教育指導
「うちの先生そんなこと全然やってないな、職務怠慢か?いっつもグータラしてんじゃんか」
あっはっはと陽太が笑っていると、呑気に揺れるその頭を一つの手が鷲づかみにする
相当の圧力が加わっているようで陽太の悲鳴とその頭蓋がきしむ音が聞こえる
「ほぉ、職務怠慢か、ならばせっかくだ仕事をするとしよう、年上への尊敬の念の足りない生徒への特別指導だ」
「あぁああぁぁ!せ、先生!?いつから?!」
「ついさっきだ、いやいいことを聞いたよ響、私ももう少しお前達の前で仕事をしなくてはいけないなぁ例えば教育的指導とか」
「ま、待ちましょうよ先生!落ち着きましょうよ先生!さっきのは言葉のあやで」
「安心しろ響、脳に異常がない程度に痛めつけるだけだ」
それは全然大丈夫ではないと思うのだが引きずられていく陽太を班員は誰ひとりとして助けない
助けようものなら自分もああなってしまうのではないかという恐怖から動くことはできなかった
残念ながら陽太一人で人身御供になってもらうとしよう
その数秒後に何やら鈍い音が断続的に響いてきた
「ね、ねえ、止めなくて大丈夫かな・・・?」
「いいんだよ、あれは朝の小鳥のさえずりだと思え」
「あんな豪快な声出す小鳥いないわよ・・・」
壁や地面にバウンドするような衝突音と悲鳴が聞こえてくるが静希の朝食は継続される
悲鳴をBGMにして朝食をとることになるとは思わなかったが、これはこれで趣があると思い込んでコーヒーの入ったカップを傾ける
今の静希の境地は冷静という類のものではなくただの無関心のレベルへと押し上げられている
あれは自分に関係はなくどうでもいいものだと確信を持って言えるまでに非情
さて、数分後打撃音と衝撃音が止んだ頃、城島が意識を失った陽太を引きずって部屋に帰ってきた
「いやはや、なかなかいい指導時間だったな」
口元だけしか見えないがとてもいい笑みをしていらっしゃる
欲しかったおもちゃを買ってもらえた子供でもこんな顔はしないだろう
長年たまった鬱憤を晴らしたかのような爽快な声である
「先生、『何が起こるか分からない』んだからやたらと痛めつけるのやめてくださいよ?」
「・・・ほう、それはすまんかったな、せいぜい自重するとしよう」
城島は陽太を床に投げ捨てながらテーブルに戻る
「なかなかすごい音が聞こえていましたが、彼は大丈夫なのですか?」
「問題ありません、あれしきでくたばるような鍛え方はしていないでしょう」
明利がすでに回復をかけているが、陽太のダメージはかなり深そうに見える
白目まで向いて若干痙攣してしまっている、もし打撃だけでこの状況を作り出したのであればさすが教師と言ったところだろう
体格のいい陽太が拳や足技だけでここまでやられる姿というのは静希の知る中でも数度しか記憶にない
「さて五十嵐、これまでのこととこれからのことを報告してもらおうか」
本題に入る
今こうして城島がやってきたということは監査員の先生がどのような内容の通信を送ったのかは知らないが状況の変更を伝える必要がある
「とりあえずさっきの報告を、先ほど長の家にいって神格拘束の状況を見てきました、あの様子なら『エルフの誰かが接触しない限り万が一にも拘束が破れることはない』でしょう」
静希の言葉に城島はわずかに視線を鋭くした、この場で静希がその言葉を言うという事の意味を理解したのだ
この場でのキーワードは『神格』
確認するべきなのは東雲の家族の反応、そしてどこかにいるであろう監視へのちょっとした細工である
「ふん、神格相手なら上出来だろう、それでこれからどうするつもりだ?」
「石動にお願いしてこの村の案内と、召喚陣を見せてもらおうかと思います『何かあったら』連絡しますんで携帯の番号とか教えてもらえますか?」
「あぁ、すまんな教えていなかったか、他の皆にも教えておこう、携帯を出せ」
全員が携帯を出して城島の連絡先を登録していく
城島美紀の携帯番号とメールアドレスが登録され、これで各自連絡が取れるようになった
今までこの行動をしていなかったのはまったくの誤算だったと思いながら静希は続ける
「で、先生はどうするんですか?」
「私はそうだな、適当に村をぶらぶらしている『問題があれば対応しよう』」
「了解です」
静希はコーヒーを飲み終え、席を立つ
今の会話の中で、東雲夫妻は一瞬こちらに視線を向けた、仮面をつけていたのでどんな表情をしていたかはわからないが、自分たちが動いた後で城島に二、三確かめることをするかもしれない、そこは城島に任せるべきだ
静希達が今するべきは早急な行動の開始である
「明利、陽太は起きたか?」
「ううん、治療は終わったけど、まだ目が覚めないの」
陽太の顔を見ると未だ大口開けて気絶している
一体何をされたらこんな状況になるのかわからない
無残にも糸を斬られた操り人形のようだ、身体の一部さえもピクリとも動かない
「どうしたもんかな、そろそろ動きたいってのに」
「よっしゃ静、私に任せろ」
腹も膨れてやる気が出てきたのか、雪奈が意気揚々と陽太に駆け寄る
さすがに経験がものを言うのか、気絶した相手を無理やりに覚醒させる方法でもあるらしい
雪奈は陽太の上半身だけを無理やり起こして自分の体で支える
ゴキゴキと肩と拳の骨をならして何やらやる気だ、漢字変換的に言うのであれば『殺る気』だ
静希は何も言わずに合掌する
「さて陽、目覚めなさい!」
雪奈が身体のどこかのつぼらしきものを押した瞬間に陽太の悲鳴があたりに響き渡った
ようやく更新100回目
こんなにストーリーが進まないとは・・・
そんなこんなで書きためている方がショートストーリー風味の五話を書き終え六話に突入しました
これからもお楽しみいただければ幸いです