楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(8)
「何か、いい匂いがするぞ」
木々をわたる風に入り混じる匂いに、エリザベスが目を輝かせる。
「昼食の準備が始まっているのでしょう。もうすぐ着きますよ」
ローレンはにっこりと笑う。
おしゃべりのネタは尽きないようだったが、少し疲れてきたのだろう。皆、口数が少なくなっている。とはいえ、さっきまでがうるさすぎたのだからこれでちょうどいいのかもしれない。
「楽しみじゃのう」
「広場には、ドドフラの屋台が出てますから」
「ドドフラ、とな??」
「ドド芋とフランチェスカのフライなんですが、長いから縮めて呼んでるんですよ。今日の屋台は、ジルという者の屋台で、アル・ファダルのドドフラの屋台の中でも一、二を争う人気の屋台なんです」
「ほう」
リアは二人の会話を聞きながら、頭の別の場所で先ほどのエリザベスの言葉を反芻する。
(殿下が呪われてる……か……聞いたことないけど……)
そもそも、あのプリン殿下を呪うことができる人間がいるんだろうか?とリアは考える。
(結構難しいよね)
フィルダニア王家は建国王が武人であったこともあり代々武を尊ぶ気風が強い。だが、同時に、フィルダニアの王家には『ディルギットの祝福』を受けていると言われるほどの魔術の才を顕す者が出ることも知られていた。
当代で言うのならば、マクシミリアンがそれに当たる。当然、魔法や魔術に対する耐性も高いし、もちろん、呪いにだってかかりにくい。
(だって、殿下、魔法でドラゴンをぶっ飛ばすくらいすごいわけだし)
マクシミリアンを呪うには、最低でも、マクシミリアン以上の魔術師でなければならない。
果たしてそれが可能な魔術師がいるだろうか……。
(うん。やっぱ、ムリでしょう)
よく考えれば考えるほど不可能だとリアは判断する。
『呪う』というのは、生半可な力量差でできることではない。
かろうじて、マクシミリアン以上の魔術師はいるかもしれないが……リアには固有名詞は思いつかないが……呪うことのできる魔術師なり、魔法士となると、それは伝説の大魔導師たるディルギット本人くらいしかいないのではないだろうか。
マクシミリアンはそういうレベルの魔術師なのだ。
(……いや、待って。王家の呪いって、もしかしたらプリンに執着することとかかも)
それなら納得だ。
あの執着っぷりは普通じゃないとリアは思う。
「……リア、どうかしたのか?」
不思議そうな表情でエリザベスが問う。
「ううん。何でもないの」
(んー、おなか減るとあんまりいい考えが浮かばないなぁ)
リアは、きゅるきゅると鳴くおなかの音がエリザベスに聞こえませんように、と切実に祈った。
◆◆◆◆◆
「あいよ、ドドフラおかわり、いっちょあがり。ソースは好きなのかけてくれ」
「ありがとう」
イーリスが嬉しそうに受け取る。
食べ歩きの場合は、ノーヴァの葉を乾かしたものを三角錐の筒状にして、そこにフライを盛る。
持ち帰りだと、二枚の葉を使って綺麗に包む。
こうすると、乾いた葉に油分が軽く吸われて、冷めてもおいしく食べられるのだ。
「熱々を食ってくれよ。美味いから!」
「ありがとうございます」
「食べ放題だからね」
森の一角、ちょっと開けているその場所の片隅に屋台がある。黄色地に濃緑ののぼりがとても目立っている。
一つしかない屋台なら真ん中に設置すればいいようなものだが、屋台は実はこの場に本当にあるわけではない。リアにはよくわからないが、空間に作用する魔術で一時的にこの場に現れているにすぎない。
店主は、リアも何度か見かけたことのあるいつも中央広場の隅っこでフライを商っているおじさんだ。勿論、大迷宮に一緒に来たわけではなく屋台と一緒によばれているだけだ。隣でせっせとフライを詰めたり、サービスの豆茶を配ったりしているのは息子だろう。とてもよく似ている。
「リアちゃ……リア、遅かったじゃないか」
「ライドさん、……ちょっと足りないものがあって買い物をしていたので……」
「それならいいけど。危ないことはなかった?」
「ええ、特には」
ライドは近くに居たエリザベスとイーリスに目を留め、にっこりと笑う。
「ローレンが羨ましいよ!可愛い女の子ばかりで」
「うむ。そなたは正直者じゃのう」
はふはふと揚げたてのフライを食べながら、エリザベスは満更でもない表情で笑う。
イーリスは少しだけ苦い表情だ。おそらく内心では軽い男だと思っているに違いない。
(ライドさんの可愛いとか綺麗は、女性に対する枕詞みたいなものですから)
褒め言葉ではなく『可愛い(綺麗な)女の子』=女の子という意味であるのだとエルダが言っていた。
ホテルでライドと同じ様な扱いを受けているのはメロリー卿で、二人は何となく似ている。だが、同類嫌悪なのか本人同士はあまり仲が良くない。
「探索者の格好がとてもお似合いですよ、姫君。午後はメインイベントのきのこ狩りです。群れを見つけてあるので、ぜひたくさん捕獲してください」
「うむ。勿論じゃ。……しかし、このフライはうまいのう」
揚げたてだから尚更じゃ、とエリザベスは笑う。
「芋なんぞ、パサパサしていてあまり好きではなかったのじゃが、これならば妾も食べられるぞ」
「姫さまは好き嫌いが多すぎます」
「そんなことはないぞ。アル・ファダルに来てからは残したりしておらぬ。我が国の料理がまずいだけじゃ。我が国も異世界人を招ければ良いのじゃが……」
異世界人だからおいしい料理をつくれるわけではないと思うけど、とリアは思ったが口には出さなかった。
それよりもドドフラにたっぷりかけたアンチョビソースの味に夢中だったからだ。
リアとしてはお師匠様の作るアンチョビとアボカドのディップが一番おいしいと思うが、ここのアンチョビソースもなかなかだ。タマネギが刻んで入れてあるのが特においしい。
「リズの国には異世界の人はいないの?」
「二人ほどおるが、どちらも落ちてきた人間でな。子供と老女であった。特別な知識なども特になく、教会で保護されておる」
「少ないんだね」
「……我が国にはフィルダニアのような扉がないゆえ、招くことができぬからの」
「あ、そっか」
アル・ファダルの住人にとって『扉』は特別なものではない。当たり前にそこに存在するものであり、更に、全体からみれば細々とだが長年異世界と交流を続けてきたフィルダニアでは異世界人は珍しくはあるが、特殊ではない。意識の上では、希少種と言われる竜人種や翼人種と同じ様なものだ。
「フィルダニアは特別な国じゃ。国土はさほど広くもなく、特別に豊かというわけでもない。じゃが、大迷宮とディルギットの遺産を持つ為に、大国列強と呼ばれている国々が無視することができぬ」
「ディルギットの遺産って、扉のこと?」
「それもそうだし、王家の秘術である高い魔法技術もそうじゃ。そして、フィルディア王家の血を濃く引く者だけが使えるという王剣……王剣と正統な使い手が在れば、一つの都市を壊滅させることもできるのだと聞く」
「ほんとに?」
「……見たものはいないがな」
「大げさなだけだと思うな」
都市を壊滅させるだなんて、御伽噺のなかの魔王のようだ。
エリザベスと二人、三回目のお代わりをもらって、塩こしょうをふりかける。こしょうをちょっと多めにするのがリアの好みだ。
「そうかもしれぬ。じゃが、フィルディアの血をひく者が強大な魔力を持つことは事実だ」
「だって、持たなきゃ困るでしょ」
「なぜじゃ?」
「この国の探索者が一番最初に学ぶのはね、アル・ファダルは都市自体が大迷宮の封印だって事だよ」
「封印?」
「そう。それで王族は封印の番人ね。……よその国の人はあまり知らないかもしれないけど、アル・ファダルはね、危険なんだよ。大迷宮ってただの食材の宝庫じゃないんだよ。危険な場所がいっぱいなんだから!ホテルではわりと頻繁に湧くし、蝕だって小さなものなら月に一度や二度は必ずあるし……強い魔生物は時々討伐しないと蝕の原因になるし……殿下や側近の人たちが潜るのはその為なんだよ」
マクシミリアンは、普段プリンプリンと騒いでいてもちゃんと仕事はしている。
それをリアは知っているし、アル・ファダルに住む人々もみんな知ってる。
「リズはよその国の貴族のお姫さまなんでしょ?」
「うむ」
「例えば、リズの国の人が強い魔力を持っていて、秘術が使えても意味ないんじゃない?」
「どういう意味じゃ?」
「だって、何に使うの?フィルダニアの王子さまや王女さまは迷宮に潜るから必要だけど、普通はよその国の王家の人や貴族の人はそんなことしないんだよね?」
「……そうじゃが……」
「だったら、必要なくない?」
リアの言葉に、エリザベスは少し困ったような表情で考え込んだ。




