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ポドリーのグリエ 旬野菜のエテュペ添え(1)

「そういえば、もう聞いたかい?」

「何をです?」

「ルドラやエスティニア、それから、帝国でも、国が後押しして異世界料理を食べさせるレストランを開いたってさ」


 穏やかな表情で告げるマクシミリアンの紫の瞳が、どこか面白がるような光を帯びる。


「へえ。それは、私のように他にも雇われた人がいるってことですか?」

「さあ……それはわからないけど。気になるかい?」

「んー、微妙ですね。気になるといえばなりますけど、ならないといえばならないし」

「どっちだい?」

「その料理を担当する人が日本から来た人だっていうのなら、いろいろおしゃべりしたら楽しいかなと思うんですけど、料理人としてというのなら、別に」


 栞はあっさりと言う。


「どうしてだい?その相手がライバルになると思わない?」

「店ではなく、私個人としてならば、なりませんね」

「え、そうなのかい?」

「ええ」

「なんで?」

「人によっては違うのかもしれないんですが、結局は料理人って職人だと思うんです。で、私の料理人としての望みは、満足のいく皿を一つでも作り、お客様にも満足してもらうことです。誰かと比べて、それよりもおいしいと思ってもらうことじゃないから」

「……なるほど」

「それに……切磋琢磨する目標としてのライバルというのなら、それは、私にとっては一人しかいないので」


 その答えはマクシミリアンにもわかる。

 それがわかるくらいには、時間を重ねてきた。

 

「……お父上かい?」

「ええ」


 栞は、かすかに笑みを漏らす。

 彼女が年上の大人の男に弱いことを、マクシミリアンはよく理解している。

 単に年齢が上というだけでなく、男として成熟しているタイプだ。

 そういう意味で、マクシミリアンは対象外であり、彼に次いで接することの多いイシュルカもまたあまりそれにあてはまらない。


「まあ、今はライバルというよりは目標です。それくらいまだまだなんですよ」


 微笑むその表情に、マクシミリアンも柔らかな表情を浮かべる。


「そういう風に言ってもらえるお父上は幸せだね」

「……殿下のおうちの親子関係は特殊だと思いますよ」


 マクシミリアンとその父の関係を思い、栞はどういっていいかわからないものの当たり障りのない無難な言葉を選ぶ。


「そうだな。……まあ、仕方がないよ。あれでも父は国王で、私は王子だからね」


(いや、そういうところじゃなく、何か根本的に違うから……特に力関係が)


 栞は内心の言葉を飲み込んでにっこり笑って言った。


「そうですね」


 こちらの世界にほぼ順応しつつあるものの、栞の日本社会で培った社会人スキルは健在だった。






「ライバル店ですか?」

「そう」


 栞がマクシミリアンとのいつもの打ち合わせを兼ねた夜食タイムを過ごしていた頃、リアとディナンは珍しく夜の街にいた。

 夜の闇が世界を覆う中、探索者街と呼ばれる迷宮の大門前の通りは、昼と変わらぬ明るさを誇る。

 魔術による無数の灯火に照らし出され、行き交う人の数、その喧騒は、昼間以上と思えるほどだ。

 昼には迷宮にもぐっている人々の大半がこの時間には地上に戻ってきて、補給をしたり、狩って来た獲物の売買をしたりする。

 飲食店や宿屋で休息をとる者もいれば、稼ぎを手にそのまま裏通りの奥に足を運ぶ者も居る。裏通りの奥はいわずと知れば歓楽街だ。

 リアとディナンがいるのは、表通りの一角にある『一番星亭』だ。料理のうまさと酒の種類の豊富さで知られており、料金もリーズナブルなことから、探索屋御用達として知られている。

 店内の客の大半が探索屋か探索屋関連の仕事をしている人間達だ。


「よその国のことなんか、どーでもいいし、そのライバル店ってのはピンとこない」


 ディナンはたいして気にした風もなく、首を傾げる。

 並んで座る二人の隣にはライドが、向かいには、ローレンとメリィがいる。示し合わせて来たというわけではなく、たまたまここで一緒になっただけだったが、こういうところでの食事はにぎやかなほうが楽しいものだ。


「え?そうなのか?リアちゃんも、ディナンものんびりしてるんだな」

「っていうか、ライドさん、そんな噂どっから聞き込んできたんですか?」

「え、ああ、今日、案内についたルドラ貴族のお客さんから」

「……でも、他の国で同じ様な店を開いたとしてもライバルにはならないんじゃないんですか?」

「どうして?」

「だって、別の国にあるんだったらお客さんの取り合いなんてこともないでしょう?それに、そっちのお店の人がお師匠様と同じように異世界から来たのだとしても、それだけでライバルっていうのも早計だと思うんですよね」

「どういう意味だい?」


 ローレンが小さく首を傾げた。


「だって、お師匠様の味を真似できると思えないですもん」

「なんで?」

「おんなじもんが作れるとは思えねえから」


 ディナンは軽く肩をすくめて、串焼きに手を伸ばす。

 串焼きは昔から屋台の人気メニューの一つで、アル・ファダルでは特に鶏やトカゲの肉を塩とハーブのソースにつけて焼いたものが人気がある。

 ソースの味がそれぞれの店の工夫であり、また、秘伝でもある。


「どういう意味?」

「おししょーの魔力ってバカみたいに量がすごいんだって。……それこそ、プリン殿下でさえ呆れるくらい」


 かじりついた串焼きは、ホロホロ鶏のものだ。そのままだと硬い肉だが、ある種のハーブに漬け込むと柔らかくなる。それを表面をこんがりと焼いてある。

 皮がぱりぱりで中はジューシィなそれに、ディナンは一口で夢中になる。

 かじりつくと、まず口の中でこんがりと焼かれた皮の旨みと香ばしさが広がる。更に咀嚼すると、次に押し寄せるのは、肉の味だ。

 ホロホロ鳥はそれほどクセはないが、独特の臭いがある。肉を柔らかくするためのハーブがその臭みを消しており、少し強めの塩味が肉の旨みを引き出している。どこか野生的なその味が実に麦酒に合う。

 適度に脂もあるので、うまく焼けばパサつかないが、こんがり焼くとどうしてもパサつきやすい。この店の串焼きは、その加減が絶妙で、串焼きの名店として高い評判をとっている。

 ディナンは焼きたてのあつあつにかじりつきながら、冷たい麦酒で流し込む。

 つられるようにしてリアやメリィも、勿論、ローレンやライドもおもいおもいに料理や飲み物に手を伸ばす。

 うまい料理と酒で胃袋を満たす……この瞬間の幸せは、何とも表現しがたいものがある。

 大げさに言うならば、生きる喜びを感じると言ってもいい。


「えっと?」

「同じ素材があったとしても、その人が同じ様に調理できるのかってことになるし、更に突っ込んで言うのなら、そもそものおししょーの料理の腕ってのもそんじょそこらの人にマネできるよなものじゃないんだって……これは、補佐官様に聞いたんだけど、王宮の料理長が弟子になりたいって言ったくらいなんだって」

「それは……」

「……それは、すごい……」


 ライドとローレンは目を丸くする。

 王宮の料理長といえば、それは間違いなく国で一、二を争う腕の持ち主だ。


「ヴィーダだったらそれくらい当然ですよーだ。そもそも、あなた達、ヴィーダがどういう意味か忘れてるじゃなぁい?誓約者よ。……あの魔導王子が選んだ誓約者なのよ?普通の方なわけないじゃない」


 目の前に大杯をいくつも重ねているメリィが、頬をほんのり染め、くすっと笑う。あどけない顔立ちでありながら、その表情は時折、ひどく女を感じさせる。


「いや、忘れてないけどさ」

「でも、もし、その店が本当に異世界から来た人がやっていたとするならば、ヴィーダと同じくらいの腕があるかもしれないよ?だって、異世界はこちらよりだいぶ進んでいるところみたいだし……ヴィーダは、自分はまだまだですよってよく言うよね」


 ローレンの言葉に、リアは笑う。


「それは、お師匠様が他の料理人にライバル心がないからです。美味しいものを作る人はみんなすごいって言うし、参考にさせてもらうって言ってるし……」

「自信がないってわけじゃないよね?」

「それはないです。お師匠様は料理に関してはかなり自信家で……んー、自信家っていうのもちょっと違うな。料理に関してはすごく努力しているから、自分の料理に……誇り……そう、誇りを持ってます」


 相応しい言葉をみつけることができたリアは、満足した表情できっぱりと言い切る。


「でも、まだ努力する点があるから……満足しちゃったらそれ以上はないから、いつもまだまだだって言うんだ、うちのおししょーは」


 ディナンがリアの言葉をひきとって続ける。ディナンにはいつも、その言葉は自信がないからというより、自信があるからこそ、更にその上を目指す決意の言葉に聞こえる。


「何ていうか、おししょーはさ、違う次元にいるから」

「違う次元?」

「そ。そもそも、お師匠のライバルは一人だけだから」

「え、誰?」

「お師匠様のお父様です。お師匠様に料理を教えた方なんですって」


 ライドは唸る様な声を漏らす。


「そりゃあ、あのヴィーダにも師匠ってのはいるよな。……親父さんかぁ」

「だから、ヴィーダは年配の男の人に弱いんだって聞いたよ、エルダから」


 メリィがくすくすと笑いながら言う。


「あ、それ当り。おししょーが自分でも言ってた」


 うん、うん、と弟子二人がうなづく。


「それに、お師匠様は、お父さんを越えることが今の夢なんだって教えてくれました」

「……え、お父さんって生きてるの?」

「ううん。亡くなってますよ」

「じゃあ、どうやって勝ち負け決めるんだ?」

「だから、単純な勝ち負けじゃないんです」


 リアは「だから、ダメなんですよ、ライドさんは」と言いたげな瞳を向ける。


「……だから、どういうつもりで他の国で異世界料理を出す店をつくったのか知らないけど、ただの真似だっていうならすぐに潰れますよ」

「どうして?ディアドラスと同じ様に国の後押しがあるのに?国としてはあっちの方が全然大きいんだぜ?」


 ライドの言葉に、リアは軽く首をかしげて逆に問う。


「……そもそも、ライドさんは、レストランの評価をするのは誰だと思います?」

「え、えーと……お客さん?」

「そうです。で、そのお客さんにとっては国の大きさとかは味にはまったく関係ありません」


 なるほど、というようにローレンがうなづく。


「……そうだけど、資金力が違うぜ」

「資金力が上なのは事実です。でも、その資金力が、レストランにどれだけの効果を及ぼすかと言えば、単純に考えれば素材ですよね?」

「で、素材ってことになると、うちにかなう店は他にない。これは自信もって言える。だってうちはアル・ファダルにあるんだから」


 リアとディナンの言葉に、そこにいた全員が納得した。

 探索者である彼らは、その素材調達の一端を担っている。


「うちほど大迷宮の素材を豊富に使える店はないです。だって、うちの素材の大半は、現地調達で……新鮮なことももちろんですが、レア度だって他の追随を許しません」

「……大半を調達してるのが、マクシミリアン殿下たちだもんね」


 マクシミリアンとその側近達は探索者としての資格を持つことは当然だが、その経験も豊富だ。何よりも個々の火力、あるいは、武力はアル・ファダル中の探索者の中でもトップクラスだ。マクシミリアン個人をとって言うのならば、文句なしに誰よりも強いだろう。

……魔術であれ、武術であれ、彼を上回る人間をすぐに思い浮かべることができないほど。


「そうです。その材料を厳選し、一流の料理人が調理し、更に、ホテルの立地も最高で、建物だって元離宮です……しかも、昔には王宮だったほどなんです。それを運んでくれるフロアスタッフだって、王宮の使用人レベルで選ばれています。つまり、王族に仕えることを許されるほどなんです。そこまで考えたら、そんな簡単に真似できないってわかるじゃないですか」

「……確かに」


 そこまで言われれば、ライドももちろんローレンにも、こう言うとなんだが、負ける要素がないことがよくわかる。


「しかも、お客さんには、国の格がどうのとか考える柵はありませんよね。純粋に味だけを評価してもらえますから……それだったら、お師匠様が一番です」

「おししょーの料理は最高だから!!」



 栞に言ったら全力で否定されそうだったが、彼ら二人にとって、栞は間違いなく世界一の料理人だった。


 

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