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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(12)

(やっぱ、帰ってくるとほっとするなぁ)


 朝出てから帰ってくるまで……まだ、半日もたっていないというのに、ホテルの敷地に一歩踏み入れた瞬間にリアは何だか気持ちが安らいだように感じた。あんなに疲れていたのが嘘のように身体が軽い。

 リズやイーリスに言えば、疲れていてあの足取りかと突っ込まれることは確実だったが、リアにしてみれば、いつもの夕食戦争やその後の仕込みのことを考えるとあれくらいのことではたいしたことないし、ヘバったりしない。


(相手は茸だし……慣れてないから疲れただけだし)


 ラルダ茸は魔生物の中では、それほど強いものではない。数が多く厄介なので油断はできないけれど、それでも探索者資格を持つ者が茸にやられることはまずほとんどない。

 それに、茸は何といっても、リアにとっては師に大喜びされる『食材』であるという要素が大きい。侮るつもりはまったくないけれど、どれだけお土産をもってかえれるかが一番大事なところだったのだ。

 植物類や菌糸類は対処法を間違えなければ魔生物としてのレベルは高くても生命を脅かされるようなことは少ない。勿論、それは探索者であるからこそ言えることだが。


(ただいま)


 レストランの方角を見ながら心の中でつぶやく。

 世間一般の認識からすれば、ホテル・ディアドラスは頻繁に蝕──魔生物の異常発生が起こる場所なので安心するような場所ではないのだが、リアにとってはここが職場であり家でもある。もちろん、世界中のどんな場所よりも安心できる。


(たぶん、ディナンはまだだろうな)


 レストランは明日も休みだ。ディナン達は迷宮内で夜を過ごす予定にしていたはずだ。


(お師匠様は確実にまだだし……)


 この休みの間、シオリは王都に行っている。

 正確に言うならば、シオリが王都に行くからこそレストランは臨時休業になったのだ。

 作りおきの粥を中心としたメニューならば朝食くらいディナンと二人で何とかできるかもしれないが、夕食は絶対に無理だ。よって、シオリの休みはそのままレストランの休みとなっているのが現状だ。


(王都で何してるのかなぁ)


 シオリの名が広まるにつれ、プリン殿下ことマクシミリアン王子がシオリを連れて王都に出かける機会が増えてきた。

 今回のようにレストランを休業してまでということは珍しいが、数時間の滞在ならば週に一度くらいは出かけている。

 本来ならば王都に行くには最速である飛竜で約1日。馬車でならば3日くらいかかるのだが転移陣ならばほんの一瞬だ。陣で移動するならば、たとえ王都であってもホテルの1階から2階に行くよりも近い。


(まあ、どこにいっても、お師匠様はきっとここにいるのと変わらないんだろうけど)


 シオリが王都に行くのは、国賓の晩餐会の為だ。何でも、いつも晩餐会のメニューを見てから、バランスを考えながら一品か二品を追加しているのだという。

 向こうで作ることもあるが、こちらで作ったものを鍋ごともっていくことも多い。やはり自分の台所じゃないと使いにくいんだよね、というのがシオリの談であったが、正直、シオリがどこまで自分がしていることの意味を理解しているのかリアは疑っている。

 シオリ自身はいつも一品とか二品しか作らないのは、自分の料理が異世界人が作る珍しさからの添え物だからだと思っているようなのだが、理由は実はまったく正反対だ。


(殿下は徹底的にだし惜しみしてるんだよね!)


 来賓客がシオリが作った品をどれがそうであると口にすることはないし、問うこともできない。晩餐会のメニューについて何か物言いをつけるなど、ありえない無作法だからだ。

 けれど、普通は、食べればどれがそうであったかはわかる。

 シオリが調理するのは大迷宮の食材を使ったものであるから、多かれ少なかれ食べた者に何らかの影響を与えるからだ。

 一番多いのは魔力の増加だが、フランチェスカとルーピーをふんわりと蒸したものを煮凝りでよせたものは魔力の増加だけでなく疲労を回復させる作用があったというし、肉スライムでだしをとり、クリグの幼虫と各種野菜を煮込んだポトフは浄化作用があったという。

 魔力が重視されるこの世界において、シオリの作る料理というのは、斬新だったり、おいしいというだけでなく、実利的な意味においても垂涎の的であるのだ。

 なので、シオリが作った品が晩餐に並ぶというのはフィルダニアという国が、そのもてなした相手を大切に思っているという意味であるのだとまことしやかに囁かれている。さらに、シオリが何品作ったかというのもまた大事な点らしい。

 まあ、リア的にはそのうわさを流したりいろいろ細工しているのはプリン殿下だと思っているが。


「リア、カフェはこちらでよいのか?」


 一歩前を歩くエリザベスが振り向く。


「あ、うん。そっちだよ。カフェはね、噴水が見えるの」

「かの有名なディルギッドの噴水じゃな」


 エリザベスがその瞳を輝かせる。ワクワクした様子なのが見て取れた。


「そう」


 魔石を使った循環式の噴水は、夏だろうと冬だろうと常に水を噴き上げている。

 この仕組みを作れる者はもういない。帝國時代の遺産をディルギット=オニキスが修復したもので、ホテルの名物の一つなのだ。


「外の席で食べたいのう!」

「いいよ。外の席がうまってたら、特等席に案内してあげる」

「特等席?」

「噴水が見えるベランダがあるんだけど、従業員スペース側なの。」

「そこがいい!人がいなくてもそこで食べたいぞ」


 エリザベスは勢いこんで言う。


「う、うん。なんで?」

「だって、カフェにならまた来られるが、リアと一緒な今日でないとそこでは食べられないではないか」

「うん。まあ、そうだね」

「だからじゃ!」


 きっぱりと言い切り、まるでキスでもできそうな近さにまで身を乗り出しているエリザベスにリアは笑った。


「うん。わかった」


 エリザベスも自分の勢いがちょっと恥ずかしかったのだろう、少し照れくさそうに笑った。

 それが嬉しくて、でも、そうしていられる時間が少ないことがすぐに思い出せて少しだけ切ないような気持ちになった。





 □□□□□





 ソルベをうけとるとエリザベスの頬がゆるむ。

 もちろん、ホテルの従業員特典というか、リアがシオリの部下である恩恵を最大限に利用して、二人が手にしているガラス器には、本来シングルであるところのソルベがトリプルで鎮座している。


「色が美しいのう」


 エリザベスが選んだのは、真っ白な中に青い粒が見え隠れする定番の塩ミルクと紫色の山モモ、それから、光沢のある淡い緑色のミラーン蜜酒味。

 リアが選んだのは、淡いピンクともオレンジともつかぬ色合いのピンキーアップル味と橙色のポメロ味と白と赤の対比が美しいマーブルになっているいちごミルク味だ。


「目で楽しむのも料理の味わいのうちなんだって。もちろん、色だけじゃないけどね!」

「そうじゃろうとも」


 エリザベスは念願のソルベを前にうっとりとした表情でガラス器を眺める。

 せっかく噴水が見えるバルコニーだというのに、意識はソルベに釘付けだ。


「リズ、溶けないうちに食べよ。半分ずつ食べたらチェンジね」

「うむ!」


 力強くうなづき、エリザベスは鈍い光沢をはなつ銀のスプーンでおそるおそる白いソルベをすくう。

 初めてのものを口にいれる瞬間は、いつも少しだけドキドキする。


「冷たい……」

「そりゃあソルベだもん」

「甘い氷の菓子ということは知っておったが……こんなにすぐに溶けてしまうのだな」


 濃厚なホロウ牛のミルクはほんのりと甘い。それは口にいれた瞬間に思わず微笑んでしまうようなそんな幸せな甘さだ。

 エリザベスはふた匙目も口に運ぶ。

 ひんやりとしたそれはすぐに口の中で溶け、ミルクの味が口いっぱいに広がる。そのミルクの味を堪能していると舌が塩に触れ、一瞬ミスマッチだと思うものの、そのどこかフルーティな香りのある塩味が濃いミルクの味をさっぱりとしたものにし、さらには甘さを強く感じさせてくれる。


「塩というのがミスマッチかと思うのだが、これはこれでアリじゃの」

「私も最初、見た目は可愛いけど、味はどうかと思ってたけど、食べたら全然アリだった」

「うむ。この塩の量やそういうものが、プロの技なんじゃろうな」

「うん。あと、どのミルクとどの塩を使うかとかもだと思う。お師匠さまの料理は、こういう一見、合わなそうな組み合わせなんだけど、食べるとおいしいっていうのが結構ある。そういうのが異世界のセンスなのかなーってよく思う」


 こちらの味付けの常識というものを知らなかったシオリの発想は、なかなか斬新だ。

 たとえば、この地方の朝食として一般的な『クアンポル』というミルク粥は、蜂蜜か砂糖で味付けをする甘いものが通常だったが、シオリが作るものは甘くない。煮込んだ野菜の旨みをたっぷりと含み、チーズとバターと塩コショウで味付けをしている。

 それはそれでとてもおいしいし、アリだと思うが、甘くない『クアンポル』というのは何だかとても不思議だった。


「きっと、それが異世界人が招かれる理由なんじゃろうな」

「魔力の問題のが大きいとは思うけど……そういうのもきっと理由の一つだとは思う」


 リアはピンキーアップル味をスプーンに大盛りですくう。

 口の中に広がる果実そのもののような甘酸っぱさ。けれど、ソルベだからこその冷たさとそのすぐに溶けてしまう儚さ……氷菓子というのは昔からなかったわけじゃないけれど、それでもやはりソルベは特別だと思う。


「異世界か……このような素晴らしい食べ物があるのはどのようなところなのじゃろう?」

「んー、ここよりいいところも悪いところもあるから別に比べるようなものじゃないってお師匠様言ってたよ」

「それはそうかもしれぬが……」


 山モモの独特のクセのある甘酸っぱさにエリザベスは少しだけ眉根をよせる。けれどすぐにクインビーの蜂蜜の暴力的なまでの甘さが押し寄せてきて、その二つが絡み合うととてもさっぱりとした甘さになった。ヤマモモのクセと蜂蜜のクセが互いに相殺されて濃厚なのに爽やかという何ともいえぬ味に仕上がっている。

 がんばって研究を重ねれば、似たようなものが作れるかもしれない。『ソルベ』と名乗ってもおかしくない見た目や味のものはきっとがんばれば何とかなるだろう。


(けれど、この味は生み出せない……)


 悔しいが、食べれば食べるほどそう思えてしまう。

 真似はできるだろう。

 味に敏感な者はさがせばちゃんといる。エリザベスの専属料理人にこれを食べさせれば、きっと似たようなものは作れるに違いない。

 けれど、この味を最初に生み出すことはきっとできない。


「お師匠様は、ここのこと大好きだって!ここのほうがずっと空気もきれいだし、環境もいいし、何よりも自分のレストランがあるからステキって!」

「しかし、こちらには知り人はいないのであろう?それではやはり定住は難しいのではないか?」

「そりゃあ、異世界から来たんだし……でも、お師匠様言ってたから」


 リアはオレンジ色のポメロを口に運ぶ。ソルベが素晴らしいのは、シロップ煮やジャムよりもずっとフレッシュな果物の味を感じさせるところだ。

 ポメロの皮を薄くスライスしてシロップで煮詰め、半透明になったものを更に細かく刻んで混ぜ込まれている。ちょっと苦いそれがいいアクセントになっていて口の中がさっぱりとした。

 これを肉料理の後などに口直しとして出すことが多いのもうなづける。


「何て?」

「材料使い放題でキッチンに引き篭もれる環境が素晴らしすぎるって」

「よほど仕事が好きなんじゃな」

「うん。お師匠様は料理が大好きだよ。仕事って以上にずっと。だから、殿下にも吹き込んでるし」


 リアも料理は好きだ。正確に言うと好きになった。

 料理人になるのが夢だし、ディナンと二人、他の道はないと心に決めている。

 何よりもシオリの弟子の座を誰かに譲る気はまったくない。


「……アレに何を?」


 エリザベスの表情が思いっきり曇った。

 マクシミリアンにいろいろと思うところがあるらしい。深くは突っ込まないでおこうとリアは思っている。


「お師匠様が帰る気なくすくらい素晴らしいキッチンと食料倉庫作ろうって!」

「……で?」

「着々と野望進行中だよ」


 リアはイチゴミルク味を口に運んだ。

 イチゴだけでも、ミルク味だけでももちろんおいしい。だが、イチゴの爽やかな酸味と甘みがミルクのほのかでまったりとした甘みと重なり合った時のこの味はベストマッチだと思う。


「そうか」


 それから、エリザベスは、やわらかくなったミラーン蜜酒のソルベにスプーンをいれた。

 銀のスプーンの上で淡い緑のソルベは輝いているように見える。


「それ、ミラーン蜜酒味だっけ?」

「うむ。あのミラーン樹の実を蜜酒に漬け込み、その蜜酒をソルベにしたものじゃ。しかし、考えたものじゃ。こうして食べれば、安全にミラーンの実を味わうことができるものな」


 ミラーン樹の実は第一級危険素材だ。そのままの果実を何の用意もなしに食べたら、確実に死ぬ。だが、それがわかっていても食べる人間はいる。年に何人か必ずこれで亡くなったという噂を耳にするほど。

 エリザベスは期待感いっぱいで、それを口に運ぶ。

 もちろん、それは裏切られることはなかった。


「おいしいのう」

「おいしいねぇ」


うっとりとした表情で更にスプーンを口に運ぶ。


「リア、そろそろ交換しよう」

「あ、うん」


(あれ?何か忘れてるような気がする……)


 ふと、リアは違和感に気付いた。

 何かを忘れているような、あるいは、何かが足りないような気がする。


(うーん、茸はカフェのアイスルームに入れてもらったから大丈夫だし、何も問題はないはずなのに、何かがひっかかるなぁ……)


「あ……」

「……どうしたのじゃ?」

「リズ、あのね……」


 リアが気付いたことを告げようとしたそのとき、背後から影がさした。



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