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楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(3)

「ガイドは赤い腕章をつけています。それぞれに担当のガイドがいますので、ガイドの言うことをよく聞いて無事に帰ってくることを祈ります」


(ふーん、今日はガイドはみんな『青の宝石屋』か『ディルギットの菓子屋』の人たちなんだ)


 青の宝石屋もディルギッドの菓子屋も老舗の探索屋だ。特にディルギットの菓子屋はトトヤと同じく、『はじまりの十屋』と呼ばれるフィルダニア建国時に定められた十の探索屋のうちに名を連ねる老舗中の老舗だ。


(さすが、『ベテランガイドと行く』ツアーだ)


 同じ探索者資格を所持していたとしてもライドとリアではその経験にも知識にも雲泥の差がある。有資格者というだけではその能力は量れないが、リアがみたところツアーの売り文句に偽りはなさそうだ。


「やあ、リア、おはよう」

「おはようございます、ローレンさん」


 ローレンは、ディルギットの菓子屋の代表者だ。ディルギットの菓子屋もまたディアドラスに出入りしている。まあ老舗の探索屋であれば大なり小なり必ず探索屋の元締めといってもいいアル・ファダルの領主とは関わりがあるから当たり前とも言える。

 ローレンは、その金の巻き毛の間からのぞく特徴的な耳をみればわかるように獣人族なのだが、耳の他に獣相はもたない。一見したところわかりにくいが、狼の一族だという。


「今日は僕が担当ガイドだからよろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 その視線が意味深な気がしたが、どうやらそれは間違っていなかったらしいことが直後に判明した。


「そなたが、妾の専属ガイドかえ?」


 やや幼さの残る甘い声にリアは振り向く。


(な、何だ、これ……)


 思わず自分の目を疑って、思わず目元をこすった。


「はい。本日、お嬢様達お二人とこちらのお嬢さんを担当するローレンです」

「妾はエリザベスと言う。これは護衛のイーリス。今日は一日よろしく頼む」


 そこにいたのは、等身大の生きる姫様人形だった。


(初めてみた、こんなピラピラドレスを着てこんなとこ歩いてる人) 


「ご丁寧にありがとうございます」

「よろしくお願いします」


 レースたっぷりのドレスは別に珍しくない。

 何しろ、リアが勤務しているのはホテル・ディアドラスなのだ。

 貴族のお姫様なんて珍しくないし、自国の王子なら飽きるほど見ている。プリン殿下の気をひきたいお姫様たちがよくホテルのカフェやバーを出入りしているが、来ているドレスはいつもドレスカタログにのりそうなものばかりで、目の前の少女のドレスとそう大差があるとは思えない。

 だが、そのドレス姿がこの大迷宮の門の前に存在すると強烈な違和感を発する。


(ちゃんと見なかったのかな、ツアー募集のチラシ)


 売り文句やツアーのポイントの書かれていた募集チラシの裏には、ちゃんと今日の旅程とだいたいの所要時間、それから必要な持ち物や大事な注意事項が書かれていた。

 動きやすい服装と武器防具、回復薬の用意は必須だったはずだ。

 だが、ローレンは何も言わずに持ち物の確認に入る。


「武器は、剣と杖ですね」

「はい」

「そうじゃ」


 どうやらお姫様のほうは魔法使いらしい。


「遺言書のご用意はできてますか?」

「うむ」


 お姫様の年齢は、リアと同じくらいかちょっと下。護衛らしい女性はシオリと同年代だろうか、二人が既に封がなされている筒をローレンに渡す。

 淡い金の巻き毛をドレスと同じ淡いピンクのリボンで留めた少女が顔をあげ、リアのほうを見る。

 目が合った。


(きっれいなお姫様だなぁ)


 顔立ちも整っているが、印象的なのはその目の色だろう。

 珍しい紫色だ。それも、かなり濃い。一般に、黒や黒に近い濃い色合いの瞳を持つ子は魔力が多いと言われている。貴族であるなら特に喜ばれる色合いだろう。


「リアは?」

「あ、はい」


 同じくすでに封済のものを渡す。

 大迷宮に入るものは必ず遺言状を提出することになっている。特に今更遺言するまでもないという人の場合は白紙を提出する。

 白紙の場合は関知しないが、ツアーに参加しながらも大迷宮で命をおとした場合、この遺言状に書かれていることは、フィルダニアという国が遺言の執行者となって執行される。

 

「では、ツアー契約書に従い、今から三人は私の命令に従っていただきます」


 ローレンはにこやかな笑みのままで告げた。


「はい」

「うむ」

「わかりました」


 三人三様にうなづいた。

 これで、簡易とはいえ契約が結ばれたことになる。


「では、まず最初にエリザベスさん、私の所属する探索屋にご案内しますので、そこで大迷宮に相応しい装備を購入し、身につけてください」


 ローレンはにこやかに告げる。


「わかった」

「姫様」


 護衛の女騎士の言葉を無視して、少女はあっさりとうなづく。


「妾の手持ちの中では一番動きやすい服で来たのだが、これでは大迷宮には適さないということであろ?」

「その通りです。……リア、選んであげて。できればそちらのお供の……」

「イーリスです」

「イーリスさんも、彼女に聞いて着替えてください」

「……私もですか?」


 護衛であるイーリスは普通に軽甲冑を身につけている。見た目だけで言うのならば、リア以上の重装備だ。


「ええ。悪いとは言いませんが、ちょっと重過ぎますし、金属甲は困るんです。万が一の時に」

「??????」


 よくわかっていないエリザベスがクビを傾げ、イーリスが抗議を口にする。


「万が一などあっては困ります。姫様はかけがえのない御身です」

「私にとっては、あなたもそちらのお嬢様もリアさんも全員かけがえのない身ですよ」


 ローレンは笑顔のままで付け加えた。


「どうしても甲が必要だというのならば、リアと同じものとまでは言いませんが革甲にして下さい」

「ですが、こんな甲では……」


 とんでもないと言った表情でローレンは告げる。


「リアの甲はイルベリードラゴンの革でできています。しかも、魔術刻印はマクシミリアン殿下です。買おうと思っても買えませんよ」


 二人がリアを見て、それから、リアの革甲を見てぽかんとした表情をする。

 見た目、何の変哲もない普通の革甲のように見えるからだ。


「ドラゴンの革って、ドラゴンの革って……」

「フィルダニアにはドラゴンを革にして甲が作れる職人がいるのだな」


 イーリスが呆然とした表情でつぶやく。

 その気持はリアもわかる。これがドラゴンの革だと知った時、リアだって同じくらい衝撃を受けた。

 けれど、彼女の師は言ったのだ。


『この世界で一番丈夫な材料の一つだってプリン殿下が……。この皮で甲ができれば二人が怪我をしにくいって言うから』


 ごめんね、お裁縫あんまり得意じゃないからちょーっと曲がってるとこあるけど、とちょっと恥ずかしそうに笑って付け加えた。


『これ、お師匠様の手作りなんですか?』

『プリン殿下にも手伝ってもらったけど、切ったり、縫ったりするのは私じゃなきゃ無理だからって殿下が言うから』


 あの時は嬉しくて涙がこぼれた。

 ドラゴンの革がとてつもなく貴重なものだからではない。シオリが自分たちの為に作ってくれたということが何よりも嬉しかった。


「3ヶ月くらい前にプリ……マクシミリアン殿下が、イルベリードラゴンを討伐されて、それでうちのレストランに運び込まれたんです。お師匠様が、綺麗に解体した後の革の一部で私達にこの革甲を作ってくださったんです」

「なぜ、第三王子が魔術刻印を?」

「お師匠様が頼んでくださったのだと思います。お師匠様は殿下のヴィーダですから」

「……もしや、そなたの師は、シオリ=マエジマか?」

「はい」


 リアは笑顔満面でうなづく。シオリの弟子であることはリアの最大の自慢だ。


「なるほど。……では、そなたも手練れなのだな」

「テダレ?」


 リアはクビを傾げる。

 あまりにも自分とはかけ離れた単語だったので、リアはその意味がまったく理解できていなかった。


「そなたの師は素晴らしい技量の持ち主と聞く」

「もちろん!!!」


 リアは力いっぱいうなづく。


(お師匠様ほどの料理人はどこを探してもいるはずがないもの!!)


 リアの様子に、エリザベスとイーリスの主従は顔を見合わせ、そして、注意深くエリザベスが口を開いた。


「アルラウネ大蜘蛛を生け捕りにしたそうだな?」

「ああ……生け捕りっていうか半殺しだと思うけど」


(真っ二つにならずに片側全部の脚を切り落とされた蜘蛛がぐるぐると回ってたことがあったっけ)


 たぶんエリザベスが言っているのはアレのことだろう。

 例によって例のごとく、厨房の入り口に湧いたのがあの蜘蛛の運の尽きだったのだ。


(殿下がいつもの魔王様な笑顔で、メロリー卿に運ばせてたよね)


 殿下は転移魔術を自由自在に操るのだから、きっとあれは何かの罰か嫌がらせだったに違いないとリアは思っている。


「レア種の黒だったと聞いたぞ?」

「お師匠様には黒も普通のも関係ないもの。虫が大嫌いだから」


 厨房において、虫は一切存在を許されない。

 いつもは優しいお師匠様だが、虫が発生した時は人が変わる。


(グラングなんて出た日には……)


 リアは思い出すだけで背筋が凍る。

 微笑はいつもと変わらぬ柔らかさで、でも、だからこそとてもとても恐ろしく、一匹見たら百匹いると思いなさいね!とか言いながら、地獄の果てまで追い回す勢いでドガドガのハンマーでぐっしゃりだ。

 ちなみに、グラングを潰す専用のハンマーは決まっていて、卵割りに使っているものは別のものになっている。


「だが、レア種は通常のものより三倍は硬いと聞く」


 あまりにもあっさりと言ってのけるリアにイーリスが問う。


「そんなの……」


 リアは甘いですよ、と笑った。

 そして、当然の口調ではっきりきっぱりと言い切った。


「お師匠さまの包丁に切れないものはありません」


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