ドガドガ鳥の新鮮卵とホロウ牛のミルクを使って作ったプリン(4)
「おかえりなさい、お師匠様」
「おかえり、おししょー」
お客様にはわかりにくい出入り口から厨房に戻ると、良く似た少女と少年が栞ににこやかな笑みを向けてくる。
「ただいま、リア、ディナン。後片付けごくろうさま」
厨房は骨惜しみなく働いてくれるこの二人のおかげでどこもかしこもピカピカだった。
この二人と栞、基本的にはこの3人でレストランは切り盛りしている。
レストランとはいっても、メニューの数をしぼってるからこそできることだ。
(今のところ、レストランっていうより洋食屋さんだよね……)
朝食はモーニングプレートかサンドイッチボックスのどちらかのみで、ランチの営業はしていない。
このホテルに宿泊している人間は、連泊をしていたとしても基本的には日中は外出している。日中、ホテルにいるのは従業員と、最上階のスイートルームを執務室にしている殿下とその秘書官と護衛官達くらいのものなのでランチ営業は効率が悪いのだ。
その分、夕食に力をいれている。
現在のところ、コースというよりは、セットメニューが3種類ほど。アラカルトの数もそう多くはないが、三人でまわすにはこれが限界だった。
(人を雇うのって難しいんだよね……)
とはいえ、一人では営業できない。
リアとディナンが来てくれるまで、何人かの人を雇ったが、どの人も長続きしなかった。
なので、こうして二人が定着してくれたことは、栞にとって本当にありがたいことだった。
二人はかつてこのホテルの近くにあった安宿で、従業員とは名ばかりの奴隷同然に働かされていたという。
ひょんなことで栞と知り合い、さまざまな出来事の結果、栞の下で見習いとして働くことになった。
5歳から15歳までを兄妹二人で生き抜いてきた二人はだいぶ世慣れていて、まだこちらの世界に戸惑い気味の栞の助けになってくれている。
料理には素人で、下拵え以上のことはまだあんまりできないのだが、栞を師匠と呼び、いろいろと頑張ってくれている。
「そういや、おししょー、市場から今日の荷物届いたぜ」
「アイスボックスにいれてあります」
「あ、ほんと。じゃあ、プリンさっさと作って、夕食の下拵えにかかりますか……あー、悪いけど、二人で裏から卵とってきて」
「……え」
「卵、またいるの?」
二人がそろって驚いた顔をする。
「うん。殿下が今夜の夕食のデザートもプリンにするんだって」
私の答えにリアとディナンは半ば呆れ顔を浮かべる。
「また?」
「あの殿下の身体って、プリンでできてるんじゃね?」
ディナンがうんざりした顔で言う。それくらい、殿下はよくプリンを食べる。
朝のデザートも夜のデザートもプリン。おやつを所望される時も勿論プリンだ。
そして、殿下が食すプリンの量は食後のデザートなんてかわいいものではない。
栞はやや大きめの器に作っているのに、5個は絶対に食べる。栞もプリンは大好きだが、それでも2個はいらない。
それが、毎日だ。
いい加減飽きないのだろうか、と他人事ながら首を傾げたくなる。
「気をつけて行って来てね。私は卵割る準備してるから」
「わかった」
「はい。いってきます」
防具を身につけ、背負い籠を背負ったディナンと、同じ様に防具を身につけて盾をもったリアの二人は連れ立って小走りに駆け出した。
ドガドガ鳥は強暴だ。卵をとるにはそれなりのコツが必要なのだ。
正直、栞には無理である。
「さて」
栞は厨房の脇の小部屋に入った。
手に取ったのは、餅つきに使う杵のようなハンマーだ。かなり軽い鉱物によって作られているとはいえ、ものはハンマーだからそれなりの重量がある。
それから薄い皮の手袋をする。これは防具で、衝撃を和らげるようになっている。
(ほんと、料理って力仕事!)
この世界には卵がいろいろあるが、栞がプリンを作るのに選んだのはドガドガ鳥の卵だ。黄身がとても濃厚で卵本来のおいしさを強く感じさせてくれる。
黄身の部分がだいたいサッカーボール大だといえば、その大きさがわかってもらえるだろうか。
殻がとても固く、割るのには専用のハンマーが必要で、栞にはこれがかなりの重労働だ。
(男の人の従業員欲しいけど……)
正直言うと、怖い。
別に栞は男嫌いというわけではないし、好みのタイプの男性を見れば見惚れるし、素敵なおじさまを見れば更にうっとりする。
ただ……こちらの世界の男の人は、怖い、と栞は思う。
(……『男』だから……)
こちらの世界の男性は、女性の数がやや少ないことと、最も広く信じられているティシリア聖教という宗教で、弱い存在である女性や子供を男性が守ることを奨励していることもあり、男性は女性に対して総じて丁寧に振舞う。
中にはそうでない人もいるが、基本的にとても紳士的だとも思う。
……けれど、彼らは『男』だ。
草食系男子とか言われて、それこそ男の匂いを感じないようなあちらの男たちとはまるで違っていた。
(例えて言うなら、バリバリの肉食で……)
別に狙われていると思うほど自意識過剰ではない。
それでも、どんなに優しく接してもらったとしてもやっぱり警戒心を覚えてしまう存在感を発している。
まだ少年でしかないディナンだって、いざという時にはいっぱしの男の顔をする。
(たぶん、心構えとか違うんだろうな……)
こちらは、あちらよりも『生きる』環境が厳しい。
栞は安全な場所でほんのわずかそれを垣間見るだけだが、それでもそう思うのだ。
(まあ、ここは安全なんだけど)
このアル・ファダルはプリン殿下……改め、フィルダニア王国第三王子 マクシミリアン・ヨーゼフ・フリッツ=ジェスレール=ヴィ=フィルディア殿下の治める地だ。
首都でこそないものの、フィルダニアの生命線である大迷宮への門を持つ都市である為、治安維持にはかなりの心配りがされている。
門は厳重に管理され、魔物や人に危害を加えるような生物は入り込めないようになっているし、大迷宮を目当てに訪れるさまざまな人間たちのひきおこす問題を解決する為に騎士団も常駐している。
更に、このホテルは、フィルダニア王家が離宮を改造してつくった国営ホテルで、最上階とその一つ下のフロアは領主たる王子殿下のプライベートスペース兼執務室があるのだから最上級の安全が保障されているといってもいい。
(有能だっていうしな、あのプリン殿下……)
毎日プリンばかり食べているだけのようだが、仕事はちゃんとしているらしい。
宿泊客の話に寄れば、このアル・ファダルは国中で最も豊かで美しい都市なのだという。
加えて、犯罪検挙率は国中で一番高い。
お忍び好きな殿下がお忍びのトラブルに遭遇し、そのたびに何らかの犯罪が検挙されているだけとも言われているが、結果がよければそれでいいではないかと栞は思っている。