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ロデ豆のシチュー ディルギット風(3)

 夕食戦争後、後片付けが終わった後は楽しい夜食の時間だ。

 アル・ファダルのあるノーディス地方は、あちらと同じで一日三食が基本だ。

 朝食をしっかりとり、昼食は軽めに、そして、夕食は一日でもっとも重要視される。

 だが、この仕事をしていると、夕食も軽めにして、夜食をとることが多く、一日四食食べることが多い。


(こっちって、カロリーってどうなってるんだろう)


 一日四食の生活は、冷静に考えるとかなり恐ろしいものだ。

 見た目から言うならば、とりあえず余計なところに肉がついた様子はない。あちらからもってきた服もちゃんと着れる。


(でも、でも、四食ってだけじゃなくおやつもあるし……)


 栞の場合、四食に加え、殿下とのティータイムが二回ある。育ち盛りな殿下がプリンをどれだけ食べようがかまわないのだが、栞はなるべく自分はおやつを食べぬように努めている。あくまでも努めているだけで、実際には試食もかねて~などと自分に言い訳して食べてしまうことが多い。


(まあ、今日はまだいい……)


 普段なら、夜にも殿下との打ち合わせ兼用ティータイムがあるので少し遅くなるのだが、マクシミリアンは王宮に出かけていったので、今夜のティータイムはなくなった。おやつ一回分マイナスである。


 だからというわけではないが、今日は、レストランスタッフみんなで懇親会!の様相を呈している。

 夜食は、トーラスの山猪のすね肉を煮込んだがっつり塊肉のカレーだった。


(カレーの屋台とかどうかな?)


 ファルバという北の方のシチューによく似た郷土料理や、ポレポレという肉団子入りの麦粥なども屋台にあるくらいなので、カレーがあってもいいような気がする。


(匂いがすごくそそるし……あー、でも、味のバランスは工夫が必要よね)


 こちらの人たちは香辛料にそれほど慣れていないのだ。

 なので、今日のカレーも、とろとろに煮込んで形のなくなった野菜をそのままつぶし、その甘さをベースにした甘めのものに仕上げている。

 さらさらタイプのカレーの中で形を留めているのが肉だけなのだが、その肉もフォークだけで分けることができそうなほど柔らかくて、かぶりつくと口の中でほろほろととろける。


(今日のカレーはわれながら上出来だったけど……)


 今日のカレーは、思わず自己満足にひたってしまうような出来だった。

 ウェイトレスやウェイターは、若い子が多いので食欲もすごく、夜食だというのに肉は真っ先になくなり、終いにはムナというナンによく似たパンで鍋の底のコゲまできれいこそげて食べてしまった。

 お米の国の生まれの栞からすれば、ぜひともカレーライスを食べたいところだったが、お米によく似たニャパリを炊くのはちょっと時間がかかるので夜食には間に合わなかったのが残念なところだ。


「ねえ、こっちでは甘いシチューってあるのかしら?」


 栞は、カレーだけでは足りなくて追加で作った卵焼きを口に運びながら、問う。

 明日は、早朝出立のお客様ばかりでほとんど朝食をとる者がいないせいか、周囲は何だか休日の前日のようになってきていた。

 リアは、メイド服姿のウェイトレス達とフランジェル(アルコール成分ゼロなサングリアもどき)を飲みながら楽しそうに談笑しているし、ディナンはディナンで、ウェイター達とフランチェスカの骨せんべいと麦酒で盛り上がっている。

 栞はといえば、いつもの通りエルダと二人、焜炉のそばの小卓で静かに盛り上がっていた。


「私は知らないわね」


 エルダは、ちょっと甘めの卵焼きが好きで、いつもつまみにそれを希望する。

 今日の卵は、プリンを作った残りのドガドガ鳥の卵なので卵焼きといえど、まるでミルクを加えたかのように濃厚だ。なので、カレーの後でもちゃんとおいしい。


「イシュルカのお祖母さまがディルギット=オニキスに作ってもらったんですって」

「ああ、あそこの祖母君はロワゾートの姫だから」

「?」

「ロワゾートっていう一族の長の娘なのよ。妖精族は国という単位ではまとまっていないかわりに、一族という単位で考えることが多いのね。で、その長の娘だから姫。ロワゾートの一族はディルギットに最初に付き従った一族なのよ」


 だから、そういうことがあってもおかしくないとエルダは言う。


「ディルギット=オニキスって妖精族なの?」

「いいえ。人間よ。偉大なる魔導師。世界の調停者、そして時の旅人」

「時の旅人?」

「そう。彼はある日、忽然と現れたの。彼は、建国王に、遠い先から来たと告げたのだとか」

「へえ」

「そして、ある日、再び忽然と消えた」

「え?フィルダニアの宰相だったんじゃないの?」


 そういう人間が忽然と消えたら問題になるのではなかろうか?


「宰相だったわよ。でも、ある時点から歴史の表舞台には出なくなったわ」

「亡くなったんじゃなくて?だって、人間族なんでしょう?」

「人間族であっても彼は魔導師だから」

「魔術師じゃなかったっけ?」


 栞は正直に言って、『魔法』と『魔術』と『魔導』の区別がつかない。

 どれも、現代日本ではありえない不思議パワーという認識だ。

 栞自身、普通よりも魔力はかなり多いらしいが、自由に何かに使えるわけではないし、魔力をこめるといわれても、気力をこめるというか、気合をいれるくらいのもので実はこれといって明確にわかるわけではない。


(曖昧すぎなんだよね)


 何となく魔力があるような気がするとか、魔生物を解体している時に感じるものはあるけれど、明確に数値化されるわけでもなし、ちょっとすっきりしない。

 


(宝のもちぐされなんだろうな)


 まあ、使えない魔道具がないので日常生活にほとんど不自由を感じないでいられるのはいいことだし、仕事でだってあのよく切れる包丁が使えるからとても助かっている。

 膨大な魔力を持っているといわれてもピンとこない栞には、魔力の多寡というのはその程度のことでしかない。


「魔術師でもあるわ。……魔導師ってのは、世界樹に守護者として選ばれた者を言うのよ。彼らは総じて長生きなの」

「ふーん」


 人間が妖精族のような長命種に長生きといわれるなんて、なんかおかしかった。


「ディルギット=オニキスは謎の多い人物なの。一説には異世界人だという話もあるくらい」

「そうなの?」

「ええ。彼の知識はあの時代のものとは思えないの。だからこそ、先から来たということが信じられているのだけれど」

「ああ、先って言うのは未来からってことなんだ?」

「そうよ」


 未来から来た大魔導師……それって無敵なんじゃないだろうか?と栞は思う。広場の像を見ると結構なお年寄りだったが。


(あ、今、何かすごくワクワクした)


 まるで指輪物語の中にいても違和感なさそうな老魔導師……しかも、無敵!うん、かなりかっこいい気がする。

 きっとそれがエルダにも伝わったのだろう。エルダがおもしろそうな表情でニマニマしていた。


「あら、オジコンじゃなくて、ジジコンだったの?」

「失礼な!」


 口ではそうはいうものの、実はその気を否定できない。

 確かに栞の好みはかなり渋い。身近なところで男性のタイプをあげるのならば、トトヤのダンナのようなどこか飄然とした雰囲気のあるタイプか、将来、ロマンス・グレーになりそうな紳士タイプだ。年上で包容力のあるタイプが好みなのだ。


(ファザコンですいません)


 自分でもそれはよくわかっているのだ。

 だからといって、自分の恋人がそういうタイプだったというわけではないのだが、好みというのならば断然年上だ。


「まあ、それはおいておいて、あなたに関係ある話で言うのなら、ディルギットは料理にとても関心のある人だったの。平たくいうと、かなりの食いしん坊。食べ物のエピソードがとても多い人なのよ」

「へえ」


 伝説の大魔導師が食いしん坊だというのもなかなかおもしろい。


「甘いものが大好きで、よく子供達にお菓子をくれたそうなのよ。私の亡くなった曾祖母がよく話していたわ。ディルギットは見たこともない不思議なお菓子を食べさせてくれたって」

「見たこともない不思議なお菓子?」


 好奇心がとても刺激される。

 異世界の幻のお菓子!魅惑の響きである。


「そう。軽くてふわふわで口の中にいれると溶けてしまうあまーいお菓子」

「わたがし?」

「わたがしってなぁに?」

「そういうお菓子があるの。でも、あれは機械がないとできないと思うんだよね」

「ああ、じゃあ、違うと思うわ。だって、祖母の家の台所で作ったそうだから」

「たまごぼうろとかかな?ああ、でもメレンゲ菓子かも」

「……なぁに、異世界にはそんなにいろんなお菓子があるの?」

「あるよ。私が作れないものもいっぱいあるんだけど、こちらとは比べ物にならないくらいいっぱいある」

「ほんと、聞けば聞くほど豊かな世界よね」


 エルダは、そういいながら、意識することなしにつややかな髪をかきあげる。

 その物憂げに笑んだ表情は、男が見れば一目で魅了されそうだ。同性である栞であったとしてもドキリとする。


「まあ、ある意味ではね。……でも、ディルギット=オニキスってすごいのね。魔導師だったり、宰相様だったりしてるのに、お料理もできるなんて……お菓子って結構難しいんだよ。こちらだと特に火加減が」

「ああ……」


 エルダは苦笑して続ける。


「ううん、ディルギットは、それほど料理とかできる人じゃなかったそうなのよ。失敗エピソードの方が多いし、見た目がきれいにできないことも多くて……見たこともないっていうのはそのあたりにも由来するみたい」

「……へえ」

「だから、けっこういろいろなレシピがのこってるのよ」

「どういう意味?」

「ディルギットは作るの下手だったけど、レシピはいろいろ知っていたらしいの。それで、自分では作れないけれど、料理がうまい人ならば作れるかもしれないっていうのでそれを教えたのよ。だから、レシピは今でも残ってるの」

「ああ……」

「実際に、ロワゾートの特別な日にだけ出すパイはディルギットのレシピで作られているし、あと、あのあたりで食べられる木の実たっぷりの焼き菓子もディルギットのレシピなのよ。……だからね、もし、その甘いシチューが気になるなら、まず、ディルギットの菓子屋に行ってみれば?」

「え、ああ……そっか」


 いつだったかリアに聞いたことを思い出す。


「そう。あそこにはディルギットのレシピ集があるわ」


 エルダは、おかわりのワインを自分でつぎながら、鮮やかにウインクしてみせた。

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