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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー おまけ

 屋台街は広場の一角、下町との境界に位置している。

 それほど階級に厳しくないフィルダニアではあったが、それでも、やはり住み分けというのはなされていて、広場や屋台街というのはその数少ない例外であった。

 フィルダニアの屋台街は、食べ物だけでなく食材も一緒に扱っていることが多く、食べ物以外の日用生活品を商っていたりもする。

 いわば、何でもありな場所で、アル・ファダルの観光名所のひとつでもあった。


「お師匠様、何たべます?」

「んー、今、何が流行ってるのかなぁ?」

「そりゃあ、ドドフラですよ。アル・ファダル名物だし。最近はチーズ挟んで揚げたものがでてたり、だし汁にいれてたべるとかもあって、おもしろいの」

「へえ」


 自分が作ったものがそんな風に進化をとげて広まっていくのは嬉しいことだ。

 この世界では、料理のレシピというのはある種の秘伝のような扱いをされていて、実はあんまりオープンにされているものじゃないらしい。

 だから、シオリがドドフラのレシピをソースまで含めてオープンにした時はたいそう驚かれたものだ。

 おそらくそれは、薬のレシピと同じ扱いなのだ。

 突き詰めれば、医食同源。それはあながち間違いではない。


「あそこがチーズ挟んでるとこですよ。一番小さいの買ってみます?」

「そうだね」


 ノーヴァの葉を円錐状に丸めたところにドド芋とフライが盛られている。

 一見したところ結構量がありそうに見えるが、円錐状だから実はそれほどでもない。

 昼食として食べるなら女性であっても大盛りか、あるいは二つ注文したほうがいいだろう。


「チーズがとろけてるからね、火傷しないで食べなよ」

「はーい」


 威勢の良いおばちゃんは、いかにも屋台の女主人といった様子だ。自分で店を切り盛りしている力強さがある。

 当初、シオリが作ったものより厚く切った身に切れ込みをいれ、そこにチーズをスライスしたものを挟んで揚げている。衣にもおそらく粉チーズがまざっているのだろう。食べた瞬間に、とろけるまろやかなチーズに、少し塩みの強い粉チーズの味が絡み合う。


「あつっ」

「冷たいもの買ってくるね」

「だいじょーぶれすよ」


 あつあつと言いながら冷たい風の中で食べるドドフラはとてもおいしい。


「いそがなくていいのに」

「熱いうちにたべたいんです~」


 そんな他愛ない会話を交わす。それが、とても嬉しくてシオリは小さな笑みを浮かべた。ごく自然にあふれてしまった笑みだ。


「私も基本のドドフラなら作れますけど、こうなってくるともう別物ですね」

「そうだね」


 レストランの料理であったとしても、よほどのものでない限り、シオリはレシピを秘蔵するつもりがないので、ディナンにもリアにもちゃんとレシピのメモをとらせている。

 いずれシオリが帰るときには二人を中心として厨房を動かせるようにと考えていたからだ。

 けれど、二年目の現在、シオリの心境は少しづつ当初とは変わってきている。


「衣を違う味にするのはおもしろいですね」

「そうだね。白身だからだいたいどんな味でも合うし」

「ピリ辛とかどうですか?」

「辛さにもよるかなぁ。辛いのって淡白な味だとそれだけになっちゃうから工夫がいるよね」


 食べ歩きしないなら、衣にいれるよりもピリ辛味のあんかけとかにするといいかも、とシオリは続ける。


「甘いのとかはアリですか?」

「んー、個人的にはナシだけど、甘くておいしいものができたらおもしろいね」


 変り種も流行っているが、もちろんオーソドックスな塩コショウとか塩バターも相変わらず人気があるという。


「今日はあっちのトマトソース味がいい!」

「えー、私は、普通の塩バターがいい!変な味飽きたよ」


 銅貨を握り締め、かたわらを走っていく子供の姿に、シオリは思わず笑みをもらす。

 子供たちが普通におやつとして食べられるくらいの価格で普及していることが嬉しい。


「お師匠様、見てください、あれ、大きい~」


 看板の代わりに巨大なアルカ海老の殻を屋根にのせている屋台があったり、店先で吹き上がる炎を使って調理パフォーマンスをしてみる屋台があったりする。


「なんか、お祭りみたいだね」

「ああ、そうですよね。……昔は一度でいいからここでおなかいっぱい食べたいって思ってたんです」

「へえ」

「最初のお給料もらった時、ディナンと二人、好きなものを好きなだけ食べ放題したんですよ」

「いいね。何が一番おいしかった?」

「……どれも、あこがれていたほどにはおいしくなかったんです。残念なことに」

「なんで?」

「……お師匠様のまかないの方がおいしかったから」


 苦笑い気味なその表情に、シオリもつられて苦笑する。


「使ってる材料が違うからね」


 シオリが作るまかないは、新メニューの試食をかねてることが多い。

 なので、屋台とは根本的に使っている材料が違う。


「そうなんですけどね……まあ、憧れが強かったので。がっかり感がすごかったんです。あ、今はこれはこれで普通においしいですよ」

「なら良かった。……あ、あれ、変わった色だけどクリグだね」


 目の端に映ったのは、鉄板焼きの屋台だ。

 いろいろな種類の腸詰や、角切りにしたハムやらが並んでいる。

 好きなものを好きなだけ串にさして焼いてもらうようになっている。


「ほんとだ。ルバルのクリグですって。おもしろい色ですね」


 クリグは淡いピンク色の生肉の色合いをしているものが一般的だが、時々、変わった色合いのものもある。一見したところ何かの腸詰のようにみえる。

 餌にしていた果物が違うと色が変わることがあるらしく、ルバルという紫色の柑橘を餌にしていたらしいこのクリグは紫やピンクが入り混じっている。


「ルバルのクリグ焼いてもらいます?麦酒にものすごく合うって書いてありますよ」

「んー、今はいい」


 楽しげに周囲を見回しているシオリを見て、リアもまた楽しくなった。


(そういえば、お師匠様、なんでクリグだけ大丈夫なんだろう?)


 シオリは虫が嫌いだ。

 毛嫌いしてるとかのレベルではなく、たぶん、天敵としている。

 それくらいダメなのに、なぜかクリグだけはごく稀にだが、レストランのメニューにも出てくるのだ。


(もしかして、クリグが虫の幼虫って知らないのかなぁ?)


 気付いたら、何だかそれがとても正解な気がしてくる。

 どういうわけか、クリグの幼虫は取り扱いが虫屋ではなく肉屋なのだ。

 なので肉と一緒に並んでいることが多いから誤解を招きやすいともいえる。


(味も肉っぽいしなぁ)


「ねえ、クリグって何の腸詰なの?」

「え」


(やっぱり!!!!!)


「えーと……腸詰っていうか……」


 リアは、ここで真実を伝えたらとんでもないことになりそうな気がした。

 腸詰ならまだいい。虫肉の腸詰だったとしてもまだマシだ。加工品だし、

 けれど、これは、そのものなのだ。

 どれほど見た目が腸詰にみえても、これは幼虫……立派な虫そのものなのだ。

 

(お師匠様ってクリグ食べたことあるんだっけ?)


 寒風吹きすさぶ中だというのに、汗がたらたらとこぼれてくる。


(何度かメニューに出たことあるから……お師匠様に限って、味見もしないで出すなんてありえない)


 虫が視界に入ることも許さないシオリがそれを食べてしまったと知ったとき、どうなるか……想像するだけでリアはおそろしくなった。


「見た目ちょっとあれだけど、ナマコに比べればたいがいのものは平気になるよね」

「……ナマコって何ですか」


 ひきつった笑みを浮かべながら、リアは話をそらしにかかる。


「えーと、見た目グロテスクな細長い肉スライムみたいな生き物。生で酢の物にしたりするの」

「へえ」

「そういえば、こっちは生で肉や魚食べたりするの少ないね」

「新鮮じゃないとできないですから。ああ、でも、魔生物は生で食べるものも結構あります。生で食べたほうが魔力が強くなるって言われてるし」

「なるほどー」


 話がそれたようだったのでリアはほっとした。

 とはいえ、これはただの先延ばしにすぎない。

 いつか、シオリがクリグが虫の幼虫だと知る時がくるだろう。その時が今からとても恐ろしい。シオリがどれだけショックを受けるかを考えたら、それは個人的な問題というわけにはいかないような気がする。

 下手したら、異世界に帰ってしまうかもしれない。


(プリン殿下に教えておこう……)


 そう決定するまでに五秒とかからなかった。

 好き好んでシオリが虫の幼虫を食材に使っていたとは思わないから、ちゃんとそれを伝えずに食材として提供した人間が悪いのだと思う。

 それに、こういった危険……そう、ある意味、これは蝕なんかよりもよっぽど重大な危険だ……からあらかじめ守ることもマクシミリアンの役目のはずだ。


「ねえ、さっきのクリグ、生のものを分けてもらって鍋にいれたらどうかしら?いいダシもでそうだし」


 間違いなく、シオリの中ではクリグは何かの腸詰と認識されている。


「えーと……クリグよりも普通にお肉が食べたいです。お肉のしゃぶしゃぶとか食べたことないし」

「そっか。じゃあおいしいお肉をさがしましょうか」

「はい」


(殿下に頑張ってもらわなきゃ!)


 ある意味、問題は丸投げ状態だったが、リアはそのことにまったく疑問を覚えなかった。おそらく、同じ立場になった誰もが同じことをするだろう。


(だって、お師匠様は殿下のヴィーダなんだから)


 その絆は神聖不可侵なもの。魂の誓約なのだから。


「あ、お師匠様、トーラスの山猪ですって。おいしそうですよ」

「ほんとだ。きれいにサシも入ってるね。あれ譲ってもらって、しゃぶしゃぶにしようか」

「しゃぶしゃぶ、楽しみ~」

「こんないいお肉だとすき焼きもしたくなっちゃうね」

「すき焼き!すき焼きも食べたいです!!」

「お肉多く買っていって、明日はすき焼きにしようか」

「賛成ー!」


(しょうがない。頑張ってもらうんだから、殿下もすき焼きの仲間にいれてあげよっと)


「あ、もうちょっとお肉たくさん買いましょう。きっと殿下達も食べたいって言うと思いますよ」

「明日は通常営業だから、私たちと一緒に食べると遅くなるのに」

「それでも絶対すき焼き食べるっていいますよ、殿下だもん」

「……まあ、そうかも」






 □□□□□






 くしゅん、くしゅん。


「おや、殿下、風邪ですか?」


 ホテル・ディアドラスの中央棟、最上階フロアは、そのまま総督府となっている。

 マクシミリアンの執務室はその四分の一を占めていて、日常的にマクシミリアンはそこで政務をとっている。


「いや、別にそうじゃない。誰かに噂されているのだろう」

「なるほど」

「どうせロクでもない噂だ」

「そうとは限りませんよ。念のため、侍医をおよびしましょうか?」

「いや、いらない。イシュ、これの処理を頼む。……あと、夕食の時間は厳守だ」

「メロリーが戻ってこれないんじゃないですか?」

「あいつは最初から数に入ってないから安心しろ」


 マクシミリアンはきっぱりと言う。


「何かしましたか?あいつ」

「あのバカめ、シリィの秘密を父上たちにバラしやがった」

「秘密?秘密なんてありますか?ヴィーダに」

「……シリィが私の実年齢を知らないことだ」


 むすっとした表情で言う。


「それはヴィーダの秘密というよりは、殿下の秘密なのでは?」


 イシュルカが首をかしげる。妖精族の血が混じる彼のしぐさはどことなく優美だ。


「私は別に秘密にも何もしてないし、わざわざ言うことでもないだろう」


 別に差し支えないことだ、とマクシミリアンは言う。


「でも、あえておっしゃらないのには理由が?」

「タイミングを逃しただけだ。……私がこうなのは当たり前のことだから誰も疑問にも思わなかったわけだし」

「まあ、そうですね」

「そういえば、王妹殿下の婿君も知ったときは驚いてましたね」

「あちらでは見た目と中身が違うことはまずありえないそうだから」

「妖精族もいないといいますしね……短命種ばかりの世界ってのもせわしない気がしますけれど」


 くしゅん、くしゅん。


 マクシミリアンが再びくしゃみをする。


「殿下?」

「何か嫌な予感がする」

「……やはり侍医を」

「だから、風邪ではない。……リアあたりが厄介ごとを持ち込みそうな予感がする」

「殿下の予感は当たりますからね」

「まあ、いい。とりあえずは、夕食だ。おまえたち、時間に遅れないようにきっちり働け。終わらなかった者は勝手に食堂で食え」


 どんな問題であれ、自分に対処できない問題はないはずだ。

 最悪、父上を動かせばどうとでもなる、と、フィルダニアの影の支配者とささやかれている第三王子は、ニヤリと笑う。


「殿下、ひでー」

「今日は鍋だからな。一人減れば、その分、食べられる量が増えるぞ」

「殿下が鬼なのはいつものことです」

「これが通常のクオリティ」


 あはははは、という、どこか突き抜けたマクシミリアンの暴君な笑いが執務室に響き渡った。

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