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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(10)

「あー、面白かったね!」

「………………」

「あの、茸達が連続で同じ軌道で跳んで来たのはびっくりしたけど!」

「……確かに」

「あと、間違えて火球出しちゃった時は焦ったー。丸焼きになっちゃったのは、みんなが食べてくれたから良かったけど!せっかくの食材が無駄になるのはしのびないもんね」


(……あれは、まだ食材というよりは魔生物の焼死体だったように思うのだが……)


 リアは、魔生物の特性をよく知っているようなのに、『危険な魔生物』であるというよりも『おいしそうな食材』であるという認識の方が強いところがある。

 エリザベスの中では『料理人』というのはかなり注意を要する職種の人間であるという認識に塗り替えられつつある。


(見習いである弟子でこれなのじゃ。師ときたらどれほどであろうか)


「まあ、そうじゃな」 


 いろいろと思うこともあったのだが、エリザベスは軽く同意するにとどめた。

 魔生物の半死体状態だった茸も、リアが塩といろいろな香辛料を混合したものをさっとふりかけ、森の中でとった柑橘系の果実のしぼり汁をかけたら飛ぶように売れた。(売れたというのは比喩であって、勿論お金をもらったわけではない)

 多少焦げていたものもあったが、『目の前でできたて』という特殊効果のせいで『焦げ』は『香ばしくこんがり焼かれている』にうまく変換され、周囲に満ちる爽やかな柑橘の香りにひかれて、ちょっと遠くに位置していたグループの人々もこぞって食べたがった。

 後の方は、自分でとったラルダ茸をわざわざ焼いて欲しいともってくる人たちとラルダ茸の丸焼きバーベキュー大会になっていた。

 引率しなれている探索者達も物珍しそうに手にしてかじりついていたから、それはそれでいいツアーの思い出の一つになったともいえる。


「……リアは、いつも、塩などの調味料をもっているのか?」

「もちろん!材料は現地調達、いつでもおいしいごはんを!が私達の心得だから」


 あまりにもあっけらかんとした顔でうなづくので、何の心得なんだと突っ込むことすらできない。


「おいしくなかった?」

「いや、そんなことはない」


 エリザベスもそうだが、ツアー客は皆、ふだんはきっと手掴みで食べることも食べながら歩くこともしたことがないだろう人間たちばかりだ。外でこんな風に気軽に食べるというだけでおいしかったし、ましてやできたてを食べることができるなんて特別なことだった。


(毒見が終わると冷めてることがほとんどだし……)


 しかも、温めなおす間にまた毒をいれられることもあるから、ということで、温めなおしはしないとされているのがエリザベスの毎日の食事である。

 たとえ茸の焼死体もどきと最初は思ったとしても、おいしければそれですべてが許せてしまう。

 皆が真剣にかぶりついて食べているのはエリザベスにはとても納得できることだったし、食べている間の自分も同じくらい真剣だったに違いない。


「あの塩と調味料は輸出してるから、そのうち、リズの国でも買えるようになるかも。普通の茸や野菜炒めるときも、あの塩つかってからあの複合調味料をかければ途端にプロの味になるからね!」

「特別な塩なのか?」


 調味料はわかる。何種類もの材料を挽いているのだ。その配合次第でさまざまな味付けになろう。

 だが、塩にそんなにも違いがあるものなのだろうか?


「フランドル島の塩なの。元々、フランドル島でとれる塩は果物みたいな香りがしてすっきりとした甘みがあるんだけど、それをさらに精製してまろやかにしてるの。どんな料理にも合うのよ」

「へえ」

「海鮮系の炒め物なんかにつかうと、生臭みもなくなってすごーくおいしいの」

「リアは売り込み上手だのう」

「ほんとのこと言ってるだけだから!お土産に買って帰っても喜ばれると思うよ」

「ほんにうまいのう。……帰国の際には絶対に買って帰りたくなったぞ」


 ぜひ、買って帰って!と、リアは笑う。


「でも、塩のいれすぎはだめだよ。ちょっと物足りないくらいでちょうどだからね」


 これ、私がお師匠様によく言われることね、とリアは笑う。

 その踊るような軽やかな足取りは、まるで疲れを感じさせない。さっきまでは同じようにへばってた気がするんだが、とエリザベスはつい心の中で愚痴りたくなる。


「……リアは元気だのう」


 帰路は行きよりは楽な道ではあったが、それでも疲れた足にはかなり堪える距離だ。


「えー、これくらいは全然だよ」


 リアはぶんぶんと茸がいっぱいに詰め込まれた袋を持ったまま手を振った。

 まだ乾かしていない茸なのでそれだけあるとかなりの重量のはずだが、リアは軽々と振り回している。

 それほどがっちりしているわけではないのだが、意外に力があるのだななどとエリザベスはぼんやりと考えた。

 自分やイーリスもだいぶ獲った方だと思うが、リアほどではない。

 何しろ、リアときたら背嚢はパンパンだし、更に両手に袋を持っている。


「料理人見習いというのは、そんなに体力が必要な仕事なのか?」


 エリザベスは、自分は結構タフな方だと思っていたし、イーリスは更に自信があったのだが、リアに比べればまだまだだった。


「まあね。……うちはあんまり人数いないし、それに、食材に魔生物が多いから……むしろ、魔生物じゃないほうが少ないくらい」

「それがどう関係があるのですか?」


 エリザベスと同じくらいに疲れた表情をしながらも、護衛としての役目を決して放棄していないイーリスが、不思議そうに問う。


「魔生物の調理って何するにしても魔力を湯水のように使うんですよ。例えば、ただ切るっていうだけでも魔法具使って切るわけで……魔生物の硬さによってこめる魔力の量は違ってくるけど、ただ切るだけだってそれなりの魔力を消費するんです。更に、煮炊きをするのだって魔生物が混じっているのなら通常の火では無理です。魔力で熾して制御した火でなければ何もできない……一品作るだけでどれだけの魔力を消費するかわかります?」

「いえ」

「……まったく、わからぬ」


 イーリスは首を横に振り、エリザベスは正直にのべた。


「量を説明するのは難しいからあれなんだけど、たとえば、私は火にかなり適性あるの。でも、ドラゴンのテールステーキは表面を炙ることもできないし、シチューとかの煮込み料理は魔力が足りなくて最後まで煮込みきれないの」

「それは……」

「そうなのか?」

「うん。……だから、調理するのはほとんどお師匠様なのね。……私に任されている仕事はそれほど多くはないけれど、でも、いっつも限界まで魔力使うよ」


 生命削ったりまではしないけどね、とリアは笑って続ける。


「だから、夕食の後なんて体力も魔力もほとんど残ってないんだけど、でも、なんでかな。気持ちは全然できちゃうって思えるの。……そのあと、更に翌日の仕込みとかもするんだよ。それを毎日やっていれば、体力だってつくよ」

「確かにそうですね」

「しかも、魔力量もかなり増えそうだな」

「うん。そうなの。普通に毎日やっていることが自然と修行になってる気がする」


 魔力や体力の増進に役立ち、さらには調理技術の向上にもなり、しかも、お給料がもらえる。

 身体はきついが、リアには夢のような毎日だ。


「料理、というのは、戦闘訓練と同じなのだな」


 エリザベスの中ではいったい料理というのはどういう想像がされているんだろう?とリアは少しおかしな気持ちになる。とても戦闘訓練と比べられるようなものではないと思う。


「……どうだろう。違うと思うけど。ああ、でも、うちではディナータイムは夕食戦争って言ったりもするなぁ」


 誰が言い始めたかはしらないが、ホテルの人間の間では好んで使われる言い回しだ。


「一度、その戦に参加させていただきたいくらいです」

「ごめんね。お師匠様はその時間だけは絶対に他人を厨房にいれないから」

「……しかし、弟子のそなたでこれだとしたら、そなたの師はどれほどなのじゃ」

「お師匠様はあんまり腕力ないよ。……ただ、魔力がもう桁はずれ。魔力が多い異世界人の中でも、更に特別らしいから。そもそも、本人、意識して魔力をつかってないからね」

「なんじゃ、それは」

「……魔生物の調理に魔力がどれだけいるかとか知らないし、もちろん、レストランの調理器具のほとんどが魔法具や魔道具である認識もないよ。本人はただ普通に料理してるだけのつもりみたい」

「……普通?」


 『普通』という言葉がこんなにも違和感をもって聞こえることがあるとは思わなかった。


「そう。普通」


 リアは心底楽しそうに続ける。


「プリン殿下が言ってた。うちのレストランの下拵えの作業を合格点もらえたら、普通に魔術師になれるだろうって」

「それはすごいな」


 エリザベスには気に入らない男だが、魔術師として高名なこの国の第三王子のお墨付きとあらば、相当なものだろう。


「まあ、私は魔術師なんか目指さないけど!」


 私はね、お師匠様の弟子だからお師匠様みたくおいしいもの作る料理人になるんだ!とリアは言う。

 ためらいのないまっすぐな言葉がエリザベスには羨ましかった。




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