鞭と会敵
「はぁ?中距離攻撃がしたい?」
時間は数か月前までさかのぼる、丁度陽太と石動の全力の戦闘訓練が終わった後の話だ
いつもの訓練の時間に陽太が唐突に中距離攻撃をしたいと言い出したのだ
陽太の本来の戦い方は純接近戦、近づくことこそ陽太の力の本質と言えるだろう
そんな陽太が中距離において攻撃がしたいというのはあまり向いていないのではないかと思ってしまう
「うん・・・石動と戦ってみてさ、あいつ妙に鎖みたいなの連発してただろ?あぁいうの出してみたいなって思ってさ」
「またあんたは思い付きで妙なことを・・・確かに中距離での攻撃ができると楽になるかもしれないけど」
石動と戦ってみた時に彼女が使っていた血の鎖とそれによる中距離攻撃、遠くにいながらも追い詰める形で相手の行動を制限できるというのは非常に有効的だ
特に接近戦を得意とする陽太にとってその手段が増えれば相手に容易く接近する可能性が増えることにもなる
だがそれが容易ではないことは鏡花も分かっていた
「ちなみにあんた、どういう風にすればそれができるんじゃないかとか考えてる?」
「全然!なので考えてくれ!」
以前の鏡花なら間違いなく鉄拳が飛んでいただろうが、今はこの程度で鉄拳をぶつけるほど鏡花の心は狭量ではない
今まで何度となく面倒な事柄にぶつかってきたのだ、それが一つ増えた程度の事である
「じゃあ陽太、一つテストするわ・・・ちょっと槍作ってみて」
「はいよ」
陽太は鏡花に言われた通りに槍を作り出す
これを作り始めた当初は数分かかっていたのにもかかわらず、今では一本の槍を作るのに数秒もかからない、鏡花から見てもたいした進歩だと褒めてやりたいところである
だが今求められているのはこの槍ではないのだ
「じゃあ陽太、その槍を遠くまで伸ばしてみて、できる限りでいいから」
「お・・・おうよ」
陽太は自らの炎の量を調整しながら徐々に槍を長くしていく五メートル、十メートル、二十メートルに届いたあたりでさすがに限界が来たのか陽太の槍は伸びるのをやめていた
「ふむふむ・・・二十メートルが限界ってところね・・・んじゃこれをもっと早くできるようにする?」
「え?なんかそれ違くないか?確かに距離は確保できてるっぽいけど・・・」
どうやら陽太が思っている中距離攻撃というのはこういうものではないらしい
槍が一直線に伸びるというのもある種中距離攻撃の一つになるかもしれないが、陽太はこれを求めているのではないという
「じゃあどんなのがお好みなわけ?まさか自由自在に操れるようなのとか言わないわよね?」
「・・・それじゃダメか?」
自由自在に操る、それがどれだけ難しいことか陽太はどうやら理解していないようだった
能力とは基本的に感覚で操るものだ、それを自由自在に操るという事はつまりそれ相応の鍛錬が必要ということになる
人間が手足を操るのと同じように、さも当然のように操ることができるようになるには長い時間と努力が必要なのだ
例えば静希のトランプなどがそれにあたる
静希は能力の出力が上がらないからこそ十年近くにわたりトランプの操作を訓練してきた、それによって五十三枚のトランプ全てを同時にしかも自由自在に操れるようになったのである
それに対して陽太は最近になってようやく炎の硬質化を覚え、その形を思うように操れるようにはなってきた
だがそれを自由自在に操れるかというと鏡花は首を横に振るだろう
確かに硬質化させる速度は早くなってきているし、形作るのもずいぶん早くなってきてはいる、だが自由自在とは程遠いのだ
「つまり、石動さんみたいに少し離れた状態でも狙いをつけてしっかり攻撃ができるようになりたいってことでいいわけ?」
「そう!そうなんだよ!何とかできないか?」
何とかできないかと言われたところで鏡花はそれに対してどうすればいいものか悩んでしまっていた
今まで陽太の訓練に付き合ってきた鏡花でもかなりの難題だった、なにせこればかりは鍛錬を重ねるしかないのだから
石動が血を操っているように、陽太が自分の炎を操ることができるようになるまで一体どれくらいの時間がかかるだろうか
もしかしたら一、二年では済まないかもしれないのだ、なにせ炎を硬質化させるだけではなく、その形を常に変え続けなければいけないようなものなのだ
現状の陽太の実力と今までの成長の度合いを考えてもかなり時間がかかるのは目に見えている、少なくとも学生の間は実戦投入は無理だろうと考えていた
「それだとかなり長期の訓練になるわよ?少なくとも十年近くかかるかも」
「えー・・・そこを何とかならないか?せめて学生の間に石動に勝ちたいんだけど」
陽太が焦っているのはそこかと鏡花はため息をつく
つまり同じ前衛である石動に対抗意識を向けているのだ、相手は中距離攻撃ができているのに自分ができないというのは悔しいのだろう
エルフに対して対抗心を燃やすことができるというのは大したものだがそれを考えさせられる自分の身にもなってほしいと鏡花はため息をついていた
そして陽太の姿をもう一度見た時、鏡花はあることに気付く
「そう言えば陽太、あんたってその体の状態だと尻尾ってなかったっけ?」
「んあ?あぁ炎の量が増えるとできるぞ、ちょっと待っててな」
陽太が自分の体を纏っている炎の量を増やすと、その臀部から太く長い尾が形成されていく
その尾を振っているのを確認すると、鏡花は眉をひそめる
特に意味もなくうごめいているように見えるのだ、まるで本物の尻尾の様である
少なくとも陽太が作る硬質化したような物体ではないのは確かである
「その尻尾って自由に動かせる?」
「ん、まぁある程度はな」
「その尻尾って増やせる?」
「え!?・・・いややったことない・・・ちょっと頑張ってみる」
炎の量が増えることで尾が生えるのであればさらに炎の量を増やせば尾も増えるかもしれないと陽太は全力で炎の量を増やそうと努力していた
鏡花も近くで酸素を生成し続け陽太に送り続けている
だが一向に陽太の体から新しい尾が生えることはなかった
ただその代りに尾の太さと長さが徐々にではあるが増えているのがわかる、その反応にもしかしたらと鏡花は能力を発動した
巨大な腕を作り出すと陽太の尾をつまむように指で挟みこみ、そのまま陽太の体を持ち上げる
まるでネズミが尻尾を掴まれているような状態になる陽太を見てこれなら何とかなるかと鏡花はつぶやき始める
「あの鏡花姐さん、この状態は一体なんなんでしょう?」
「ちょっと待ってなさい今考えてるから」
陽太が宙ぶらりんな状態なのを確認したうえで鏡花は何やら考え始める
傍から見れば陽太が鏡花に実験台にされているか、もてあそばれているように見えなくもないだろう
だが陽太もこの状態に何かしらの意味があるのだなと思いとりあえず宙ぶらりんの状態のままで待機することにした
「陽太、そのまま懸垂してみて」
「え?懸垂って言っても・・・腕使えないんだけど」
「その尻尾は飾り?その尻尾で懸垂するのよ」
そんな無茶なと言いながら陽太は何とか尻尾をコントロールして体を持ち上げようとするが、さすがに難しいのかかなり苦労しているようだった
だが動こうとしているのはわかる、どうやら陽太の意志である程度尻尾をコントロールできるというのは間違いないらしい
問題はその扱い方だ
本来人間には尻尾などない、その為尻尾を自在に操るというのはなかなかに困難だろう
だが陽太の場合昔から炎の総量が上がると尾が形成されていたことから比較的操るのは容易ではないかと思えたのだ
これならば十年とは言わずとも、数か月程度で実戦投入はできるのではないかと思える
コツをつかむまで時間はかかるかもしれないが十分に可能性はある
「陽太、思いついたわよ、あんたの中距離攻撃」
「マジでか!?どんな感じ!?」
尻尾を用いた懸垂をしようと全力で奮闘しているのだが、相変わらず体が少し持ち上がるくらいで懸垂とは程遠い
案外尻尾の扱いは難しいのだろう、そのあたりもおいおい訓練していったほうがよさそうだと思いながら鏡花は陽太の尻尾を解放する
唐突に尻尾を放されたせいで陽太は地面に落ちてしまうが、そこは前衛の陽太だ、軽く着地して尻尾の様子を確認している
千切れていないか不安になったのだろうか、その根元を確認しながら少し安堵した様子だった
「それじゃ陽太、今回のステップを軽く説明するから座りなさい」
「はいよ・・・でも結局どうするんだ?まさか尻尾で攻撃するとか言わないよな」
「そのまさかよ、あんたの尻尾は非常にいい形してるもの」
まさか自分には本来生えていない尻尾を使って攻撃することになるとは思わなかっただけに陽太は少しだけ嫌そうにしていた
なにせ尻尾で攻撃している構図というのは非常に間抜けに見えるのだ、某モンスターに指示を出してたたかわせるゲームなどでも尻尾を使った攻撃は見かけるが、それを人間がやるとなると恰好いいとは言えない代物である
「あのー・・・できるなら石動みたいなかっこいい奴が嬉しいんだけど・・・尻尾だとなんか間抜けじゃん・・・」
「安心しなさい、尻尾のまま使うだなんて言わないわ、少なくともいくつか改良しなきゃいけないけど・・・まぁあんたならできるでしょ」
そう言って鏡花は陽太そっくりの石像を作り出す
今までのそれと同じように能力を使用中の陽太の姿を完全再現したものだ、だがその中で唯一今までと違うのはしっかり尾も作られているという点である
「さて、あんたの角と同じようにこの尻尾はあんたの炎で作られたものである、ここまではいいかしら?」
「あぁ大丈夫、今度はこの尻尾をどうにかするのか?」
「理解が早くて助かるわ、今回はこの尻尾を別の部分に生やすわよ」
尻尾を別の部分に生やす、その言葉に陽太は眉をひそめてしまっていた、臀部以外に生やす尾は尻尾とは言えないのではないかと思っているのである
「鏡花、尻尾を別な部分に生やすって、それもう尻尾じゃないだろ、尻にある尾だから尻尾なんだし」
「文字的にはそうかもね、でもあんたの能力で作り出せるものならあんたの意識で別の所に生やすことだってできるはずなのよ、現に角と同じような硬質化した炎をあんたは腕でできるようになってるわけだし」
原理的には陽太が角を参考にして槍を作り出したのとまったく同じことだ、自分の能力でそれを作り出すことができているのだから同じようなことができても不思議はないのである
ただ問題は今までの角と違って陽太が自分で自由に動かせるような状態を作らなければいけない分難易度は高いかもしれない
「尻尾を別の所にか・・・なんかイメージできないな・・・」
「いきなり生やすのが無理なら尻尾の位置を変えることはできないの?それくらいならできそうじゃない?」
炎の操作が多少上手になっている今ならそう言うこともできそうだけどと鏡花が言うと陽太は不安そうにとりあえず能力を発動して尻尾を作り出して見せる
そして自分で尻尾を掴んで思い切り引っ張り始めた
尻尾の位置を移動させると聞いて物理的に位置を変えようとするあたりは陽太らしいというべきか、もう少し能力というものを勉強したほうがいいのではないかと思えてしまう
思い切り引っ張ったところで位置が変わるとは思えない、だがここで重要なのは陽太が尾の位置を変えようと思っているという事である
「陽太、力技で何とかなるわけないでしょ、とりあえずこれ見なさい」
鏡花は先程作った陽太の石像を陽太に見せつける
「この石像の尻尾と同じようにあんたの尻尾を動かしてみて、まずはそう言うトレーニングからよ」
「えー・・・なんかもうちょっと高度なことやろうぜ」
バカ言ってないで準備しなさいと鏡花にたしなめられると、陽太は渋々ながら鏡花のいうことに従っていた
こういうところで逆らえないあたり調教が行き渡っているというべきなのだろうか
右、左、上、下と鏡花の掛け声とともに動く石像の尾の動きに従って陽太も自分の尾を操っていく
最初は慣れない動きもあったようだが、少しずつ慣れてきたのか陽太は石像の動きをそのままトレースすることもできるようになっていた
そして石像の動きをそのまま真似をすることができるようになってからしばらくすると、鏡花は少しずつ、本当にわからないくらいの微小な変化で少しずつ尾の配置をずらしていった
その変化は陽太も気づいていなかっただろう、徐々に右側にずれている石像の尾の動きに合わせて陽太自身無自覚の内に自らの尾の配置すらもずらしていた
「それじゃあ次は波打つ動きをしてみましょうか、こんな感じで」
「おう、ちょっと難易度高いな・・・こんな感じか?」
陽太に気付かれないように少しずつ、尻尾の動きにだけ夢中になっている状態を維持しながら鏡花が急にその動きを止めると、ようやく陽太もその違和感に気付くことができたようだった
最初はほぼ中心にあったはずの尾が、右側にずれているのである
「あれ?鏡花、尻尾ずれてるぞ?」
「そうね・・・でもあんたの尻尾もずれてるわよ?」
「え!?マジ!?」
あらかじめ携帯でとっておいた写真を見せると、確かに陽太の尾の位置が少しではあるが右にずれているのが確認できた
なんというか単純ではあるがこれはなかなか面白い改善方法である
「おー・・・マジか、どうやって動かしたんだろ?」
「今の感覚的に言えば尻尾を徐々に右に右に動かしていく感じかしら、そのまま尻尾を右腕のところまで持っていきなさい」
「んな無茶な・・・」
無茶なと言いながらも陽太は何とか尾の位置を動かそうと奮闘していた
本当に少しずつではあるが尾の位置は腕の方に近づいて行っている、どうやら鏡花がやろうとしていたことは間違いではないらしい
「ほら陽太、また石像の尾を見て、動きをトレースするわよ」
「お、おう、こうか!?」
石像の尾をまた同じように動かし始め陽太はその動きをトレースしていく、そして徐々に尾の位置を変化させていき数時間かけて尾の位置を右肩の所にまで持っていくことができた
「ここまでようやく来たわね・・・自分で動かせる?」
「あぁ・・・すごく妙な感じだけど一応動かせる・・・違和感半端ないな」
自分の方に先程まであった尾があるというのは強烈な違和感があるが、とりあえず陽太の意のままに動かすことはできるようだった
この状態を維持できるのであれば尾を武器にするという事も十分に可能だろう
「んじゃ一度炎の総量をあげてみてくれる?尾はそのままで」
「この状態でか?やってみるけど・・・」
陽太はとりあえず炎の総量をあげていくと肩にある尾が徐々に太く長くなっていくと同時に、陽太の臀部から新しい尾が生えてくる
これはさすがに鏡花も予想していなかったのか少し驚いていた
「・・・あー・・・そう言う事、そうなるのね」
「え?なに?どうなった?」
自分の後ろが見えていないために状況を把握できないのか陽太は狼狽している、鏡花は石像の形を変えることで陽太の状況を教えることにした
「つまりあんたの尻尾は別に一本に限定されてるわけじゃないわけよ、作ろうと思えばいくらでも作れる、たぶんあんたの意志があればね」
まさかの二本目の尾が生えてきたことで鏡花は若干プランを変更していた、尾が一本しか出せないという制限があると思っていたからこそ体の別の部分に動かすということをさせ、なおかつそれは成功していたのだが、もし別の部分からも尾が生やせるのであればこれほど楽なものはない
いちいち生やして別の所に持っていかなくてもすぐに必要な場所に生やすことができるのだから
「・・・でもどうやって?ほぼ無意識で作ってるんだけど・・・」
「まずはそこを意識するところから始めましょうか、それができれば尾を自分の好きなところに出せるかもしれないし」
自分の好きなところに出すことができるならいちいち移動させる手間も省けるが、それを気づかせるのにはかなり時間がかかるだろうと鏡花は睨んでいた
なにせ基本的に無意識で行っている物事を意識的に行うというのはかなり難易度が高いのだ
例えば自分たちが今こうして動かしている体だってほぼ無意識で動かしている、だがこれを意識して動かそうとなるとかなり難しい
静希も左腕の操作で最初苦労していたように、慣れるには日常的に長い訓練と慣れが必要になってくるのだ
何度も何度も尾を生み出してその感覚を覚えようとするのだが、どうも陽太は特に感覚などないような感じがするらしい
これはかなり時間がかかるかもしれないなと鏡花は眉をひそめていた
「仕方ないわね・・・江本君にまた協力してもらうか・・・まずは尻尾の位置を早く動かせるようにしましょ、あとはもっと尻尾を細く長く、たぶんそっちを訓練したほうが早いわ」
「ん・・・でもなんか間抜けな感じしないか?」
「そこは我慢しなさいよ、あんたのお望みの中距離攻撃なんだから、最初は鞭っぽく、次は石動さんの鎖みたいに動かせるようになるのがいいかしら」
鏡花の考えをよそに陽太はとりあえず自分の方にある尾を細く長くしようとゆっくりと集中し始める
やることとしては槍と同じだ、今肩についている尾を少しずつ粘土のように伸ばしていく作業である
細く長く、遠くまで届くように
そんなことを考えて徐々に尾を伸ばしていくと、まるで肩から生える触手のようになってしまう
見た目からしてもあまりかっこいいとは言えなかった
「なぁ鏡花・・・やっぱ他になんかないかな?さすがにこれはカッコ悪いぞ・・・」
「そりゃ肩からそんなもん生やしてればかっこいいわけないでしょ・・・腕の先端とか槍の先とかから生やせば少しは様になるわよ・・・やってみたら?」
鏡花の言う通り時間をかけて肩から腕の先端まで尾を持ってくると、確かに先程よりは様になっている
そして尾のある部分に槍を作り出してさながら鞭のようにしてみせると、確かに一つの武器として見えなくもない
「でもこれって強いのか?そんなに強いとは思えないんだけど」
「まだこれだけじゃ強くないわね、この先端に鉄とかを仕込めばそれなりの威力は出ると思うけど・・・たぶんまだそんなことできないでしょ?」
「うん、たぶんそんなことしたら暴発すると思う」
まだ場所を動かしてそれを維持するのが精一杯の陽太にとって金属を内部に仕込むということができるとは思えなかった
槍の内部に重り代わりの鉄を仕込むのだってかなり時間がかかったのだ、恐らく今回の鞭もかなり時間がかかるものと思われる
だがそれを会得することで得られる攻撃力はかなり高いものだと考えていた
基本的に鞭などの攻撃は先端に行けばいくほど速く、先端部分に重りを仕込んでおけばかなりの威力を有するのは間違いない
鞭というよりは鎖に繋がれた鉄球のようなものを鏡花はイメージしていた
さらに言えば鞭の先端部分に槍のような硬質化した炎を作り出すことができればさらに攻撃力は上昇するだろう
もうそれは鞭とはかけ離れたものになるだろうがいつか陽太の主力武器の一つになると考えていた
なにせ陽太が現在持っている攻撃手段はどれも直線的なものばかりだ
槍も剣も拳も蹴りも、何もかも基本的には軌道を読みやすい、そして直線的であるが故に避けやすい
だが鞭という道具の性質上基本的に軌道が読みにくくもある、直線的に相手を狙うのではなくわざと湾曲させたりすることで威力を発揮する武器であるからである
これを身につけることができれば上手くいけばエルフである石動に勝つこともできるかもしれない、鏡花はそう考えていた、無論先は長いが
「まぁ気長にやりましょ、今日だけで尻尾の位置を動かすところまではいけたんだもの、たぶんあんたの炎を操作する技術はかなり上がってるはずよ」
「そうかな?そう言われると結構嬉しいもんだな」
陽太としては操作性がかなり悪かったために、その部分が上達していると言われるのは素直に嬉しかった、だからこそやる気も出るのだがちょっと気を抜けば暴発する癖は治らないようでその後すぐに尾でできた鞭は消えて失せてしまっていた
それから数か月、陽太はようやくその武器をものにしつつあった
槍や炎の色の変化に加え新たに加わった鞭という武器を手に、陽太は今悪魔と対峙する
炎の総量はアモンが提供してくれた炎のおかげで十分すぎる程陽太に蓄えられていた
そして陽太はその炎を使って自らの尾を長く太く作り上げている、この鞭を避けるのは容易ではないだろう
近づくことができないのであれば鞭での中距離攻撃、まずは相手を牽制したうえで相手をさらに挑発して本気を引き出そうとしていた
これで陽太の考えが正しいかどうかが判明する、もしこれでも相手が何もしてこないのであれば作戦を決行しようと考えていた
自分の考えがそうそううまくいくとも思えなかったが、やるだけやってみる価値はある
巨大な鞭を振り回しながら陽太は狙いをつけていた、目標は勿論目の前にいる悪魔、アモンである
鞭を使う練習も何度かしてきたが、実際に実戦投入するのは初めてだ、今まで鏡花に止められていたという事もあってこれがどれほどの威力を持っているのかもある程度しか知らない
鞭の先端部にあらかじめ持っていた鉄グローブ分の重りを仕込んであるとはいえ悪魔相手にどれだけ通用するかは完全な未知数、そもそも当たってくれるかもわからないのだ
だが考えるよりまず行動、それが陽太の持ち味でもあった
「おらぁ!当たれやぁ!」
やる気があるのかそれとも当てる気があるのか疑問を覚えるような掛け声とともに陽太はその腕についている鞭を大きく振り上げて叩き付ける
大きくしなりながら襲い掛かる鞭に、アモンは少し大きく回避運動をとって見せた
やはり槍よりは避けにくいようだと鞭を振り回しながら陽太は左腕に槍を作り出していた
もし隙があれば一撃を叩き込む、そう言うつもりで全力で鞭を振っていた
槍や拳と違って直線的ではない軌道は読みにくいのか、どうしても回避行動がオーバーになりがちだがそれでもアモンは十分回避できている
そして陽太の体めがけて炎を繰り出し自身も反撃を仕掛けていた
だがただ放たれるだけの炎を陽太が正直に当たってくれるはずもない
まだ相手に炎が有効であると勘違いさせるためにも陽太はアモンの炎をわざと避けたり防御したりする予定だった
お互いに攻撃が当たらない、相手をあせらせるためにはこういう駆け引きも必要なのだといつか静希も言っていた気がすると陽太は思い出していた
確かに勝たなくてはいけない戦いにおいてはそう言う駆け引きもありかもしれない
だが目の前にいるアモンはそれほど焦っているようには見えなかった、むしろこれでいいとさえ思っているような感じだ
そこで陽太は一つのことを思い出す
以前静希が言っていた、心臓に細工された悪魔は消極的であると
なるほどこのアモンも心臓に細工をされている悪魔だと静希は睨んでいた、どこかで面倒な戦いに巻き込まれるくらいなら今ここで陽太の相手をしていた方がましだと考えているのかもしれない
その表情からはこの少年の相手くらいしてこの場をやり過ごすくらいはしてやるかという、子供に対する大人のような余裕すら感じられた
恐らくある程度戦うことで頭も冷え、冷静な思考ができるようになってきているのだろう
そうせざるを得ないような状況に陽太が追い込んだという事でもあるかもしれないがそれ以上に陽太としてはその反応にこう思っていた
舐められたものだと
陽太は炎の総量をあげながら陽太は自らの体に込める力を強くしていく
自分が挑発するつもりが、逆に無意識のうちに挑発されているなど冗談にもならないが、陽太からすれば自分は時間つぶし以下の存在であると見られている方がよっぽど重要だった
あの顔を歪めさせてやると、本来の目的からかなり外れた方向に思考が行きつくことでどのようにすればあの悪魔の顔を歪めさせられるかという考えに移行していく
方法としては二通りだ、まずは口頭での挑発
恐らく今のアモンの状態からして陽太が何を言っても子供のいう事だと流されてしまう可能性がある、これは却下だ
だとすれば相手が先程からずっと嫌がっている行為をすればいい
アモンへの直接攻撃だ
アモンは先程から攻撃を受けることを嫌っている、ただ単に人間ごときの一撃を受けたくないというプライドの高さが起因している行動かもしれないが、それを利用することにしたのだ
相手に一撃を叩き込んでその後に言ってやるのだ
人間如きに殴られてざまぁないなと
そうすれば相手も少しは顔を歪めるだろう
自分が相手にしているのがただの子供ではないことを知らしめてやりたかった
ではそれをするにはどうすればいいか
今こうして鞭での攻撃を繰り返してはいるが、それでもいつまで経っても隙はできやしなかった
このままでは鞭で遊んでいるようにしか見えない、猫と猫じゃらしで戯れているようにも見える状況だ
それならどうするか
陽太はふと考えた後ににやりと笑う
相手の鼻を明かしてやると意気込んで攻撃をし続けていた
陽太がアモンと戦闘をしている頃、静希達は相変わらず二手に分かれて行動し続けていた
ほぼ全速力で前に進み続けているためにもうかなり敵陣地へと食い込んだと思うのだが、未だ敵主力と思われる悪魔の契約者の姿は見えない
唯一アモンが確認できたくらいでそこから奇形種がちらほらやってくる程度で全くと言っていいほどに主戦力戦闘が行われていなかった
こちらへやってくるという事を予想していなかったのか、それともただ単に踏み込ませる形で罠を張っているのか
ロシア独特の地形なのか木々の間隔は開けており、森というより林の中をかけているような感覚に陥る
しかも戦闘しながらとなると走る中でもかなり体力を削られつつあった
「ったく・・・相手はどこにいるんだか・・・」
「補給などを考えると・・・キーロフからはそう離れていないとは思いたいけれど・・・かなり遠くにいる可能性は大きいよね、十キロ二十キロで済めばいいけど・・・」
鏡花の言葉にエドは苦笑しながらそう答える
街から離れるというのは相手にとってもそれなりに不便なことになる、なにせ件の召喚陣を守るという行動をするにせよ基本的に一週間近くかかるのだ
もしかしたら改良を進めた結果もっと早く発動できるだけの状況を整えているかもしれないが、それでもかなり時間がかかるのは目に見えている
人間が一週間飲まず食わずでいられるはずもない、あらかじめ用意した食料などを消費するとしても陣地防衛という観点から見れば街から離れすぎるというのは明らかに面倒なことになるのだ
「明利、今キーロフを離れてどれくらい?現在位置は?」
「今キーロフの北三十キロ地点です、だいぶ北上してきましたね」
十キロどころか三十キロも移動してきたという事実に鏡花たちはげんなりしてしまう
つまり自分たちは戦いながら三十キロ近く移動してきたという事だ
いや、もともと転移した時点でかなり遠くに出されていた可能性が高い
なにせキーロフの北には川が流れている、だが鏡花たちは川を渡った記憶はない
となれば進攻のしやすさを考えて恐らくその川を越えたあたりに転移のゲートを作っておいたのだろう
そう考えると実質移動距離は十キロから十五キロほどだろうか、どちらにせよかなり移動してきたことになる
「そろそろ相手の主力と出会えても不思議はないんだけどね・・・向こうはどうなってるのかな?」
「静希君の方もほぼ同じ距離を北上しています、あちらも奇形種と多少の戦闘はあるみたいですけどそこまで問題にはなってないみたいです」
どうやら奇形種の斥候部隊との小規模戦闘は何度かあるようだが、そこまで大規模な戦闘も被害も発生していないようだった
これは僥倖と見るべきなのだろうか、それとも単純に自分たちが手のひらの上で踊らされているだけなのだろうか
「カレンさん、今のところ何か予知は見えませんか?」
「まて・・・だいぶ未来の分岐が多い・・・こちらは・・・なんだ・・・?大部隊・・・?いやこれは・・・!」
カレンの表情が徐々にではあるが青ざめていく、自分たちが一体何と対峙することになるのかある程度把握できてしまったようだ
「エド、およそ十分後に会敵する、恐らく契約者たちだ」
「おっおぅ、どうやらこっちが当たりだったみたいだね・・・いやはずれと見るべきなのかな?悪魔も一緒かい?」
「あぁ、妙な姿の奴との戦闘が見える・・・だが問題は・・・」
カレンは青ざめた表情のまま鏡花の方に視線を向けた
もしかして自分が負傷でもするのだろうかと思っていたのだが、どうやらそう言う事でもないらしい
「キョーカ、心して聞いてくれ・・・どうやらその悪魔の戦闘に君たちが参加している」
カレンの言葉に鏡花は一瞬凄く嫌そうな顔をした後大きくため息を吐いた
なんとなく予想はしていたのだ、予想はできていたのだ、自分が戦うという未来が見えた時点でなんとなくわかっていたのだ
さらに言えば静希が悪魔との戦闘をほのめかした時にこうなるのではないかと思っていた、静希の勘は当たる、しかも悪い予感ならなおさらだ
そして鏡花の勘もまた然りである
「あー・・・やっぱりかぁ・・・やっぱりそうなったかぁ・・・!」
「・・・僕は反対だな、確かに彼女の能力は強力だけど悪魔の戦闘に参加させるのは・・・」
「あくまでただのサポートなら十分できます・・・カレンさんの協力があればですけど・・・何より私がそこにいるってことは十分私の能力で対応できるってことですよね?」
鏡花の言葉にカレンは小さくうなずいてみせた
自分が無謀にも悪魔に挑むとは考えにくい、となればその悪魔は自分の能力で対峙できる存在なのだ
状況を有利に進めるためにも相手の悪魔を倒すためにも自分がサポートできるのならそうするほかないのである
「でも・・・いいのかい?さすがに悪魔との戦いは・・・」
「お生憎です、もう悪魔の戦闘は経験済みですから、ビビるようなことはしませんよ」
その戦闘というのは相手が手加減した状態だったのだが、それでも経験の内には入るのだ、鏡花だって悪魔がどれくらい危険な存在かくらいは承知している
その上でサポートしようと思ったのである
もちろん心の底から嫌だなぁと思っているのは内緒だが
カレンが見た予知はほぼ正確だった
部隊にその事実を告げた後約十分後、エドとカレン、そして明利は自分たちの近くに新たな悪魔の存在を察知していた
前衛索敵部隊もその存在を確認した、確認できた影は一つ、どうやら悪魔が単騎でその場に立っているらしい
部隊の進行を妨げないようにエド達が前に出ていくと、相手も悪魔の存在を感知したのだろう、その威圧感を高めていく
「どうする?僕たちだけで止めるか、それとも部隊の人間にも協力してもらうか」
「・・・私達だけ孤立っていうのは正直避けたいですね・・・数人の連絡要員と護衛を残してあとは静希達の部隊との合流を急いでもらいましょう」
相手の目的はあくまでこちらの戦力を削ることだ、最初に接触したアモンがそうだったようにこちらの部隊を足止めすることを目的としている
それならばこちらとしてもそれなりの対応をするべきだ、可能な限り足を止める人間を少なくし、可能な限り早くその場を突破する
もちろんそれが困難なことは重々承知だが
「私達はどうすればいい?このまま行動を共にする?」
「そうですね、大野さんと小岩さんは私達と一緒に来てください、特に明利をしっかり守っててくださいね」
「了解した、任せてくれ」
大野と小岩が小さい明利を守ろうとその両脇を固めると、明利は困ったような表情をしていた、まるで親と子のような見た目である
エドが現場指揮官にそのことを告げると、彼らとしても悪魔と正面衝突するようなことは避けたいと考えているのか特に問題もなく了承された
こういう時に自分と相手の利害が一致するというのはありがたいものである
部隊としても悪魔の契約者のいない状態で奇形種の群れの中に放り出されるのはリスクが高いだろう、それなら静希達の部隊と合流して一点突破したほうがまだ勝算が高いと踏んだのだ
なにせ相手の主力はすでに会敵した、あとは奇形種を操ると思われるブファスという悪魔だけになる
それに対してこちらが用意できている戦力は部隊のほとんどにメフィを擁した契約者である静希
戦況は僅かにではあるがこちらに傾きつつある
やはり陽太がアモンを引きつけているのが大きい、あれによってこちらの戦力の消費もかなり少なく済んでいるのだ
部隊が徐々に移動を開始する中、エドを先頭にカレンと鏡花、そして明利にそれぞれの護衛が数人少しずつ前進していく
エドを含めた悪魔の契約者部隊が前進して悪魔と会敵するのを見越して部隊はやや後退、その後静希達の部隊と合流する流れだ
静希の予想が正しければこの悪魔が遠距離攻撃が可能な悪魔であるという事らしい
この悪魔を釘付けにできれば航空支援なども受けることができるようになる、ここはかなり重要な局面だ
「明利、索敵お願い」
「うん、任せて」
明利は持っていたボウガンの矢に種を仕込んでいくと前方上空に向けて何発か射出していく
以前から行っている石の投擲を利用した索敵の弓バージョンのようなものだ、角度をつけることで曲射に近い軌道を描き、前方の索敵を開始すると明利はその影を確認することができた
「前方約百十メートル・・・方角は十二時、動く様子はありません」
「百十メートルね・・・ちょっと待ってて」
鏡花は地面に手を当てて集中すると目標のいるであろう場所にある障害物を一気に押しのけて広場のようなものを形成していく
戦いの場は十分できた、あとはエドが目標と正面から会敵してくれれば自分も物陰からサポートができるというものである
「エドモンドさん、場所は確保しました、遮蔽物は今のところゼロです、後方からサポートします」
「ありがとう、それじゃあ行ってくるよ」
エドは体の中からヴァラファールを出すと集中しながら前進を始めていた
鏡花と明利、そしてカレンもその後に続いていく、もちろんかなり距離をとって
「いやぁ・・・こんな所まで来るとなかなか感慨深いね、そう思わないかい?」
「こちらとしてはなるべく直接戦闘は避けたかったのだがな・・・まぁお前と一緒にいる時点で・・・いやシズキに協力している時点でそれは避けられなかったのかもしれんな」
ヴァラファールとしても静希の持つ人外に対しての何かしらの縁を感じているのだろうか、エドと苦笑し合いながら前に進んでいる
その表情や声音はいつものまるで変わらない、負けることなど微塵も考えていないという感じだった
「さぁ、さっさと解決してアイナとレイシャに土産話をしてあげなきゃね、しっかり活躍しないと呆れられちゃうよ」
「そう言う話は戦いが終わってからしておいた方がいいと思うぞ、何が起きるかわからないのだからな、気を引き締めろ」
分かってるよとエドは笑いながらヴァラファールの毛並みを撫でる、エドも十分集中はできている、それを感じさせない彼の胆力というのはさすがというほかないだろう
抜けているように見えて、彼もまた立派な悪魔の契約者なのだ
本気投稿に誤字報告十件分受けたので3.5回分投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




