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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(9)

ケーッケッケッケッケ、ケーッケッケッケッケ、ケーッケッケッケッケ……。

ホーホッホ、ホーホッホ、ホーホッホ、、ホーホッホッホッホッホッホ……。

ウキャキャッ、ウキャキャ、ウギョッ、ウキャキャキャキャキャキャキャ……。


 薄暗い森の中に、不気味な笑い声がこだまする。


ケーッケッケッケッケ、ケーッケッケッケッケ、ケーッケッケッケッケッケッケッケ……。

ホーホッホッホッ、ホーホッホッホ、ホーホッホ、ホーッホッホッホッホ……。

ケーッケッケ、ケーッケッケ、ケーッケッケッケッケッケッケッケ……。


 多種多様の響きを持つそれはどこか嘲笑うかのようで、聞いているとムカついてくるのはきっとリアだけではない。


ウキャキャッ、ウキャキャ、ウギョッ、ウキャキャキャキャキャキャキャ……。

ケーッケッケッケッケ、ケーッケッケッケッケ、ケーッケッケッケッケッケ……。

ホーホッホ、ホーホッホ、ホーホッホ、、ホーホッホッホッホッホッホ……。


「くそったれきのこ共が!」


 吐き捨てるようにライドが言う。周囲の皆が賛同するようにそれにうなづいているところを見ると皆、気持は一緒らしい。


「なんか、腹が立ってくるのう」

「そうですね」


 姿は見えず、笑い声だけが聞こえてくる。

 完全に防ぎきれるとは言わないが、全員、口元を覆って茸の胞子の対策をしている。


「リズ、イーリスさん、注意してね。来るよ」


ホーホッホッホッホ、ホーホッホッホ、ホーホッホ、ホーッホッホッホッホ……。

ケーッケッケ、ケーッケッケ、ケーッケッケッケッケッケッケッケ……。



 嘲るような嗤いが、だんだんと近づいてくる。


「な、何を注意すれば良いのだ?」


 声が近づいてくるにつれ、エリザベスはやや及び腰になっていた。その異様な雰囲気に呑まれていたといってもいい。


「あれ、跳んでくるから!」


 リアはぐっとロッドをにぎりしめ、小声で呪を口にする。


「我、望むは刃。氷姫よ、その吐息を凝らせ刃身と為せ」


 呪にあわせてロッドに薄く青白い冷気が纏いつき、刃を形成した。


(私だとこの程度か……)


 氷の呪を封じたロッドは本来の使い手……水系統に最適な適性を持つディナンの手にある時は、もっと広い範囲にまで冷気を漂わせている。が、リアの得意は火系統だ。発動した呪はかなり威力が削がれていて、リアはそのあまりもの差異に思わず溜息をついた。


(贅沢言ったらバチあたるけどね)


 火系統の魔法は攻撃に向いている。そのおかげで探索者試験も合格したのだし、さんざんその恩恵にあずかっているので文句を言う筋合いではない。だが、ラルダ茸の特性からすると水系統……というか氷系の術が最適なのだ。そちらの適性があまりないのが口惜しい。


(発動するだけマシだけど)


 欠片も適性がない場合、充分な魔力があったとしても術は発動しない。が、術は発動しているから、多少なりともその素養はあるのだろう。発動できているのだから、あとは制御次第だ。魔力の細かな制御はリアの得意とするところである。


「……殲滅だったら得意なんだけどなぁ」


 小さな声で呟きながら、リアは物騒なことを考える。

 あの茸を全部退治しろというのなら……うまくやれば殲滅は決して不可能ではない。火系統は威力の強い術が多いのだ。

 が、今回の目的はラルダ茸の捕獲だ。

 難しいのは、食材として必要なクオリティを保った形で捕獲することだ。

 死んでいてもまったく構わないのだが、できるだけ損傷のない捕獲が望ましい。

 いつもの調子でいたら、捕獲の前に元はきのこだったこともわからないような消し炭や、きのこの中途半端な炒め物ができてしまうだろう。

 それがわかっていたから、こうしてディナンのロッドをもってきているのだ。


「リア、あの体当たりをしてくるのをよければいいのだろう?」

「言うは易し、行なうは難しなんだよねっ」


 ひゅんっと何かが……いや、茸が、耳元をかすめた。


「な、な、なんじゃ?」

「姫さま、後ろに」


 イーリスはエリザベスをかばって前に出る。


 ひゅんひゅんっと無数の空気を裂く音がする。

 きのこ達はおそろしい勢いで跳び、樹木や岩にぶつかっては跳ね返り、縦横無尽に周囲に胞子をまきながら跳び回っていた。


「胞子に気をつけろっ」

「武器を持たぬ者は姿勢を低くして」


 探索者からの注意が口々にとぶ。

 

「イーリスさん、こっち側は私に任せて。リズは落ち着いてイーリスさんの後ろから魔法を使って援護して」

「わかりました」

「え、援護といわれても……切ってはいけないのだろう?」

「うん。さっきも言ったけどカットの方向次第ではすっごく厄介になるから!!」

「どうしたらよいのじゃっ?!」


 そこここでカン高い悲鳴やくぐもった悲鳴があがる。誰かがきのことぶつかったのかもしれないが、リアはとりたてて心配はしていなかった。


(まあ、よっぽど運が悪くない限り、青アザつくるくらいだし)


 幸いなことにラルダ茸は硬化するような種ではないので、避けきれなくても死ぬようなことはない。ただ、勢いがものすごいので当たれば衝撃でクラクラする。


「ひいいいいいいいいいっしぬーっ、しんでしまうーっ」

「あなたーっ」


(大丈夫。茸が一度や二度ぶつかったくらいじゃ、死なないよ)


 周囲では、なかなか楽しいことになっているような様子が聞きとれるが、振り向かないで警戒を強める。


(これも演出の一部なのかなぁ?)


 正直、これだけの数の探索者がいて対処できないような状況ではない。

 大迷宮のツアーでは多少のスリルを味あわせることも演出として考慮されていると聞くので、おそらくこれもそうなのだろうとリアは判断する。


「たすっ……」ボコッ。

「たすっ……」ドカッ。

「たすっ……」ボコッ。

「たすっ……」ドカッ。

「たすけてくっ……」ガコッ。


(うわ、サンドバッグ……)


 奇妙な音にちらりと視線を向けると、ライドのグループにいた貴族男性が、やや小さめな茸の一団に狙い撃ちにされているのが目に入った。

 ライドは他の客を守ることに力を傾けているように見せかけ、適度にサボタージュしているようである。


(ライドさんってば、男には優しくないからなぁ……)


 ライドに守られている少年とその母親らしい女性が、自業自得だ、とでもいうように男を助けようともせずに笑いをこらえているところをみると何やらやらかして不興をかっていたのかもしれない。


「い、イーリス、妾はあれはイヤじゃ」

「ご案じなさいますな。我が身にかえてもお守りいたします」


 ガッと背後の岩に茸がぶつかった音に、エリザベスはびくりと身を震わせた。魔法はそれなりにつかうものの、それほど実戦にはなれていないようである。


(これくらいならたいしたケガもしないし……)


 少し茸の数が多くはあるが、よほどのことが……ドラゴンが出たり、ポドリーの大群が暴走してつっこんできたり、あるいは、ドガドガ鳥の群が乱入してこない限り遅れをとることはないメンバーが揃っている。


 リアはちらりと振り返り、ローレンの横顔を見る。

 幅広の大剣で茸を打ち返しているローレンの耳がピクピクしていて、かなりご機嫌らしいことをリアは見てとる。

 基本、獣人族は好戦的な性質を持つ。一見、穏やかな性格のローレンもどうやらその例外ではないらしい。

 茸程度では、敵というには物足りないだろうが、とても楽しそうだ。


(対処してるというよりは、被害を増やしているようにも見えるけど……)


 ローレンが打ち返す茸は、自身の元々の加速に加えてローレンの力が加わり、周囲の岩や木にものすごい勢いでぶちあたり、意識を失ってボトリと地に落ちる。

 岩や樹木に当たる分にはいいが、 時々、人を掠めているような気がする。


(まあ、最悪、ローレンさんがいれば問題ないし)


 ローレンは空間系の魔法を得意としている。平たくいえば、転移の魔術が得意なのだ。

 獣人族は魔法と相性が良くないと言われるが、いくつかの例外があって、ローレンはそれにあたる。

 だから、万が一の時の為に転移の術と相性の悪い金属鎧をリズやイーリスの身につけさせなかったのだ。


「リア、エトラからリルダの方向を警戒、イーリスさんはリルダからヒュードラ、残りは僕が見るよ」


 方角は、円を十二分しそれぞれの方角を守護する神の名で表される。

 ローレンのその提案は、エリザベスを中心にして全方位を三分し、それぞれが分担して警戒するということだった。


「了解!」

「妾はどうすれば良いのじゃ?」

「リアの言っていたとおり、私達の後ろに居て状況をよく見定め、あの跳んでくるクサレきのこどもを足止めして欲しいのですが……網にかけることはできますか?」

「網、とな?」

「ええ。風で編んだ網を使って包み込むイメージです……魚獲りのように」


 かつて体系だてられ隆盛を極めた魔術は、統一帝国が崩壊した後に三百年以上続いた暗黒時代に失われた。

 その流れを汲む術は残ってはいるものの、現在の魔術は術者それぞれに生み出した独自のものであることが多い。高名な術師が残した術もあるし、流派も幾つかあるが、術者それぞれの魔力の量が違う為にまったく同じ術というのは存在しないのが現状だ。

 なのでローレンは、できるだけイメージできるような言葉を選んで問う。

 目を軽くつむったエリザベスは、できる、とうなづいた。

 ややパニックをおこしかけていたが、こんな風にして何をするべきか明確に指示されると少し落ち着いた。


「では、イーリスさんは姫君が落としたそれを思いっきりぶん殴ってください。剣は鞘のままか、刃を横にして決して切らないように」

「わかりました」


 イーリスの眼差しが何か物問いたげな色を浮かべている。


「……このくらいでは姫君を傷つけるようなことにはなりませんから」


 ローレンは苦笑にも似た表情を浮かべて言った。


「……かしこまりました」


 納得していないような様子ではあったが、イーリスは引き下がる。


(今の、絶対に何か含みあったよなぁ)


 二人が交わした目線が意味深だったようにリアには思える。


(……ま、いっか)


 エリザベスがどこのどんな身分の姫君であっても、リアには関係がない。


(……私の手がつかめるものはそんなに多くないから)


 優先順位を間違えなければいいだけだった。


「ローレンさん、私、お師匠様のお土産の捕獲に入ってもいいですか?」

「……もう?」

「ええ。ラルダ茸はそのままソテーでもいいけど、貯蔵もできます。干せばいいダシもでるし、戻して食材としてつかってもいいし……いい素材なので、ちょっと多めに持って帰りたいんです」


 それでディナンをみかえしてやるんです!と拳を握り締めるリアに、ローレンは仕方がないなぁとでも言いたげな表情で笑った。


「わかったよ。でも、警戒は怠らないでくれ」

「はい」



 リアはにっこりと笑って狙いを定めるとくるりと目の前でロッドを回した。




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