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イルベリードラゴンのテールステーキ ディアドラス風(3)


「ししょー、おまたせー」


 ディナンが持ってきたのは、刃が1m程度、全長にすれば1m20cmを越えるマグロ包丁だ。

 形はマグロ包丁だけど、たぶん材料はこちらのもの。当然というか何というか魔道具である。


「これは?」

「この厨房で一番よく切れる包丁です。何でも国宝級の貴重品らしいです」

「……カタナ、みたいだけど」

「似てるように見えるかもしれませんが全然違いますよ、メロリー卿。包丁なんです」


 この世界は、とある異世界……つまるところ地球、との交流が盛んだ。

 特にフィルダニアは、地域柄、日本の影響が強い。

 西のロンバート地方で作られているという醤油に出会ったときは感激したものだ。

 醤油と似たものは広く使われているのだが、ロンバート醤は正真正銘の丸大豆醤油だったのだ。


(絶対、日本人がつくったよね……)


 世界中どこに行こうとも、米と味噌と醤油が恋しくなる。それは、異世界でも同じだったらしい。


「包丁って調理器具だよね?」

「そうですよ。大物を解体するためのものですね。私の世界では、マグロという魚を解体するのに使います」


 普段はこんな包丁使うことがないので、器具保管室に置いてある。

 栞はマグロの解体などしたことはなかったのだが、こちらに来てからさまざまな経験を積んだ。今では、道具があればクジラでも解体できる自信がある。


「マグロ?」

「大きな魚で、味はフュードラに似てます。角とかないですけど」

「へえ」


 鞘から抜き、刃を確認する。

 刃こぼれはしていないし、曇りもない。

 少し魔力をこめると、刀身が淡く光った。

 

(まあ、魔道具とかじゃなきゃ、こんな大きさの包丁軽々使えないけど)


 職業柄、栞は普通の女の人より力はあるつもりだったが、こちらに来てひ弱な現代日本人であることを痛感した。

 そもそもの身体のつくりが違うのか、こちらでは細身の女性であっても軽々と大剣を振り回し、モンスターと戦っていたりするのである。初めてその光景を見た時は唖然としたものだ。


「それ、かなりの業物なんじゃないか?」


 確かにこの包丁は見た目がとっても美しい。

 拵えは白木で飾りはないが、実用美とでもいうのかその形そのものに目をひきつけられる。


「ディナン、そうなの?」

「素材はムラド鋼、初代ムラサメの銘入り!さらに魔法刻印は、ディルギット=オニキスがいれてるよ」


 メロリー卿は沈黙し、それから大きく息を吐いて言った。


「……それは、すごいな。これが武具で本物だったら、それこそ、国が買えるかもしれない」


 目を見張っている。栞はムラサメという名前を知らなかったが、相当な有名人らしい。


(ムラド鋼が最高級の魔法伝導素材っていうことくらいは私だって知ってるけど)


「ちょっと、大げさじゃないですか?」


(そういえば、これ渡された時、殿下が国宝級の貴重品って言ってたっけ?)


「おししょー、知らねえの?」

「私、こっちの人じゃないからね」

「あー、そっかそっか。あのな、ムラサメっていうのは有名な鍛治師なんだよ。代々、名前を継いでいくんだけど、みんな揃って腕がいいんだ。で、その中でもすごいのが、初代と十七代目。伝説って言われるくらいすごいんだって」

「へえ」


 ディナンはこの手のことに本当に詳しい。武器とかそういうものが大好きなのだ。


「初代の作った剣は、魔法刻印なしでも竜殺しって呼ばれるほどの力があったんだって。フィルダニアの王剣や、エレベスの魔剣は、初代ムラサメのつくったものだよ」

「ふーん」


 そういわれても栞にはよくわからなかったけれど、まあ、竜殺しというのならば何となくわかる。

 この世界最強の生物は『竜』だ。

 竜にもレベルはいろいろあるけれど、どんな下級の竜であっても通常では人間種が及ぶ存在ではない。魔法や魔法の宿った武具の力を借りてやっと倒すことができるのだ。

 この世界では、高位の生物である竜を屠るとその魂の力は止めをさした武器に宿るらしい。そういう武器は総じて『竜殺し』と呼ばれて、特別な加護を受けるんだそうだ。


(この間、竜殺しの槍がおっそろしい高値で売ってたよね……本物かどうか知らないけど)


「魔法具でも魔道具でもない剣のままで竜と戦うことのできる武器はそう多くはありません」


 珍しくメロリー卿が真面目な表情で言った。いつも薄く笑ってるこの人が、こういう真剣な表情をしていることは珍しい。


「ふーん」


 栞はようはブランドの最上級みたいなものだ、という認識をする。つまり、日本で言えば日本刀の代名詞になっている正宗とか村正とかそういういうものと同じ扱いなんだろう。


(ムラサメって村雨かな……日本人っぽいな)


 たぶん、ムラサメの初代は日本人に違いない。

 異世界人は珍しいが皆無というわけではない。特にこのフィルダニアには、日本とつながっている扉があるので、常時、日本人が十人くらいいる。こちらで結婚して永住した人もいるので、日本人の血を引く人はもっと多い。


「で、ディルギット=オニキスは伝説の魔法使い。これはおししょーも知ってるだろ?」

「うん。広場に銅像あるしね」


 髭の長い老人の銅像は、このホテルから徒歩アル・ファダルの中央広場にある。

 ディルギット=オニキスは大陸で最も有名な魔術師であり、フィルダニアと縁が深い。フィルダニアの建国に関わり、フィルダニアの初代宰相であり、フィルダニアの初代国王の親友だったのだ。



 そして、彼こそが、扉を作り、三年に一度、フィルダニアと日本とをつなぐ道を開く術を生み出した張本人だった。

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