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ポドリーのグリエ 旬野菜のエテュペ添え(3)

「完成~」

「今日も完璧!」


 満足げな弟子二人に、栞は笑みをもらす。ふと視線に気づいて振り向けば、オーサの目が作業台上のサンドイッチに釘付けだった。


「どうしたの?オーサ」

「いや、こっから見てるとほんときれーだなーって」


 チェシェールという食感がレタスで味が小松菜のような野菜の鮮やかな緑。

 ワルバ山羊のチーズのオレンジがかった黄色。

 ホロホロ鶏の燻製ハムはふちが飴色で中がほんのりと色づいたピンク。

 クリグは淡いオレンジにところどころ白や緑が散っていて、そこにたっぷりとかかったクリーム色の自家製マヨネーズと刻んだ白いたまねぎがたっぷりとはいった飴色のソースは最高に美味しそうに見える。


(自画自賛だけど)


 見ているだけでも食欲をそそるが、そこに焼きたてパンの香ばしい匂いやクリグに焦げ目をつけた時の匂いなどするから、余計にその欲求がます。


「なんていうか……おいしいものがパンの中に集合してるって感じです」


 その目は、どこか鋭くギラついている。

 捕食者の目……あるいは、獲物を狙う肉食獣の目だ。

 それがどういう意味なのか、栞は勘違いすることなくちゃんと知っている。


(おなか、すごく減ってるんだろうなぁ)


 間違ってもその対象は自分ではないのだ。

 その切実な希望はわかるのだが、まだ一仕事残っているので、朝ごはんにしていいよとは言ってあげられないのが残念なところだ。

 ディナンもだが、育ち盛りの男の子の食欲はちょっと異常というか、すごすぎると栞はいつも思う。ごはんを食べた直後におやつを山ほど食べられるのはもちろんだが、これ食べる?と聞いて断られたことがない。

 オーサもまた、うっすらと魔力回路を持つそうだから、おなかも減りやすいだろう。


「ありがとう。見た目も気をつけるようにしているの」


 おいしければ見た目はどうでもいいとか、味はかわらないんだからちょっと不恰好でもいいじゃないか、というのは、プロの料理人としては怠慢ないいぐさだ、と父が言っていたこともあるし、何よりも、そこらへんのテクニックというのはあちらで最後に勤めていたホテルでもかなり叩き込まれた。


(そう考えると、あそこも悪いことばかりじゃなかったなぁ)


 予算が厳しかったこともあり、コスト意識の高かったあのホテルの厨房は、材料をとことんまで無駄にせずに使いきっていたし、一つの材料をさまざまに工夫して使ってもいた。

 同じグリルした鴨肉でも、使う皿と添えるものを変え、その盛り付けをかえれば別の料理にも見える。

 野菜の切り方の豊富さや、デセールの盛り付けのさまざまなバリエーションはあそこで覚えたものだ。

 終わり方が良くなかったので、あんまり思い出したくないのだが、今でもいろいろと役に立っているのだから、無駄ではなかったのだと思える。


「見た目にもこだわるんですか?」

「こだわるというか……ルールというほど厳密じゃないのだけど、決めていることがあって……大雑把に言うと緑と赤と黄色をいれることにしているの。緑は野菜で、赤はポカスとかの野菜でもいいけど、基本は肉類って考えればいい。それで、黄色はチーズとかの乳製品か卵ね」

「確かにその三色が揃うと綺麗ですよね」


 オーサはゆくゆくはベーカリーの責任者にと考えられている。ホテル・ディアドラスのベーカリーであるからには、もちろん魔生物の食材を扱えるようにして欲しいということをマクシミリアンからは言われている。

 可能であれば、リアとディナンのようにしてくれと言うのだ。

 魔術師にもなれるという能力をという意味であればそれは本人の努力次第だし、料理におけるセンスという意味であれば教えられることには限りがある。


(ただ……)


 こんなにも骨惜しみせずに働く子達はそうそういないのではないか、と栞は思っている。

 今はそうでもなくとも、来たばかりの頃の二人はどこか悲壮感が漂っていたものだ。そこからくる必死さが、この二人の才能を開花させたのではないかと思う。

 その点、孤児でも何でもなく、王都に実家があって両親が健在で兄が上に二人も居るというオーサはどこかあっけらかんとしていたから、二人のように……と言われると難しいのではないかと思える。


(とりあえず、私にできるのは基礎を教えてあげることくらいだから)


「そう。この三つが揃ってると見た目だけじゃなくて、栄養のバランス的にもいいから」

「えいようばらんす?」

「おいしく食べられて、身体のためにもいいってこと」

「なるほど」


 オーサは暗唱するかのように口の中で栞の言ったことを繰り返した。

 メモをとるという習慣はこちらにはない。こちらの筆記具というのは、気軽にポケットの中にいれておけるようなものではないからだ。


「リア、紙貼って。俺が封してくから」

「わかった」


 並べられたボックスを一つ一つ蓋をし、その口にリアが紙封をする。

 細長い紙に「本日中にお召し上がりください」の注意書きと今日の日付が書かれているものだ。

 そこにディナンが、簡単な封印の術をかける。

 封印術は、魔法を使えない栞にはまったくできないが、ディナンとリアは得意だ。毎日のようにこれだけ使っていれば得意にもなるよ、とディナンが言っていた。

 本来は、大切なものを誰にも触れさせぬために、……あるいは、その大切なものを置いた場所に誰も立ち入らせないために使われるこの術は、難易度の高い術らしく、初めてこの封を使ったときはマクシミリアンが驚いていた。

 少なくとも、朝食のサンドイッチの箱を封じるために使われるような術ではないらしい。


「もうすぐこの紙なくなりそう」

「あー、片付け終わったらみんなで手分けしてつくろうぜ」

「そうだね」


 栞は別に朝食用のサンドイッチボックスを封印してほしかったわけではない。

 当初、サンドイッチボックスを提供するにあたって栞の頭にあったのは、ケーキのテイクアウトだった。箱が簡易な紙箱なのはそこからきているし、注意書きについてもそこからきている。

 特に気にしているのは異物混入で、それはこういった食べ物商売とは切っても切れないから、こちらの手を離れた後に箱を開いたらわかるようにしたかった。

 当初は、ボックスの口にシールを貼るだけでいいと思ったのだが、こちらの世界の印刷技術は、シールやテープを作れるほど発達していなかった。

 細長く切った注意書きの紙をいちいち糊で貼り付けることはできるが、それでは偽装がたやすいというエルダの指摘があり、魔法を使って厳重にできないかと考えた結果、封印の術が思い当たったというわけだ。

 これは副次的な効果として、箱の中に異物を転移させるというやり口も不可能にするうまい方法だったので、リアやディナンと三人で自分達の発想の素晴らしさを自画自賛したのだが、マクシミリアンには呆れられた。

 

「おっし、じゃあ、オーサ、届けに行くぞ」

「はい」


 ディナンの言葉にオーサはこくりとうなづく。

 邪魔にならないところで見学しているのは仕事の一環だとはいえ、退屈する。

 見学だけでもすごく勉強になるし、タイミングを見計らって問えば、質問にも答えてもらえるのだが、やはり厨房の出入り口に立って見学するだけ、というのは肩が凝る。ただの運搬とはいえ自分の仕事があるのは嬉しかった。

 あと三日もすれば、オーサがアル・ファダルに来て一ヶ月がたつ。そうしたら、朝だけだがオーサも厨房に入ることになる。


(最初から手伝わせても良かったんだけど)


 最初の一ヶ月は見学で、と決めたのはマクシミリアンだった。

 王宮の料理人見習いとしての経験しかないオーサが、ここでの仕事に戸惑うだろうことは想定の内だ。

 根本は変わらない、と栞は思っているのだが、それでも、こちらの料理人からすれば驚くことが多いらしい。

 多少の経験はあるが、まったくの新人と思ってやってもらったほうがいいだろうと言われた。確かにまったくの新人が何も知らずにうろちょろしていたら、相当な負担になるだろう。

 たった三人で何とかなっているのは、手順をきっちりと決めて、互いの役割分担をしっかりとこなし、フル回転で仕事をしているからで、そこに慣れない人間が入ってくると邪魔になるだけでなく、大幅に仕事のリズムが狂う恐れもある。


 だが、新人をいれるというのはそういうことだった。それを嫌がっていてはいつまでたってもどうにもならない。

 そこで、しばらく見学させてどういう流れなのかを覚えさせてから仕事にいれていこうということになり、こうやって見学期間をとっているのだ。

 厨房に入るようになっても、だいたいの手順や流れがわかっていれば邪魔にならないように気をつけることもできるだろう。


「二人とも、おしゃべりとかしてないで早く帰ってきてよ」


 サンドイッチボックスを詰めた配達用の箱を二人で持ち上げる。これを客室フロアの配膳室に運び、配膳室からは部屋係が各部屋に運ぶようになっている。

 これまではリアとディナンの仕事だったのだが、今はディナンとオーサの仕事だ。


「わかってるって」

「はい。……すいません」


 前科があるせいで、オーサはつい身体を縮めた。

 ディナンとオーサの身長はさほど変わらないが、ディナンと双子とはいっても性差もあってか、リアは頭半分ほど低い。当然、オーサよりも身長自体は低いのだが、精神的序列と言うか、厨房内での立場的なものがリアのほうが圧倒的に高いこともあり、オーサのほうが小さく見えることがある。

 先日、部屋係のエラたちとおしゃべりをしていてなかなか帰ってこなかったため、片付けを全部リアと栞で行ったことは記憶に新しい。


「で、二人は、朝のサンドイッチの中身は何にする?作っておくけど」


 二人の朝食を用意するのはリアだ。


「あー、俺、客……いや、お客さまのと同じで」


 お客様と同じ材料で賄いをつくるというのは、厨房の特権の一つだ。それはたぶん、あちらもこちらも変わらないだろう。


「オーサは?」

「俺も同じでお願いします」

「りょーかい」


 二人は身だしなみを確認し、足取り軽く厨房から出てゆく。こういう配達の場合は庭側の出入り口ではなく中を使うことになっている。お客様とできるだけ顔を合わせない経路を使うのだが、それでも遭遇することはあるので、汚れた格好では絶対に行かせない。


「お師匠さまはどうしますか?」

「ちょっと、試作品作るから。……そっちはリアに任せるね」


 朝食は、お客様に出したものの確認であることもあれば、試作品を食べることもある。

 極端なことを言えば、すべての食事が勉強だ。外食をすれば他の料理人の仕事が気になるし、自分で作ったものであれば、それも、自分の腕を確認することになる。

 素材の味、調味料の使い方、その組み合わせ方、基本的なメニューの味を覚えること、新しい味を知ること、それを模索すること……師と呼ばれるようになった今でも、学ぶべきことはたくさんある。

 

「はい。……あの、私にも、ちょっとだけ味見させてください」


 遠慮がちにリアが言った。


「リアの分も作ろうか?……ほんとのほんとに試作品だから、ちょっとびっくりするような味になるかもだけど」

「はい。お願いします!」


 ぱあっと表情が輝く。性格なのか、研究熱心なのか、リアは新しい味に対して貪欲だ。その点、ディナンのほうがやや保守的な傾向にあり、変わった組み合わせの冒険した味の前では躊躇うことが多い。

 こちらでは家畜の飼料とされていたカッサマを食べることは、誰もが躊躇したものだが、リアだけは躊躇うこともなく口に運んだ。今では自分でもいろいろとカッサマ料理の研究をしているほどだ。

 それ以外のこと……現実の冒険ということになると、これが逆転する。

 大迷宮でいろいろなことをやらかすのは圧倒的にディナンのほうが多く、いつもリアがハラハラしている。

 

「何つくるんですか?」

「野菜リゾットと野菜プリン」

「え?プリン殿下、お師匠様を何か怒らせたんですか?」

「なんで?」

「いや、だって野菜プリンなんて、プリンってついているけど、聞いただけでも絶対にプリンじゃないですもん。殿下に嫌がらせするのかなって」

「別に嫌いなものを無理に食べさせようとかは思ってないってば。単にちょっと目新しいもの作りたいなぁってだけ……それに、この時点ではまだ殿下には出せないよ」


 マクシミリアンには栞自身が完成したと思ったものしか提供はしない。


(勝負、みたいなところあるよね)


 「勝ち」「負け」というのが正しいかわからないが、マクシミリアンを満足させること。

 そして、記憶にその味を刻み付けること。

 それができると思った皿だけを食べさせたいのだ。


「あ、そうなんですか。でも、野菜だといいですね。……最近、食べすぎがすごい気になるんです」

「……うん。わかる、それ」

「ですよね、ですよね。体重増えてないけど、太ったかもしれない……お師匠さまの料理がおいしすぎるのがいけないんですよー」

「そんなことないから」


 厨房前を通りかかったマクシミリアンとイシュルカが、そんな二人の様子に笑みをかわしていたことを栞は気づいていなかった。 



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