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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(6)

 基本的には、ツアーと呼ばれるものは観光目的であるものが多い。

 アル・ファダルは大陸でも名高い景勝地であり、観光地である。

 別に迷宮など観光しなくても綺麗な場所はたくさんあるし、ショッピングをはじめとし、さまざまなレジャーが楽しめる。

 なのに、どういうわけか、大迷宮の中に入りたいという人間が後を絶たない。生命の危険があるとわかっている場所なのに観光をしたいと望むのだ。


 そんな要望に応えて用意されたのがツアーだ。

 主催は迷宮探索屋組合で、後援はアル・ファダル知事府。参加前に必ず誓約書と遺書を書かされるというのに、大迷宮の中に入るツアーは連日大人気である。

 その中でも、味覚狩り系統のツアーは人気がある。特に、きのこ狩りは初心者でもOKなことから、ツアーの催行が発表されるとすぐに参加枠が埋まってしまうほど。

 必ず何らかの名産品や特産品を食べることができる『グルメ体験』と、自分で狩ったきのこを『お土産』にできるというところが人気の秘訣らしい。



「綺麗じゃなぁ、あのトンボ。羽がキラキラしておるぞ」

「ラグレスだよ。肉食だから気をつけて。虫の中でもトンボ類は特に危険だからね」

「そうなのか?」

「うん。トンボ類はすごく凶暴なの。1mくらいしかないけど、あの尻尾の先は鉤状になっててね、あれに刺されたらまず助からないから」

「わかった。近づいたら風で吹き飛ばすぞ」

「むしろ、カットをイメージした方がいいかもしれない」

「うむ」


 エリザベスはぎゅっと杖を握り締め、イーリスもまたいつでも抜けるように剣に手をやる。


「リアはよく勉強してるね」

「そりゃあそうですよ、ローレンさん。興味あるっていうのもありますけど、うちのホテルはよく湧くんです。……特に虫が多くて。いざとなったら、お師匠様を守るのは私とディナンですから」


 その魔生物が何であるのかを特定するのは大事なことだ。

 それがわかれば弱点だってわかるし、戦い方だってわかる。


「……ヴィーダ、何でも一刀両断するって聞いてるよ?」

「包丁もってない時だってあるかもしれないし、素手だったらお師匠様は普通の一般人ですもん」


 魔法具がなくては魔法も使えないのだ。あれほどのありあまる魔力を持つというのに。


「ああ、そうだね」

「それに、お師匠様は戦いを知りません。……お師匠様にとって、虫とかは退治でしかないから。戦うことなんて、たぶん考えたことないだろうし」

「………異世界の人の認識の差ってすごいね」


 退治と呼べるレベルではないだろうとローレンには思える。


「お師匠さまの世界には魔生物とかいないそうなんです。勿論、大迷宮もないし、鳥や動物はあまり人を襲ったりしないし、虫とかももっと小さいし……」

「なんか、想像つかないね」


 なおも言葉を重ねようとしたローレンを遮って、ひょっこりとエリザベスが顔を出した。


「のう、ローレン、リア、これは食べれるかの?」


 濃厚な甘い香りが周囲に広がる。

 その白く細い手にはエメラルドグリーンの果実。その柔らかな色合いは目に鮮やかにうつる。そのねっとりとした甘い匂いもそそるが、見るからにおいしそうだ。


「だめっ」


 リアはその手を反射的に叩き、果実を地面に落した。

 エリザベスは叩かれた手を抱きしめ、驚きに目を見開く。


「あんなの触ったらダメだから!!」


 リアの強い語調に、怒られた子犬のようにしょんぼりとした顔になった。


「ご、ごめん、リズ。これはすごーくすごーく危ない果物なの」


 言いながら、リアは指先で呪を描き出して即座に果実を一瞬にして燃やし尽くす。このあたりに生息する生物が間違って口にしたりしても大変なことになりかねない。

 そのやや過敏とも思われる対処に、エリザベスはちょっとだけ大げさではないかという気持になる。


「熟しておいしそうだったのに」

「うん。……確かにすごーくおいしいらしいの。ミラーン樹の実は世界三大美味の一つと言う人もいるくらいだから。でも、除去できないくらいちいさーい種がいっぱいあってね、食べると体内でその種が発芽するの。ちょうど生き物の体温が発芽に適した温度らしいのね。で、発芽すると、根や芽が内臓を食い破ってやがて脳に達するんだって」


 リアは形容しがたい表情でその危険の内容を告げた。

 リアの言葉の内容を想像したエリザベスはぶるりと身体を震わせる。


「し、死んでしまうのか?」

「うん。……死んだ宿主の身体を苗床に成長するんだよ」


 言い諭すような表情でローレンが畳み掛けた。


「エリザベスさん、ここでは植物といえども、不用意に手にとってはいけません。これがピンキーアップルだったりしたら、今頃あなたの手はありませんよ」

「わかった。すまない。不用意なことをした」

「いえ、何事もなくて良かったです。何か気になるものがあったら、私かリアさんに聞いてください」

「うむ」


 ちらちらとエリザベスがイーリスの方を窺っている。


「私は怒ったりしませんよ、姫様。専門家の意見をちゃんとお聞きになりますよう」

「うむ」

「このツアーに参加したことは姫様の最大のわがままにございます。かくなるうえは、安全に御身安らかにお戻りになることが姫様の絶対の義務にございます」

「……承知じゃ」

「大丈夫だよ。気をつければこのへんはそんなに危険じゃないから。一番危険なのは茸くらいで。……ですよね、ローレンさん」

「そうだね」


 エリザベスは軽く首を傾げる。

 不思議そうなその表情はとても愛らしい。


「何が危険なのじゃ?」

「隙をみせると襲ってくるの」

「何が?」

「ラルダ茸」

「だって、きのこであろ?」

「でも、ラルダ茸だもの」


 当たり前だよ、という表情でリアは言う。


「危険な魔生物なのか?」

「そんな危険ってほどではないけど、魔生物ではあるから注意は必要だよ」

「だが、それにしたってきのこではないか」


 魔生物に分類される植物の恐ろしさをまだ本当には実感していないエリザベスは、きのこ如きにそこまで?という戸惑いをなくすことができない。


「あのねリズ、……リズに何かあったら困るから、しつこいかもしれないけど言っておくね。ラルダ茸って、胞子を吐くの。で、それ吸うと身体が痺れるのね。痺れて動けなくなったらそこにさらに胞子を植えつけてどんどん増えてくの。もちろん、増えれば増えるほど栄養吸い取られて、やがては干からびて死んじゃうんだよ」

「さっきのミラーン樹の実のようじゃな」

「ここの植物は、そういうのが多いから。それに動きがすごく素早いんだよ。ね、ローレンさん」


 リアの言葉にローレンも深くうなづく。


「ラルダ茸の攻撃は、素早く移動しながら胞子をばらまくことと体当たりです」

「体当たり……どのくらいの大きさなんですか?」

「んー、大きいと50センチくらいにはなりますが、まあ、だいたい20~30センチというところでしょう」

「なるほど。……胞子は目に見えますか?」


 イーリスは真剣だ。護衛なのだから当然なのかもしれないが、おさえきれない熱意を感じる。


「紫の霧のように見えます。一体や二体くらいなら大丈夫でしょうが」

「対策はないんですか?」

「ああ。対策と言うか……先にマスクを渡しておいたほうがいいでしょうね」


 あらかじめ用意してきたマスクをローレンは三人に配る。これは茸狩りには必須の装備だ。


(できれば、10体くらいは狩りたいな……)


 新鮮なラルダ茸をお土産にすればシオリはきっと喜んでくれるに違いない。


「弱点はないんですか?」

「弱点らしい弱点はないですね。ものすごく素早いんで、目が慣れるまで大変かもしれません」

「真空の刃でカットしたらどうであろう?」


 風の魔法に適性のあるエリザベスが提案するとリアとローレンは顔を見合わせ、リアが口を開く。


「……カサの部分と柄の部分を切り離せば動きは止まるの。横スライスね。でも、縦スライスだと分裂するから」

「……なんて面倒な」

「とりあえず、見てもらった方が早いかもしれないな。リアは、茸狩りはしたことあるかい?」

「はじめてです。うちのレストランに来る時はいつも食材になってしまってるので」

「なるほど。……一応、きのこ狩りは、昼食をとった後だけど、もう茸がいてもおかしくないエリアだから注意だけはしておいて」

「わかりました」

「はい」

「楽しみじゃのう」


 エリザベスがにんまりと笑う。姫様人形の美貌にはちょっとそぐわない笑みではあったが、イキイキとしていて可愛らしい。


「珍しい高級食材ですから、こんなことでもなければなかなか手にはいりませんものね」

「まあ、妾であっても気軽にポンと買うというわけにはいかぬからな」


(へえ、高級食材なんだ……)


 アル・ファダル以外をあまり知らないリアは、大迷宮でとれた素材が外ではどれほどの高値で流通しているかを知らなかった。

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