しくなっている以上、リチャードは直線勝負する以外に手段がないのだ


四方八方どこから来るのかわからないのなら静希もかなり苦戦するかもしれないが、直線で来ることがわかっているのなら対処は容易い、あの時片足を削いだのは間違いではなかったという事である


常に回避するように横への運動を続け、相手に的を絞らせないようにする、その間にトランプから弾丸を射出してダメージを重ねていく


一見地味だが堅実な戦いというのは得てして地味になってしまうものである

だが次の瞬間静希はリチャードを見失うことになる


何故ならリチャードの片足に付けられた義足、そこから一発の弾が出てきたかと思うと唐突に煙幕をまき散らし始めたのだ


静希の左腕同様、義肢に武器を仕込んでいるのだ


リチャードが今使ったのは煙幕弾、周囲に煙をまき散らして視界を途切れさせる兵装だ


相手も自分を見失うが、自分も相手を見失う、だがリチャードにとってここで視界を切るというのは計り知れないアドバンテージを持つ


射撃系の武器を持っている静希と違い、リチャードは接近することでしか戦えない


その為どちらを先に見つけることができるかという勝負を行おうというのだ

こうしている間にもリチャードは移動しているだろう、煙が晴れた時にすぐに静希を見つけることができるように


ならその誘いに乗ってやることにした


だがもちろんただで乗るわけがない、静希は自らの右手で持っている剣に話しかける


そう、静希は今一人で戦っているわけではないのだ


静希が共に過ごした中でもっとも近くにいる人外、オルビアがまだ控えているのである


左腕で槍を構え、ワイヤーと接続して準備を進めていく、フィアをトランプから出したところで準備は整った


後はリチャードを見つけるだけである


ゆっくりと風が巻き起こる中、先に人影を見つけたのはリチャードの方だった


丁度煙が晴れていく場所にいたのが幸いしたか、視界が晴れていく中でリチャードはその人影の方に急接近していく


そして急接近してくるその音を聞いたからか、人影はこちらに反応して見せた


その人影は間違いなく静希だった、こちらの拳を防ぐために両腕をクロスして待ち構えている


思い切り拳をめり込ませ、ガードを崩すとリチャードは片足の接続部を外し、その内部に仕込まれていた砲身を静希に向ける


そう、リチャードも静希と同じく義肢に武器を仕込んでいる、それは静希の予想通り


そして内蔵している武器も、奇しくもほとんど同じ機構のものだった


引き金を引くと同時に静希に向けて放たれる一発の弾丸、だが砲身を向けられた瞬間に静希は左腕を動かして盾にしていた


外部装甲がひしゃげ、砲弾を弾き飛ばすと同時に静希の体は左腕ごと後方へと運ばれる


だがこれでよかったのだ


静希がいるところとは全く別の方向から、ワイヤーのついた槍が投擲された


その槍は直線的ではなく、弧を描くようにリチャードの義足にめがけて襲い掛かる


傷つけることが目的ではなく、義足に槍とワイヤーを巻き付ける事こそが本当の目的だった


狙い通り義足に巻き付いたワイヤーを、フィアが全力で引っ張っていく


全く予想外の所から力を加えられたことでリチャードは完全にバランスを崩してしまっていた


その方角を見ると今までその場にいなかったはずの金髪の女性と巨大な獣がそこにいた


援軍だろうか


そう考える間もなく、リチャードは体勢を立て直そうとするが、砲弾によって後方へと吹き飛ばされていた静希はすぐに体勢を立て直していた


装甲をすぐに破棄し、身軽になった状態でトランプを飛翔させていく


再び周囲をトランプに囲まれた状態でリチャードは義足を切断しワイヤーから逃れその場から退避するべく跳躍して見せた


オルビアとフィアという戦力を明かしてしまったが、その分相手の戦力である義足を排除できた


フィアは切り離された義足を咥えてとにかく遠くへとそれを捨てに走った


万が一にもこれを利用されないように


これであと残されたのはリチャードの体のみということになる


静希は確実にリチャードを追い詰めていた


本気投稿と誤字報告十件分で3.5回分投稿



これからもお楽しみいただければ幸いです

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