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J/53  作者: 池金啓太
三十三話「世界の変転 後編」

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それぞれの戦い

エドたちがその場所にたどり着くと、少し驚いていた


なにせその場所だけぽっかりと木々が無くなっているのだ


正確にはその場所を避けるようにして木々が押しのけられているのだが、そのことを理解するよりも早くエドはその存在を確認することができた


ぽっかり空いた空間のほぼ中心にいる存在、その外見からエドは初見であれが悪魔であると気づくことができた


立派な角の生えた牡鹿の頭と下半身を持ち、上半身は人間のそれに近いのだが体毛に覆われ、背中からは猛禽類の羽を生やしたその姿、悪魔というほかない異形の姿と存在感にエドとヴァラファールは警戒心を高めていた


「ヴァル、あの悪魔見たことあるかい?」


「・・・あぁ、何度か話したこともある・・・久しいなフルフル、お前ほどのものがそこにいるとは」


後にいる鏡花たちに伝えるという意味も込めてヴァラファールは大きな声で目の前にいる悪魔フルフルに話しかけた


フルフルもヴァラファールの声にこたえるつもりなのか、ゆっくりと口を開いていた


「貴方こそ、人間に付き従っているとは思いませんでしたよ、よもや貴方も私と同様の境遇なのですか?」


その声は女性のものではないのだが男性のものにしては少し高い、妙に特徴的な声だ、耳に残るというか印象に残るものだ


そしてその口調は非常に穏やかなものである、もしかしたらそこまで好戦的ではないのかもしれないと思えるほどに


「お前と似た境遇なのは認めるが・・・生憎こちらは正規の契約を交わしている、細工の類はされていない」


「・・・そうですか、なるほどそうでしたか」


フルフルは視線をエドの方に向けると小さく息をついて見せた


エドがヴァラファールの契約者であることを認識した様だ、エドとしても初の本格的な悪魔との対敵に少しだけ緊張していた


思えば今まで接触してきた悪魔は皆最終的には友好的になったためにこうして本格的に敵対行動をとるというのは実に久しぶりなのだ


実際に敵対行動をとったのは静希との戦闘以来だろうか、慣れないことはするもんじゃないなと思いながらエドは少し冷や汗をかいていた


「それでそちらとしてはどうするおつもりで?私としてはこのままおしゃべりしていても構わないのですが?」


「こちらも個人的にはそうしたいところだが、生憎とそうも言っていられなくてな・・・悪いが戦闘不能までは持っていかせてもらう、こちらも急ぎの用があるのだ」


急ぎの用というのが敵陣地への攻撃であるというのは理解している、そしてフルフルとしてはこの場所を守るように、さらには突破されないようにしろというのが与えられた命令だ


この場でただ話していればそれなりに時間は稼げただろうにそれができないとなると自衛行動をとらざるを得ない


「残念です、こちらとしても戦いたくはないのですが」


「あぁ本当に残念だ、その恨みはお前を召喚したものを叩き潰して晴らすといい」


互いの悪魔の緊張が高まっていく中、唐突に悪魔とエドの間に柱のようなものがいくつも出現する


エドは何が起こったのかわからなかったが、次の瞬間その現象の意味を理解した


フルフルが能力を発動した瞬間、エドに向けて電撃が放たれたのである


エドめがけて歪ながらも直進するはずだった電撃は唐突に現れた柱に直撃し、そのまま電撃は地面へと霧散していった


防御というにはあまりにも的確すぎる、そしてあまりにもピンポイントな防ぎ方に、今の行動が鏡花とカレンの協力の下行われたものだという事を理解した


そして相手の能力が電撃であるという事からエドは鏡花がこの戦いに参加しているその意味を理解した


電気というのは基本抵抗率の低い方へ低い方へと移動する性質がある、だからこそ雷などは空気中を移動する際にいびつに方向を変えながら移動し続けるのだ


そして電気というのは地面に接地することで完全に無力化することができる


所謂アースと呼ばれる状態であり、大量の電気があったとしてもそれを地面に流してしまえばほぼ無力化できるのだ


鏡花はカレンの指示を受けてその場所に避雷針代わりの柱を設置、電気を地面に流すように変換してエドを守ったのである


予知能力と変換系統、それに対して相手の能力は電撃、これほど相性のいい戦いもないだろう


しかもそれはあくまで防御の話だ、エドの連れる悪魔ヴァラファールは防御を苦手としている悪魔である


つまり彼の本領は攻撃にこそ発揮される、エドが攻撃されたことでヴァラファールも同じように攻撃態勢に入っていた


一見するとライオン対鹿という明らかに勝ち目なんてあったものではないような状態ではあるのだが、相手もかなりやる気なのかその体に電撃を纏っていた


「まったく残念だ、こいつに手出ししなければそれなりに加減をしてやったものを・・・!」


「そうですか、それは残念、ではもう彼への攻撃は加減しなくてもよいですかな?」


ヴァラファールとしてもエドを狙われたことが気に入らなかったのか強烈な殺意を放ち、自分を相手に加減をしてやるなどという言葉を放ったことが気に入らなかったのかフルフルも強力な殺意を放っている


見た目に反して案外好戦的なやつなのかもしれないとエドも戦闘態勢に移行していた


「あの悪魔、フルフルって言ってましたよね?それってゲームとかに出てくるあのフルフルですか?なんかイメージ違うな・・・」


エドたちの後方、茂みに加え鏡花の能力で塹壕を作り身を隠している鏡花とカレンと明利、さらに護衛役の大野と小岩とその他の軍人はエドとヴァラファールの戦いを援護しながら相手の悪魔を観察していた


鏡花のイメージだとフルフルは白いぬるぬるしたゴム質の体表をしていて出てきても専用の音楽がなかったりするのだが、目の前にいる悪魔はどちらかというと毛がしっかりと生えている


鏡花のイメージとは似ても似つかない


「君の言うフルフルがどういうものかは知らないが、電気を使う悪魔だというのは間違いなさそうだな・・・ポイントDの3へ避雷針三本」


「了解です」


カレンはオロバスの予知によって相手の攻撃をほぼ完璧に予知し、鏡花はその指示を受けてエドに攻撃が当たらないようにとにかく避雷針を立てていた


鏡花が作り出した空間をポイントで区切り、その場所へ避雷針を的確に作り出すことでエドへの攻撃をほぼ無力化させていた


「電気を扱うってことは悪魔の能力なら狙撃とかもできそうですね・・・無人機とはいえ電気は通しやすいでしょうし」


鏡花の知り合いの中にも何人か電気を扱う能力者というのは存在するが、空気に向けて放つとどこに飛んでいくかわからないことがあるためにほとんどが何かしらの道具を使って目標にたどり着くように誘導している


例えば砂鉄などを使って目標まで誘導したり、ワイヤーなどを設置して攻撃を通したりといろいろ工夫が必要だ


それは電気をそれだけ強く押し出すことができないからでもある、だが悪魔程の能力であれば空気中であろうと関係なく目的の場所まで電気を向かわせることができるかもしれない


生き物の索敵によって何者かが接近して来たら、おおよその場所に電撃を与えれば抵抗率の低い方へ低い方へと電気は移動していく


それこそ無人機などは空気よりも何倍も電気をよく通すだろう、正確な狙いを付けなくてもあとは電気の性質が目標を捉えてくれるというわけである


この性質から、恐らく相手の能力はある一定の範囲に向けて飛ぶように電撃を射出することはできるようだが、電気の特性自体は変化していないようだ


いや、正確に言えば何かに直撃すると電気としての本来の特性に戻ると言ったほうがいいだろうか


だが電気は電気だ、直撃した後の性質が基本的な電気のそれ自体は変わっていないのであれば鏡花の能力でも十分に防御することが可能である


相手が攻撃を仕掛けてくる寸前に避雷針を作り、エドの体まで届かないようにしてしまえばいいだけの話だ、タイミングとテクニックが重要になるが、そのどちらもこちらには分がある


そして防御ができている分、ヴァラファールとエドは攻撃に集中できる


ヴァラファールはフルフルに向けて呪いを放ち続けている、フルフルの能力では防ぐことは難しいのか、今のところ避ける事しかできていないようだった


だがそれもエドの能力により追い詰められていく


エドが作り出す呪いの幻影によって本来避けなくてもいいものまで避けることで本物の呪いに被弾しつつある


悪魔に対しても呪いはきちんと作用しているらしく徐々にではあるが相手の動きが鈍くなっているのが把握できた


静希から聞いてはいたが、やはり悪魔にも耐久力というものはあるのだろう、人間のそれに比べると圧倒的なまでの耐久力を誇るという事らしいのだが、それでもほぼ一方的に攻撃を受ける形ではそれも徐々にではあるが削られているらしい


特にメフィのそれと違いヴァラファールの攻撃は直接的ではなく間接的な形でダメージを与えるタイプの能力だ


被弾した場所に不幸が訪れるという、聞いてみるとそんなにたいしたものではないかもしれないのではないかと思える能力だがその実情はかなりえげつない


実際に鏡花はそれを見ていないが、それを見ている静希の話では被弾箇所が骨折したりただれたりとかなり露骨な不幸が襲い掛かっているのがわかる


しかも十分以上に手加減してその有り様だ、本気で呪いを人間にはなった日には被弾箇所がなぜか爆散することもあり得るかもしれない


ヴァラファールの見た目通りの能力だと言えるだろう、その性格面に関しては置いておくことにして強力なのは確かである


このまま交戦状態が続けば確実に倒すことはできるだろう


悪魔の能力をもってしても同じ悪魔を仕留めるのは時間がかかるようではあるが、それでも確実に一手一手攻撃を当て続ければ負けることはない


こちらには予知と変換という援護としては最高峰の能力がそろっているのだ

能力の相性もいいこの状況なら何かしらの変化がない限りこのまま押し通せる


そしてエドとヴァラファールも同じ見解のようだった


後方からの援護というのは本当にありがたいものだと実感しながら徹底的に攻撃を当てていく


フルフルも徐々に動きが鈍ってきている


元より消極的な感は否めなかったが、それでも相手側の万全な攻略に手も足も出ないような状況になってしまっている


何発か適当な場所に向けて攻撃が放たれたが、それらも全て鏡花たちは防いでいる、どこから支援を行っているかを判別させないように徹底的に相手を押さえこむつもりだった











「ミスターイガラシ、どうやらミスターパークスが悪魔と戦闘を開始した模様です」


通信手の報告を受けて静希は無線を開いていた


相手は明利だ、今どのような状況になっているのか確認しておく必要がある


「明利、聞こえるか?今どうなってる?」


『あ、静希君・・・エドモンドさんが戦闘開始、鏡花ちゃんとカレンさんがフォローしてるよ、能力は電気、狙撃もあの悪魔の仕業じゃないかって』


明利の報告に静希は無人機をこの上空にとばすように指示を出した、相手がいくら生き物を操れても、確実に倒すことのできるだけの能力がなければ高速で飛行する無人機を撃墜することなどはできない


状況をより良く把握するために上空からの索敵は必須だ


「わかった、そっちの部隊はどうしてる?」


『戦闘に介入しないようにして静希君の方に向かってるよ、私達を守る護衛数人と通信手以外は全員静希君の所行ってもらったの』


明利の言葉に鏡花の考えを大まかに理解した静希は小さく息をつく、相手の能力が電気でカレンと鏡花がフォローしているのであればほぼ確実に負けは無いと思われる


「エドの戦況はどうなってる?勝ちそうか?負けそうか?」


『鏡花ちゃんたちのフォローのおかげで一方的に攻撃してるよ、このままいけば押し切れるだろうって』


やはり鏡花をエドに付けたのは正解だったなと静希は安心した後わかったと告げて通話を終了する


これで相手の三人の悪魔の内二人を釘付けにできたことになる、あと残っているのは生き物を操ることができる悪魔ブファスと契約者三人だ


純粋な戦力の上ではすでに上回っている、あとは本陣に殴り込みをかけるだけだ


「ミスターイガラシ、無人機の準備にかかる時間はおよそ十分ほどとのことです、なので三十分もあればこの上空を確認できるかと」


「三十分だな・・・了解した、まずは鏡花たちの方にいた部隊との合流を急ぐ、やや減速しながら随時位置を確認して移動開始しよう」


了解ですと近くにいる部隊員がそれぞれ無線で連絡を取り合いながらまずは合流を急ぐことにした


あらかじめ無人機の準備をさせていたのが功を奏したという事だろう、これで航空支援や偵察などが可能になればもっと楽に部隊を派遣することもできるはず


召喚陣の発見も容易になるだろう、この辺りの支援が来れば静希達の勝利は揺るがないはずである


後静希がやるべきはブファスの制圧とリチャードがいるであろう召喚陣の下へと向かう事である


現在まだ召喚陣の位置は把握できていない、召喚陣などが発光することと魔素を呼吸のように取り込んでは排出していることを考えれば場所の特定はそこまで難しくはないはずだ


相手の戦力は悪魔三人に契約者三人


そのうちの悪魔二人はすでにこちらが抑え込んだ、そしてそれに対するこちらの戦力消費は能力者数人に悪魔の契約者二人


今のところ互角のように見えているかもしれないが実際に戦力としてカウントしているうえではこちらが圧倒的優位に立っている


後方支援に加えこれから状況が動くにつれ更に優位な展開に持っていくこともできるだろう


問題は相手の契約者と残った悪魔であるブファスの位置である


静希が相手の立場ならまず間違いなく自陣付近で引きこもっているだろう


戦いは悪魔に任せて契約者はのほほんとしている可能性が高い


あるいはキーロフ方面に位置している戦車隊の奇襲に参戦している可能性もある、戦車隊に関しては城島に一任しているために何とも言えないが、自分たちが敵対するべき存在とはまだ会敵できていない


特に静希が一番倒さなければいけないリチャードに会えていないのが一番の問題である


現状装備はほとんど消費していない、鏡花が作ってくれた左腕の外装に関しては二割ほど消費したというところか


トランプの中もまだまだ余裕がある、長期戦を想定しておいてよかったと思うばかりである


それから十数分してから鏡花たちの下から移動してきた部隊と合流することができた


互いの状況を確認した後で静希は合流した現場指揮官のそばにやってきていた


「で、この後どう行動するか、何か考えは?」


「無人機による偵察があと十五分ほどで行われることは確認しました・・・相手の本陣をくまなく捜索し、それが完了し次第移動を開始します、それまでは北上を続ける予定です」


つまりは場所がわかるまではとりあえず北に向かうという事だ


確かに静希もそれ以外に手はないと思っていたために反論するつもりはないが、周囲の部隊の人間の疲労度を見ると少しだけ悩ましいところである


「なぁ、悪いけど少し疲れたから進行速度を遅くしてもらっていいか?無人機の偵察が終わるまでの間だけでもいい、負傷者がいればついでに治療などもできるしな」


「はぁ・・・わかりました、それでは微速前進という形で移動していきましょう」


静希もそれなりに疲れてはいるが、何よりも周りの部隊の人間もそれなりに疲労が蓄積し始めている


ここで酷使するとここぞという時に役に立たない可能性があるのだ、それなら少しの間休憩とまではいわずとも体を休める時間くらいあってもいいだろう


ただの能力者部隊とはいえ貴重な戦力だ、無駄にするようなことはできない

今までの戦いで負傷者がゼロというわけではない、全速力での移動よりはその方が治療もしやすいだろう、静希なりの気づかいだがこれがどこまで理解されているかは微妙なところである














「まったく・・・これで打ち止めか・・・?」


一方、戦車隊の護衛を任せられた城島は近くに潜んでいた奇形種の群れを血祭りにあげた後周囲の警戒を行っていた


先程までひっきりなしにやってきていた奇形種の一団はある段階からまったくやってこなくなったのである


「町崎!周囲はどうなってる!?」


「今確認してる!だが妙だな・・・これだけの数の奇形種と遭遇せずに俺たちは北まで移動していたのか・・・?」


部隊の索敵可能な人間に周囲の安全を確認させているものの、先程の奇形種がどのようなルートを通ってここまでやってきたのかは全く不明な状態なのだ


その数は十や二十ではきかない、下手すれば百に届くかもしれないほどの巨大な群れだったのだ


これだけの奇形種が通ったのであればそれなり以上に痕跡が残るはずである、だが城島達はこちらに戻ってくる間にそれらをほとんど確認できなかった


本当に戦車部隊の喉元と言えるくらいまで近くにやってきてようやくそれらを確認できたのである


「城島・・・これもしかしたら・・・」


「あぁ、間違いなく近くにいるだろうな・・・転移か収納か、奇形種を連れてきた奴がいるはずだ・・・」


静希が抱いたものと同じ可能性に城島と町崎も気づいていた


これだけの数の奇形種を近くにある魔素過密地帯だけから集められるはずがない


となればどこかから連れて来た可能性が高いのだ


となれば生き物に対して行える収納か転移の可能性が高い


どちらかといえば収納の方が可能性としては高いだろう、なにせこれだけの数を保管するという意味では転移よりもずっと楽なのだから


「部隊を壊滅させられたなら、もうすでに後退しているだろうな・・・もしかしたら紛れている可能性もある・・・どうする城島」


「どちらにしろ戦闘能力は皆無になったというわけだ・・・可能なら捕縛しておきたい、お前の部隊で索敵を行える連中を狩り出せ、人が通った痕跡はさすがに追えないかもしれないがこの辺りの安全は確保できる」


自分達の部隊もかなり行動していたのだ、今さら人間の足跡など追跡できるとも思えない


町崎の言う通り自分の放った奇形種が全滅したとなればそれを持ってきた能力者は今全速力で逃げているだろう


相手がまともな指揮官であるなら奇形種の三割程度が殺された時点で撤退を始める、運ぶだけが目的だったのなら奇形種を放った時点でこの場から離れていると考えていい


どういう方法で逃げているかはさておいて、激しく動けばその分見つけることもできるかもしれない


「にしても城島、お前の能力そんな攻撃的だったっけ?なんか奇形種たち爆散してたけど」


「ん・・・まぁちょっとした小細工をしていてな・・・気にするな、大したことじゃない」


精霊をその身に宿していることが大したことではないと言える城島の価値観というのもどうなのだろうかと思えてしまうが、そんなことは欠片も知らない町崎はこんな先生をもって生徒達は大変だろうなと若干憐れんでいた


高校時代の城島を知っている町崎からすれば、彼女が教師になると聞いたときはひどく驚いたものだ


何故そんな考えに至ったのか、そして何でよりにもよって教師なのか


高校時代と軍に入ったばかりの頃の城島を知っているものならば皆同じような反応をするだろう


だがそれでも彼女は教師を志した、何をどうしてなんて彼女も以前生徒である静希達に聞かれるまで思い出しもしなかったことである


教師になってからの彼女には何度か顔を合わせて来た、その度に少しずつ丸くなっていく彼女を知っているだけに、あの時の選択は間違っていなかったのだなと思えるのだ


「とにかく今は戦車隊の護衛と契約者の発見が最優先だ、砲撃支援をとだえさせるわけにはいかん」


「・・・あぁ、分かってるよ」


そして今、高校の時と同じかそれ以上の残虐性を見せる中でも彼女は非常に落ち着いている


自分のやるべきことをやるだけ、それが当たり前であるかのように振る舞っている


あの時の荒れていた彼女が嘘のようである


「なんていうかお前変わったな」


「・・・なんだそれは、バカにしているのか?」


「いや一応褒めてるつもりなんだけど・・・」


性格が丸くなってもこの眼光は変わらないなと町崎を始めかつての城島を知っている部隊の数人の人間はその眼で睨まれると震えあがっていた


やっぱり人間はそう簡単には変われないものだなと思っていると、城島達の上空を数台の無人機が飛んでいくのが確認できた


「無人機か・・・また落されるんじゃないのか?」


「・・・いや、このタイミングで出たという事はそれは無いだろうな・・・恐らく相手の悪魔を抑えたんだ・・・誰がというのはわからんが」


戦闘に夢中になっていたために静希達の会話など聞いていなかったとはいえ、大体のことはわかる


あの状況からなら静希かエドの二択だ、どちらに転んでもこちらの戦力的な優位に変わりは無いのである








それぞれの戦闘が始まり、そして終わりつつある中陽太はアモンとの戦闘を続けていた


陽太の体力といえどこれだけ全力で戦っていてはさすがに疲れるのか、僅かに肩で息をするような動作をしていた


そしてそれはアモンも同様だった、陽太と比べ疲労度は低いものの、徹底的に能力を使い続けなおかつ陽太の攻撃を避け続けるのはさすがに悪魔といえど疲れるのか、かなり嫌そうな顔をしているのがわかる


もうかれこれどれくらい戦い続けているだろうか、人間の集中力というのは短時間しか持たないというのはどこかで聞いたことがある


そしてメフィの私生活を見ている陽太からすれば悪魔も同様であることを知っている


どんなに耐久力や能力やらが人間と比べ物にならないほど優れていたとしてもその精神に関しては人間とほぼ同じか少し優れている程度なのだ


何度もメフィにゲームで勝ってきた実績は伊達ではないのである


相手はそこまで焦っていないとはいえ延々と陽太の攻撃を避け、なおかつ攻撃し続けるという単調な行動に飽きてきているのだ


単純な行動の繰り返しは焦りとはまた違った意味で集中力を低下させる一つの要因であるあることを陽太は知っていた


相手にとって今この場で陽太の相手をすることが最適な時間つぶしの一環であり、自分の心臓の細工をしている人間に対するささやかな抵抗のつもりなのだろうが、時間つぶし程度で終わらせるつもりは陽太には毛頭なかった


どうせならしっかりと負けさせてやるという意欲に燃えているのである


そしてそれをするだけの策は考えてある、あとは陽太がそれを実行するだけだ


相手の集中力も低下しているだろうがこちらもその分消耗している、確実に勝利するためにはそろそろ行動しないといけないだろうという事は陽太も理解していた


ではどのような行動をすればいいか、陽太は今までの経験から相手が自分の体を見てから回避行動をとっているであろうと予測していた


ならばこちらの体が見えなくなればいいだけの事である


鞭を手にしてからは比較的接近する頻度を下げていた陽太は、思い切り鞭を叩き付けた後一気にアモンめがけて突進する


鞭の回避行動をとった後のアモンはさすがにその接近に反応しきれなかったのか、回避できそうにもなかった


だがその代わりに陽太めがて大量の炎を放つ、これを避けなければ確実に炎は陽太の体を包むだろう


だが向かってくる炎に向けて陽太は槍を突き出し、そしてあえて暴発させる


線香花火、静希が名づけた槍の意図的な暴発である


自分が放った炎も巻き込んで周囲にまき散らされる炎にアモンは一瞬目がくらんだ、その一瞬アモンは陽太の体を見失ってしまう


アモンが陽太の姿を見つけようと炎の中に視線を向けると、真横から唐突に衝撃が走る


そして自分の体が吹き飛ばされた瞬間、体に何かが巻き付いており、吹き飛ぶのを止めていた


「よっしゃあ!一発入れたぞ!」


先程受けた衝撃が陽太の拳であり、自分の体に巻き付いているものが陽太の鞭であるということに気付くのに時間は必要なかった


自らの武器を目隠し代わりに使うとは思っていなかったためにアモンは一瞬たじろいでしまったのだ、その隙を狙われた


しかも鞭から逃れようとしても逃れることができない、透過状態にしているはずなのに陽太の鞭から逃れることができないのだ


殴られた衝撃よりも何故この鞭から逃れることができないのか、アモンはその方が気がかりだった


そして自分に一発入れたことを喜んでガッツポーズしている陽太を見てため息をついてしまった


こんな子供に二度も殴られるとは、そう言う気持ちである


そしてガッツポーズしていた陽太はここでバカにしなければ挑発にならないなと気づき何度か咳払いをした後アモンを指さす


「はっはっは!悪魔のくせに人間に殴られるとかたいしたことないな!ざまぁみろ!」


挑発のつもりだったのだろうが、どうやら陽太にそのあたりの才能は全くないらしい、せっかく挑発できるだけの状況になっているのに嬉しさの方が優先されているせいでただの自慢のように聞こえてしまう


そんな挑発とも思えないような言葉にアモンは再度ため息をついてしまっていた


きっとこの少年は自分を怒らせたいのだろうと理解できるのだが、あまりにもお粗末すぎて逆に冷静になってしまう自分がいる


なんというか非常に残念な少年だと思っていた


だが頭が残念であったとしてもその実力は確かだ、自分を二度も殴り、さらにはこうして拘束している


ただの能力者にできる事ではない、一体この少年は何者だろうかとアモンは訝しんでいた


「・・・なんだよ!なに見てんだこら!抜け出せるもんなら抜け出してみろ犬っころ!」


「・・・確かに抜け出せん・・・これもお前の能力か・・・」


自分に絡まっている鞭は確実にその存在を捕え続けている、しかも腹部に絡まっているせいで四足や牙を使って引き剥がすこともできない


的確な拘束の仕方だ、これでは自分は抜け出すことができないのだから


目の前の頭が残念な少年がバカなのか頭がいいのか図りかねている中、アモンは陽太の方をじっと観察していた


そしてふと思う、この少年を自分にあてがったあの少年は一体何者だったのだろうかと


アモンは悪魔として存在し続けてかなり長い、その長い時間の中で自分に拮抗できた能力者などほとんどいなかった


片手で数えるどころか思い出すのも困難なほどである


だが今こうして目の前の頭が残念な少年は自分に拮抗している、どんな能力を持っているのか知らないが今こうして自分の自由を奪い、なおかつ自分の炎もほとんどきいていないような素振りさえしている


それがやせ我慢なのかはさておき、自分と対峙してこれほど長い間生きている人間というのはアモンにとって初めての経験だった


そしてあの時自分と対峙したあの少年、あったのは初めてではなかったはずだ


確かリチャードと行動していた時にメフィストフェレスと一緒にいたはず、そしてあの時あの少年は自分の名前を告げていた、リチャードもその名前を反芻していた


あの少年の名前は一体なんだったか、そして今目の前にいる少年の名前は何だったか


「・・・少年、お前の名前は何という?」


「あぁ?さっき自己紹介しただろうが、響陽太だ!」


響陽太、アモンはその名前を反芻しながら頭の中に刻み込んでいく、二度と忘れないように、二度と間違わないように


「ヨウタ、お前をこの場に残したあの少年・・・メフィストフェレスと一緒にいたあの少年の名はなんという?」


「あぁ?あいつ自己紹介してなかったっけ?五十嵐静希だ」


五十嵐静希、先程の陽太と同じように名前を頭の中に刻み込む中でアモンはふとある男とのことを思い出していた


あれは何時だったか、かつて自分が一度この世界に呼び出されたときに自分を犬と間違えて手当までした人間だ


五十嵐和仁、アモンはその名前をしっかりと覚えていた


そして先ほど遭遇した少年の名前にも五十嵐という名前がついている、これは偶然だろうかとアモンは眉をひそめた


そしてあの時和仁とした会話の内容を思い出していた、あの時和仁は一体なんと言っていただろうか、自分が問いを投げかけた時になんと言ってただろうか


たしか自分の子供が元気に生まれてくればいうことはないという、何とも欲のない返答だったのを覚えている


悪魔を目の前にしてそれ以外に望むことがないというその男が印象的だったのを覚えている


あれは何年前だったか、確か十と七年ほど前だ


もしかしたら、そんな考えがアモンの頭をよぎっていた


「ヨウタ、そのシズキという少年は今年でいくつになる?」


「あ?俺と同い歳だから十七だけど?」


これはもう偶然ではないだろう


五十嵐という名を持ち、十七年前に生まれた少年、思い返してみればどことなく和仁の面影がある


そのことに気付くとアモンは大きく笑い始めてしまっていた


一体どんな偶然だろうか、一体どんな加護を受けたらこのような数奇な運命に身を投じることができるのか、アモンは笑わずにはいられなかった


「なんだよいきなり笑い出して・・・変な奴だな・・・」


「・・・ハッハッハ・・・この気持ちは人間にはわからんだろうな・・・よもやあの男の倅がこのような場所にいるなどと・・・!」


あの男というのが誰のことを指しているのか、陽太はわからずにいた


今までの話の内容から静希の父親のことを指しているという事は察しがつきそうなものだが、そもそも静希の父親である和仁のことを知っている陽太としては、悪魔と和仁に接点があるという考えに至らないのだ


あの少年に、あの男の子供にもう一度会って話をしたいものだと思いながらも、アモンは今目の前にいる陽太に視線を向ける


「それで、お前はこの状態でどうするつもりだ?まさかこれだけで終わりということはないだろう?」


「おぉよ、これからお前をぼっこぼっこにして動けなくしてやんよ!お前に勝つのが今日の目標だからな!」


ただの能力者が悪魔に勝つ、それがどれだけ困難なことであるかこの少年は理解しているのだろうかとアモンは笑ってしまう


だが確かに、現状では陽太に拘束されてしまっている状態だ、もっとも能力自体は問題なく使えるために焼き尽くしてもいいのだが、陽太相手にそれが通じるかは微妙なところである


「・・・なるほど、俺の本気を引き出させてからが勝負という事か?」


「そうだ!お前の手を全部見たらそっから一気に決めてやんよ!手も足も出ないような状態にしてやる!」


手も足も出ないような状態、少し気になるが悪魔としてのプライドもある、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ


だがこの少年を殺してしまうのも何か惜しい気がしたのも事実、どうにかして戦闘不能状態にしてやれればいいのだが、生憎とそんな手加減ができる程器用ではないのだ


だからこそ、陽太の思い通りにしてやろうと思ったのだ


「では俺の本気を見せてやろう、後悔するなよ?」


先程と打って変わって威圧感が増していくのを陽太は感じることができた、嘘でもハッタリでもなくこれから全力で向かってくるだろうという確信があった


陽太は笑いながら左腕に盾を顕現し構える、いつでもどうぞという体勢にアモンは笑いながら能力を発動した











陽太がアモンとの戦闘を再開した頃、鏡花たちは延々とエドとヴァラファールの援護を行っていた


相手の能力が雷という事もあり鏡花の変換能力との相性は最高と言ってもいいのだが、防御を完全に鏡花頼みにしても攻撃面での命中率は約五割程度である


着実に相手の耐久力を削ることができているとはいえ、さすがに相手も悪魔、そう簡単にはやられてくれそうにはなかった。


オロバスの予知による処理能力の全てをフルフルの攻撃を捌くことに使い、鏡花の処理能力の約七割ほどを使って延々と防御し続けていた


さすがにこれだけのことをし続けるというのはなかなかに疲れる


いくら鏡花が細かい変換能力が得意だと言っても延々と防御し続けるというのはかなりつらい


相手が戦闘不能になるのが先か、鏡花の集中力が切れるのが先か、言ってみればそう言う戦いになりつつある


エドとヴァラファールもそのことに気付いているのだろう、少しでも攻撃を当てようと奮闘している、だが相手としてもそう簡単に攻撃に当たってくれるほどやさしくはないようだった


だが戦闘を開始してもうかなりの時間が経つ、相手への被弾もかなり増えてきてはいるのだ、その分耐久度も下がってきているのか最初に比べればかなり動きが鈍くなってきている


あとどれくらいかかるだろうか、相手の攻撃を防ぐために集中しきっているオロバスにそんな予知を確認させることはできない


ともなれば自分たちが耐え続けるしかないのだ


鏡花たちがエドの防御を行っている間、明利はボウガンを使って自分たちの周囲を索敵下におこうと種をばら撒いていた


無論ボウガンを用いての曲射など明利はほとんどやったことがない上に矢も限られているためある程度のものでしかないが、自分たちの周囲に敵が現れた場合すぐに対応できるように安全だけは確保していた


こちらに偵察代わりの奇形種がやってこないとも限らないのだ、大野と小岩、そして護衛代わりの隊員たちも周囲をしきりに警戒している


悪魔同士の戦いに巻き込まれないか戦々恐々しているという感もあるが、それ以上に今この場を守らなければならないという焦燥感のようなものも伝わってきていた


鏡花の頬を汗が伝う、集中しっぱなしの状態を維持するのはかなりの消耗を強いる


鏡花は今までかなり面倒な事案に立ち向かってきた、大規模な変換を行ったことも、細かい作業を行う事も、時には自然災害の真似事までやってのけた

だからこそこういった変換系統であればだれでもできるようなことを延々と続けるというのは実に久しぶりなように思えた


「鏡花ちゃん、大丈夫?」


頬を伝う汗を明利が拭き取ってくれるのを確認すると鏡花は小さく息をつく

大丈夫と言いたいところだが自分もかなり消耗している、タイミングが命の防御だ、一回でもミスすればエドが危険な目に遭うという緊張感がその消耗をさらに加速させていると言っていいだろう


「ありがと明利・・・なんか甘いものとか持ってない?ちょっと頭に糖分入れたいんだけど・・・」


「甘いもの?・・・えっと・・・あ、キャラメルならあるよ」


胸ポケットから小さなキャラメルを取り出して鏡花に食べさせると、彼女はかみしめるようにそれを口の中で転がしていく


何で彼女がキャラメルを持っているのかという事すら気にならないほどに鏡花は集中を高めていた、それだけ目の前のことに集中したいのである


少しでも集中力を上げるため


試験勉強の時のような対策が通じるかはわからないが鏡花の口の中にはキャラメル独特の甘さが広がっていく


一体どれほどの効果があるかはわからないが、舌を通じて脳は甘いものを食べているということを認識している


普段勉強している時から集中力が切れかけている時は甘いものを摂取しているのだ、一種のプラシーボ効果と条件反射的なものも期待できるかもしれない


自分は甘いものを食べた、だから集中力は増すのだと鏡花は自分自身に言い聞かせながら集中を高めようと能力を発動し続ける


自分がやらなければいけないのだ、それができると思ったから静希はエドに自分を付けた


自分なら悪魔の攻撃を防ぎきることもできるだろうと、対処することだってできるだろうと感じたからこそこの場に行きつくように指示したのだ


静希がどこまで予想していたのかは知らない、どこまで鏡花の力が通用するかを予見していたかはわからない


例え静希の手のひらの上にいたとしても、期待されているのであればそれに応えなければならないだろう


鏡花は自分自身が天才だと言われることに半ば慣れていた、期待されることも面倒を押し付けられることも慣れていた


昔はそれらが煩わしかったこともあった、だが今鏡花はその期待に応えたいと思っていた


自分のことを天才だといい、そうであると信じている静希達に自分の姿を見せつけなければならない


一種の意地やプライドのようなものかもしれない、それに気づいたときくだらないものを背負い込んだなと思ったものだが、そう言うものをすべて抱え込んでその上で結果を示してこういってやるのだ、大したことなかったわねと


本気投稿+誤字報告十件分受けたので3.5回分投稿


フルフルの声のイメージはフリーザ様でおなじみのあのお方です


これからもお楽しみいただければ幸いです

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