楽しい!おいしい!ベテランガイドと行く大迷宮きのこ狩りツアー(1)
「んー、いい天気~。絶好のハイキング日和だ~」
さんさんと輝くお日様の光を浴びて、リアは大きく伸びをした。
リア……ユリアナ=ラウダは、先日、16歳になった。
16歳というのは、このフィルダニアでは成人に達したとみなされる年齢だ。正式には、16歳の誕生日の後の新年に成人したとされるのだが、何となく16歳からは大人だというイメージがある。
「いやいや、迷宮の中に天気関係ないでしょう、リアちゃん」
大迷宮の大半が、アル・ファダルの地下に存在している。
魔導帝國時代の都市が神の怒りに沈み、そのまま埋まっているのだとも、幻の原妖精種が築いた地下都市であるとも言われているが、本当は何であるのかは誰も知らない。研究している学者はいるようだが、結論は未だに出ていないらしい。
アル・ファダルに住む大半の人々にとって、大迷宮は大迷宮であり、大昔の都市だろうが何だろうが特に問題ではないのだ。
「ちゃん付けはやめてください、ライドさん、もう16なんですから」
ライドは、『青の宝石屋』に所属する探索者だ。年齢は二十代後半とリアは見ているが、本人は男は謎が多くなきゃとか何とか言って教えてくれない。もしかしたら、妖精族と混血しているか何かで見た目以上に年齢がいっているのかもしれない。
『女の子は女の子であるというだけで素晴らしい』という信念の持ち主で、ストライクゾーンは3歳から58歳まで。女の子とみれば声をかける節操なしだ。
灰褐色の髪に緑の瞳は珍しい組み合わせだし、ライドはとても甘い顔立ちをしている。なので、複数の女性に囲まれていることが多くこんな風に一人でいることはとても珍しい。
「それは失礼。でも、リアさんってのも何か変な気がするね」
「リア、でお願いします」
そんな扱いを受けてこなかったせいか、リアは、『ちゃん』とか『さん』づけで呼ばれると何だかむずがゆくなる。
「女の子を呼び捨てにするのもねぇ」
何か誤解されそうじゃないか?と余計な気を回すライドを、リアは笑い飛ばした。
「大丈夫ですよ。だって、私とライドさんですよ?誤解なんて生まれませんよ」
「え?」
「え?だって、私とライドさんですよ?」
聞き返された意味がわからずにリアは首をかしげる。
「えーと、それはどういう意味で?っていうか、笑い飛ばされちゃうの?」
「だって。私とライドさん、結構年離れてるじゃないですか。倍以上ですよね?」
下手したら三倍じゃないかと密かに疑っていたりもする。
「……ねえ、それ暗に僕をおじさんだと言ってるのかい?」
「そんなことないですけど、ライドさん、結構イイ年齢ですよね?」
「失礼な!僕は永遠の23歳だよ」
「会うたびにそういってますよね。それより、今日はどうしたんです?おひとりですか?」
「ああ。ちょっといろいろあってねー」
ライドの視線があさっての方向を向いているのを見て、リアは笑みを重ねた。
「また、何かゴタゴタしたんですか?」
「いや~。僕はだれか一人のものにはならないよって言ってるのにさ~」
「やっぱり。……そういう話なら聞かないことにします」
リアは顔をしかめて、いらんいらんというように手を振った。ライドを巡って女性たちが争っているのは日常茶飯事だ。
フラフラして愛想をふりまいてばかりいるライドもライドだが、それが日常のデフォルトで、正直に言って誠意に欠けているとわかっている男を選ぶ女性の方にだって責任があるんじゃないかとリアは思う。
(お師匠様とエルダさんは、エセ博愛主義者って言ってたっけ)
「えー、冷たいなー、リアちゃん」
「だって、いつも同じことばっか繰り返してるじゃないですか。それより、リアちゃんはやめてください。子供扱いしないでほしいんです。これでももう。ちゃんと探索者なんですよ」
リアは胸を張って右手を目の前に掲げて見せる。
その中指にはまっているのは、探索者であることを示す銅の指輪だ。真ん中の赤い小さな石は血石だ。リアは個人の探索者でしかないが、これが探索屋の店主になると指輪の地金が銀になったり金になったりする。
どの指輪にも『すべての探索者は世界の探究者たれ』という古語が彫られている。この指輪には血石による本人認証以外の機能はまったくないのだが、探索者にとっては命の次に大事なものだとされている。
「あれ?合格したのかい?」
「はい!この間、3回目の挑戦でやっと!!」
「へえ。おめでとう」
「ありがとうございます」
リアの表情がわかりやすく輝く。
それも道理だ。何しろ、このフィルダニアでは探索者資格をもっていれば食いっぱぐれることがないと言われているし、探索者というのはエリートとはちょっと違うものの、フィルダニアではとても人気があり尊敬される職業なのだ。
探索者の指輪を持っているというだけで、フィルダニアでは幾つかの特権が受けられるし、受験に保証人が必要な為、ある種の身分証明にもなる。
「おたくのヴィーダは受験したのかい?」
「いえいえ、お師匠さまは自分は戦闘はまったく無理だからって言ってますから」
「えええええええ、何言ってんのあの人、フランチェスカをミンチにしたり、ドラゴンの尻尾をステーキにしたりしてるくせに」
「厨房に来る時には死んでますし……食材の処理だから何のことはないと思ってるんです、お師匠さま」
リアは、このアル・ファダル随一の格式を誇る元離宮ホテル・ディアドラスの中にあるレストラン・ディアドラスに勤めている。最近、やっとサラダを作ることを許された駆け出し料理人の卵だ。
リアの師は異世界人の女性でシオリ=マエジマ。
このアル・ファダルの領主たるマクシミリアン殿下の『ヴィーダ』だ。
異世界から来訪して2年足らずだというのに、フィルダニアのみならず、料理の世界では大陸中に名を知られている料理人だ。
大陸有数のリゾート地であるこのアル・ファダルの隆盛に多大な貢献をしていると認められ、先日、国から郊外の小さな村と生涯にわたる年金、それからいくつかの特権を与えられた。
シオリがこちらに永住することが決まればおそらく爵位も夢ではないだろう。
(お師匠様がそれを望むとは思えないけど……)
貴族という身分のない世界から来たというシオリはそういった身分の格差というものをうまく呑み込めていないようなところがある。
「ヴィーダは自分を知らなすぎるよ」
「ええ。私もそう思います」
異世界人であるといってもシオリが何か特に変わっているわけではない。
とはいえ、異世界人は魔力が多いというのが定説で、栞もまたその例にもれない。魔法回路がないので魔法を使うには法具が必要となるのだが、魔法回路を持つ人間をはるかに越える魔法を軽々と発動させることがある。
魔法の使い方が変わっているし、本人、普段づかいの包丁……実はこれも魔法具だ……で作業している時も魔法が発動していることを知らないかもしれないというくらいあっさりと使っている。
しかも、こちらでは常識とされていることを知らないので、時々、驚くようなことをやってのける。
(時々っていうか、毎日かもしれないけど……)
最近では、大概のことは、お師匠さまだからな~で納得ができる。
「……こないだ、厨房に入ってきたゼライド蝶も一刀両断だったって?」
「厨房を汚す輩は許さないって……」
「グラングもドガドガのハンマーでぐしゃぐしゃだったって?」
「死ね、巨大ゴキブリって……。お師匠さま、基本、虫嫌いなんですけど、グラングは特別に嫌いみたいで」
「……知らないって恐ろしいよね」
ゼライドとグラング、どちらもレベル3から4の魔生物だ。一般人は逃げ出すし、中堅の探索屋でも手こずることがある。
『蝕』や『融蝕』がおこらぬ限り、街では魔生物をほとんど見ることはないのだが、ホテル・ディアドラスは大迷宮の中心部といわれている宮殿エリアのちょうど真上に位置しているせいか、時折、魔生物が入り込むことがある。基本、そういった対処になれている職員ばかりなので大事になったことはないのだが、ディアドラスに勤務している人間にしてみれば毎日スリルがありすぎる。
「でも、お師匠様ですから」
リアは、いつものセリフを口にして笑った。
戦闘なんかしたことないよ、とか、道具がいいんだよ、と言いながら、どんな魔物も両断してのける師匠に対し、リアは絶大な信頼をよせていた。




