楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(5)
「なんで、私は彼女たちを引き受けてしまったのでしょう……」
その小さな呟きは誰の耳にも届かずに爽やかな風に消える。
大迷宮の景勝地の一つとして知られるラガス池のほとりで、ローレンは黄昏ていた。
巻き毛の中の耳はヘタレて折れ、小さく震えている。
伝説の銀狼の末裔たる誇りも、目の前の光景の前ではまったく意味をなさない。
「綺麗じゃのう。底まで見えそうじゃ」
「この池の底には大宮殿エリアに飛べる呪陣があったんだって。もう壊れちゃってるけど」
「大宮殿エリアとは、大迷宮の深部の中心エリアですね?」
「そうですよ。私は最終研修で入り口あたりにちょこっと入っただけなんですけど、最精鋭の探索者が最高の装備を整えてチームを組まないと帰って来られないエリアなんです」
行くだけなら私でも行ける方法はあるんですけど、帰りが~とリアは苦笑を見せる。
「なぜ、行くだけなら行けるのじゃ?普通は腕利きの探索者が1週間はかかるのじゃろ?」
「歩けばね。途中でいろいろ魔生物も居るし……でも、他にも、この池の底にあったような大宮殿エリアに跳べる呪陣が幾つかあるの。一方通行だけど」
「……おかしいのう?なんで一方通行なのじゃろう?普通、呪陣は行き来をするものであろうに」
「だよね。私も不思議に思って殿下に聞いたの。そうしたらね、殿下が、この呪陣ができた当時、まだ双方向に作用させる呪陣の構成がわかっていなかったからじゃないかって」
「……そうじゃな。私達が今使っている転送陣は、ディルギット=オニキスがつくったものじゃ。大迷宮は彼が現れる以前からあるものな」
「うん。殿下は、ディルギットは大迷宮の呪陣を見て転送陣を組んだんだろうって」
「なるほどな。では、大宮殿の呪陣は誰が作ったのであろう?」
「んー、古代の魔導帝國の遺産なんじゃないの?」
「リア、わからぬものはすべて帝國の遺産にしがちじゃが、おそらくはそうでないものもいっぱいあるのじゃぞ。例えば、門などは帝國建国以前からのものじゃ。門と名づけたのは帝國であるが、存在そのものはそのずっと前からあったのじゃ」
「ふーん。……リズ、物識りねぇ。殿下みたい」
「そ、そんなことはない。妾はそれほどは頭が良くないのでな」
「えー、殿下って頭が良かったんだ?」
「良いぞ。ただ良いだけじゃなくてキレる。悪魔も真っ青じゃ!」
(うわー、リズに悪魔より上とか言われちゃうなんて、うちの殿下って何したんだろう)
見た目を言うのならば、同年代。王子様とお姫様で、どちらも目に麗しいお似合いのカップルだ。
強いて言うならば殿下はやや三白眼気味で目つきが悪いがモノは言い様で、鋭く怜悧な印象を与える眼差しということになる。
(お師匠様のプリンに命賭けてるだけの人かと思ってた)
仕事をちゃんとしてるのは知ってる。……たぶん。
大迷宮に潜ってドラゴンを討伐したり、生け捕りにしてきた肉スライムをホテル中にばらまいて激怒したエルダに追い掛け回されてたり、転送してきた虹色カエルが厨房半壊させてシオリにご飯抜きにされていたりしてるのも知ってる。
「リアさん、ここは門の中ですよね?太陽がないのにどうして明るいんでしょうか?」
「よくわかってはいないんですけど、空の果てにたどりついた探索者チームは歴史上ただ一組だけで、彼らの残した記述によれば、古代魔導帝國の遺産のおかげだということみたいです」
「へえ……」
リアは、大迷宮についてはそれなりに詳しいつもりだ。本もいろいろ読むし、探索者仲間の雑談だって注意して耳に入れるようにしている。
(だって、お師匠様、好きなんだもん。大迷宮の話)
シオリはホテルからあまり出ない。本人が厨房ひきこもり~と笑うように、日中は休憩時間でもほとんど厨房にいる。裏庭にある離れの平屋群の一つがシオリの住居で、ディナンもリアもそこを寮として住ませてもらっているのだが、そちらにいても、試作品をつくっていたりでキッチンにいることが多い。
忘れてしまいがちだが、シオリは異世界人なのだ。
なので、ホテルの外に出るのには護衛が必要になる。わざわざ護衛つけてまで外に行くほどの用事がないのだとシオリは言うが、とても異世界らしい大迷宮について興味があるらしく、出入りの探索者達の話をいつも楽しそうに聞いている。
「リアは詳しいのじゃな」
「ちょっとだけね。話に聞いてるだけで実際には知らないことも多いの。えーと、耳年増ってやつ?」
「ちょっとちがいますよ、それ」
イーリスから突込みが入る。
「しかしそれにしても、この服は軽いのう。手触りも良い。最高級の絹よりも良いかもしれぬ」
エリザベスはローブの袖をぴんと伸ばし、ご満悦の笑みを浮かべた。
「軽いし丈夫なんだよ。何たってアルラウネ大蜘蛛の糸だし!」
「初めてこのような格好をしたのじゃが、探索者の格好とは良いものじゃな。ちょっと足が気になるが、こんなにも身体が軽くこんなにも楽に動ける。ドレスに戻るのがイヤになりそうじゃ」
どうして女の子のおしゃべりには果てがないのだろう。
ローレンはそう思う。
歩いていた時だってずっと三人で話していたではないか!なのに、池のほとりに腰を落ち着けた途端に、また違う話がはじまっている。
しかも、話題に一貫性がないのだ。ローレンがなんでそんな話に?と思っているうちに、話題はするりと転換し、また違う話になっている。
「そーいえば」とか「全然関係ないんだけど」という単語は要注意だ。そこで話は一転し、再び延々と続く。
ローレンは、既に百億光年の彼方に置き去りにされた気分になっていた。
「あ、そうだ。おなか減らない?おやつ持ってきてるの」
「お、おやつとな?何じゃ?」
エリザベスの目が輝く。控えめながらイーリスの目もだ。
おやつを嫌いな女子はあまりいない。少なくとも、リアは会ったことがない。
「ロアロアのパンケーキ。ローベリーのジャムを挟んであるの。甘酸っぱくておいしいよ」
「ろあろあのぱんけーきとは何じゃ?」
「ロアロアっていう雑穀なんだけど、食べたことある?うちのレストランでは、スープの浮き実につかったり、リゾットに使ったりとかしてるんだけど、そのままだと味がなくてあんまりおいしくないから普通は鶏のエサになることが多いの。……でも、それを粉にして小麦粉とブレンドしてパンケーキにすると重曹いれなくてもふっくらするんだよ」
お師匠様が発見したんだよ、とリアは自分のことのように得意げに言う。
「……妾は料理をしたことないのでよくわからんが、ぜひ食べさせてたもれ」
「うん」
身体に密着した型の背嚢からリアが取り出したのは、油紙の小さな包み。それを開くと、そこにはパンケーキサンドが並んでいる。
元々、リア一人分の軽食用として用意された品なので一人一つずつしかあたらない。
それでも、みんなで食べればきっとおいしいだろう。
「はい、どうぞ」
ふっくらパンケーキは半分に切り分けられ、口の部分に切れ込みをいれ袋状にし、そこにジャムが詰められている。
「イーリスさんも。ローレンさんもどうぞ。ジャムは去年の春につくったものを先日解凍したばかりなの」
鮮やかな黄色の宝石のような苺───ローベリーにはまだ少しだけ季節が早い。
「ありがとうございます」
「ありがとう、リア」
ロアロアの色なのだろう淡い緑のパンケーキの生地に、ローベリーの鮮やかな黄色が美しい。
「実がゴロゴロはいっておる!」
「うん。うちのお師匠様は、ジャムは実があったほうがいろいろ使えるからってできるだけ実の形がのこるようにつくってるの」
「うむ。実がいっぱいだと幸せじゃ」
「そうですね」
とろけるような笑顔でパンケーキを口に運ぶエリザベスを見て、イーリスも笑っている。
主の機嫌が良ければ、従者としても勿論嬉しいし、何よりも本当にこのパンケーキはおいしい。
「ねえ、今更だけど、毒見とかしなくていいの?うちの殿下はそういうの全然しない人だけど、貴族のお姫様には必要でしょ?」
「王宮ではないのじゃ。必要ないであろ。ましてやリアは料理人であるのだ。毒殺などしようはずがない」
「当たり前だわ。食べ物に毒を仕込むなんて許されない絶対悪なんだから!」
リアにも意地がある。まだ見習いとはいえ料理人の端くれとして、異物混入などもっての他だし、口にいれられないようなものを人に食べさせたりはしないのだ。
「料理人のプライドですね……」
ローレンは目を細める。
まだ少女といっていい年齢のリアだが、その育ちのせいもあってか実にしっかりしている。
「当然です。しかも、このパンケーキサンドはお師匠様が作ってくださったんですから!」
リアの最重要視している点がどこなのか、ローレンにもよくわかったのでそれについては何も言わないことにした。
「……おいしいですね」
エリザベス主従は、無言で食べている。
上品に食べる二人は、味わいながら目を輝かせて一口一口を楽しんでいた。そんな風に食べてもらえれば、リアだって、とっておきの自分のおやつを分けた甲斐がある。
「ほんとに!……私がつくるとこんな風に均一に綺麗にふくらまないんですよね……まだまだ修行が必要です」
食べながら、ぐっと拳を握り締める。
ふっくらと綺麗に焼けたパンケーキは焼きたてが抜群においしいが、さめていてももちろんおいしい。むしろこんな風にジャムをサンドして食べるのならばさめているほうがいいかもしれない。
「でも、ヴィーダだって失敗することはあるだろう?」
「はじめて持ち込まれた食材だとそういうこともありますよ。でも、こっち来たばかりの時にありとあらゆる失敗をしつくしたかもしれないくらいにいっぱい失敗したそうなので、今はそんなにおかしなものはつくらなくて済んでるよってご自分で言ってました」
「へえ……」
生地の香ばしい味と、ローベリーの甘酸っぱさが何ともいえず幸福な気分にしてくれる。甘いものをそれほど好むわけでないローレンだって、このパンケーキサンドならまた食べたいと思うだろう。
名残を惜しみながら最後の一口を飲み込むと、ローレンは立ち上がった。
「さ、少しペースをあげようか」
「はい」
「うむ。昼食に間に合うように歩かねばな!」
「承知いたしました」
返事は従順だし、本人たちは別に反抗心にあふれているわけでもなく、ありがちな英雄願望で問題をおこすようなタイプでもない。
「リアさん、ロアロアの粉というのは私でも手に入りますか?」
「たぶん、大丈夫です。ディアドラス出入りのターシャさんの粉屋で買えると思いますよ。えーと、中央広場の裏通りにお店があります。うちもそこにお願いして挽いてもらっているんです。パンケーキ用に挽いてくださいって言えばいいと思います」
「そうですか」
「なんじゃ、イーリス、買ってかえるのか?」
「はい。留守番の者たちにも食べさせてやらねば」
「えーと、じゃあ、ツアー終わったら、レシピっていうかコツを書きましょうか?」
「本当ですか?ありがとうございます」
「いえいえ」
ローレンの好みとは違うが、笑顔をふりまいている女の子たちはとても可愛いと思うし、楽しげに会話が弾んでいる様子も悪くない。見ている分にはとても微笑ましい。
だが、それでもローレンは思うのだ。
(……女の子って遠くで見てるだけが一番いいかもしれない)
そうはみえなくとも獣人族。人間種よりもはるかに耳の良いローレンにとって、きゃあきゃあとした女の子の笑い声は頭に響く。何よりも、こっそり声をひそめているらしい赤裸々なガールズトークは、たぶん男が聞いてはいけないものだ。
だから、今更と思いつつも思わずにはいられない。
(……ライドと、代わればよかった……)




