楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(4)
『ディルギットの菓子屋』ははじまりの十屋の一つなので、その店舗は大迷宮の門のすぐ門前にある。
探索屋の店舗というのはだいたいどこも、何がどこにあるかわからないほどいろいろなものが店じゅうに詰め込まれている。
店員達ですら覚えていない、あるいは知らないような商品もあったりするので、よく探せば掘り出し物などもあり、リアは探索屋に行くだけで楽しくなる。
「……ほぉ……これは素晴らしいものだの」
「それは、ヴィディック鳥の羽毛の色だよ。生地に羽毛を織り込んであって陽光と月光で色が変わるんだよ」
「月光だとどんな色になるのだ?」
「えーとね、ぼんやりと光を帯びてるの。魔力がにじみでるみたいに……わかる?」
「うむ。妾は魔法師であるから、そういう現象はよく見ておる。輪郭が光を帯びたようなそんな感じであろ?」
年齢の近い少女同士、隔意なく話すようになるにはそう時間はかからなかった。
「そうそう。ぼんやりと夜の中に浮かび上がるみたいにキラキラしてるの」
「見てみたいのう」
「んー、羽なら一枚、あげよっか?」
「持ってるのか?」
「うん。この間スープにしたから!」
お忍びで、更に身分を隠しているつもりらしいエリザベスにはあんまり堅苦しく話さないほうがいいだろうというリアの判断は正解だったらしく、最初は少し警戒していたような感じがあったエリザベスも今では気安い様子で話すようになっている。
「ほう。ヴィディック鳥は旨いのか?」
「ううん、ダメ。全然まずくて、香草入れてるのに口が曲がりそうだったし、お師匠様が材料を無駄にしたーって嘆いてた。でも、何かの薬の材料にはなるらしくてそのスープは鍋ごとひきとられていったけど」
二人は、スープ?スープになんてできるの?と呟いているイーリスを綺麗にスルーして話を続ける。
「なるほど」
「見た目が綺麗なものはあんまりおいしくないみたい」
「イルベリードラゴンは旨いではないか!」
「えー、見た目別に綺麗じゃないよ。……尻尾しか見たことないけど。皮だって別に普通だったし、鱗も甲冑魚の方が綺麗だよ」
鈍い金属色を帯びた革甲は見た目は特別なもののようには見えない。
だが、肉は文句なしに美味しい。リアが食べたことがあるのも尻尾だけだが、煮ても焼いても蒸してもおいしかった。
もし、イルベリードラゴンがレベル2か3くらいだったら、きっと肉目当ての探索者に狩り尽されているに違いないと思うほどだ。
「ドラゴンは恐ろしいが、とても美しい生き物なのだぞ」
「見たことあるの?」
「……絵だが」
恥ずかしそうにエリザベスが言う。
「まあ、見れないほうがいいけど」
「なぜだ?」
「ドラゴンになんて会いたくないよ。逃げられるかもわからないのに」
「確かにそうだな」
うんうんとエリザベスがうなづく。
「それでね……」
同年代の少女同士、話のネタはいくらでもあり、どれだけでも話は弾む。
「ねえ、君たち、頼むからそろそろ本題を思い出してくれないかなぁ」
後ろから、待ちくたびれたらしい声がかかった。
「……ローレンさん、ごめんなさーい」
「済まぬ」
余計なおしゃべりをしていた自覚があるため、二人は身を縮ませて謝罪する。
「申し訳ございません。エリザベスさまがとても楽しんでおられるので遮ることができませんでした」
イーリスも一緒になって謝っていた。いつの間にか、イーリスは支度を整えて着替え終わっている。
「うん、怒ってないから。……でも、あと十分で選んでね」
爽やか笑顔でローレンは言葉少なに言った。
それができなければ、わかってるよね、という声なき言葉を三人はちゃんと聞き取っている。
(ローレンさんって、プリン殿下と同類なんだわ)
それは、『逆らってはいけない人』であるという意味なのだと、学習能力のあるリアはしっかりと理解していた。
◆◆◆◆◆
「女の子の支度はほんと、時間かかるよね」
支度を済ませた自分の姿を物珍しげに何度も確認しているエリザベスを微笑ましく思いながらも、ふぅとローレンはわざとらしくため息をつく。
リアがエリザベスの為に選んだのは、アルラウネ大蜘蛛の糸で織られた漆黒のローブに柔らかな草色をしたアルリッドとかげの革甲だ。オーダーメイドでない装備としてはほぼ満点の選択だろう。
どちらもきのこ狩りに行くには充分すぎるほどの装備だが、エリザベスの身分がかなり高いらしいことを考えれば用心に越したことはない。
「だって迷っちゃうんですもん。リズは可愛いから何でも似合いますし!」
「り、リア、何を言うのだ」
しゃらっと言うリアにエリザベスが真っ赤になる。
互いに愛称を呼び合っているところをみると、相当うちとけたのだろう。
「だって、本当のことだよ。最初見たとき、動く姫様人形だーって思ったくらいだし」
お人形みたいに可愛くてびっくりしたよ、と屈託なく笑う。
「そ、そ、そのようなことをポンポン言うものではないぞ。誤解を招くではないか!」
「誤解?どんな?」
「リアに好意をもたれてると勘違いする輩がいっぱい出るであろ」
「えー、リズにはいっぱい好意あるよ。リズに限っては誤解じゃないよ」
「ううっ、そなたが男であったら、とんでもない女タラシになってるであろう!」
確かに、とローレンはうなづく。
リアはきょとんとしていた。
そこに計算や作為がない。だからこそ、エリザベスもこんな風にどうしていいかわからずに動揺しているのだろう。
「私はライドさんじゃないですー」
あははは、とリアは笑う。
「ライドとは誰じゃ?」
「えーとね、別のグループのガイドをしている人なの。すっごいタラシなのよ。いつも女の人でモメてるの。イイ人なんだけどね」
「ふむ。女の敵じゃな」
「そんなこともないよ」
リアが気付いているかどうかは知らないが、ローレンはエリザベスのだいたいの身分を察している。
だからこそ、このグループにリアをいれた。
一人のガイドが担当するツアー客は三人。だが、リアが客の中にいればいざという時にその助力が期待できる。ローレンが足止めをしてリアが二人を連れて逃げることもできる。
「さ、出発しようか。ちょっとスケジュールがおしてるから、近道から行くよ」
ローレンは脳裏に地図を描き出す。
目指す黒の森は、そこへ行くまでの道程も含めて、レベル1~2程度の魔生物くらいしか出現しない。ツアーは基本安全な場所……ただし、大迷宮基準の安全を一般と混同してはいけない……にしか行かないのだが、このツアーはその中でも特に想定される危険が少ないものだ。
しいて言うならば、最大の危険はラルダ茸なのだが、それが目的なので仕方がないといえよう。
「わかった」
「よろしくお願いします」
「近道ですか、マッピングしなきゃ」
他のグループとは既にタイムスケジュールに一時間くらいの差がついているだろうが、ローレンはそれほど心配はしていなかった。
「途中のラガス池で休憩をとって、周囲をいろいろ見ながら森に直行します。お昼には余裕で間に合いますよ」
「昼食は、ドド芋とフランチェスカのフライであったな、楽しみじゃ」
「ドド芋甘いし、フランチェスカおいしいよ。あのね、私のオススメはアンチョビのソースだよ」
「確かアンチョビソースも食べられますよ。チラシに書いてありました」
「楽しみじゃなぁ」
「だよねー」
グループメンバーが女の子三人であることをさんざん他のガイド仲間に羨ましがられたローレンだったが、歩き始めて五分も立たぬうちにそれを後悔する。
「ねえ、リズは何でアル・ファダルに来たの?」
「妾は仕事でフィルダニアに来たのじゃが、どうしてもソルベが食べたくて、休暇がてらアル・ファダルまで足をのばしたのじゃ。急だったので、ディアドラスに宿を取れなくてな。知人の別荘に滞在しておる」
「そうなんだ」
「うむ。知人が手を尽くしてくれているのだが、レストランの予約の方も難しくてな。それで、せめてソルベだけでもと思い、ソルベが食べられるこのツアーに申し込んだのじゃ」
「今だったらモルファ地方の柿で作ったソルベおすすめだよ。今のシーズンのソルベ全部制覇したけど、一押し!」
「なんと!全種類制覇とな?!うらやましいのう」
「見習いの特権だよ。ソルベのレシピも全部お師匠様が作っているから。当然、試作もいっぱいしたし」
エリザベスの心底うらやましいという表情に、リアはちょっと誇らしい表情を見せる。
他国の裕福な貴族の少女がリアをうらやむなんてありえないことだが、この点に関してだけは確かにリアのほうが立場が良い。
「あとはどんな味があるのじゃ?」
「あとはねー……」
「はいはい、三人とも、おしゃべりに夢中になってないで足をすすめてくれ」
ローレンは大きく手を叩いて、三人の意識を自分に引き寄せる。
「はーい」
「わかっておる」
「すいません」
口ではそういうのだが、どうせ15分もすれば元通りなのだ。
女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ、とローレンは、永久不滅の真理を現在進行形で実感していた。
 




