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ロデ豆のシチュー ディルギット風(1)

 栞との一日二回のティータイムは、マクシミリアンの癒しのひと時だ。

 この時間を邪魔すると、恐ろしいことになることは栞を除くホテルの誰もが知っている。


「はい、殿下、今日は黒豆のプリンですよ」

「黒豆のプリン?」

「ええ。先日、市場であちらの黒豆にとってもよく似た豆を見つけたのであちらと同じように煮てみたんです。そうしたら大当たりで。リアががんばってくれたのでふっくらとおいしくできました」


 マクシミリアンがお茶菓子をリクエストする場合、注文はプリン一択である。

 自分でもどうかと思うのだが、滅多に気に入るものがない代わりに、気に入ったら絶対にそれをはずすことがないのがマクシミリアンである。

 毎回同じプリンでもまったく文句はないのだが、栞は同じプリンを続けて持ってくることがない。

 常にどこか違っていて、でも、同じくらいおいしくて……こうして、栞とティータイムを過ごすのが何回目になるのかもう覚えていないが、そのたびにマクシミリアンは自分の心の中に少しづつ柔らかなものが堆積していくことに気付いていた。


「黒豆……ああ、フェガ豆だな」

「こちらでは甘く煮たりしないそうですね」

「ああ。豆を甘く煮るという発想はないな。……蜂蜜や砂糖が一般庶民の手に届くようになったのは最近のことだから」


 甘味は高級品という認識があるのは、そういったところに理由がある。


「郊外で養蜂を行うようになったとか?」

「ああ。ニホンからそれを生業としている人間が来てくれて……五十年かけて、やっと安定して生産できるようになったんだ」

「何軒もあるんですか?養蜂している家」

「家というか、3つの氏族だな。定住しないで草原を転々としていた遊牧の一族の一部が、それを生業とするようになった」

「へえ……まあ、何となくわかりますけど」


 定住しないっていうところで共通点がありますもんね、とうなづきながら、栞は茶をいれる。


「今日は、とっておきの緑茶をいれました。これ、こちらの葉でつくったんです。やっぱりあちらからのものをそのままこっちで使うのは難しいですね」

「そうなのか?」


 マクシミリアンは栞の私物らしい湯飲みを手にして目を細める。

 青臭いと思えるような香りだったが、口に含むとその爽やかな青さが快い。


「ああ、確かにこの間いれてもらって飲んだものより何ていうのかな……こう、ずっとまろやかな感じがする」

「そうなんです。あちらのお茶は売り物のお茶ですから、素人のハンドメイドなお茶よりもずっと薫り高いんですけど、味はこちらのほうがいいんですよね。水と合ってるんだと思います」


 口に含むと青みがかった甘さが先に立ち、それからわずかに渋みを覚えるが、その渋みがまたいい。

 色は前いれてもらったあちらの緑茶の方がずっときれいにでていたが、味はこちらのほうがおいしいと思える。少なくともマクシミリアンの好みはこちらだ。


「まあ、そこまで細かくこだわる必要がないのかもしれませんが、お茶だけじゃないんですね。たとえば、あちらの塩のほうが精製されていておいしいはずなのに、汁物にしたりするとやっぱりちょっと違和感あるんですよ。それに、どうやらあちらの材料混ぜると魔力がなくならないまでも、減少するような気がするんです」


 目に見えるわけじゃないですけど、そういう感じがする、と栞は言う。


「……それは興味深い現象だな。もしかして、そのせいなのだろうか?ほかのレストランではここほどの効果がないというのは」

「そうなんですか?」

「ああ。……このプロジェクトは、わが国の国家事業だから、これまで、シリィの前にもたくさん料理人が来ているし、今だって、アル・ファダルの他に2箇所で異世界人の料理人が働いている。でも、ここほどの効果はどこにもないよ」

「あれ?全部で5箇所じゃなかったですか?」

「ああ、残る2箇所は代が変わった。このプロジェクトは30年前からのことだが、扉はその前から定期的に開いていて細々とながら交流してきた。あちらの人とこちらの女性との間に生まれた子供が後を継いでいるレストランもある。少しづつだけど軌道にのりはじめているのだ」

「なるほど」


 永住をする人間がいるとは聞いていたが、案外、それは難しいことではないらしい。

 もっとも、自分がするかといえばそれはすぐには決断できない。

 あちらに心残りがあるかといえば、すぐにそれを思いつかないくらいなのだが、永住というのはちょっとまだ考えられない。


「彼らが望むから、向こうの調味料などを輸入している。魔力が増加する効果について判明したのは約30年前だが、それはわが国の民に嫁いだ者の手料理から判明したんだ」


 言われてみれば、彼女は向こうの材料を気軽に手に入れらるような立場にはなかった。と、マクシミリアンは付け加える。


「ああ、それは可能性高そうですね」

「……うん。良いことに気がついてくれた、シリィ」

「いえ。まだ、わかりませんよ」

「それはこちらでも実験させてみる。実のところ行き詰っていて、魔生物の食材と料理人の魔力がポイントだということくらいしか判明していなかったのだが、これで別な方向からアプローチができるだろう」


 新たに判明した事実に、マクシミリアンは軽い興奮を覚える。


「盲点だったな。異世界料理を看板にするって言ってあるから、皆、あちらの料理を再現することを目指していた。だから、調味料の類はほとんど輸入モノだったと思う」

「でも、こちらのものだって使うでしょう?」

「使わないわけではない。……でも、こちらの調味料は彼らの希望にはなかなかそわなくてね。塩とかもあちらのものはとても綺麗だ。胡椒だって、似ているけどそっくり同じではないし……材料も彼等の望む大きさだったり、味だったりのものは難しいしね。だから、素材はともかくとしても、調味料はできる限り手に入れているのだ」

「へえ」


 それから、マクシミリアンはプリンを手に取る。

 豆が入っている以外はいつものプリンのようだ。

 だが、口に入れるとその違いは明らかだ。


「……これは……悪くないね」

「ええ。とってもおいしい豆です」


 いつもより甘さを控えたプリンの中に、しっかりと味のついた豆が入っている。

 豆を一緒に食べないといつもよりやや薄めの、でもしっかりと卵の味がしたほのかな甘さが広がる。

 そして豆は、しょっぱいのに甘いという不思議な味なのだが、妙にクセになる味だ。

 あわせて食べると何とも表現しがたいのだが、嫌なものではなく、いつものプリンがまったく新しいものに思える。


「シリィはこちらの材料をほんとによく使ってくれる。まあ、君は、最初からまったくあちらのものを欲しいって言わなかったから」

「っていうか、手に入るものだと思いませんでしたよ。今の今まで」

「そうなのか?でも、何でも手に入れると言ったと思うのだが?」

「ええ。でも、あちらのものがそのまま手に入るとは思わなかったし……まあ、それが幸いしたというか」


 海外だと勝手に思い込んでいたので、調味料の類は多少は準備していた。だが、それは店で使えるほどの量ではなく、あくまでも自分の為のものだったし、そのほとんどが、来たばかりで試作品という名の失敗作ばかり作っていたころに消費してしまっている。


「そうだね。……門は三年毎に開けるから、そのたびにいろいろ買出ししてるんだよ。こっそりと」

「こっそりと?」

「そう。こっそりと」


 何がおかしかったわけではないのだけれど、栞はマクシミリアンのその口調が何だか可愛く思えて笑った。

 マクシミリアンも、栞の笑みを見て笑う。


「死んだ父が料理人だったんですけど、よく言っていたんです。塩にまよったら、材料と同じ産地の塩を使えって。……つまり、同じ土地の材料・調味料・水は合うようにできているんですよ」

「……シリィの父上は、料理人だったのだな?」

「ええ。とっても食いしん坊な人で、おいしいものを心置きなく食べるために料理人になったって言ってた人です」

「その論法でいくと、うちの父上も料理人になるべきだな。……そういえば、今の彼の野望は、さっさと兄上に王位を譲ってここで隠居することらしい」

「……そんなことおっしゃってるんですか?」

「そう。母上も大賛成でね。まあ、僕が反対している限り、絶対に実現しないがね」


 ふっふっふっふ、とマクシミリアンは腹黒く笑う。

 普通に笑っていても、目つきのあまりよくないマクシミリアンの場合、どういうわけか悪役じみた笑いになる。


「なんで反対しているんです?」

「金食い虫だから」


あっさりとマクシミリアンは言った。


「別に隠居するのは良いけど、アル・ファダルに来られるのは困るんだよ。彼らに護衛を割く余裕はないし、彼等のつれてくる護衛を養える予算もないし、ホテルは大事な収入源だから彼等のために明け渡すわけにはいかないし……かといって新しく離宮を開く余裕もないね」

「えーと、実のご両親ですよね?」

「そうだけど、それとこれとは話が別だ。彼らがどうしてもここに来るというのなら、僕が別の領地に移動することになる。それでは、意味がないからね」

「なぜですか?」

「だって、僕が動くなら君も動くからだよ」

「ああ、私は殿下と誓約してますもんね」

「そう。君は僕のヴィーダだ」


 マクシミリアンは嬉しそうに笑みを重ねる。


「つまり、私の料理が食べたいと?」

「そういうことだ」

「まあ、一人二人増えてもかまいませんけどね。……それだけなら、転移とかで食べにくればいいんじゃないんですか?」


 お茶をずずっと飲んだマクシミリアンが静止する。


「どうしたんですか?殿下」

「え、ああ。うん。確かにそうだな、と思ったのだ」

「?」

「いや、僕らは家族でも一緒に食事をするという習慣がほとんどなくてね。……子供の頃から、晩餐会とかでもない限り、一緒に食事をとったことがない」

「王族って大変ですね」

「いや、そういうものだと思ってたし……たぶん、どこの貴族の家もそう変わらないよ」

「なるほど」


 栞としてはそういうしかないが、別にマクシミリアンはそれに対して何の感傷もないようだったので気にするのをやめた。


 ああ、でも、二人増えるくらいは何でもないよね、確かに、とマクシミリアンはなにやら納得をしている。


「これをエサにどの予算ださせようかな。……いや、一回のフルコースで一つずつ通させればいいのか……となると問題は順番だな……」


 ぶつぶつとつぶやく。


「あの、殿下、私、そろそろ戻りますね」


 話しているうちにマクシミリアンの頭が仕事の方にいってしまうのはわりと多いことだったので、栞は気にせずに器をさげて辞去した。

 一応、お茶のおかわりはいれておいたので大丈夫だろう。

 扉を閉める直前にちらりと目線をやれば、マクシミリアンはなにやらほくそえんだまま、算段をしている。


(殿下は、何か悪だくみする前に、休みを取るべきだと思うんだけど……)


 誰かに聞かれれば、『悪だくみ』で決定なのかと突っ込まれそうな内心だったが、栞にとってのマクシミリアンはそれがデフォルトだった。

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