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角ウサギのロティ アヴェルデワイン風味(4)

「……あれ、角ウサギって血を薬に使えるんでしたっけ?」


 リアが首を傾げる。


「もちろんだ。究極的なことを言えば、魔生物は無駄にするところはない。……ゴミだって有効利用しているくらいだぞ」

「そうなんですか? じゃあ、血はバケツに貯めて研究所行きでいいです?」

「ああ。ちゃんと買い取りとして記録するように言っておく」

「わー、殿下、ありがとうございますー」


 リアは嬉しそうにぴょんぴょんとはねた。

 できる限り食材として使い切る事にはしているが、食材としては使い切れないものも多々ある。

 定期的に研究所の人間が厨房のゴミ捨て場を掃除しているのは、もしかしたら素材を回収しているのかもしれない、と今更ながらに栞は気付いた。


(なるほど、魔生物を狩れる探索者が高給取りと言われるのはそういうことか……)


 レストランスタッフは、年に数度、ボーナスのようなまとまったお金を褒賞としてもらっているのだが、そういった買い取り物の取り分が含まれているのだと聞いている。

 基本、迷宮素材というのは高価だ。ここまで余すことなく利用できるなんてとても素晴らしい。

 なるほど、運良くレア種が狩れると一財産になると言われるのはそういうことなのだろう。


「……お師匠様、あのね」


 リアがもじもじしながら栞の前に立った。


「どうしたの?」

「あのね、この前、角ウサギで作った料理を教えて欲しい、です」

「いつの料理?」

「三ヶ月くらい前に作ってた、ろてぃ? そういう名前のやつ」


 あれ、すっごーく美味しそうだった、と思い出したリアがうっとりとした表情をする。


「……ああ、アヴェルデワインをいただいた時のかな?」

「あ、そうです。王太子殿下がくれたワインで仕上げた奴」


 え? あのワインで料理しちゃったの? マジで? とグレンダードが目を丸くしているが栞は気にしなかった。

(あれはいいワインでした……)

 料理の仕上げに使ったし、ワインゼリーも作ったし、コンポートも作った。

 ワインが素晴らしく美味しかったので、どれも素晴らしく美味しくできたのだ。

 素材に負けない料理にすることができたので、栞としてはとても満足だった。

 今度仕上げをする分くらいはまだ残っていたはずだ。


「わかった。……いいよ。でも、このウサギを使える肉にするには一週間近くかかるから、来週かな」

「はいはい、俺も一緒に習う~。味見させてもらったあれのソースめっちゃうまかった」


 俺もー、俺もーと手を挙げるディナンに栞はうなづいた。


「あの時、お肉が残らなかったから賄いにまで回らなかったんだよね……じゃあ、二人がお茶したらこれの始末をしようね」


 まずは先にお茶にしなよ、と告げる。


「はーい」

「わかりました」


 二人はとても良い表情で答えると、自分たちの椅子を持ってきて、てきぱきとお茶をいれる。

 特に打ち合わせすることなく分業ができるのは双子だからなのか、手際がとても良い。


「シリィ、肉はたくさんあるだろうから、ぜひ私たちもご相伴にあずかりたいな……私の記憶に間違いがなければ、私はその料理を食べていないように思う」

「あー、あの日は皆さんはたぶん泊まりがけで潜っていたと思います。その時で角ウサギの肉が終わったのでその後、お出ししてませんね」


 日付を思い出すことはなかなか難しいが、その日のメニューを思い出せれば関連する記憶を思い出すことはたやすい。

(……つくづく、生活のすべてが仕事に結びついてるよね)

 結局、自分は料理人にしかなれない人間なのだな、と思う。

 たぶん、興味の方向がそういうものにしか向いていない。

 どこにいて、何をしていても、最終的には『料理』にすべてが終息する。

 そして、その欲求さえ充たされるのならば、たとえ異世界であっても問題を感じない程度には馴染んでしまえるのだ。

(柔軟なのか頑固なのかわからないというか……なんか今はっきりわかったけど、それって物の見事にパパそっくりですね!)

 こうして何かの拍子にどうしようもなく似たもの親子なのだと気付いたりする。何ともいえない気持ちになる瞬間だ。


「……当日、殿下達がホテル内にいられるようだったらお作りしますね。…………当面の間は、それほど凝ったものはできませんけど」

「ここの厨房は真っ先に復元と修復をする。従業員用の厨房は無傷だったからここに特別な依頼をすることはないと思うが、私たちの食事はいつも通りシリィに頼みたい。……私が食べるとなると毒見だなんだで面倒くさいことになるから他には任せられないのだ」

「大丈夫ですよ。ただ、メニューが私たちのものと一緒でよろしければ……」


 いつものようにコース仕立てというのは、今のこの状況ではいろいろと面倒だった。

(殿下達もフルコースなんか食べてる時間はないだろうな……)

「助かる。もちろん賄いと一緒でかまわない」

 マクシミリアンの言葉に、イシュルカやグレンダードも頭を下げた。

『蝕』となれば毎度のことだが、彼らはこれからあちらこちらを復元したり修復したりして回る予定だ。いつも通りに過酷なスケジュールになることが予測される。

(体力も魔力も気力もギリギリまで使い果たすって言ってたよね…………)

でも、美味しいものが食べられるというだけで、心の持ちようはまったく変わるのだとマクシミリアンは言っていた。

(できるだけ、簡単でおいしくて栄養がとれるようなメニューを考えよう)

 栞は密かやかな決意を固めた。




「それで……これは何に使うつもりなんだ? シリィ」


 プリンが食べ終わったところで、再び作業に戻ったマクシミリアンが首を傾げる。


「────いろいろとやってみたいこともあるんですが、とりあえず乾燥させてハーブティーの材料にするつもりです。香りのいい物はポプリなんかに使ってもいいかもしれませんが、私はあまりそういうのには興味がないので……」

「ポプリというと、妖精族が作ってる香りのするあれか?」

「そうです。……大迷宮の水で育った植物をポプリにしたら、何らかの効果があったりしそうですよね。ディナンがさっき教えてくれたんですけど、あそこの木になった実は魔生物を引きつける匂いがあると聞きました。……ならば逆に魔生物が避ける匂いとかもありそうです」


 そういうのも今後の研究にしたら面白いかも知れませんね、と栞は事もなげに言った。


「……よしイシュ。それ、誰かに研究させろ。そういうのを好きそうな研究員もいるだろう?」

「はい。承りました」


 マクシミリアンはこのホテルの地下に私設の研究所を持っている。個人的な資産をつかって大迷宮や魔生物の研究をさせているのだ。国立の研究所よりも資金が豊富だと噂されているこの研究所はたびたび素晴らしい成果を発表していて、栞もたびたびお世話になっている。

 主に、食材や料理が安全に食べられるものかどうかを検査してくれるのがここの研究所なのだ。


「あ、この葉っぱとか草は。乾燥させた後で毒物検査をお願いすると思いますので、その時はお願いします」

「わかった。……まあ、ざっと見たところ特に問題はなさそうだが……でも、何で急にそんなことを?」

「……ただ片付けるだけじゃなくてちょっとしたお小遣いになったほうがリアやディナンのやる気が出ると思ったことと、わざわざ大迷宮に潜らなくてもここにその一部があるのなら、いっそここで採取をすればいいのでは、と考えた結果がこれとかさっきの角ウサギですね────夜までには復元かけますよね?」

「ああ。……他の浸食部分との影響具合を見て、問題なければ復元する」


 なるべく早めに『復元』したほうがいい、とマクシミリアンはきっぱりと言う。


「……何でですか? 考えてみれば、大迷宮に行かずとも採取ができるなら王家の管理地にしてそのままにしておけばいいのでは?」


 グレンダードの言葉に、マクシミリアンは思いっきりおまえは馬鹿かという表情を向けた。


「蝕で浸食された部分をそのままにしておくと空間が融解して溶け合い、どんどん迷宮化が進む。どんなに『固定』の魔術をかけていても、それを止めることはできないんだぞ」

「っていうと?」


 説明がピンと来ていないらしいグレンダードに、マクシミリアンは溜め息を一つついて口を開いた。


「おまえにわかりやすく言うなら、地上が迷宮になるということだ。かつて、おまえが言うようなことを実際にやった国がある。……もう地上にはその国の名はないが、一度迷宮化し、それを無理矢理分離して再構成したのがルドラの辺境にある『無限砂漠』だし、帝国の北に広がる『帰らずの森』も小さな穴だった『蝕』にすぐに対処しなかったせいで迷宮化して、無理矢理復元をかけたせいでああなったと言われている」

「えええっ、そうなんですか?」

「歴史書を読めば事例はたくさんある。それらの事例から学んだので、どこの国も『蝕』は可能な限り早く対処するのが基本だ。……だいたい、おまえが考えるようなことは過去の歴史に残る大馬鹿者達が一通りやってのけて失敗しているな」

「……なるほどー」


 わかったのかわかっていないのか、グレンダードの様子はどうもあやしい。


「異世界人のシリィが知らずに言うならまだしも、この国で生まれ育ったおまえがそこまで知らないのは問題があるな」

「……いや、言われれば何かどっかで聞いた気もするんですけど、歴史とかあんまり好きじゃ無かったんで……シリィちゃんはなんでそのまま採取地にしようって考えなかったの?」

「……そもそも、私の常識からすると異なる空間が溶け合ってしまうっていうだけで、絶対駄目だって感じがひしひしするんですよ」


 嫌な予感がするというか、あんまり良くない感じがしますので。と栞は真顔で告げた。


「そうなんだ~」

「シリィは、危機感知能力が優れているな。……いいことだ」


 マクシミリアンは目元を和らげて笑う────それは、最近よく見るようになった表情だ。


(随分と気を許してもらっている気がする……)


 たぶん、それは栞の気のせいではない。


(……それに、私も随分と殿下に気を許してる)


 こういうとき、自分がどんな表情をしているのかはわからないけれど、きっと安心した顔をしているのだろうなと思う。


(ここに来たばかりの時から考えると随分と緩んだなって思うけど……)


 でもそれは悪いことではない────少なくとも栞は、あの時の自分よりも今の自分が好きだった。


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